ごめんね
「忠告してあげる。瞬きしている暇なんて無いわよ?」
「来るぞっ!」
「相手は一人だっ、三人もいれば負けるわけが……」
それは戦士職の者がローズから目を離した一瞬の事。
「ああぁぁあああああっ! 腕、腕がぁあああっぁぁぁあっ!」
「だから言ったでしょう? 瞬きすらするなと言ったのに、私から目を離すから」
ローズの手には、戦士職の者の右腕。
「騒ぐな。今、回復する」
「へぇ、回復すると取った腕は残らないのね。せっかく返して上げようと思ったのに」
「てめぇっ!」
戦士職の者の目に、怒りの感情が宿る。
「たかだか腕一本失っただけで、感情を剥き出しにして。能力だけは高いけれど、人としては子供以下ね」
「あぁ?! 腕を取られたんだぞっ!」
「…………だから何? ラビィやマナさんは、命を取られた」
「モンスターとモンスターを庇う人間」
「だから仕方ない、とでも言いたいわけ?」
「その通りだ。悪は根絶されて、当然の事」
「その考え方は、分からない事も無いわ。ただし、私の場合は転生者……あなた達が標的だけれど……でもね」
一呼吸置いてローズは話を続ける。
「ラビィやマナさんは、あなた達に取って脅威となっていたの? そんな事無いわよね。二人とも武器なんてモノは持っていないばかりか、人間に取って害になるような要素は何一つ無かった。それをあなた達は……」
鎧のバイザーからはローズの表情を伺う事は出来ない。
けれど、ローズは心の底から転生者に対する、怒りと憎しみを抱いた、これまで以上に。
「別の世界から勝手にやって来た挙句、正義と言う便利な言葉を使って、他人の命を意図も容易く奪って行く……私は、絶対に、貴様達転生者を、一人たりとも見逃さないっ! 貴様らがして来た事と同じように、年齢性別関係無く、殺すっ!」
「転生した事なんて知るかよ。目を覚ましたらこの世界にいたってだけで、むしろ、俺達は被害者も同然だろうが」
「物は言いよう、とはよく言ったものね。好き勝手やってる癖に、何が被害者よ。ならば、被害者って事を事実にしてあげるから、さっさと掛かって来なさいな。まぁ、死んでしまったら被害者面も出来な」
言葉を遮り、ローズの眼前に迫る風属性の上級魔法。
魔法はローズの後方にまで及び、何本もの木々を容易く斬り倒して行く。
「御託を並べてるからそうなるんだ。自分の油断をせいぜい悔やめ」
「おい、俺の分も残しておけよ」
「あれ程も魔力を持った者だ。傷を負っても死にはしない」
風魔法が起こした土埃が次第に晴れて行くと、そこに、ローズの姿は無かった。
「アイツ、いねぇぞ?」
「そんな馬鹿な……。あのタイミングで避けた、とでも言うのか?」
「あんな魔法、避けるまでも無いのよ」
「なっ?! コイツ、いつの間にっ?!」
三人の中央に姿を現すローズ。
「飛びなさい。桜華っ」
魔法職の者は反応すら出来ず、強烈な打ち上げの殴打を受け、上空高く舞い上
。
「がはぁっ!」
「コイツっ……くそっ、何処だっ?!」
「上だっ!」
すでに追い掛けて飛び上がったローズは、魔法職の者よりも更に上へ位置を取り、急降下を開始する。
「彼岸華っ!」
「グアアッ!」
身体を回転させてから、強烈な踵落としで、地面へと叩き落す。
余りにも強烈な打撃を受け叩き付けられた衝撃により、地面が大きく陥没した。
「月光華っ!」
追い打ちをかけるように鉄靴の鉤爪が魔法職の者の身体を捉え、地面は更に陥没する。
一瞬の内の三連撃。
他の二人は想像離れしたローズの身体能力の高さに、その場から動くことが出来ず、ただただ様子を見守る事しか出来きず、ようやく言葉を発する。
「……どう、なったんだよ?」
「…………」
そして、ドシャリ、と音を立て二人の目の前に降り落ちた来たモノを見て、転生して初めて恐怖と言う感情を思い知らされる事となった。
「……脆いわね。最後の一撃で、身体が二つになってしまったわ」
魔法職だったモノの成れの果ては、無残にも内臓で身体がかろうじて一つに繋がっているだけとなり、仲間の二人はまともに見る事も出来ず、あまりにも惨いその姿から目を逸らした。
「試しに回復薬を使ってみたらどうかしら?」
「ば、かな……事を言うんじゃねぇっ! こ、こんな姿で、生きているわけがねぇだろっ! こんな……こんな残虐な事…………普通の神経の奴には到底出来るわけがねぇ……」
「人間達がモンスターにして来た非道の数々は許されるとでも言うの? 相手が人間の形をしていないから、身体が裂かれようが潰れようが、魔法で焼き尽くされようがそれは残虐では無い、とでも言うのかしら? 笑わせないで……自分より圧倒的に力の無いモンスター達をこの世界から駆逐した癖に」
