王子様の攻略方法を探していたら、既に裏ルート突入していました
「カレンはオレにとって特別な子だ」
「特別といいますと……?」
「オレにはちょうどカレンくらいの年の病弱な妹がいたんだ。だが、五年前に病気で他界してしまってな。すっぽりと胸に穴が空いていたんだよ。その穴を埋めてくれたのがカレンの存在なんだ」
スオウ・ガーネット王子。南の国の後継者として幼い頃から教育され、成人の儀を終えた後に正式な国王となる。孔雀という名は国の守護神と彼の髪色を合わせたもので、彼が生まれた時運命の色を見た人々は彼のことを『神の使命』だと信仰し永久不滅の国、繁栄として『茜色の孔雀』と呼んだ。
まなざしはキリリと凛々しく、力強く体格が良い体つきは皆が頼りにした。民に混ざり重労働も苦としない。いつもそんな兄のすぐそばには兄妹には見えない全く正反対の妹がいた。
「お兄ちゃん」
向日葵のような満面の笑みで彼の隣でほほ笑む少女。腰まで伸びた黄髪。母親譲りのエメラルド色の瞳。彼女は生まれたときから病弱で結して長くはないと医者から宣告されていた。
しかし、まわりの手厚い看病の末16歳まで命を伸ばすことができた。
スオウ王子の隣にはいつも妹がいた。
彼自身、妹のことが大好きだった。
連日の雨が続き国境を繋ぐ川は氾濫する。そして『長年隠れていた病魔』もついに妹の体を蝕み、徐々に毒に侵され、その命は一瞬で花のように散った。
この世界から『大好きな妹』が消え、自分の力が及ばなかったことに彼は五年間もの間苦しんだ。路頭に迷っている人や飢餓に苦しむ人を見ては宮殿に招き入れ、せめてもの罪滅ぼしにと人助けをした。しかし、何人、何百人の命を助けたところで彼の胸の苦しみからは逃れられない。
そして、一人の『少女』を助けるーー……。
それが、『カレン』との出会いだったーー……。
「カレンを始めて見たとき思った、妹にそっくりだとーー……」
心優はそこまで話を聞いてスオウ王子のカレンへの思いを悟った。そして、『好き同士』とは言っても二人の愛の形に心に黒い靄がかかるーー……。それならばせめて、せめて今言わなくてはいけないーー……。それでも、シャルローズの時と同じくむちゃなことはできない。ここはゲームの世界でも当人に取ってみれば現実だ。選択肢を間違えてもリセットはできない。
もう、誰にも『物語を諦めて』欲しくはなかったからーー……。
「スオウ王子、カレンはあなたの妹ではないわ。妹さんの変わりが誰にもできないと同時に、カレンの変わりも誰にもできないもの。だから……あの子自身を見てあげてください……」
心優は両腕を後ろで組み、左手で右手の腕をぎゅっとつねった。こんなことしか出来ない自分の無力さに嫌気がさしていた。
でも、今言わなければ。『運命の日』はすぐそこに迫っているのだからーー……。
*
翌日目が覚めると部屋にはクロウ伯爵とエメの姿が見えなかった。慌てて部屋に備え付けられている時計で時刻を確認する。
《午前10時ーー……》
これは非常にまずいと思って慌てて伯爵を探しに行く。心優の予想によると運命の日は満月の翌日。今日なのだーー……。
冷たい風か吹き、空は真っ黒い雲で覆われる。ポツリポツリと降り注ぐ雨は、次第に強くなり、槍のように降り注いだ。
宮殿を歩き回るが、どこを探しても伯爵の姿は見つからない。すると、急に部屋の扉を開けたスオウ王子と正面衝突する。
「おっと、すまない。怪我はないか? ミーユさん?」
心優の身長が低くて助かった。顔面が彼の胸元にあたったが軽く弾き飛ばされただけでけがすることはなかった。
「あの……!」
「カレンを見なかったか……!?」
「えっ……!?」
どうやらカレンも同じく行方不明らしい。心優は記憶をたどって見ようと思ったがなかなか思い出せずにいた。
(本来ならばスオウ王子の攻略ルートはもっと簡単なはず……。確かに陰キャラのクロウ伯爵が突如訪問して二人の邪魔をするのだけれど、このような『ヒロインが行方不明』のシーンなんてあったかしら……)
心優は必死に『清き乙女は王子様に寵愛される』の『スオウ王子』の攻略ルートを思い出そうとしていた。
突如訪問して来た『謎の伯爵』。そして『悪魔が連れて来た悪役令嬢』。悪役令嬢とは知らず意気投合した二人ーー……。ここまでは攻略ルートと一致している。心優が知らない新たなルートがあるのか、それともーー……。
そして、ある一つの仮説が浮上するーー……。
(まさか、これは『裏ルート』!?!?)
「悪い情報が入った。この宮殿の中に裏切り者が紛れ込んでいるーー……。警戒していたカレンが、怪しいもの影を追い掛けて行ったはずなのだが、それが、どこにも見当たらないんだ。何かが起きてからでは困る。カレンを……早く、見つけてあげなくてはーー……」
予想は的中した。スオウ王子の攻略ルートには『裏ルート』が存在する。これが本当に裏ルートだとすれば『ヒロイン』はこの広い宮殿の中を組まなく探索している最中だ。この探索作業にはなかなか手こずり、無意味なトラップ、時間制限に大変苦労した。制作者がなぜここに力を入れたのか分からないが、恐らく『ミニゲーム』的なお遊び半分だったのだろう。
しかし、これが現実のものになると彼女を追いかけるのは地獄である。
いくつもの扉を開けて心優と王子はカレンを探した。
そして、ついに、カレンの姿を見つけたーー……。
「きゃあああああああああーー……」
扉を開けると目の前にはあまりにも残虐な現実が待っていたーー……。
鴉のような黒い衣装を纏った悪魔。長い前髪から覗く冷酷の瞳。赤く染まったショートグローブ。血飛沫を浴びた頬を袖で拭うと、鮮やかな血痕が半円を描いて飛び散る。ショートグローブの布地で抑えきれなかった血痕が手首に流れ、その悪魔は肩で荒い呼吸を繰り返していた。
窓の外は豪雨。けたたましい雷の音が鳴り、眩しい光が刃物に反射され彼女の無惨な姿を映し出したーー……。
「カレン……!」
明かりのついていない暗い部屋の中で先に彼女の姿を見つけたのはスオウ王子だった。
壁にもたれ掛かる彼女の肩には鋭い銀色の刃物が突き刺さっていたーー……。
カレンは震える手でゆっくりと自らの体を貫く刃物を抜き取り、床に投げ捨てる。
《カランカランーー……》
カレンの唇からは血が流れる。
堪えきれない痛さに耐えながら、唇を噛み締めて、ゆっくりと口を開けた。
「まさか……こいつが……! 裏切り者だったとはな……王子から離れろ……! クロウ伯爵……!!」
カレンは最後の力を振り絞って威嚇したーー……。




