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アナザーエデンワールド〜計画された世界で今日を生きる〜  作者: ヒナの子
〜序章〜地球での生活編
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第五話 最後の教室

「おめでとう天野特佐。これで君も異能者だ」


「笑いが抑えられてないですけど」


 目の前にはこの国の切り札である五人の異能者。喋っている本人以外は我慢せず笑い、喋っている本人も頬がぴくぴく痙攣している。


「悪いな少年よ、余りにも滑稽すぎてな」


 すっげえムカつく目の前の男性は瀬名特佐だ。ナルシストでムカつくイケメン野郎だが、実力がある為仕返しが出来ない。


「やめてあげなさいよ、アリス君だって好きでやっている訳じゃないんだから」


 一見優しい言葉を掛けているように聞こえるこの女性は滝澤特佐だ。言葉は立派だが、誰よりも笑いが堪えられていない。


「いや、軍服姿もかっこいいよ……」


 遅れて後ろから来た小柄な女性は小町特佐だ。コマちゃんの愛称で可愛がられている(主に滝澤特佐に)が、自己宝具を使うと口が悪くなるらしい。


「皆さんはこれを見て何が面白いんです?」


「「十五のガキが軍服着てること!」」


「そうですか、分かりましたが取り敢えず写真撮るのやめてもらっていいですか」


「えーしょうがないな」


 ピロン、全員の携帯電話の画面に『写真が送られました』と表記されていて、自然にそれを開くとまた一斉に笑い出す。


 写真を送ったのは(あかつき)特佐。よく言えば好奇心旺盛。とにかく一番めんどくさいことをしでかす異能者だ。


「似合ってないのは自分でも分かってるんですから、もういや」


 また笑いが起こり、少年はガクッと項垂れる。


「景気づけにどっか行くか?」


 就任した祝いとして何か奢ってやろうということだろう。


「それはまた今度の機会にしてくれ、天野特佐少し来てくれ」


「はっ」


 会議室から出てきた雨宮司令官に呼ばれついて行く。暁特佐達も面白くなさそうにどっかへと姿を消す。


「このまま帰るところだったかな?」


「特に用事はありませんので」


「そうか、少し忠告しておきたいことがある」


 一息置いて再び目が合う。


「君のいる町、蔵沢町(くらさわちょう)に『堕天の熾天使』が潜んでいる可能性が高いとは前から言っていたが、それが確証に変わった」


「それは姿が確認されたのですか?」


「いや、君の報告の消える異能者、これで全ての辻褄があった。ここ最近都心部で通り魔事件があったのは知っているか?」


「いえ、初耳です」


 基本ニュース番組などは見ないのに加え、今週は忙しすぎた。


「表では十数人の一般人が通り魔に刺されたとなっている。それによって様々な権力者達の警護は強化されたのだが、真実は別にある」


「どういう事ですか?」


「刺された中に軍部への資金提供している会社の重役がいた。そして監視カメラには急に刺されて倒れた様子が映っていたが、犯人も凶器も映っていなかった。これらが示すことが分かるな」


「私が遭遇した敵と同じです。しかし、なぜ蔵沢町なんですか?」


「蔵沢町行きのバスから血痕が見つかった。そして殺された重役は反大東亜派への資金提供もしていた」


 反軍部、反大東亜。これだけで『堕天の熾天使』を確証づけられる。その上蔵沢町へのバスに乗れるのは今のところ住人と一部の人だけだ。


「分かりました。気をつけておきます」


「学生の可能性もある学校内でも注意を怠るな」


「はっ!失礼します」


 流石に学生はないだろうと思い同級生達の顔を思い出し、少し忘れかけていた学生有栖川冬人の問題も思い出した。

 明日からの日常を考え、ため息が漏れる。

 目の前にはめんどくさい異能者達がいた。


「ボーリング行こうぜ!」


 その後は思ったよりも楽しく、みんなで遊んだ後夕方の蔵沢町行きのバスに乗った。

 家につき、無事報酬が振り込まれていることを確認して安心し、そのまま床についた。



 布団からの温かな誘惑を振り切り顔を洗う。

 朝食がないことに気づき、コンビニで買ったものを教室で食べる為、家を早く出た。


 七時五十分。下足箱を開けると律儀に泥水で洗われた上履きと黒封筒が一つ入っている。


 いつもの軍部からの黒封筒とは違い白かったらラブレターかと勘違いしそうな大きさの封筒だ。

 中を見る前に先に上履きをどうにかしようと思ったがどうにもならないことに気づき、購買で新しいのを買いそれを履いて教室に向かう。


 早く来たはずなのにも関わらず中からは騒がしい声が聞こえる。


 ガラガラ。ビクッ!!


