伯爵からの強引なデートのお誘いです
心優は厨房に立ち頭を悩ませていた。
『この世界の台所仕事が素人には難しいからだ』
食器を洗ったり、拭いたり、食器棚からお皿を取り出したり調理された料理を盛り付けることは容易くできる。しかし、見たところによるとこの世界には『ガスコンロ』や『冷蔵庫』というものが存在しないらしい。
厨房に置かれた暖炉に薪をくべらせ火をつけると、エメが事前に用意してくれていたソーセージを火のついたフライパンに入れ料理する。
「エメさんがお屋敷に戻られたら、料理を教わらないと……」
棚にジャガイモが大量に置いてあったので、一つ一つ丁寧に水洗いをする。
「5時までに作り終わるかしらーー……」
何やらいい香りがしてきて、眠っていたクロウ伯爵は目を開ける。するとそこには肌触りの良いブランケットがおなかに掛けてあった。
「ぐうぐう」
テーブルにはおいしそうな出来立ての料理が並んで、その横ではメイド服を着たままの心優が眠っていた。
お皿に盛られたのは皮つきの蒸したジャガイモ。素手で触ると熱く、少し冷ましてから食べる。取れ立てだからなのか味付けをしなくても実においしい。口の中で蕩けるように柔らかく、バターも使っていないのに濃厚でとても甘い。
スープをスプーンですくって飲む。やわらかく煮込まれたカボチャのスープだ。無難な味だけどそれはどこか子供の頃に母が作ってくれた心が暖まるスープに似ていた。
伯爵はブランケットを心優の肩にかけると背伸びをする。
無事心優の初日は終わりを告げたーー……。
*
明くる日、心優はベッドで目が覚める。
窓から朝日が射し込めると懐中時計の針を確認する。
《時刻は午前8時ーー……》
「街に買い出しに行く」
朝食を食べ終わると支度が終わった伯爵が厨房でお皿を洗っている心優の元へとやって来る。
「はい、行ってらっしゃいませ。クロウ伯爵」
心優は笑顔でほほ笑むとまた皿を洗い出した。
「おまえもついてくるのだ、ミーユ!」
心優は目を真ん丸くして伯爵を見つめる。
「私はまだお屋敷の掃除が残っていますし、今から家畜に餌をあげないといけません。鶏や馬や牛が朝食を首を長くして待っています」
伯爵は腕を組み心優を不機嫌そうに睨み付ける。
「一時間待ってやる。必要最低限の仕事を済ませ、おまえも早く着替えてくるのだ!」
「え?」
「屋敷の掃除などいつでもできるだろう。今すぐ客人が来るわけでもないし」
「服はおまえが家畜に餌を与えている合間に俺が適当に選んでおく。さあ、急げ!」
「ええええーーー!?」
伯爵に背中を軽く押された心優は急いで家畜に餌を与えに行く。
「クロウ伯爵ーー……。一時間と言われても、家畜の数が多すぎるんですけどーー!!!」
dream・workerはやりこみ要素が多くてプレイヤーを楽しませるが、この時だけは恨んでしまった。
「ミーユ、準備は万端か?」
目の前に黒い馬が一頭。
薄紫色のブラウスに腰のコルセットが編み上げられた深紫色のワンピース。同色色のケープを羽織り、フリルをふんだんに使ったお袖止めがなんとも美しい。金色のハートのチャームはどうやら伯爵の好みで選んでくれたそうだ。
伯爵は慣れた手付きで馬に乗る。
真っ黒なコートに身を包み、巨大な馬をも圧倒させる威圧感はもはや年季が入った『悪役』にしか見えない。
「それでは行ってらっしゃいませ」
「今更、何を言う」
「だって馬は一頭しかおりませんわ」
「一緒に乗るんだから一頭で十分だ」
伯爵は自分の手前を指差し、ロープを持つ手とは反対の片方の手を差し出す。
「えええーーー!!??」
尻込みしていると彼は心優の腕を引っ張り、抱き寄せるようにして馬に乗せてくれた。
「行くぞ!」
恐怖で青ざめる心優をよそ目に馬は急ピッチで街へと急ぐ。
(きゃあああああ……! 私はこんな展開、全然求めてませんからぁぁぁ!!)
*
一見、のどかな街並みは女性のプレイヤー、乙女ゲームの初心者にも分かりやすく作られている。
スプーンとフォークの吊り看板にrestaurantと書かれたお店は休憩所である。薬品が入ったガラス瓶にgeneralshopと書かれた看板は、薬やハーブに日常生活で使う便利な道具、長期保存できる缶詰が揃った雑貨屋である。
この世界に迷い混んだヒロインはお金を稼ぐため吊り看板にhotelと書かれた宿屋に足を運ぶ。一階のエントランスにある掲示板に貼られた求人で自分の運命を決めた後はどこからともなく偶然やって来た王子様に出会うのだ。
街の村人の視線が痛い。それもそのはず、滅多にお屋敷から出ないクロウ伯爵が自ら出向き、堂々と目立つ黒馬に乗って『庶民顔の娘』を連れているのだもの。心優は恥ずかしくて顔から火が出そうだった。
「もうすぐ着く」
ハンマーや金槌にrestoreと書かれた古びた看板は修理屋である。お馴染みの木の扉を開けるとカウンターには、ウェストポーチに工具を詰め込んで汚れた作業着を着た厳ついおじさんが立っていて声をかけてきた。
「頼まれていた物は出来上がってるぞ!!」
「さすが早いな」
おじさんは伯爵に一本の杖を渡した。
「もう一度確認するが、取れていた宝石はガーネットで間違いないな!?」
「……ああ」
「出来栄えを確認してくれ!!」
杖の持ち手の部分には鴉の左右の瞳の宝石を確認すると、クロウ伯爵はおじさんに代金を支払った。
「またのご利用お待ちしています」
伯爵は出来上がったばかりの杖を手に持つ。「隻眼の鴉も本来の姿に戻り実に嬉しそうだ」と伯爵は左右の鴉の瞳を眺めて呟く。心優はそれを隣で見つめていた。
「大事な杖の宝石が無くなっているのに気がついてな、おまえにはじめてあった日はこの用事を済ませた帰りだったんだ。
一週間後に大事な古い友人の誕生日パーティーがあるんだ。それに間に合って良かったよ」
「誕生日パーティーーー?」
「誕生日パーティーは毎年招待されているのだが、いつもはあまり気がのらなくてな、不参加のお詫びとして手紙とささやかな贈り物をしている。
きっと今年も盛大なパーティーをやるつもりだろう。今年はどうしても来て欲しいと言われ断れなかったのだよ」
「それでは私はお屋敷でお留守番してますので、ゆっくり羽を伸ばしてきてください」
「……なぜ、おまえを連れて来たかまだわかっとらんな?」
伯爵は二階の洋服屋に嫌がる心優の腕を引っ張って行く。
「おまえも一緒にパーティーに行くんだ!!!」
「ええええーーー!!!」




