囚われの身の上でヒロインをハッピーエンドに導きます
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「ねぇ、ミーユさん? クロウ伯爵のお屋敷は広いのかしら?」
「ええ、さすがにイーグリット王子のお城には敵いませんが、だだっ広いです」
「だだっ広い? ふっ、ふふふふ……ここではそんな言葉は聞いたことないわ。あなたご出身は?」
「えーと……」
ふわふわと一本一本の毛が柔らかな毛質のシャルローズ。淡いレモンイエローの髪色に水色のドレス。背も高くスラッとしていて手足が長い。まさに『ヒロイン』って感じだ。
シャルローズはブルーのソファーにもたれ掛かると『いいなぁ、うらやましいなぁ』とうっとりとしたまなざしで心優を見つめた。露出が高いドレスのはだけだした胸元に視線が釘付けになる。
さきほどイーグレット王子の侍女が入れてくれたカモミールの紅茶の香りが二人を妙な雰囲気に誘い込む。
さりげなく心優の手を触り自分の手のひらを重ね合わせる。シンプルな金の細工の指輪に真珠がつけられたシャルローズの左手薬指。対になる何も印がない心優のかわいらしい指にお高いの指を絡み合わせる。
イーグレット王子は専属の使用人として三日間の契約を結んできた。分かりやすく言えば、『住まわせるしお金もくれる契約』だ。そして王子が気に入れば正式な使用人になるそうだ。
一般の女性からすれば非常にありがたい話なのだが、心優は王子様のお城に住むことは望んでいない。……王子様と結ばれたら『元の世界に帰れる?』 万が一そんな奇跡が起きようとも帰る前に伯爵が邪魔して来てバッドエンドにさせられるだろう。
それにこのお城に招かれたのは心優だけではない。彼女の部屋に来る途中、たくさんの女性に頭を下げられた。
婚約者のシャルローズに挨拶をしたのだとすぐに理解したが、知らない人とすれ違う度にシャルローズは名前と家柄を教えてくれた。ここには容姿端麗、スタイル抜群の女性がたくさん住んでいるのだ。
王子は三日の間は個別の部屋を用意してくれたのだが、シャルローズは「相部屋にして欲しい」と自分から名乗り出た。心優は16歳。シャルローズは18歳。シャルローズの方が2つ年上だが、お城にいる女性の中では一番年が近かった。
「私、ミーユさんとお友だちになりたいの」
シャルローズは『婚約者』の身分でありながら、のんきに心優と友達になりたいと言う。彼女の純粋無垢な瞳がまた恐ろしい。
「あ、えっと……! 私、階段の掃除をしてきます……!」
心優はシャルローズから逃れようとする。しかし、シャルローズは逃げる心優の手を掴んだ。
「私の相手をするのもあなたの仕事よ。……それにこのお城には他にもたくさんのメイドがいるから糸屑一つ落ちていないわ」
そしてシャルローズは心優のメイド服を指差す。
「それ特注なのよ」
ブルーのロング丈のメイド服。フリルがふんだんにあしらわれた真っ白なエプロンに、同色のヘッドドレス。袖口が大きく広がった姫袖にスカートの裾には白バラの細かな刺繍。シャルローズがいう通り『この格好で掃除をする』とは思えない。
「ミーユさん? あなたには私とどこか同じ臭いがする。あなたおとぎ話には興味あるかしら? 信じてもらえないと思うけど、私はこの世界の人間ではないのよ」
「……!?」
「簡単に言うと異世界転移したといえばいいのかしら? 元々私の住んでいた世界はアオカケス国。本来の名前はシャルローズ・ノヴァーリス。リーフ国で悪い男に乱暴されそうになった所をイーグレット王子に拾われたの」
心優は自分の他にも異世界転移した人間がこの世界にいただなんて知らなく驚いた。シャルローズは自身の孤独と不安を埋めるように心優の体に寄り添う。
「王子に拾われてからこの広いお城でずっと一人だったの。彼は他の誰よりも私に優しくしてくれるけど、仕事が忙しくてずっとは一緒にいてくれないから。……三日間だけでも、あなたが来てくれて本当に良かった……ずっとここにいてね? ミーユさん……」
シャルローズの声はか細く今にも消えてしまいそうだった。知らない土地でどれ程の時間を一人で過ごしてきたのだろう。この世界に来てまだ数週間しか経たない心優には彼女の『孤独』を理解するには全然足りないが共感できる部分はある。
自分が乙女ゲームをプレイしてゲーム内で異世界転移した時は『王子様との愛が永遠であれば良い』と思っていた。王子様と結ばれ『現実世界』に帰った時にはどこか切なかった。
しかし、いざ現実に自分自身に同じことが起こってみれば、生まれ故郷のある『元の世界に帰りたい』と思うことは自然のことなのだ。
「……シャルローズさんは元の世界に帰りたいですか?」
「……ええ、私は今すぐにでも早く元の世界に帰りたいわ」
心優は彼女の寂しそうな瞳を見て決意する。
「私が、あなたを元の世界に戻します」
心優は『ただのモブキャラ』ではない。この世界である『清き乙女は王子様に寵愛される』を幾度もプレイし、攻略方法を知っている『オトメ女子』だった。
そして今や『物語の邪魔になるクロウ伯爵の使用人』という重要なポジションを持っている。
シャルローズは容姿端麗で性格も非常に良い。何よりも『イーグレット王子の婚約者である』。一人ではハッピーエンドは無理だったけれども、二人ならなんとか彼女を元の世界に帰らせてあげられるかもしれないーー……。
「それは、本当ですか?」
シャルローズは花のような笑顔を見せ、心優に全てを捧げるようにぎゅっと抱きついたーー……。