「な、なんでこんなに早く来るんだよ!」


 馬鹿馬鹿しい付き合ってられるか。朝早く来ていじめとは暇なもんだ。


「どけ」


 男女合わせて十五人くらいか。律儀に小南と拓夢もいるようだ。


「な、何偉そうにしてんだよ、オタクとかキモすぎなんだよ!」


 しまったと思った時には時既に遅く、飛んできた拳の手首を掴んでしまっていた。


「離せよこいつ!」


 素直に離すとは思っていなかったのだろう。力一杯手を引っ込めたので後ろによろけ俺の机に片手をついた。


「陸、ばか! 触ったらダメだろ!」


 隣にいた男子生徒の発言で、目の前のうるさいヤツの下の名前が陸だということを思い出した。


「うわぁ手洗ってくる!」


 俺はそっちのけで教室から出ていってしまった。


 机にはのりがベッタリと付いており、とても使える状態ではない。だが椅子へののり攻撃はほとんどまだで、ティッシュで拭いて座ることが出来た。


 それとほぼ同時に陸という男子生徒が戻ってきて、うるさくなるかと思ったがさっきの隣の男子生徒が止めたようだ。


 全く朝から勘弁して欲しい。

 教室では俺対その他の生徒みたいな構図が出来上がっていた。拓夢も勿論その輪の中にいる。


 気を取り直してずっと気になっていた黒封筒の中身を見ようとする。この時点で生徒の誰かが入れた悪戯だろうと思ったがそれにしては黒封筒に高級感が溢れ過ぎているとも感じていた。



