第三話 ストーカー2
恐怖の黒封筒が来てしまった。
定期的に送られてくる黒封筒はわざわざ東京の都心まで行かなければならない。
パラレルワールドの存在が認められてから、適合者診断が世界中で行われるようになった。適合者にはこの黒封筒で結果が送られてきて、兵士として生きるか普通の生活をするかを選ぶ権利が与えられる。
しかし、適合者に選択を促す黒封筒が送られてくるのは十五歳になった日だ。適合者かどうかは先天的なもので、診断を受ける六歳から十五歳まで考える期間が与えられる。
ほとんどの人は普通に生きる道を選ぶが、兵士となると一般人とは比べ物にならない給料が与えられる。
有栖川冬人は異例だった。十五歳になる前の十四歳で本来はパラレルワールドに初めて足を踏み入れた時に獲得できる人智をかけ離れた自己宝具を手に入れてしまった。
本来、自己宝具とは本人しか扱えないものだが使えてしまったし、未登録宝具のため前の使用者も判明しない。
その為、定期的に健康診断の様に検査をしなければならないのだ。
パラレルワールドに足を踏み入れたことによって体内に未知の回路ができ、その恩恵で自己宝具を使用できる。適合者はその回路を持つ者なだけで流れる物質が無ければただの一般人だ。
その為、まだ流れる物質を持たない有栖川冬人は本来の自己宝具の力を発揮出来ない。その事もあって政府からはある程度放置されているのだ。
では、有栖川冬人が自己宝具を身につけた状態でパラレルワールドに行けば二つ目の自己宝具を得られるのか?
その結論はまだ出ていないが、危険が高過ぎると判断され禁止された。理由は本人の危険もあるだろうが、二つもの人智を超えた道具を持つ者は力が大きすぎると判断されたからだろう。
「もう十五歳か、同学年には流石にいないだろ。」
黒封筒は適合者全員に一斉に送られている。曜日も決まっているそうだ。異例の俺には知らされていないからいつかは知らなかったが。勿論同級生に適合者がいる可能性もゼロではない。しかし、現状適合者は人口の五百万分の一ぐらいだそうだ。
今日本にいる適合者であり兵士となる決断をした者『異能者』は十三人だ。
年配の方々はそもそも適合者診断を受けていないので確率はもう少し上がるだろうがそれでも希少な戦力だ。
それはともかく今日中にストーカーを捕まえなければならなくなった。ストーブの修理を終えすぐ寝たので寝不足ではない。
今日は徹底的にストーカーをストーキングしてやる!
「おはよう小南」
「へっ?お、おはよう!有栖川君から挨拶してくれることなんてないからびっくりしちゃった」
嬉しそうに話す彼女を見たクラスの面々は厳しい眼差しを向けてくるが、今日はお構い無しだ。
「少し話がしたい、昼休みご飯前に話せないか?」
バタバタ…唖然としたクラスの面々が色々ものを落とした様だ。
しまったな、今のは完全に告白するために呼び出したみたいじゃないか。
「いいよ!」
本人はそんな素振りも見せず元気に答える。
少し邪悪な笑みを見せた気がしたが気のせいだろう。彼女は天然のはずだ。
昼休み…
「告白じゃないよね有栖川君」
「ああ、勿論告白じゃない。気になることが一つあるんだ」
いつもの彼女の雰囲気ではない気がする。天然の元気はつらつな笑顔ではなく蠱惑的な笑顔な気がする。
「勿論何でも聞いてよ!」
「ある所から聞いたんだが、ストーカー被害にあってないか?」
「ふふ、何を言い出すかと思えば。ストーカー被害?あってないよ」
「そうか、心当たりがあったら言ってくれ」
「そうすれば守ってくれるの?有栖川君強いもんね」
何を言ってるんだ?完全にいつもの彼女ではない。
「何のことだ?俺は強くもなんともないぞ」
「嘘つかないで、昨日ずっと警戒してたでしょ、それでつけて行ったのよ、そしたら凄い格闘してたじゃない」
「見てたのか」
嬉しそうに何故か頬をほんのり赤く染めチラリと教室の方を見る。
「ねえ、満堂君って私の事好きだよね?」
いつもと違うと言うよりも別人だ。
