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伯爵の古き友人があの方だなんて一言も聞いていない

いつも読んでくださりありがとうございます!

2章は個人的に私の好きなお話です。


「む、無理……」


「無理ではない」


「クロウ伯爵、そんな無理矢理。だ、ダメです……私には無理です……」


「こんな物慣れだ」


「そんなに強くしては……だっ、ダメですってばぁぁぁぁぁぁ~~……」


 《グシャッ……》


 心優は固いれんがの敷き詰められた地面に倒れ込む。


「あいたたたた……やはり私には高いヒールを履いては歩けないようです……なので残念ですが、私はパーティーに参加せずにエメさんと一緒に馬車で待機しております。では、行ってらっしゃいませ。クロウ伯爵」


「はあ!? 今更、何を言っている!! おまえも行くんだミーユ! 何せおまえは俺の()()()なんだからな!」


「む、無理です……! ()()()()()()()()()ということすらも恐れ多くプレッシャーだと言ってるのに、私、私、誕生日パーティーの主催者で伯爵の古くからの友人が()()()だなんて聞いていませんでしたもの……!」


「それは事前に伝えてしまったら、ノミの心臓のおまえが気にすると思ったからだ。それとも、言っていたらおとなしくついて来たか? 絶対に屋敷で待っていると言って一歩たりとも出てこないだろう!?」


 嫌がる心優に何とか納得してもらおうとクロウ伯爵はガミガミと説教をする。それがまた彼女を萎縮させてしまって、逆効果だと言うことを知っているのは、二人の喧嘩を側で見守っているエメしかいないのだけれども……。エメは心を鬼にして知らないふりをしていた。


 伯爵が怒るのもそのはず……。


 もう既に馬車は目的地に到着してしまっていて、パーティーは始まっているのだから。

 大きな大きな門の先にきらびやかに輝くお城が見える。暗い夜空に包まれ光を益す水晶(クリスタル)。この世界に迷い込んだヒロインならお城を見ただけでも心ときめくだろう。しかし、心優は伯爵から素晴らしいドレスをいただいても嘆き、折れそうな高いヒールを履いては、ぺたんこのいつもの靴を履きたがった。


「ちっ……」


 駄々をこねる心優に対して怒りがマックスになったクロウ伯爵は彼女の体を軽々と抱き寄せお姫様抱っこをする。


「クロウ伯爵……靴はいかがいたしましょうか……?」


 靴を置いてでもと彼女を抱えて伯爵が走り出したので、エメが見かねて靴を持って追いかける。


「駄々をこねるお子ちゃまなど素足で結構!」


 エメは心優の靴を抱き締めて、ハンカチで涙を拭うふりをして二人を見送った。


「どうか楽しんでいってらっしゃいませ、クロウ伯爵。そして……婚約者の心優さん……」


 *


「クロウ伯爵……待ってください! 私、心の準備がまだ! それにこの格好……お姫様抱っこなんで目立つことはやめてください……! 抱っこされるくらいなら歩きます……! 素足で地べたを這いつくばりますからああああ!!」


 顔が真っ赤になり恥ずかしがる心優を無視してクロウ伯爵は口をへの字に(とが)らせ城へと走る。そこまでしても彼女を『婚約者』として連れていきたがっていた理由はなぜなのだろう。それは『伯爵の意地(プライド)』か、それともーー……。


 お城の門を潜り、招待状を見せてお城の中に入る。すると城の兵士が不審に思い声をかけてきた。


「クロウ・ブラックジェイド伯爵、あなたは招待状で名前を確認できましたが、そちらの方は? 一緒に招待させていただいた方は記録によると確か執事の方のような気がしましたがーー?」


 心優は疑われて顔から汗が吹き出す。


(ほら、言わんこっちゃない……!!!)


「俺の婚約者のミーユだ! ミーユ・()()()()()()! 婚約者なら連れてきても何も問題はなかろう!」


 心優はますます大量の滝汗が流れた。

 心の中で「私の名前はそんなに美味しそうな名前じゃない! 心優(みゆう)よ!」と叫んだ。


 兵士は年が離れた少女がどうにも『婚約者』には見えなかったらしく、名前を確認できる証拠が欲しいと言う。思わぬ時間をとられイライラしだす伯爵を見て、心優は「これ以上悪魔を挑発しないで!!」と思った。


「わ、私やっぱり帰ります……!!!」


「待て、騒ぐな」


 いきなり肩を抱き寄せられて、伯爵の顔が迫る。長い前髪の隙間から黒い宝石に囚われる。


「少し黙っていろ」


 綺麗な顔立ちの伯爵の薄い唇が閉じて、心優は思わず目をつむってしまった。先程まで遠くで聞こえていたバイオリンの演奏がやたらと近くで聞こえる。伯爵は心優の頬にそっと口付けをしたーー……。


「ーー!!??」


 兵士はいちゃつく二人を正真正銘の『恋人同士』だと思い部屋へと案内した。本人たち以外には『愛する人の唇に口付けをした』としか見えなかったのだからーー……。



 二人は演奏が聞こえるダンスホールの扉を開けたーー……。

 (まぶ)しいほどの金の装飾。夜空が見渡せる大きな窓に幾千個の灯りかともされたシャンデリア。

 バイオリンの音楽に合わせて踊る紳士熟女。誰もがすてきなドレスとドレスコードを着て優雅に踊っていた。


 そして、一番遠くに手にグラスを持った人たちが集まり楽しそうにお(しゃべ)りをしていたーー……。


 クロウ伯爵は古くからの友人の姿を見つけると近くのテーブルの椅子を引き、彼女の居場所を指定する。


「ふて腐れている所悪いが少し席を外す。すぐに戻るからここに座っていて欲しい」


 長いドレスは椅子に座ると足がすっぽりと隠れた。クロウ伯爵は果実水とマカロンが盛られたお皿を持って来ると心優の頭を()でて人だかりの中に消えて行く。


 色とりどりのかわいらしいマカロン。

 然り気無く盛られたクリーム。

 

 心優は伯爵の姿を目で追い掛けていた。


 見覚えのある豪華爛漫(らんまん)なお城。

 そして、伯爵が軽く声をかけ挨拶(あいさつ)した男性。


 《チリンーー……》


 心優は記憶を(よみがえ)らせるように辺りを見渡し、確信するーー……。


 白銀の短髪に淡い水色の瞳。どこか優しくほほ笑みながらも、ドレスコードを着て自分よりも目立っている伯爵に『嫉妬心』を隠せない男性。そう、それはーー……。


「イーグレット・ウォルターオパール王子……!!」


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