戦ってください
「ラビィさんの身体、どうするんですか?」
「さぁ、どう……したいんでしょうね。自分でも分からないわ」
ローズには考えがあるわけでも、望みがあるわけでも、希望があるわけでも無い。
本当に自身でさえ何がしたいのか分からないまま、ラビィの身体を溶けない氷壁の中へと閉じ込めた。
「セリカ様なら、何とかしてくれる……んでしょうか?」
「それも、分からないわね……」
ラビィと同じように氷壁の中にいるセリカ。
時が来れば復活する、セリカ自身からローズはそう聞いている。
時、と言うのは、世界の理がある程度再生した時の事。
それでセリカが復活するのであれば、ラビィの事だって可能性は……ゼロ、に近くてもあるのかもしれない、とローズは思い至る。
「ゼロに限りなく近い可能性、よね……」
「そう、ですね……スタープラムの世界は、人間でもモンスターでもエルフでも、命を落としたら生き返る事が出来ない世界ですもんね。セリカ様を除いては」
「……そうね。ねぇ、リン。失礼な事を聞くけれど、あなた達モンスターはどうやって生まれているものなの?」
「えっと、私達統制者の血を持って、セリカ様が生み出す、と言うよりも創り出していました」
「蘇らせたりは?」
「さすがにセリカ様でもそれは無理でした……」
「そう。あと、あなた達統制者は?」
「セリカ様から聞いていないのですか?」
「ええ、セリカと過ごした時間はとても短かったから」
「そうなんですか。えっと、私達統制者は……実の所、元を正せばスタープラムの世界の人間、なんですよ」
「…………」
「理由はどうあれ、死に直面した人間に、セリカ様の魔力を持ってして、モンスターの血を混合させてハーフとしているんです。ただ、人間だった頃の記憶は持ち合わせていないんですけどね」
「……正直、驚いた」
「あはは、ですよね。そう思います」
「けど、納得も言ったわ。リンやラビィがどうして、人間らしく、人間以上に優しいのかって事がね」
「あの……ローズさん。やっぱり……今の話しを聞いて、憎いなって思ったりしましたか?」
「あなたやラビィをって事?」
「はい」
「人間らしい部分が憎いのかって事を聞いているのよね?」
「はい……」
「いいえ、思ったりしないわよ。これは本心。それに、セリカを慕っている気持ちが、あなたも含めてラビィからもよく伝わったもの」
ローズがリンへ伝えた通り、それは紛れも無く、ローズの本心であった。
ただ、リンには伝えたなったけれど、もしも、セリカの復活を快く思わない統制者がいるようであれば、セリカに恨まれるような事になったとしても、その統制者を手に掛ける思いがあった事も疑いようの無い、ローズ自身の本心でもあった。
「それじゃあ、私は用事があるから」
「まさか……また特訓、ですか?」
「その通りだけれど?」
「……あれは、止めた方がいいと思います。繰り返しになりますが、あの部屋は魔王の血筋を持った人しか使用出来ないんですよ?」
「それだけ危険だからって事でしょう?」
「知っているのに、何故……特訓するとしても、別の方法がいくらでも」
「ねぇ、リン。私はセリカの代理、だと言ったわよね?」
「は、はい……それは覚えていますけど」
「スタープラムの世界に必要なのは、私、じゃないの。この世界に必要なのは、魔王であるセリカ。そのセリカを復活させるのが私の役目。だから可能な限り、最短である手段を選ぶ必要がある」
「でも、もしも……命を落としたら意味が無いじゃないですか」
「大丈夫、私は死なないわ。セリカに殺されるまでね」
「どうして……セリカ様に殺されなくちゃいけないんですか。私には……意味が分かりません」
「意味、なんてあるのよ? とても分かり易い意味が。それはね、私はセリカから”恨まれるべき対象”だから、よ」
そこまでリンへ伝えたローズは、リンの言葉に耳を貸す事無く、地下の部屋へと向かって行った。
セリカを復活させる為に必要な力を得る為に。
そして……セリカに殺されるその時までの時間を、早める為に。
一方その頃のリン。
「はぁ……ローズさんの言う事は、分からないでも無いですが…………あれでは、本当にいつか死んでしまう……。後でまた様子を見にいかなくちゃ……どうせ無茶しているのでしょうから。さて、と、夕飯の準備しなくちゃ、ね」
