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二人目の王子様からホームパーティーの誘い


 早くも『3章』になりました!

 私はいつも5万字に満たない小説を書いていたので、ここまで続けられて嬉しいです。

 そして、いつもの作風と違う点は、全体的に『甘くはない』ということです( *゜A゜)それでも甘い? 甘くないですw

 いつも読んでくださりありがとうございます!


 

『心優ーー』


『だれか』に名前を呼ばれているような気がする。


『心優ーーきみとーーれてーーせだよーー……』


 懐かしい声。優しく頭を撫でる大きな手。

 この手は『シャルローズ』ではないーー……。

 シャルローズは私の目の前で消えてしまったーー……。


 ならば、この優しい声は一体『だれ』なのーー……? 思い出せない。思い出したい……。


 早く帰らなきゃ『あの人』が心配する。あれ? 『あの人』? 私、本当に高校生なんだっけ? 高校、卒業式ーーあれ? おかしいな。その先の記憶が真っ白でやっぱりまだ思い出せないやーー……。


 *


 心優は重たいまぶたをゆっくりと開いたーー……。


 黒い窓枠から見える(あかね)色の空。遠くで聞こえるヒグラシの鳴き声。昼間火照った体を窓の隙間から吹き込める冷たい風がひんやりと冷やす。ベッドに敷かれたシーツは大量の汗で湿っていて少し冷たい。おなかにかけられたブランケットから右手を出して自分の感触を確かめる。

 一面真っ白な壁で覆われた極端に物が少ない部屋。一人で眠るには十分すぎる巨大なベッドと中央に置かれたアンティークデスク。机山盛りに置かれた大量の本と、床には乗り切らなかった本が乱雑に床に散らばっていた。


 遠くの一人用のソファーでは仕事の合間に寝落ちをしたのか、片手に羽ペンを持ち、もう片方の手には書類を持っている、この屋敷の主がうたた寝をしていたーー……。


「クロウ伯爵。ペンが手から落ちそうですよ?」


 心優は何回か声を掛けてみたが、伯爵が起きる気配はない。伯爵は珍しく灰色のワイシャツに黒のサスペンダー付きのパンツ、黒い革靴を履いている。自宅で仕事をしているというのに、しっかりと紅いネクタイを締めて、目の下にクマ作って、なんだか少しだけ疲れているようにも見えた。


 心優は伯爵のお屋敷に戻ってきたことを改めて実感する。ベッドから立ち上がり、起こさぬように伯爵のペンをそっと取り、書類と共にテーブルに置く。近くにあった布をそっと彼の膝にかけるとわずかにだけ長い(まつ)毛がピクピクと動いた。


 だんだんと暗くなり始めている空を見上げて、心優は『あの日』のことを後悔した。最後にわずかに残ったシャルローズの欠片。何度も何度も記憶が(よみがえ)っては頭の中でどうしょうもできない後悔と自分への戒めで強く右手で爪痕を残したーー……。


「私がーー彼女をーー殺したーー……」


 彼女のことを思うと涙が(あふ)れてきて、自分自身を責めてしまう。心優はこの数カ月深い霧の中にいた。焦って仕事をすれば、皿を割りそうになり、伯爵には「危ないから休め」と言われたりもした。それでも心優は動かないと余計に気が参りそうで、まるで機械のように日常を繰り返し、淡々と仕事をした。


 彼女への強い思いが心優を苦しめていたのだーー……。


 外は突然の雨が降り、エメはお屋敷の窓を急いで閉めた。

 郵便配達員が傘をさしながら小走りで帰っていくのが見えた。



 《トントン……》


「クロウ伯爵、一通の手紙が届いております」


 エメは伯爵宛の郵便物を持ってドアをノックした。中から返事がして、扉が開くと、心優が手紙を受けとる。


「おやおや? クロウ伯爵はお昼寝中でしたか。これは、失礼。心優さん、ここにいたのですね? おやおや」


 久しぶりにエメと目線を合わせたような気がする。いつもと変わらぬ優しいまなざし、語尾が柔らかい言葉使い、そして何よりも落ち込むことがあっても彼の顔を見ると心が軽くなる。


「大分髪が伸びましたね」


 エメに言われて自分の体の変化に気がつく。胸にかかるぐらいの髪の毛はいつの間にか背中にかかるまで伸びている。お屋敷に来たときからお借りしている黒いシルクの寝間着の下にはささやかな胸の形。

 頬や唇、鼻に手をあてる。スッと引き締まった頬の筋肉。首筋から顎のラインがスラッとしている。


「三カ月もパンとスープの軽めのお食事ばかりで働いてましたからねぇ。お痩せになったことでしょう。ご体調はいかがですか?」


 太ったとか痩せたとかそういう問題ではない。背筋がスッと伸びて腰回りもどこか女性らしくなっている。


(もしかして私……成長しているーー……?)


 すると後ろからピリリとした強ばった雰囲気の真っ黒い影が近づいてきて、エメが持ってきた手紙をヒョイと受けとる。臙脂(えんじ)色の封蝋(いんろう)の下に書かれている送り主の名前を見て、彼は眉間にシワを寄せさらに機嫌が悪くなった。


「やはりスオウ・ガーネットからだったかーー……」


『スオウ・ガーネット王子』その名はよく知っている。南の国の王子様。クロウ伯爵やイーグレット王子よりは愛想が良く根に持たないさっぱりとした性格で非常に良心的。オトメ女子の間では「こんなお兄ちゃんいたらいいなぁ~」とか「その力強い腕で悪い敵から守って欲しい」とか結構評価が高い。通称『スオウ、お(にい)ちゃん』だ。


 そんな彼とクロウ伯爵に交流があったとはーー……。


「スオウは今の時期になると毎年手紙が届くんだ」


「まさか、スオウ王子にまで居留守を使わないでしょうねーー……?」


「……」


 無言になったことから脳裏に嫌な予感がする。


「それで何の用事だったの?」


「ホームパーティーの誘いだ」 


「ホームパーティー?」


「夏はスオウの畑で育てている野菜が収穫の時期になるのだ。彼は葡萄(ぶどう)を熟成した果実水にブルーベリーとラズベリーのタルト、トマトや林檎(りんご)……おなかいっぱいになっても両手に持ちきれぬほどのお土産を用意してくれる」


 心優の頭の中にはたくさんのおいしそうな料理が並んだ。


「それにスオウのパーティーはイーグレットと違ってこぢんまりとしたホームパーティーだ。スオウ自身も気さくな奴なので俺の仕事がない時は毎年出掛けている。……どうだ、気分転換も兼ねて、今年はおまえも行くか?」


 不安がる心優の背中を押したのはエメである。


「怖がることはありません。それに、私もご一緒しますゆえ、あのようなことは起きません。皆でゆっくり羽を伸ばしにいきましょう」


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