「さあな。もう用はない、呼び出してすまなかったな」
「教室からここって上半身は良く見えるよね。唯一の友達の満堂君にも」
体育館の入口付近におり、壁→小南→俺となっている。教室との間に草むらがあり、胸より下は見えないだろう。
「それがどうかしたのか?」
「鈍いね有栖川君は」
チュッ。
腰に手を回されそのまま引き寄せられ、手を反射的に壁につきそのままキスをされた。
実際はこっちが被害者だ。しかし、教室からは胸より上しか見えていない、俺が壁ドンしてキスしたようにしか見えなかっただろう。
「何のつもりだ」
「分かってるくせに」
邪悪な笑みを浮かべ、すぐに俺を突き飛ばす。そして女子トイレに駆け込んだ。
ああ、めんどくさいことになった。
予想以上だった。女子は小南の心配に、男子は俺を殺しに。何人に殴られたか分からない。
勿論拓夢は口を聞いてくれない、殴られなかっただけましとするべきだろう。
「どうしたもんか」
放課後、先生に呼ばれてしまった。昨日の男がストーカーならやばいのは俺じゃなくて小南の方だろう。
コンコン
「失礼します」
「ああ、入りたまえ」
げっ!?教頭の奴もいやがる。
この学校は特別だ。学年にクラスは一つだけ、それに二学年しかない。校舎自体は前のままなので教室は余っている。教師も一教科に一人もいない。
その中でも取り分けめんどくさいのが教頭だ。校長は穏やかな人だが、教頭は激しくうるさい。
後、理不尽だ。
「君は何をしたかわかっているのかね?」
「事情は話していると思いますが」
「ッ!自惚れるのも大概にしたまえ!」
ダメ元で話してみたが案の定ダメだった。逆に怒りを買ってしまったな。既に時刻は四時を回っている。夕方のバスで向かう予定なのでさっさと案件を片付けなければならない。
「そうですか。反省していますが、それをどう伝えればよいか分かりかねます」
「校長!私は一週間以上の停学を求めます。」
「落ち着きなさい。キスを無理やりしただけで停学にはなりませんよ。有栖川君」
「はい」
「本当に反省していますか? 本当はまだ自分はやっていないと言いたいのではないですか?」
「それは……」
どっちだ? 答え一つで結果が決まりそうだ。
「正直に言いなさい」
「自分はやっていません」
「そうですか、もう帰って良いですよ。明日はお休みでしたね」
「はい。失礼します」
バタン。
扉の中では教頭のうるさい声が聞こえていたがそんなものを気にしている場合ではない。刻限は迫っている。
数十分前、放課後…
「ほんとに何なのあいつ!」
クラスの男子も女子も教室に残り、今日の出来事を振り返っては文句を言っていた。
「大丈夫、拓夢君?」
げんなりとした少年が一人。クラスの中心である彼がまだ一言も発していない。
「小南さんも帰ったんだし今日は帰ろうよ」
そんな少年の言葉は皆を落ち着けた。
「そうだね、桜も帰っちゃったし」
そうして解散した。しかし、この時仙崎薫が消えていることに気付いた者はいなかった。
同時刻、校舎裏
「厄介な事になったわね。これじゃストーカー被害を抑えようとして彼が出てくる予定だったけど、、時間が無いわ、小南桜を誘拐しましょう。彼には私から伝えるわ」
「了解した。俺達の初仕事、しっかり成功させましょう」
こくりと頷き、別々の方向へ。目的は組織の依頼を達成し、その成果を家に持ち帰ること。
失敗したらなど考えたくもない。
彼女の歩くペースが上がった。
次々に生徒が出てくるが、目標の影はない。
一通りの生徒が下校した十分後、目標がきた。
「誰か! はぁはぁ、だれか、助けて! 有栖川! 小南さんが!」
「ッ! 何かあったのか!?」
「ゆ、誘拐されたの! 黒ずくめの不審者に!」
どこかで予想はしていたのか、それほどパニックにはなっていない。もっと焦れ、そして能力を見せて、そうすれば…
「犯人に心当たりがある。市長にだけ伝えといてくれ」
そう言い残し、彼は全速力で走って行った。
向かう先は俺の家、もし思った通りならやつの狙いは…俺だ!