セリカの城の周囲の森の中。
リンは炉で使う為の薪を集めに来ていた。
外はもう陽が落ちた後で、月明かりもあまり届かない森は暗く、灯り無しでは移動もままならない、のは普通の人間である場合の事。
魔物の統制者であるリンに取って、暗さ等全く関係無く、灯りすら必要が無い。
だからこそ、明るい昼間の間に外へは出ずに、こうして陽が落ち周囲が暗くなった頃合いを見計らって行動を起こしている。
手頃な薪となる木々を集めながらリンは色々と思う。
セリカとローズの関係。
セリカに対して、何故、命を懸けてまで一人で戦おうとしているのか。
リカを復活させた後、何故、殺される事を思っているのか。
そして、ローズはいったい何者なのか。
「私、分からない事だらけ……だなぁ。聞いてみたいけど、どうせ聞いても教えてくれそうにないし」
それでも、リンには一つだけハッキリと分かっている事があった。
「ローズさん……あの人は……。私達、モンスターとは違う存在……ただ普通の人間なんですよね…………」
それはローズの”影”が明示している。
ローズは影を変化させていると言っていた。
「でも、あれは嘘……セリカ様だって、自分の影を変化させる事が無理だった、から……」
セリカも含め全ての魔の者は、人間と映る影そのものが違う。
リンであれば、スライムの統制者であるから、影はスライムのまま。
ラビィであれば、キラービーの統制者であるから、蜂のまま。
それなのに、ローズの影は人間となんら変わりなく、自身の姿その状態を影として映し出している。
それならばどうして、敵対する側である人間のローズが、セリカを復活させようとしているのか。
何か、裏があるのだろうか。
ローズは、リン自身を三年間虐げていた人間と同じ。
そう思うと、セリカを復活させる事はただの名目で、ローズには別の考えがあるのかもしれない。
「はぁ……私、嫌な性格……になっちゃったの、かな」
ガサリ。
薪を拾っていたリンの耳に、微かだが、確実に何者かがこの森の中にいる足音を聞いた。
「……なんだろう。三人くらいいるようだけど、それにしても……わざわざ慎重に近付いて来るなんて、どう考えても怪しいですね……」
リンは音のした方へ、慎重に近付いて行くと、簡単に見つける事が出来た。
ランタンを手にしている人物が三人。
(エフル族……何でこんな場所まで? あの人達の領域はずっと西にある森なのに)
周辺を見渡しながら、揃って何かを探しているようだった。
食料を探しているとは考え辛い。
何故なら、エルフの住む森にも豊富に食料となる物は存在する上、エルフ達自身も菜園しているとリンは聞いた事があった。
(となると、これは……セリカ様の城を探しているのだと思うべきですね)
しばらく三人の様子を見ていたが、幸いにも魔力で隠されている城を発見出来た様子は無く、程なくしてエルフ達は森の出口へと向かって行った。
「ローズさんに知らせなくちゃ」
集めた薪を抱き抱えながら、リンは急いでセリカの城へと戻る。
夜目が効くリンに取って、暗い城までの道のりは障害とはならず、数分の後、城へと辿り着いた。
「ローズさんっ、いますかっ?!」
ローズの部屋のドアを乱暴に叩きながら名前を呼ぶ。
「ローズさんっ!」
「リン。聞こえているから、騒がないで。鍵は掛けていないから」
リンは部屋へと入り、森の中で見て来た事をローズへ伝える。
その事を聞いたローズの反応は思いの他、冷めた返事だった事もあり、ローズに取ってエルフの二、三人くらいどうと言う事は無いと分かっていても、拍子抜けしてしまったのが素直な気持ち。
「あの……それだけ、ですか?」
「ええ。特段、焦るような事も無いから放っておきましょう。あの人達は基本的に、我関せずでしょう? 何か仇成すようであれば対処を講じるまでよ」
確かにローズが言う事は一理ある。
エルフ達は、自分達に関係しない事に対して、わざわざ首を突っ込んで来る事は無い。
それがこのスタープラムの世界のエルフ達の理でもあった。