 有栖川冬人

 この世界から出ていけ、邪魔だ。



 なんじゃこりゃ…期待外れにも程があると思った瞬間、黒封筒から闇が溢れ出す黒い光の様だ。教室の反対側からも悲鳴が上がる。



 目を開けるとそれはまるでラノベの中の異世界の様な風景だった。


 ズキン、ズキン。


 激しい痛みが頭を襲う。意識は保てるが尋常ではない痛みだ。周りを見ると他のクラスメイト達は一人残らず同じように頭を抑えている。声を上げるのも厳しい痛みだ。


 何分だったのかほんの数秒だったのかは分からないが頭痛がやみ周りを確認すると、そこには自分以外のクラスメイトが倒れている姿があった。


「勇者様が来てくださった……」


 目の前にはいかにも神職者っぽいお爺さんたちが涙目で見つめてきた。


「え、あの」


 言い終わる前に世界が回転し始めそのまま気を失った。

 どうやら俺はラノベ主人公になってしまったらしい。




 白い、見慣れた保健室の天井……とはいかなかった。教会の天井としか言えない天井。


「夢じゃない…か。完全に異世界か」


 体を起こすとクラスメイト達はまだ誰一人として起きていなかった。倒れていた付近にさっきのお爺さんたちが集まっている。

 気づかれたらどうすればいいか分からないので、まだ起きていないふりをする。


 五分足らずであちらこちらで声が聞こえ、やはりお爺さんたちが勇者様がと言って駆け寄っている。


「あと一人だけですな」


 その声が頭上から聞こえ、いかにも今目覚めたように目を開ける。


「おお、お目覚めになられた!」


 周りを見ると現代っ子と言うべきか携帯中毒と言うべきか。各自携帯電話に夢中だが、その成果を得られたものはいないらしい。光がついている画面が見受けられない。


「ここはどこですそれと他に持ち物はなかったですか?」


「何点かこちらで預からせております。ここはラノム王国の大聖堂でございます」


「確認ですが日本という国はありますか?」


「すいません。聞いたことがないです」


 異能者達の行く異世界は、人間が滅び、獣が跋扈した世界なはずだ。


「えっと今は何語で話してますか?」


「勇者様と同じラノム語です」


 ラノム語イコール日本語なのかは分からないが取り敢えず確実に日本ではないらしい。


「さっきから勇者勇者って言ってますけど、タダの学生ですよ」


 勇者なんて物語の中だけでいい。ラノベ読んでて毎回一番不幸なのは勇者になってしまったタダの学生だろ、自分の世界ぐらい自分で守れってんだ。


「ご謙遜を、手の甲に魔導師の素質である霊痕(れいこん)が刻まれているではありませんか! しかも黒!最強の証です!」


 だそうだ。異世界を渡れば自己宝具が手に入るのは本当に適性者だけなんだな、、俺はどうなってんだ?

 散々危ない危険など言われて止められていたのに特に何ともない。

 で、霊痕はあるのか?


「ひっ!?」


 手の甲を確認する前に目の前の神職者の口から悲鳴が漏れる。


「どうかしたんですか?」


「か、髪の毛が……の、呪いの子!」


 前髪を引っ張ると、見事に脱色した白髪が。

 これが異世界に渡ったリスクか、安いもんだ。


「呪いの子とは?」


「の、呪いの子とは言葉の通り呪い持ちの事です。白髪はその象徴で」


 多少ビクビクしながら、頬も引き攣っているが一生懸命話してくれている。呪い持ちは相当怖がられているな…


「呪い持ちはどうなるんですか?」


「法的にはどうもなりませんが、迫害、人種差別の対象として太陽の下は歩けないでしょう」


 呪いの心当たりは特にないし、やはり異世界に渡ったリスクという方が納得がいく。

 周りを見ると全員が落ち着いてきたようだ。


「俺達をこの世界に呼び出したのは誰なんだ!」


 陸こと中村 陸が声を上げる。俺が開けた手紙によってここに連れてこられたのはほぼ確実だが、今すぐにでも俺に詰め寄って来る人がいないところを見るに、その事には気づいていなさそうだ。

 それだけでも僥倖と言うべきか。


「わ、私達の祈りが通じたのかと」


『そんなわけあるか!』大半のクラスメイトはこう思っただろう。有栖川もその中の一人だ。


 だが、中村 陸の口から出た言葉は予想を見事に裏切るものなのか、彼らしいのかは分からないがとにかく正常な学生の言葉ではなかった。


「そうか、よくぞやってくれたな。褒めてつかわす」

 

「あ、有り難きお言葉!」


 妙に感激されているがそもそもその前のセリフがおかしい。まるで勇者であることを肯定する一言だ。


「おい、どういうつもりだ」


「ふん、なにが『どういうつもりだ』だ。俺は、俺たちは勇者だぞ! 世界を救える力を持ってるんだ!」


 こいつは馬鹿か! なんのために政府が適性診断をしてると思ってんだ⁈


「自惚れるのも大概にしろ!平和な世界に住んでたただの学生がいきなり戦う?戦えるわけないだろうが」


「う、うるさい!一人だけ霊痕が得られなくて羨ましんだろ、そうだろこの色欲魔!」


 色欲魔って失礼な。羨ましいもクソも何も指輪の方が強いだろ。



 なっ!?


「黙ってないでなんか言えよ!」


 外野から野次が飛ぶがそれどころではない、指輪が、指輪が使えないだと……こっちが本当の代償か!


「中村、うるさい少し黙ってろ。有栖川お前は何か知っているのか? 知っているなら話せ」


「この世界についてはなにも知らない」

(どうすればいい? 霊痕とやらも持たない俺はこの世界で生き残れるのか?)


