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殺されるべき相手

「私の名前も……知っているんです、ね……」

「ラビィから直接聞いているので。それで、マナさんはラビィとどう言う関係なんですか?」

「…………」

 ローズの問いにマナは答える事無く、俯いた。

「とりあえず誤解をされていると話し辛いと思うので、先に伝えておきます。私は魔王セリカの代理でローズと言います。あの子、ラビィと同じ側に属しています。これなら少しは話し易くなったと思いますが、どうですか?」

「…………」

 しばらくじっとローズに視線を送った後、マナがようやく重い口を開いた。

「……人間では、無いの?」

「人間かどうか、が重要では無く、”どちら側の味方”なのかが重要なんだと思います」

「……でも、あなた……”影”が」

「これはそう見せているだけです。ラビィのように”影”で判断されてしまえば、私はこのように”敵側”の街へ来る事は出来ませんから」

 敵側と言うのは魔王側のローズの言い分になる。

 ローズに取って、人間は全て敵、だから”敵側”。

「それなら……あの子、ラビィの影も人型にしてあげる事が出来る?」

「いいえ、それは無理です」

「そう……残念。えっと、私に話が、あるのよね。その椅子に座って待っててくれるかしら? すぐ済むから」

 ローズはすすめられた椅子に腰を掛けて待つ事にした。

 マナはパタパタと忙しなく動き、十分程でローズの所へ戻って来る。

「はい、どうぞ。良かったら飲んで」

「いただきます。それよりも良かったんですか? お店、閉めて」

「いいのよ。気にしないで。それに、とても大事な話になりそう、だものね……」

 マナはローズの迎いに座って、持って来たコーヒーを一口飲み。

「それで、何を聞きたいのかしら?」

「単刀直入にお聞きしますが、ラビィとはどう言う関係なんですか? ”敵側”では無さそうですけれど」

「関係、か……。特別な関係、では無いのよ。私はね、あの子を……ラビィを自分の娘の代わりとして見ているの……。酷い話でしょう? 酷い事をしていると分かっているのに、離れる事が出来ずにいる」

「…………失礼ですけれど、娘さんはどうされたんですか?」

「二年前に……死んでしまったわ。転生者の放った魔法に巻き込まれて、ね……」

「魔法に、巻き込まれた……?」

 ポツリポツリと絞り出すように、マナはその時の事をローズへと語った。

 二年前のある日、城下町から街道を通って帰宅している時の事。

 林の中から数体のモンスターが飛び出して来たのだと言う。

 マナの少し前を歩いている自分の娘に危害を加える為に、林の中から出て来たのかもしれない、そう思ったが、どうやら飛び出して来たのでは無く、意図的に飛ばれて来たのだと、林の中から出て来た数人パーティの転生者を見てマナは理解した。

 魔王が倒され、残ったモンスターを駆逐して、武器の素材にする為に刈っているのだろう、と。

 この時にはもう、魔王軍の配下達が自らの意思で人間を無駄に襲う事が無くなっていた事を知っていたので、騒がずに娘を連れ、その場を去ろうとしたその時。

 魔法職の者が放った炎属性の魔法が、魔物と……そして、その魔物から離れた先の後方にいたマナの娘を巻き込んで、一瞬の内に魔物共々灰と化した。

 娘と過ごす他愛の無い日常、それがマナの幸せであり、生きる希望。

 娘の分まで頑張って生きよう、何度も何度も自分へ言い聞かせてはいたけれど、娘を失った絶望は計り知れず、林の中にある湖へ身を投げようと向かった先。

「ラビィに出会った、と言う事ですね?」

「ええ。本当に驚いた。娘そっくりだったから……でも、”影”を見て、すぐにラビィは別人だって分かったわ。けどね、どうしても別人のように思えなくて。あの子に会った日から、様子を見る為に会いに行くようになったの」

「でも、あの子は……モンスターなんですよ?」

「それは、分かってるの。それでもやっぱり……ラビィの笑顔だったり、どこか放っておけないところだったりを見ていると、会わない方が良い事は理解しているのに、止められないのよ……」

