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異世界転移したヒロインの過去と芽生えた恋心

 『心優』や『シャルローズ』と違う点はカレンには『しっかりと元の世界の記憶』があった。

 

 もともと彼女は緑豊かで平和な山奥の田舎町で両親と祖父母、10個上の兄と自給自足の生活をしていた。

 朝は太陽が昇ると同時に目が覚め、畑でとれた新鮮な野菜で朝御飯を作る。キャベツや大根、人参に玉葱にジャガイモは定番だが、季節ごとにナスやトマト、トウモロコシにカボチャ料理も並ぶ。

 昼間は山頂付近の水を()みに行き、ついでに川で泳いでいる魚を手掴(てづか)みで捕る。帰り道に木になっている山葡萄(やまぶどう)やアケビ、木苺(きいちご)を見つけるとおやつとして持ち帰った。秋には栗や胡桃(クルミ)が落ちていて、さまざまな種類の茸も収穫できた。

 カレンは近くにある木造の校舎で指折り数えた少ない仲間たちと勉学に励んだ。村の人口こそ少ないが隣近所助け合って生きてきただけあってお互いの信頼は厚い。

 冬は古民家のおうちがすっぽりと隠れるくらい雪が降る。(まき)で沸かしたお風呂に浸かり、薪のストーブで暖まり日が暮れると同時に眠りにつく。


 兄は早くに家を出て、家計の足しにと町で働いた。カレンも兄の後を追い「大人になれば村から降りて家族を養うお金を稼ごう」と決意していた。幼い頃からそう決めていた彼女だが、とある運命の日、突如起きた雷雨と川の氾濫に巻き込まれてしまうーー……。

 川に引きずり込まれ、もがき苦しみながら彼女は願わずにはいられなかったーー……。


 一番慕っていた兄のことを。

 「助けて、お兄ちゃん……」とーー……。


 カレンは年の離れた兄と血が(つな)がっていない。兄の姿を見て育ち、生きる全てを彼に教えてもらった。憧れでもあり尊敬する人。いつの間にか芽吹いた恋心。そしてーー……。


「私は兄のことが()()って気づいたのーー……」


 月の下では淡いピンク色の髪が夜風に(なび)かされ、キラキラと輝き、彼女は随分と大人っぽく見えた。


「でも、気づくのが遅すぎた。数日後、奇跡的にもなんとか一命を取り留めて川の下流から家に戻ると、そこには親を心配して帰宅した兄が待っていた。

 私はすぐに兄に想いを伝えたかった。でも……。兄は一人ではなかった。側には私では到底叶わないほどの自立した女性がいたの」


 泥だらけで体にはいくつもの傷や痣ができ、それでも脚を引きずりながらやっとの思いで帰ってきた彼女だったが、兄の連れてきた恋人の姿を見ると、無様な自分の姿と比べてしまい、家に入ることすら出来なかった。

 その時、カレンは『現実を諦めて』しまうーー……。


「この国に来て、初めてスオウ様の顔を見たとき、あまりにも元の世界の実の兄と見た目も声もそっくりで驚いたわ。

 よくよく話を聞いてみると、この世界では彼は王子だった。笑えるでしょ? いつだって、私の恋は絶対に(かな)わないのよ」


 赤く熟した小さな葡萄(ふどう)を一粒手に取ると口に運ぶ。味見をするように少しだけかじると中から甘い果汁が(あふ)れだし彼女の唇を赤く染める。それが妙に色っぽくてーー……。


「あなたは?」


「は、はい?」


「彼のことが好きではないの?」


 彼女の突然の問いに誰のことかと投げかける。彼女は自覚のない恋心に深くため息をついて「だから()()()()()って呼ばれるのよ!」と叱られた。


「そろそろ寝ろ」


 いつもより一段と声の低い伯爵が後から声を掛ける。伯爵は手に暖かなショールを持って心優の座る椅子の側に寄り添った。


「悪いね、長旅で疲れてるでしょうに。この子は喋りたくてしょうがないんだ」


 カレンの椅子の隣にはスオウ王子が。

 スオウ王子はニッと笑いながら、カレンの頭をぽんぽんと軽く叩く。


「子供扱いしないでください!」


 スオウ王子はカレンに怒られても「こんなことは日常茶飯事」と軽く受け流し、小さな手を握って宮殿の中に連れ去って行く。

 カレンは手をひかれながら後ろを振り向くと人差し指を唇にあてて「今の話は内緒!」と呟いた。

 それがまたクロウ伯爵の目に留まりジロリと見つめられる。

 隣で腕を組んだ伯爵が静かに口を開く。


「俺たち()()()らしいぞ」


 用意された部屋はクロウ伯爵との相部屋だった。宮殿には多くの人が住んでいて部屋数が足りないとのこと。それと、近頃宮殿の金品が突然無くなったりやたらと物騒なので「もしも何かあった時は誰よりもクロウ伯爵が頼りになる」とスオウ王子が考慮したからだ。


「それならエメさんも一緒にしてください!」


 心優は志願したのだが、エメは宮殿の執事と一緒に寝るのだという。「何かあったらクロウ伯爵が頼りになる!?」そんなこと言われても心優にとって一番の危険人物はクロウ伯爵なのだからたまったものではない。怖がる彼女を無視してクロウ伯爵は彼女に背を向けて毛布を被りベッドに横になった。


「外出する時は声をかけろ」


「はい……」


 クロウ伯爵の静かな寝息が聞こえる。目を(つむ)っても眠れない心優はもぞもぞと布団から()い上がりこっそりと部屋の扉を開けて一人で部屋から出て行った。


「トイレくらい……一人で行ってもいいよね……?」


 トイレに行きたいと伯爵を起こすのも気が引ける。場所は先程教えてもらったので一人で部屋を抜け出した。


 廊下を照らす大きな満月。間近で見る月、不思議に人を惹き付ける魔力に目が離せず吸い込まれそうだった。


今宵(こよい)は満月か」


 月の光に照らされて茜色(あかねいろ)の髪が金色に染まる。蝶が羽ばたき羽についた金粉が辺りに降り注ぐ。噴水の水飛沫(みずしぶき)と月の光が混ざりあい辺りは光の天簾(オーロラ)に包まれる。何とも神秘的な光景だった。


「クロウはどうした? 一人で出てきたのか?」


 心優は軽く(うなず)く。目の前に攻略対象のスオウ王子が一人で立っている。妙なその場の雰囲気に溺れてしまいそうだった。


「ミーユさん。もしよければ、カレンの良き()()になってくれないか?」


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