「じゃあ何を知っている。それと何を焦っている。少し落ち着け」


 学年一位の頭脳を持つ男、如月きさらぎ すばる

 同級生なのにも関わらず纏う空気が一般人とは違う。どこか雨宮司令官と同じような冷たく冷えきった雰囲気の生徒だ。


 だがこの中では確実に頼りになる人物だろう、おかげで少し落ち着いた。


「俺はある事情でパラレルワールドのことに詳しい。そこに行けるのは適正者であり、軍事訓練を学んだものだ。その人らの強さも知ってる。それと同じかもしれない世界でただの学生が生き残れる訳がない」


「そういうことか。大した戦闘技術も持たない俺達は真っ先に帰る方法を探すべきだ」


 物分かりがいい。(どっかの馬鹿とは流石に違うな)


「お、おい! 勇者なんだろ俺らは! これから世界救うんだろ?」


 まだ言っていやがんのか、創作物と現実を分けて考えられないのかこいつは。


「ゲームでもなんでもない、ここは現実だ。お前は誰とも知らない人の為にここにいる全員を戦場に駆り出す気か。現実を見ろ」


 学年一位と二位に反論できなくなった中村はだってとかブツブツ文句を言ってるが、それに賛同してる男子も少なくはない。


「神職者さん、この世界には勇者が必要な敵でもいるのですか?」


 いきなりの言い争いに呆気にとられていた神職者達は怯えた顔をして、口々に呟いた。『魔王候補達』と。


「魔王候補達? どういうことですか」


 如月が問い詰めようとする。なぜそんなことを聞くのか分からないが、全員如月に任せているようだ。


「そ、その説明も後ほどさせていただきます。先に王に報告したいのですがいいでしょうか?」


「それに私達は必要ですか?」


「ええ、多分ですが」


「分かりました、同行しましょう。ですがその前に荷物を全て返してください」


「え、ええ勿論ですとも。お持ちします」


「いえ、私達で取るので場所を」


「わ、分かりました。こちらです」


 手慣れた敬語に驚いたが、完全に信用していない事が分かる。クラスメイトも少し落ち着いてきたようだここでメンバーを確認する。


 全員で十七人。

 有栖川(ありすがわ) 冬人(ふゆと)

 如月(きさらぎ) (すばる)

 中村(なかむら) (りく)

 満堂(まんどう) 拓夢(たくむ)

 華原(かはら) 翔太(しょうた)

 木村(きむら) 和樹(かずき)

 瀧田(たきた) (れん)

 西川(にしかわ) 拳西(けんせい)

 (もり) 智也(ともや)

 渡辺(わたなべ) 悠貴(ゆうき)

 小南桜(こみなみ さくら)

 田中(たなか) 瑞希(みずき)

 佐々(ささき) 愛澄(あすみ)

 長谷(ながたに) 千聡(ちさと)

 永田(ながた) (あかり)

 大森(おおもり) 和華(のどか)

 香山(かやま) 麗奈(れいな)

 これからこの一人と十六人の異世界生活が始まる。

 十七人は何も知らずに進んでいる、戦いの中心へと。


「我はラノム王国の王、サンドラ三世である。異世界からの勇者達よ、存分にその力を使い人類を守ってくれ。期待しているぞ」


 厳格な五十代のおじさんという感じの王が豪勢な椅子に座り、こちらを値踏みするような目で見ているのが分かる。期待されていると聞いて喜んでいる馬鹿も数名いるようだが。


「王よ。発言の許可を頂きたい」


 声の主は如月だ。王の面前で緊張している素振りも見せずしっかりとした声を発している。


「許そう」


「有難うございます。私達はこの異世界を救った後、元の世界へ帰れるのでしょうか」


「分からぬ。全ては天使様が導いてくださるだろう」


 お祈りで召喚され、天使の導きで帰還する、こんなことを本気で信じているようだ。常識が分からない有栖川達は戸惑う、天使などいる訳がないと。


「そうですか、有難うございます」


「では、これで終わりとする! 勇者達にはしっかりと対応するように」


 値踏みは終えたようだ。ただの使い捨ての駒として見られていなければいいがと思いつつ、王の間を後にする。


「どういうことだよ如月。世界なんて救えないんじゃなかったのか?」


 最もの質問の様に聞こえるが、少し考えれば分かることだと興味をなくし(救わないなんて言えばどんな対応をされるか分からない)与えられた部屋を出る。部屋は大広間でフカフカのベッドが左右にズラリと並び、真ん中には長机が置かれている。