「おかえり少年。見事正解だ」
玄関の前にこの前の男が立っている。
「小南はどうした!」
「ああ、彼女なら君の家のどこかに監禁しているよ。いつでも殺せるようにね」
そうしてボタンを持った右手を晒す。爆弾などの解除はお手の物だが、ボタン一つでとなると迂闊な行動に出れなくなった。
「一つだけ聞きたい。……お前の目的は俺を組織に取り込むことか? どこかの魔術大国の組織さんよ。」
ピクリと眉が動き、戦闘態勢に入った。
「答える必要は無いな少年」
スパ!ヒュンヒュン!
ナイフを取り出し素早く斬りかかってくる。
鞄の手持ちの部分が切られ、顔面を狙った刺突が襲ってくる。それを左右に避け、蹴りを返すがガードされる。
「あんたは宝具を使わないのか? それともまだ持ってないのか?」
太刀筋は読めるが、蹴りが組み合わさってくると捌ききれなくなりそうだ。
「うるさい! お前には関係ない!」
持っていないと言うことはまだパラレルワールドに行かせてもらえない。
そこまで信用されていないのか。
訓練はされているが、人を殺す為であって自身を守る護身術ではないな。ただの犯罪組織というオチがいちばん楽だ、そろそろ決めるか。
十センチの針、針先に麻痺毒を発生
ナイフを捌きざまに手首付近に突き刺す。
いきなり武器が現れたのだ防げる人はそう居ないだろう。そうであってほしい。
「どこから武器を!? 宝具を使用したのか! う、腕が」
「動かないんだろ。戦いは終わりだ、このままじゃ心臓を麻痺させるまで拷問するぞ」
蹴りを放とうとしていたので容赦なく左足にも突き刺す。これで右手と左足は無力化できた。
「くっ! まさか具象化能力とは、甘く見すぎていた様だ」
「ボタンを渡せ、小南に用はないはずだ」
「いいだろう、目的は達成したからな。無益な殺生はしたくない」
ポイと軽く投げてくる。解析…電磁波型か、破壊しても問題ないな。
「柄でもないことをするが、お前どこの国の手下だ?」
「答える義理はないな」
ーインビジブル……
そう後ろから聞こえた時には俺しかいなかった。逃げられないはずだが、無闇に追う必要もないか。
透明化ならばそれなりの手練の可能性が高い、俺ごときでは返り討ちにされるだろう。
「大丈夫か?」
椅子に縛り付けられ、予想通り首輪型だった。解析、、模倣の劣化能力、変形
ガチャ、気を失っているか、どうしよう。
「ん、ここは、きゃっ!? 有栖川君?」
「よかった目が覚めたか、よし帰れ」
「え、ちょっと何で貴方の家にいるのよ。それに記憶が曖昧で」
「また今度な。お前にはうんざりしているんだ」
めんどくさいことしてくれやがって……
(やばい能力の反作用でめっちゃ疲れた、もーやだ)
「そうね、また明日」
「ああ、早く帰れ」
ガチャ。何も聞かずに帰って行った。
本人もまだ意識が完全に覚醒していないのだろう。気付いたら同級生の男子の家だなんて怖すぎる。
「報告出しとかないと」
タクシーを呼んで、市長の所までストーブと報告結果を知らせる紙を出して直接バスに乗る。この街も東京内なのだが通れるルートがなく、一度千葉を経由しなければならない。ざっと二時間ほどで着く予定だ。
午後九時到着。東京はまだまだ明るく人通りもある。ホテルにチェックインし、すぐさま寝た。
明日はめんどくさい一日になるのは確定しているからな。