選ばれるのは鴉か白鷺か、それともーー……
目の前でシャルローズが消えてしまった。現実が飲み込めず放心状態の王子と涙を流す心優。そう、今回バッドエンドにしたのはクロウ伯爵ではない、安易な行動をしたのは心優だった。
割れた水晶の欠片を拾おうとするがそれすらもこの世界から消えてしまう。心優は何もなくなった両手を握り悔しくて泣いた。
……悔しくて、情けなくて、自分が簡単に一人の命を奪ってしまったことに嘆いた。ゲームであればリセットすれば何回でもやり直しができる。それができないからこそ慎重になり失敗を恐れる。それを彼女はゲームのように潰してしまったのだ。
「……約束の時が来た。ミーユ、俺か、イーグレットかどちらか選べ」
クロウ伯爵は彼女の前に容赦なく選択肢を出す。
「……今の私にはどちらも選べません……」
「それでは俺が未来を選んでやろう」
クロウ伯爵は太く低い声を出して心優に忍び寄る。
その悪魔のような深い瞳はじっと彼女を見つめ、彼女の頬にそっと触れると勢い良く頬を叩きつけた。
《スパンッ……!!》
「おまえがいつまでも自分のことだけを考えているからこうなるんだ。だから早く決断しろと忠告しただろう! イーグレット!!」
心優は身を縮め歯を食い縛ったが優しく触れられた伯爵の手は彼女の頬を叩くことなく側から離れ、然るべき相手へ悪魔の一手を与える。
伯爵は呆然とするイーグレット王子の頬を強く叩いた。その隣で心優も目を丸くする。
「俺はおまえにシャルローズの本当の気持ちが知りたいから三日だけミーユを貸すと言ったんだ! 見たところミーユは何とか二人をくっつけようと試行錯誤していたみたいだが、おまえは彼女に甘えていただけじゃないのか!?」
「……」
「かわいそうなのはおまえじゃない、ずっとおまえの答えを待っていたシャルローズだ。でも、後悔してももう遅い、彼女はこの世界からいなくなってしまったのだからな」
「……」
「帰るぞ、ミーユ」
うつ向くイーグレット王子に伯爵はさらなる追い打ちの言葉を投げ掛ける。
「そうだ、約束通り、ミーユがお城の使用人として働いた分の報酬はきっちり5倍いただこう。後日、専属の執事を遣いに出す。耳をそろえてそれまで用意しておけ」
……クロウ伯爵は悪魔だ。
驚いている王子の指先に赤いインクをたらし、ゼロが桁多く書かれた契約書に無理やり判子を押させる。
伯爵は心優の手を取ると、指と指の間に自分の指を絡ませてぎゅっと握りしめた。
月夜の光の下ではエメが馬車の扉を開けて待ってくれていた。心残りなのはイーグレット王子だった。伯爵は後ろ髪引かれる心優を無理に馬車に乗せようとしたが、彼女は振り返り大きな声で叫ぶ。
「イーグレット王子聞いて! シャルローズさんはあなたのことを本当に愛しておられました……!
彼女は自分があなたと結ばれるのを本当は夢見ていた。
……どうか、彼女のことを忘れないであげてくださいーー……」
(ああ、私はずるい。シャルローズを消したのは私なのに、私はどの面を下げて、何てことを口走っているのだろうーー……。
そう、これはシャルローズのためではない。イーグレット王子を攻略しようとして何度も失敗を繰り返したあの頃の自分自身に姿を重ねているだけだーー……。
本当は好きなのにどうしても振り向いてもらえない。何度やり直してもあなたに思いは届かないーー……。それならばいっそうのこと諦めてしまおうかとーー……。)
《諦めてーー……》
いきなり頭が締め付けられるような感覚に陥り、心優は頭を押さえて地べたに座り込む。
「どうしたーー!?」
慌てて伯爵が馬車の中から飛び出し彼女の体を支える。
「あ、頭が痛い……」
『ーー心優。俺はおまえとーーできてーー幸せだーー……』
(だ、だれなの……!?)
伯爵は倒れ混む心優を抱えて馬車に乗せる。
「クロウ……彼女の具合が悪いなら、少し休ませてやれ。僕の城には医者もいるし、余っている部屋がたくさんある」
『ーー心優。これからはーーずっとーーずっとーー一緒だ……』
(見知らぬ『誰か』との記憶。黒い髪色。端正な顔立ち。クロウ伯爵でも、イーグレット王子でもないーー……。ならば、この溢れる記憶は『誰』なのーー……?)
「エメ、早くミーユを休ませてあげたい。屋敷へ急げ」
「かしこまりました」
《バタンッ……!》
伯爵は勢い良く馬車の扉を閉める。
ぐったりとする心優の額に手をあてて大切な物を守るかのように後ろから抱き締めた。
エメはイーグレット王子に深々と頭を下げて会釈をする。
「それでは、私たちはこれで失礼させていただきます」
カーテンの隙間から鴉のような鋭く冷酷なまなざしでクロウ伯爵は王子を睨みつけていた。まるで鴉がきらびやかな宝石を隠し持つように……。
『ーー諦めてはーーダメだーー……』
澄んだ声は頭の中で木霊し何度も繰り返す。
心優はその声の主を必死に思いだそうとするが、記憶が途切れ途切れで思い出すことができない。
伯爵は屋敷へと急ぐ馬車の中で、自分の手のひらで心優の視界を隠し耳元で呟いた。
「ミーユ、おまえに俺の他に誰かなんて選択肢はない。おまえは俺に拾われた時から、俺のものなんだからーー……」