「どちらに行かれるので?」


「少しお手洗いに」


「そうですか、それは失礼した」


 騎士らしき男が部屋から少し進んだ壁に立っている。有栖川は前を通り過ぎそのままトイレに向かおうとする。


「ッ!何のつもりですか」


「今のを避けられない様では勇者とは言えませんね」


 十メートル。後一メートル近ければ今頃血を流していただろう。剣先は肩の学ランを少し裂き空を切った。


「俺以外は避けられないと思うのでやめてください」


 自惚れたタダの学生にはいい薬になるかも知れないが、この男は容赦なく命を狙うだろう。


「分かっているよ。君ともう一人の子、王に質問した子。先に出てきた方を試そう思っていたんだけど、見られてしまったな」


「勇者は別に歓迎されてないようですね」


「なぁに国民には歓迎されるだろうよ」


 返答は如月の後ろから来た騎士からだ。


「この馬鹿が迷惑かけたな。だが、身をわきまえろ、出た杭は打たれるからな」


「君達に人類は救えないよ」


 そう言い残し二人の騎士は去っていく。


「何か武道をやっていたのか?」


「まあ、そんな感じだ」


 訓練を受けているとは言えない。帰った後がまた面倒だ。


「そうか、これからどうなると思う」


「どうにもならない。お前達には戦う術を身に付ける可能性を持っているが俺にはないからな」


「見込み違いか。俺はてっきりお前は異能者だと思っていた」


 ビク!

 バレかけていたとは怖い男だな。元の世界ならタダのめんどくさいやつだが、この異世界では頼りになるはずだ。


「残念ながら見込み違いだ。俺はそんな大層なもんじゃない。それにそれも失った」


「役立たずか」


 無意識には見えないが、さらっと酷いこと言いましたよね?この毒舌野郎が。


「ああ、済まないな。魔王共が攻め込んで来た時はさっさと見殺しにしてくれ」


「そうだな。馬鹿とお前を置いて逃げる」


 かるーいジョークのつもりが真顔で返されると本当にそうされそうで怖くなってきた。守ってもらう気はさらさらないのだが。


「それにしても俺の事を軽蔑しないのはお前ぐらいだな」


 呼び方が色欲魔に定着しつつあるのが現状だ。


「横から全部見てたからな」


 んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?


 見てたって言ったか?あの時横で?


「じゃあ今日の朝、何で早く来てたんだ?」


「普段通りだが」


 そ、そうか。こいつ学年で一位だったんだった。指輪の完全暗記能力も数学には大して役に立たないからなー。それも今はないのか……



 部屋に戻ると先程の神職者が長机に地図を広げ待っていた。


「ま、まずは人類の現状について説明させていただきます」


 地図は二つ。世界地図とこの国の地図だ。

 世界の大陸の形は元の世界の太古の大陸、パンゲア大陸に酷似している。未踏の土地が多いのか地図には空白が存在する。


「こっちが人類の国で、こっちが魔族の国。これがその他の言語を司る混合種族の国です」


 比率は三:四:三ぐらいだ、空白のところが多く見られる。


「この空白のところは何ですか」


 発言しているのは全て如月だ。今になって焦ってきているのか他のクラスメイトは黙り込んでしまっている。


「迷宮都市がほとんどで、特殊な種族などの集落の部分もここに含まれています」


 人類の領地の三分の一ぐらいだ。魔族の領地と他種族の領地の国境部分に少し集中しているようだ。


「我が国、ラノム王国はここに位置します。人類の国の中では二番目に繁栄しております」


 海に面している。人類の領地の五分の一は占めているだろう。


「次に魔族の国ですが、元は一つの国しかありませんでした。しかし、魔王が死んだ今領地は三つに分断されている状態です」


「魔王候補者か」


 クラスの位置づけが最も低い有栖川の発言は反感を買うだけだが、今は自分の事で精一杯な様子が見て取れる。


「は、はい。魔王が死んですぐに四人の有力者が名乗りを上げました。しかし、その内の一人である魔王の娘は人類と他種族との和平を掲げた為消されました。よって今三人の候補者が争っています」