 マナは人間であり、ラビィはモンスター。

 共存なんて出来るはずが無い。

 仮に二人だけであれば共存出来たとしても、周りがそれを許さないだろう。

 ラビィとマナの関係を許すのであれば、つい先刻、林を飛び出して来た数人の人間が、あれ程慌てて飛び出して来る必要は無い。

 だから、二人の関係をこのまま見過ごして置くわけには行かない事は明白なのに、どう伝えて良いのか、ローズはとても複雑な心境になった。

「そうですか、分かりました。マナさんがラビィの敵で無いのであれば、私は出来る限り口を挟まないようにします。けれど、忘れないようにしていてください。ラビィとマナさんは、生きる世界が違う、と言う事を」

「ええ、分かっているわ……分かっている、つもり」

 ローズは林から出て来た数人の人間の事を告げようかと迷ったが、止める事にした。

 わざわざ告げるくらいであれば、自分で何とか解決する糸口を掴んで、何も無かった事にしてしまった方が手っ取り早いと思い至ったから。

 それに、その事を告げた事により、むしろマナの行動が傍から見た時に、どこか不信感を煽ってしまい兼ねない、そんな事になってしまったら、今何事も起こっていない均衡が一気に崩れてしまう事になる、と思う理由もあり、それ以上マナには何も告げず、リンに頼まれていたパンをマナの店でいくつか購入して、店を後にする。

「巻き込まて死んだ、か…………」

 可哀そうだと思う気持ちはある。

 でも、当人では無いローズには、決して分かって上げる事は出来ないし、悲しい思いはあっても、マナが思う悲しい気持ちには到底及ばない。

 ラビィがマナの生きる希望になっているのだとすれば、今の関係を壊してしまうのは良く無い結果を招いてしまうはず。

 ローズは街の中を歩きながら、二人の関係をどうやったら維持していけるのかを真剣に考えた。

 考えたけれど。

「はぁ、ダメ、何も思い浮かばないわ……。やっぱり、無理にでも引き離すべき、なのかしらね。仕方ない、ラビィの所へ行って、もう少し本人から話を聞いてみよう」

 街から出て、ラビィのいる林へ入り、先程の水車小屋のドアをノックする。

「反応が無いわね。また何処かへ出ているのかしら?」

 あれ程出るなと言っておいたのに、ポツリと言って、ドアの前から離れようとしたところ。

「あ、やっぱりローズさんだ」

「あら、いるじゃない。何処かへ出ているのかと思ったわ」

「出ないようにって言ったのはローズさんだよ?」

「あぁ、そうね、それを守っていたって事なのね」

「うん。マナさんにも言われている事だし……あれ? その袋、見覚えがある」

「つい今まで、そのマナさんの所へ寄っていたの。少しラビィと話したいことがあるのだけれど、入ってもいいかしら?」

「あ、うん、どうぞ」

 小屋の中に敷かれている絨毯の上に腰を下ろし、ローズは何から聞こうか考える。

(まぁ、聞きたい事を聞けばいいかしら)

「ラビィはマナさんの子供が亡くなってしまった事、知っているの?」

「うん、知ってるよ。マナさんに教えて貰ったから」

 もし知らなければ、その時はまた別の会話をしようと考えていたが、ラビィが知っているのであれば、このまま話を続けようとローズは思う。

「少し嫌な言い方をするけれど、ラビィはそれでいいのかしら? それって、代わりとして見られているって事なのよ?」

「うん、いいんだよ。それでマナさんが生きていけるなら、ボクは全然構わない。モンスターのボクなんかでも、人間の役に立てるんだから、きっとそれはイイ事なんだよ」

 ラビィは一瞬たりとも迷うような仕草は見せなかった。

 自分の意思をしっかり持っているからこそ、迷う事無く、躊躇う事無く、ローズへ告げる事が出来たのだろう。

「セリカ様が討伐されてから、何をしたらいいのか分からなくて、何となく生きていたけれど、ボクもマナさんと会えて生きる理由が出来たんだ。だからね、これはお互い様、なんだと思う。助け合い、って言うのかな?」

 果たしてそれは助け合いと呼べる事なのかどうか、ローズには分からなかったけれど、ラビィの表情を見ていると、今のままが最良と呼べないにしても、維持して行く事が大切なのでは無いかと感じ始める。

「でもね、ボク、たまに思うんだ。マナさんがボクのお母さんだったら嬉しいなぁって。セリカ様はお母さんと言うよりも、お姉ちゃんのような感じだったし、ローズさんも、やっぱりお姉ちゃんかな。えへへ」