ローズの強さを目の当たりにしているリンに取って、ローズの態度が多少気にはなるが、言い返せるような言葉も思い浮かばず、リンはローズの部屋から退出しようとする。
「でも、一つだけ言わせて貰っていいかしら?」
「は、はい……なんでしょう?」
「あなたには無茶をしないで、と言ったはずよ」
「む、無茶な事なんてしていないですよ。夜目が効くのはモンスターである私達だけの特権ですし、それに、遠くから見ていただけですから」
「だとしても、もしも、と言う事だって考えられるでしょう? 何かあれば私が対処するから、あなたはなるべくここを出ないで」
「ローズさんは心配し過ぎ、です」
「転生者の能力は知っているでしょう? 人を殺めるのに躊躇いのあるリンが、もしもの時、どれ程対応出来るのよ」
「あ、う……それを言われると……」
「本当にお願いだから、心配を掛けさせないで……。ラビィのような思いはもうたくさん……」
「…………」
「私に心配を掛ける事は、この際、何も言わないわ。でも……セリカが復活した後、ラビィだけじゃなくて、リンまで命を落としていたら、セリカはきっと悲しむと思う。だから、もうこれ以上、危険が伴う事はしないで欲しいのよ……」
泣いているわけでは無い、でも、その表情はとても辛そうで、見るに堪えない気持ちとなってしまいリンは何一つ言い返せなくなってしまった。
ようやく一言だけ『ごめんなさい』とローズへ告げて、逃げるようにリンはローズの部屋から退室し、自分の部屋へと戻って来る。
「…………はぁ」
色々と思いが巡った。
ラビィの事、ローズに取っては相当堪えていると言う事。
そして、リン自身の事を本当に心配していると言う事。
それから。
「セリカ様を復活させる事に…………裏なんて無い……。ローズさんは本当に、本当に一心に、セリカ様を復活させようとしている……」
リンは心が痛いと感じた。
時間にしてみたら、半日にも満たないラビィの事に傷付いて、それでも、セリカ復活の為に止まる事も無く、休む事も無く自分の事を犠牲にしながら行動をしているローズ。
それとは対照的に、誰かを傷付けるのは出来ないと言いながら、セリカの復活を願っている自分。
普通の人間であるローズの方がずっと、魔の者として相応しいと感じ、リンは今までハッキリ出来なかった自分の考えを真剣に、長い時間を使って考えた。
「ローズさん、リンです。まだ起きていますか?」
時間にして深夜過ぎ。
眠っているかもしれない、と思ったものの、リンは自分の決心が揺るがないようにと、考え思い至った自身の覚悟をローズに伝えに来ていた。
少し待っていると、部屋のドアが開きローズが姿を現す。
「どうしたの? こんな時間に」
「あの……ローズさん、私、決めました」
「決めた? と言うのは」
「私もちゃんと戦います。殺める事は無理だとしても、相手を無効化するくらいには出来ますから」
「ついさっきも言ったけれど、あなたは無茶をする事は無いの。何かあれば私に伝えなさい」
「…………あの、これは私が自分で覚悟した考えなんです。私も魔の者の一人。セリカ様を復活させる為に、少しでもローズさんが私を気に掛ける必要が無いようにと考えた事、なんです」
「…………」
リンはローズの向ける視線から一時も視線を逸らす事無く、自分の思いが本気である意思を込めて向き合った。
「……本気だと言う事は伝わったわ。それだけでもう充分だから」
と言って、ローズが部屋の扉を閉めようとする。
「待ってくださいっ! ローズさんは分かっていません。私の覚悟がどれ程のものかなんて、少しだって分かっていないです」
「伝わった、と言ったでしょう?」
「それなら、私は自分の意思で外に出てもいい、と言う事ですか?」
「……それは、認められないわ」
「だから……伝わっていない、と言っているんです」
「何が不満だと言うの? あなたはこの城の中にいれば、身の安全を確保されているのよ?」
「ローズさんに迷惑を掛けておいて、喜べるとでも思いますか?」
「気にしなければいいじゃない」
「そんな事が出来ていれば、今こうしてわざわざ夜遅くに来たりしないです」
「じゃあ、他に、何かリンの覚悟を認めさせる方法があるとでも言うの?」
「あります…………。ローズさん、私と……戦ってください」