何処の世界であっても、同じ事。
モンスターであるからこそ、人間から当たり前のように殺される。
挙句、素材と称して亡骸から身体の一部を剥ぎ取り、武器や防具の素材にし、身に纏う。
それが”死体”から成り立っている事なんて、思う事も無く、意気揚々と自慢げに。
「自分たちのしている事を非道と認識せず棚に上げて、何処までも愚かな事……よねっ!」
「ごはっ!」
篭手を地面に突き立て、引き上げると、月明かりが映し出すローズの影の中から。
「な、んで気付いた……っ?!」
「たった三人しかいないこの状況の中、暗殺者であるあなたの姿が消えている。ならば、考えられる事は一つでしょう?」
「こ、のスキルは……影に潜めた時点で…………確定、のはずだっ?! それ、なのにっ」
「どうせ自分よりも能力が低い相手でしか試した事無いのでしょう? 能力が上の者に使った時、成功の確率は……半分にも満たないわ」
「く、そっ! 放……せっ!」
首を掴んでいる腕にローズは少しずつ力を入れて行く。
「が、はっ! おごっ!」
「それで、どうするの? そこで見ているだけなのかしら?」
「くっ……」
どうにかしたい、その気持ちは確かにあった。
突然現れて魔王セリカの意思を継ぐ者なんて言う、出鱈目な者相手に、転生して強大な能力を得ている自分が手も足も出ない、そんな事を許せるわけが無かった。
でも……。
その気持ちとは違い、身体は動く事無く、たったの一歩も踏み出せない。
身体が本能的に恐怖を覚え、足が竦む。
「どうやらあたなの仲間は当てに出来そうにも無さそうよ」
「がぁあぁあああっ…………こ、の……チートヤロウ」
「……なんですって?」
「お前の、力は……反則、だって言ってる……んだよっ!」
「あぁ、そう。言いたい事はそれだけなのね? ならばもう……死ねっ! 爆ぜろっ! 火葬華っ!」
爆発音が林の中に響き渡り、火葬華の爆発によって暗殺者の者は上空高く吹き飛んで行く。
その一撃だけで致命傷を負った暗殺者の者を追って、ローズは飛び上がった。
「その身に刻んで死に逝きなさいっ! 無双斬月っ!」
篭手の両手を何度も高速で振り抜くローズの姿を、黙って見上げているしか無かった戦士職の者の表情が見る見るうちに青褪める。
暗殺者の者の身体が、一つ、二つ、三つ……ローズが腕を振り抜く度に、身体の数が増え続けて行った。
「さてと、残りはあと一人」
空から暗殺者の者であった無数の身体がバタバタと落ちて来る。
恨みがあったとしても、憎しみがあったとしても、これ程非道な事をしながら、穏やかで冷静なローズの物言いが、戦士職の者の抱く恐怖をますます上げる事となる。
見知らぬ世界へ突然転生した時は、正直戸惑いはした。
けれど、自らの身体能力の高さに気分が高揚し、実際、初めて見る一つ目のモンスターや、ドラゴンが相手でも、負ける気はしなかったし、負ける事も無く、一撃の下、葬り去って来た。
これ程気分のイイ事は無かった。
同じ転生者が相手だったとしても、自分が誰よりも強い、そう確信しこの世界を気ままに楽しんでいた。
「それが、なんだ……どうなってる、んだよっ! なんなんだよっ、お前っ!」
「言ったでしょう? 私は魔王セリカの意思を継ぐ者、だと」
「納得出来ねぇっ! 魔、魔法だって使えてるじゃねぇかっ!」
「私は一言も使えないなんて言って無いわよね? 私は”放てない”と言ったのよ? 零距離であれば問題無く使えるわ」
「騙したやがったなぁっ……」
「勝手な解釈して勘違いしているのはそっちじゃない。そんな事よりも、自分の身の心配をする事ね」
戦士職の者は考えた。
どうすればこの場をやり過ごせるのか。
どうすれば生き残る事が出来るのか。
戦って勝てる見込みはほぼゼロに近い。
それくらいの事は理解出来る。
生きてさえいえれば、いくらでもやり直す事が出来るからこそ、戦って勝つ事以外の方法を見つけなければいけない。
「悔しいが、お前に勝てるとは到底思えねぇ。だから……」
「何?」
少しでもローズの考えてる事を読み取ろうと試みたが、表情は鎧に隠されていて、微塵も感じ取る事が出来なかった。
「だから何?」
至って穏やかな口調のローズの語気からも、読み取る事は出来ず半ば賭けのような思いで、言葉を続ける。
「そいつらの取り分を、お前に全部やる……」
「交渉って事?」
「あぁ」
黙っているローズの姿を見て、戦士職の者はローズが交渉に乗って来たのだと解釈をし、更に続ける。