 陽だまりを感じさせるような、温かい笑顔を見て、マナがラビィから離れられない理由が、少しだけローズにも理解出来たと思う。

「あなた、悩みが無さそうね」

「えぇ~、酷いよぉ。ボクだっていーっぱい悩みはあるんだよ?」

「冗談よ。でも、私なんかを姉だと思うのは止した方がいいわ。褒められるような事は、何一つして来ていないのだから」

「そう、かなぁ? ローズさん、セリカ様のように優しそうだけど」

「魔王代理なんて言っているけれど、私はね、セリカとは根本的に違うのよ」

「それはそうだよ。人それぞれ、性格はみんな違うんだもん」

「私が言っているのは性格の事じゃないの…………いえ、何でも無いわ。でも、ラビィの考えている事は聞く事が出来たし、今日はこの辺で帰るわね」

「もう帰っちゃうの? 残念」

「ここを出て城に戻って来ればいいじゃないの。もう一人、リンって子がいるから、きっと仲良くなれるわよ」

「う~、ローズさん意地悪だよー」

「ゴメンナサイ、悪かったわ。でも、戻る事もしっかり考えておいて。人と仲が良いのは悪い事じゃないけれど、私達は所詮、敵同士なんだから……」

「うん……」

 キツイ言い方になってはいるが、それはラビィにしっかりと考えて欲しいと思う気持ちの現れでもあった。

 だからこそ、ラビィは一言だけ、ローズに対して肯定の意思を示し、返事をした。

 セリカにも、人間との慣れ合いは出来る限り避けるように言われていた事で、それはとても難しい問題だと言う事を、ラビィ自身もよく知っている事だったから。

「後、マナさん以外の人間とは決して関わらない事。充分警戒するようになさい」

「うん、大丈夫」

「……大丈夫、なんて言うけれど、外に出ていたのは誰かしら?」

「あう~それを言われると何も言えなくなるけど……。ちゃんと言う事は守るから信じて。マナさんともお互いに合図を決めてるんだよ?」

「そう、分かったわ。信じておく。じゃあね、また来るけれど、何か必要な物あれば言いなさい。大抵の物は用意してあげる」

「うん、ありがとう、ローズさん」

 人懐っこい性格のラビィに多少不安を抱きながら、ローズはラビィと別れ、城へと戻って来た。

 リンに頼まれていたモノを預けた後、城の地下深く続く階段を下りて、大きな扉を開け中へと入る。

「今は冬、そして猛吹雪。相変わらず出鱈目な気候と気温。そして……」

 ギィン、金属がぶつかり合い吹雪の中に響く。

「相変わらず目ざとさね……影の者」

 ローズの前には人型をした真っ黒な影がゆらゆらと心綺楼のように揺らめいて、その手に持た大剣でローズへと突然斬りかかった。

「火葬華っ!」

 離れてローズを狙っている影の者を、空いている左手から魔法を放ち仕留めた。

 だが……影の者は一人や二人では無い。

 それは、果て無く、無限に、際限無く姿を現し、部外者を容赦なく始末する為襲い掛かって来る殺戮者。

 いかにローズが転生者よりも遥かに強い圧倒的な力を持っていたとしても、視界や足場が悪く、加えて極寒の気温から、自然と体力が奪われ十五分も立たずして、息が上がり始める。

「はぁっ、ふうっ! くっ、さすがにこのままではキツイわねっ! 火葬化っ!」

 深紅の鎧を身に纏い近接特化型スタイルを取るローズ。

 ローゼンギルティを二刀にして応戦するが、それでも過酷な環境下の中で、何十、何百もの影の者を相手にする事は、余裕等一切与えては貰えない。

「インペリアル・レイ!」

 炎の柱が直線状に放たれる。

「サンダーサークル!」

 自身を中心にして、円を描きながら雷撃が迸る。

 剣と魔法、そして体術、ローズが出来るありとあらゆる攻撃手段を使い、転生者以上に苛烈な攻撃を防ぎながらの反撃を繰り返す。

「私はまだやらなければいけない事があるのよっ!」

 何度も叩き付けるように吹き付ける吹雪の雪に足を取られてはバランスを崩しても、ローズはその身体能力でそれをカバーし必死に抗った。

 こうしてセリカの意思を継いだ三年の間、この部屋を使い、自らの身体能力を上げる為の努力を続けている。

 初めてこの部屋を利用してからの一週間は、五分も持たず、死に物狂いで部屋を出て、何度も何度も次はきっと死ぬ、と思いながら、それでも部屋に入る事を止めようとはしなかった。

