伯爵から渡されたのは意外なメイド服でした
*もう少し二人のほのぼのとしたやり取りが続きます*
おなかが一杯になったクロウ伯爵は「掃除を始めるにも汚れても構わない衣装がいるな」と言い出し、二階の衣装部屋の扉を開けた。
壁一面が棚になっており、上から下までぎっしりと綺麗に陳列された靴やバックに帽子の数々。
それだけではなく無駄がないように縦に並べられた洋服ハンガーには高そうなドレスやブラウス、コートなどが掛けられている。
そこはまるで、一歩高級ブランドショップの店内に入ってしまったようだったーー……。
「ま、眩しいーー……」
淡いシャンデリアの光に包まれ、高級な洋服の数々に目眩がしそうだったーー……。
「もし欲しいものがあればここから自由に取っていくといい」
心優はハンガーに掛けられているドレスを一つ手に取り自分の体に合わせてみたが、残念なことに背が低くて、手も足も短い彼女には不釣り合いだった。
クロウ伯爵は手前の背の低いチェスト・オブ・ドロワースから以前雇っていた使用人のために用意しておいた新品の衣装を取り出してくれた。
「ミーユの髪色は明るめの黒だから真っ黒な衣装よりも灰色の方が似合う」
そう言って可愛らしい丸襟のまあるいクルミボタンがついた灰色の衣装を心優に渡す。心優は受け取ると奥のカーテンを開け着替えをする。
カーテンから顔だけだし「覗かないでよ?」と言おうかと考えたが、きっとカーテンの向こうでは伯爵が腕を組み仁王立ちで睨むようにこっちを見ているので、冗談を言うのは止めにした。
スカートは膝がすっぽり隠れる長さで色は明るめの灰色のメイド服。腕を動かしやすいようにと半袖で袖の部分は丸く絞られてある。
エプロンは白を想像していたが、なぜか真っ黒。エプロンの紐の部分を背中でクロスしてリボン結びに結ぶ。お腹の下に左右につけられたエプロンのポケットに手を入れると黒いレースの手袋が入っていた。5月は生足ではまだ寒いので黒い薄手のタイツを履く。メイド服には可愛らしい靴が鉄板だがクロウ伯爵が揃えてくれたのは足が痛くならない黒の革靴だった。
首には先ほどクロウ伯爵からいただいた鍵をぶら下げて、鏡の前でくるくるとまわってみる。いろんな角度から制服を確かめてみたけれども、おじきをしても絶対にお尻が見えないようなので安心した。
そして、最後にグレーに黒いレースがついたカチューシャを頭につける。
ーーうん! やはり乙女ゲームの『ヒロイン』というよりは『影が薄いモブキャラ』にしか見えないーー!!
心優は着替えが終わったのでカーテンを開ける。クロウ伯爵は立っているのに疲れたのか、シューズラックに座っていた。スラッと長い足を組み膝に顎の下に手をあて退屈そうにしていた。
「無難だな」
クロウ伯爵は立ち上がると衣装部屋を出る。
簡素な答えに「まぁ、そんなもんですよね」と軽く受け流し、彼を追いかけた。
軽くお屋敷の大まかな間取りの説明をされた後に、モップと箒とバケツに雑巾の掃除用具を渡される。
「俺は書斎で本を読んでいるから何かあったら呼べ」
「はい」
心優は手始めに玄関から掃除を始めることにした。
玄関、階段、客室、厨房、広間。
拭いても掃いても磨いても広い広い広いお屋敷の掃除は全く終わらない。
昨夜伯爵が眠ったソファーの上には、脱ぎ捨てられた寝間着とバスタオルが置いてあり、自分の洗濯物と一緒に庭の一角に立てられた洗濯場で石灰水に浸しゴシゴシと手洗いした。
洗った洗濯物は木材に縄を引いたお手製の洗濯物干しに一枚一枚シワを伸ばしながら丁寧に干す。
『乙女ゲームの世界』は『極めて英国風』なのだが、さすがやりこみ要素の多いゲーム会社が製作しただけあっていろいろと細かい。棚を開ければお洒落な食器が。机の引き出しを開ければ羊皮紙とインクと羽ペン。高そうな坪や花瓶、グラスやお皿を等傷つけないようにチマチマせっせと働いているといきなり後ろから首根っこを捕まれた。
「ミーユ、おまえ休憩してないだろ」
「えっ……!?」
広間の暖炉の上に置かれた時計の時刻を確認すると時刻は正午3時過ぎ。心優は「今日は遅刻してしまったので、休憩は結構です」と言おうとしたが、クロウ伯爵は自分の胸ポケットから懐中時計を取り出すと、心優の首にかけた。
「これもつけとけ」
懐中時計の表面には鴉の紋章が彫ってある。なんとも高そうな懐中時計だった。
クロウ伯爵は心優を窓際のソファーに座らせる。
どこからか怪しげに光輝く金色の缶を持ってくるとぶっきらぼうに心優に渡す。
クロウ伯爵は心優の隣に座り、読みかけの本をまた読み始める。心優は恐る恐る缶の蓋を開けると、中にはこれまた美味しそうな焼き菓子が入っていた。
「休憩は一時間だけだ」
「クロウ伯爵、私何か飲み物を取ってきますね……!」
心優は嬉しくなって厨房に走っていった。
雨が晴れた庭には綺麗に手入れがされたミズキの花が満開に咲いている。
年老いたエメは濡れた洗濯物を絞ったり干したりする体力は既になく、大きな洗濯物は街の業者にまとめて頼んで、小さなものだけ天気の良い日に洗って風通しの良い室内に干していた。
大空を大きく扇ぐ洗濯物を見たのは何年ぶりだろうかーー……。そして、厨房から聞こえる女性の足音。優しく名前を呼ぶ声ーー……。
「伯爵紅茶の葉がありましたけど、ホットとクールどちらがいいですか?」
レースのカーテンが風に大きく揺れ、分厚い本のページがパラパラとめくれる。
「クロウ伯爵ーー……?」
時刻は正午3時過ぎ。
「もう、またこんなところで寝てーー……風邪引いてしまいますよ……?」
お昼寝の時間だーー……。