「それでも不満だってのなら、俺の取り分も」
と言ったところで、戦士職の者の言葉は叫びに取って変わり、林の中へと響き渡る。
「があああぁぁああっ!」
「二度、同じ腕が無くなる気分はどうかしら?」
戦意を失った者に取って、ローズの動きは一瞬たりとも捉えられず、数メートル離れた位置のローズの手には、見慣れた自分の右腕。
いつの間に、そんな事を思う余裕は、激痛により掻き消える。
「私が欲しいモノはね、この世界で生きている全ての転生者の命よ」
「……く、そっ! 馬鹿も休み休み言えっ! スタープラムの世界全員なんて、どれだけ、いると思ってるんだよっ!」
「そんなの知らないわ。でも、私は一人つず確実に仕留め、この世界の理を取り戻し、セリカを復活させる」
「そんな事、魔王、を倒した……本人に、言えよっ! 俺達に報酬を持ちかけて来たのは、そいつら、なんだからなぁっ!」
「どう言う事?」
「…………街に、やって来、て……魔王を倒した勇者だとか言いながら、俺達へ」
失くした右腕の部分から流れ出る出血が多く、そこで戦士職の者が地面へと崩れ落ちる。
「全く。脆過ぎてまともに会話も成り立たないじゃないの」
一言悪態をつきながら、ローズは火葬化を解除し、倒れた戦士職の者へ回復魔法を掛けた。「…………はっ!」
「ぎりぎり間に合ったようね。それで、話の続きだけれど、魔王を倒した本人達ってのは、何処へいるのかしら? まだあの街へいるとでも?」
「な、にが起こった……お前が、治した、のか?」
「他に誰もいないでしょう? そんな事よりも、魔王を倒した本人達はの行方は?」
「し、知らねぇ。報酬の半分を置いて行った後、あの街から出て行った……」
「ふーん。それで、そのパーティーは何人だった?」
「俺が見た時は……三人」
「三人? 間違い無く?」
「あ、あぁ。三人だ。ナイトと戦士、後は魔法職……他にもいたかもしれねぇが、その時は三人だった」
「そう…………ありがとう、とても良い情報だったわ。だからせめてあなただけは、苦しまずに殺して上げる」
「え……?」
ローズの言葉を理解した直後の事、本当に苦しむ間も無く、戦士職の者の頭が胴体から転がり落ち絶命した。
「”勇者”ね」
静寂が戻った林の中、しばらくローズは空を仰ぐ。
木々の間から漏れる月明かり。
ラビィはセリカが討伐された後、三年間、この場所に一人でいたのだろうか。
シンと静まり返ったこの林の水車小屋の中、一人で、争いの無い平和な世界を願い続けていたのだろうか。
人間以上に優しい心を持ち、人間以上に平和を願い、共存を夢見ていたのに、その人間から殺されてしまった。
「スタープラムも、こことは別の世界も……争いなんて絶対、無くならないのよ。でも……」
ラビィの亡骸へゆっくりと歩み寄り、そっと頬を撫でながら話し掛けるように言葉を続ける。
「ラビィ、あなたが望んだ世界…………私は、好きよ」
出会ったばかりなのに、ラビィのコロコロとよく変わる表情が思い浮かぶ度に、ローズの視界はゆらゆらと揺れて行く。
そして大きな雫となって、ラビィの頬へとぽたぽたと零れ落ちた。
「ごめんなさい、ごめんね。私がもっと強引にでも連れ出していれば、こんな事にはならなかったのに……。ごめんね、ラビィ…………ごめん、なさい」
自分はセリカに殺される。
だから、誰かに嫌われたって気にする必要は無かったはずなのに。
それなのに、ラビィとマナの関係を自分勝手に断ち切って”嫌な奴”、そう思われる事がローズは怖かった。
見の保全など気にしなければ、こんな事にはならなかった。
悔やんだってもう遅い事は分かっている。
それでもローズはラビィに、何度も何度もごめんなさい、と謝り続けた。
許される事は無いと、分かっていても。
「……セリカを復活させるその時まで、もう少しだけ私に時間を頂戴。セリカが戻った時、私は、この命を捨てるから……」
セリカが復活した後、自分の命を捨てれば許されるわけでも無い。
でも、ローズにはそれしかラビィへの罪滅ぼしが思い付かなかった。
「私の命じゃ釣り合わないだろうけれど、ちゃんと……守るから。これは私からの一方的な約束よ」
返事なんてもちろん貰えない事は分かり切っている。
『ローズさん、そんな事気にする必要無いよ』
平和を願った心優しい彼女は、たぶん、そう言うだろう。
笑顔でそう答えるラビィの姿を浮かべて、冷たくなってしまったラビィの身体をゆっくりと抱える。
「ラビィ……帰ろうね、セリカの所へ。あなたの居場所はやっぱりセリカの所、なんだから」