「その候補者達を倒せと」


(魔王の娘を援助するなら分かるが、何故候補者を倒す必要があるのかが分からない。勝手に潰し合ってくれればいいじゃないか)


「はい。候補者達が決めた魔王の決め方は国落としです。人類か他種族のどちらかを先に滅ぼした候補者が次の魔王になります。その魔王選定を止めていただきたい」


「じ、じゃあ他種族と協力は出来ないんですか?」


 初めてクラスの女子、香山が質問する。希望の光を見つけたクラスメイト達は顔を明るくさせる。闘志はすでに失ったようだ。


「試みたのですが、」


「駄目だったのでしょう。僕が他種族の王なら魔族に協力し人類を滅ぼします」


 淡々と語られた理由にクラスメイトの顔は血の気の引いた青に染まった。


「そ、その通りだと思います。送った使者の首が送られてきましたから」


 想像よりも返しがきつかったが、大方予想通りだ。現在平静を保っているのは、有栖川と如月それに、小南だけだ。


「一旦そこまでにしてくれませんか……げ、限界の人が多いです」


 すぐにネコをかぶった小南が涙目で神職者に訴えかけた。隣の如月も後ろを見てやれやれという感じだが納得はしたようだ。


「これから私達はどうすればいいの、如月君。何でこんな目に会わないといけないの!?」


「少し考える。落ち着くまで少し休憩しよう」


 そう言って部屋を出ていく。それに有栖川も従い部屋を出た。


「くそ、何であんなに落ち着いていられるんだよ!全く何も分からないところにほおり出されたんだぞ!」


「このままじゃ戦争に駆り出されちゃう、そんなの嫌よ、まだやりたいことだっていっぱいあったのに!」


 口々に文句を言っては泣き出す惨状に耐えかねた小南も外へ逃げる。


「ねえ、二人でコソコソ何話してるのよ」


「小南か丁度いい。これから僕達は生き残る為に力をつける」


「何?戦闘訓練とかするんじゃないでしょうね」


「その通りだ。王に頼めば教育係の一人や二人は貰えるはずだ」


「無理でしょうこの状況じゃ。それに有栖川君は才能無かったんでしょ?」


「ああ、だから俺は図書館にでもこもって帰る方法を探す」


「貴方が訓練に参加しないのはクラスにとっては嬉しいけれど、格闘技はできるじゃない」


「異世界の化け物相手に通用する訳ないだろ」


「それもそうね。で、私は何をすればいいの?」


 これで協力者は三人。小南の意見に満堂も賛同するのを前提に話を進めている。当の本人は自身の想い人を勝手にバラされているとは思ってもなく、出ていった彼女を追いかけるかどうかを迷っていた。


「皆聞いて!私達は異世界に来て怖いことに怯えて泣いているだけ、理不尽だと嘆くのはしょうがない事だと思う。でも!私達のするべきことは他にある!生きることよ。勿論帰ることが目標だけれど死んでしまったら元も子もないわ!だから、だから私達は」


 立派な名演説に嘘泣きだ。ここまでのものだと一種の才能として認めざるおえない。


「ありがとう小南。ここからは俺が話す」


「ご、ごめんなさい」


 ここまでは予定通りだ。クラスの頂点の名演説からの頼りがいのある天才からの提案。アクセントに下には有栖川がいるという、安心感。


「僕達は生き残る為に力をつける。つまり戦闘訓練だ。僕達には霊痕がある。並の戦士よりは強くなれるはずだ。才能のなかった奴よりは絶対に生き残れる。お前達は何もせずにただ死を待つのか?僕はそんなの嫌だ」


「お、俺はやるぞ! 絶対に生き残って元の世界に帰ってやる!」


「わたしも死にたくない!」


「じゃあ決まりだ。覚悟を決めろ、絶対に元の世界に帰る覚悟をだ」


 一時の静寂の後大きな歓喜の声。迷える子羊達に示された一つの希望の道。だがそれは茨の道。それに気づかない子羊達は先導者の後に続き王の間へ足を向けた。

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