 一カ月程してようやく五分以上部屋に入っている事が出来るようになっても、気候と気温が常に変化するこの部屋の中で、ローズは余裕を感じられた事が一切無い。

 そして、それは今もなお、同じ事。

 常に気を張り詰め、警戒し、最良の判断を一瞬の内にしなければ、あっと言う間にローズは窮地に陥ってしまう。

「しまったっ!」

 油断は一切していない。

 判断も間違ってはいない。

 それでも、精一杯の動きをしているローズですら、この部屋の中では、窮地に晒されてしまう事が突発的に発生する。

 仕留めた影の者がその場から消える間際の事、ローズの足を掴みバランスを崩す事に成功していた。

 その場面を見逃す事無く、視界の効かない外側から放たれた弓矢が、ローズの右腕へと突き刺さる。

「うぐっ!」

 痛い、と思っている暇等無い。

 そんな事を思ってしまえば、たったそれだけの事で自分が殺されてしまうかもしれないから。

 血液が滴り落ちる右腕を庇う事無く応戦する。

「これくらいの痛みなんてっ、痛い内に入らないっ!」

 三年の間、何度死に掛けただろうか。

 痛みを通り越す程の致命傷だって何度も負った。

 その都度思い出す。

 まだ死ぬ事は出来ない。

 死んではいけない、と。

「私はっ、転生者達全てを殺すっ!」

 影の者にはその声は届かないだろう。

 それでもなお、ローズは続けて叫んだ。

「世界の理を取り戻してっ、セリカを復活させるっ! 何があっても、絶対っ!」

 影の者は個体として存在するが、その意思は一つ。

 転生者達のパーティプレイ等、遠く及ぶ事の無い統制連携された攻防。

 剣を薙ぎ払い、斧を掴み、槍を避けてもまだなお、攻撃は終わらない。

 たった一瞬の隙を突いて攻撃に転じ、影の者を数体倒した所で、次の者が出現する。

 鎧で覆われていない箇所に負った傷が少しずつ、けれど、確実に増え、流れ落ちる血液と共にローズの体力を奪い取って行く。

「はぁっくっ! さすがに、マズイわね……このっ!」

 この部屋の中では回復魔法の類は一切効果を発揮しない。

 入って来た扉から出ない限り、影の者の攻撃も終わる事が無い。

 だからと言って、逃げ込む為に扉だけを目指せる程、影の者の攻撃は甘く無い。

「何度もっ、言わせないでくれるかしらっ! 私は、まだっ死ねないのよっ!」

 魔法力を一気に高め、解放する。

「黒の火焔葬華っ!」

 ローズが持つ最大の魔法。

 自分を中心に魔法陣が空と地に展開され、地面から黒い炎の柱が吹き上がり、空からは、黒い炎の塊が降り注いだ。

 周囲の影の者は一層されたこの間、ローズは入って来た扉を、負った傷が痛む身体を引き摺るように目指した。

「はぁ、はぁ……はぁ、んぐ!」

 一掃したからと言って、全滅させたわけでは無い。

 新たに影の者が姿を現し、ローズへ執拗に攻撃を仕掛けて来る。

 ローゼンギルティでその大斧を受け止め切って、火葬華を放ち、一体を撃破。

「私は、お前達にもっ、転生者達にもっ、殺されるわけにはいかないっ! セリカに殺される時までは絶対にっ、生き続けなければいけないのっ! 開けっローゼンギルティ! 仇成す敵にっ裁きの薔薇をっ!」

 雪が降り積もった地面へローゼンギルティ突き立てた次の瞬間。

 地面より金属で出来た薔薇の蔦が無数に出現し、影の者全てを貫いた。

「血の薔薇を咲かせて逝きなさいっ! ガーデンギルティ!」

 捉えた蔦から深紅の炎が燃え上がる。

 炎の壁が接近の妨げとなり、ローズは魔力が尽きる手前の状態で、ようやく扉の外へと脱出出来た。

「大丈夫、よ……セリカ。この世界の、理を壊してしまった、私は……絶対に、死なないから、ね……。あなたに、殺されるその時、までは絶対に……」

 『勝手にしなさい』と、セリカの声を聞いたような思いの中、ローズの意識はそこで途絶えてしまった。

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