第一話 とある少年
肌寒くなってきて、朝起きるのが苦しくなってきたこの季節。主人公は気だるそうに机に伏せていた。
「おはよー昨日のタツコの知らない世界見た?」
「うん、見たよ〜面白かったよね」
正直、朝からやめてくれとしか言いようがない。まあ、言う気力すらも残っていないのだが。
「冬人くんは、、眠そうだね」
ああ、見たら分かるだろ察して声をかけず立ち去ってくれよ。
「ああ、見ての通りだ。そっと寝かせておいてくれると助かる」
「うん、眠いとこごめんね。お疲れ様」
全くの悪気なく、そして素直な女子生徒。名前を小南 桜という。
大半の男子生徒から人気をかっさらっているにも関わらず、女子生徒からの嫌がらせもないほどに地域の皆様からも勿論全生徒からも好かれている。
俺は只々苦手だとしか思わないが。
「よっ! 眠そうだなまたアニメでも見て夜更かししたんじゃないのか?」
景気良く、かつ鬱陶しく声をかけて来たのはこの街の市長、満堂 次郎の息子、満堂 拓夢だ。
「ご想像に任せる」
基本的には良いやつだが、何かと鋭いのと目立つのがたまに傷だ。
今のもそうだ。声がよく通るせいで、俺のイメージを周囲に伝えてしまっている。
教室の所々でヒソヒソと、しかし確実に囁かれている。『有栖川ってアニオタで、寝不足が多いのはアニメを徹夜で見てるからだろ。』なんてことが。
まあ、間違ってはいない。アニオタでついでにラノベも読んでいる。昨日もアニメのせいで徹夜なのは間違いではない。
しかし断言できる!それの全てが俺のせいではないと。俺の『何でも屋さん』に無茶な量の修理品を出したこの街の市長のせいだ!
なんて言い訳するのも面倒なことになるだけだし、、眠くて思考が働かない。
「ほらほら予鈴がなるぞー座れ座れ」
ガヤガヤしていた教室に担任の先生が入って来て各自自身の席に戻る。一旦は囁かれるのも終わったみたいだ。
「今日からストーブが使えるぞ〜」
……
先生はイェーイという歓声を待っていたのだろうが、この街以外は日本全ての学校でエアコンが使われている時代だ。ストーブなど一昔前のものだ。
「だよなー、でも今年のは違う。市長からの最新型のプレゼントだ〜!」
イェーイ!
先生が待ち望んでいた歓声が聞こえた。
市長からの最新型のプレゼント。それこそ、ここらの徹夜の原因の一つだ。
エアコンと違い電気を使わないためこの街で重宝されているストーブだが、外の街にもエアコンだけでなくストーブも使われている。
電気とガスの併用でエアコンよりは劣るが、一昔前のストーブよりはよっぽどマシだ。
しかし、学校の快適さにかける電力などこの街にはない。そこで『何でも屋さん』に頼んで改造してもらおうということだ。
で、どうせならちょっとでもケチろうと考えた結果。廃品が送られて来た。
「拓夢の父ちゃん最高〜まじ感謝!」
斜め前の席の拓夢に感謝の言葉が降り注ぐ。
自然に斜め後ろの俺が視界に入り、感謝しろよとかなんとかが聞こえてくる。
「静かにー! ストーブで盛り上がった所でもう一つ。全校集会があります、全員体育館に向かうように以上」
ええ〜やらなんやらがあちらこちらから聞こえてくる。と言ってもさっきの歓声よりは小さいわけであるので上手く話が変わってくれて何よりだ。
「有栖川は少し来てくれ」
机に伏せたのと同時にお声がかけられた。
まったく少しぐらいゆっくりさせてくれ。
「なんでしょう」
廊下の奥に呼ばれている。教室から次々と生徒が体育館に向かうのが見える。こっちを見て手本通りにざまーみろ的な目で見てくるやつも大勢だ。
「大丈夫か?いつもより体調が優れないように見えるぞ」
「大丈夫です。いつものことですので」
週三でこの質問を聞いている。うんざりしそうに思えるかもしれないが、これはチャンスだ。保健室行きという天国への切符が貰えるかどうかなのだ。
「本当に大丈夫か?今にも倒れそうだが」
「ええ、しんどいのはしんどいですよ」
ただの学生が土日を二徹して登校だ。今すぐにでも睡魔に呑まれてしまいそうだ。
「そうか。なら、集会の間は保健室で寝ておけ、その方がいい」
よし、上手くいった。
「では、そうさせていただきます。すいません」
このど真面目教師は扱いやすくて助かる。
夢を見た。よく見る夢だ。
実際にあった出来事の断片的な記憶で構成された悲しいであろう夢。
「ん、寝ちまってたか」
「ええおはよう。二時間目までの欠席届は出しておいたわ」
保健室の温かい布団から出るのは惜しかったが、一二時間をさぼるつもりはなかったので流石に起きなければならないだろう。
「ありがとうございます満堂先生」
目の前の保健室の先生は、満堂 拓夢の母親だ。
「寝不足ね。二時間目が終わるまでまだあるけど寝ておく?」
「いえ、遠慮しておきます。外の空気を吸って体を起こさないと授業中寝てしまいそうなので」
一年後には受験が待っている。流石に今まで通りに授業を爆睡するわけにも行かなくなってきた。
十二月の半ば、高校生になって随分と時間が経った。
この雲が少ない快晴。肌寒さを誘う冷たい風。あの時もこんな天候だったはずだ。
中学二年生。ある街で災害が起こった。大勢が死に絶え、街が白く染まった、、
周りに人影はなく、厚い雪の下から呻き声が聞こえる、全方位から。
一人の少年は家族や友人などの思い出なる記憶を犠牲に生き残った。多くの大人や子供は雪に埋もれて、その生を終えた。
理由が分からない災害。正月時に街を襲い、多くの命を奪った雪崩。そもそも雪崩など起きるほどの雪は積もっても降ってもいなかったらしい。
今いるこの高校は元々この街にいた生き残りだ。親を亡くし養子になった生徒もいれば、家族全員無事だった生徒もいる。
記憶はないが多くの友が死んでしまったらしい。
葬式の記憶。
その時俺は一人だけ涙を流すことができなかった。親の葬式も、友の葬式も。
その時に声をかけてくれた人がいた。
同居人になってくれないかと。
しかし、その同居人もその一年後には亡くなってしまっていた。普通とは少し違うかったが恩人であり、ただ一人の家族だ。
葬式で俺は涙を流し大声で泣いた。その時になってやっと感情を取り戻した。
数日は何もできなかった。
しかし、そうして悲しんだのは俺だけだった。同居人は戸籍もなく、ただ一つ家を持っているだけだった、俺の本当の親である人の。
その人の仕事が『何でも屋さん』。
街を影から守るその姿はかっこよかったのだろう。自然に仕事を受け継いだ。
右手の中指にはめている指輪と共に。
キンコンカンコーン、キンコンカンコーン。
ああ、外に出たのに目が覚めていない。
帰ってラノベ読みてぇー。
見事なまでに後の五時間爆睡した。
「目の隈が取れたな」
「お陰様で。そういうお前も随分と疲れているように見えるぞ」
放課後になり話しかけてきたのは拓夢だ。
テンションがいつもより低すぎる。こっちとしてはそっちの方がいいのだが。友と言える可能性のあるただ一人の人間だ。ほとんどの人は事件後から俺に関わらなくなった。事件前まで誰かと友達だったかは知らないが。
「少しな。来年受験だろ、進路のことで焦ってんだよ」
「お前の学力なら外に出てもやっていけると思うぞ」
「学年二位のお前に言われたくないね」
「学年五位でも充分だと思うぞ」
そう、こいつは頭がいい。俺はちょっと、
いやほとんどズルしてるから良いのは当然だ。あの能力と同等の暗記力を持つ学年一位の生徒会長様には頭が下がらない。
「俺達って先輩いないだろ、だから目安が分からないんだ。首都の大学に入れって言われてるし」
あの災害は外と中を分離した。その為電力も微々たるものしかない。そんな環境で首都の大学に入れっていうのは中々の鬼畜だと思う。
「まあ、頑張れよ。じゃあな」
当時の中三の生徒達の生き残りは全員政府の援助を受け、外の高校に入学していった。
「ん、また仕事かよ」
『何でも屋さん』への依頼は家の近くのポストに入れておいて貰っている。
依頼二つ。
・ストーブ追加あり、今週の金曜日までに頼む。報酬はB。
フザケンナヨ?もう飽きてきたっての。
報酬の為にやるんだけどな。
・ストーカー被害あり、被害者は小南 桜。
高校二年生。報酬は今週中でA、来週中でB
えげつないこと押し付けるなよ。同級生のストーカー被害とかめんどくさそうな仕事を。
Aは美味しいな。
忙しくなるが黒封筒がないだけマシと受け取るべきであろうか。
これを送ってきているのは市長だ。
お悩み相談という形やなんやらで依頼を受けつけてこっちに回してくる。
有栖川少年の忙しすぎる日常が始まった。