ハチとパン
リンが捕らわれていた城から、数キロ先にある街へ向かう街道。
「とにかく次々街を当たってみるしか無いわよね……リンも分からないって言うくらいだし、他にも無事でいてくれる子がいてくれるといいのだけれど……」
ローズはセリカの配下を探す為に、次の街へと向かいながら、リンとの会話を思い返していた。
『ねぇ、リン。ちょっと聞きたい事があるのだけれど、いいかしら?』
『はい、何でしょうか。聞きたい事と言うのは』
『他の子の居場所、知っていたりしない?』
『えっと、すみません……。私、三年間ずっとあの城の中にいたので、この三年の事は城の中事以外知らないんです』
『そう、それならいいの。自分で探しに行ってみるわ』
『本当にごめんなさい……けど、それならどうやって私の居場所を?』
『あぁ、それはね、セリカに聞いていたのよ。あなたのいた城の方に、仲間の気配を感じる、とね。三年も前の事だったからもういないかもしれないと思っていたけれど、いてくれて良かった』
ローズに取って、リンは初対面の相手。
自分にリンを助ける程の気持ちがあるのだろうか?
もしかしたら……転生者達の味方をするのでは無いのか?
そんな不安が気持ちにあったけれど、それはローズの余計な心配でしかなかった。
『あの、ローズ様、聞いてもよろしいですか?』
『その前に待って。その、ローズ様、と言うのと、改まっての敬語は止めてくれるかしら?』
『す、すいませんっ! 気分を害されたのなら謝りますっ!』
『あ、あぁ、ごめんなさい。言い方が悪かったわね。えっと、私を相手に畏まる必要は無い、と言う事よ。魔王代理、なんて言っているけれど、私はあなた達のように、セリカの下に居た期間は長くないのだから。むしろ私がリンに敬意を払わないといけない立場よね』
『そそそ、そんなっ! 私なんかよりずっと強いのですから、そんな事されたら困りますっ!』
ローズは思った。
魔王の配下と言っても、話してみれば人間と何ら変わりない。
しっかりと自分の気持ちを持って、自分の考えを持って、自分以外の相手に配慮も出来る。
転生者達の方がずっと、汚れた思考を持っているじゃない、と。
『まぁ、無理にとは言わないけれど、ローズ様、だけは止めて貰えると嬉しいかしら』
『は、い……分かりました、ローズ……さん』
『くす。それがあなたの性分なのでしょうね。及第点としておいて上げるわ』
そのリンはと言うと、城内で待機している代わりに、城の中の事はまかせて欲しいと言い出していた。
掃除とか洗濯とか料理とか、自分に出来る思い付く事はそれくらいしか無いから、と。
「それだけ出来れば充分じゃない」
街道を歩きながら、聞こえるはずの無いリンへ向かってローズはそう告げる。
「今の所は敵対する意思は無いと言っていたし、しばらくは寝首を欠かれずに済みそうかしら」
ローズにリンは次のような事を伝えていた。
『正直、今は何が正しいのか、何が間違えているのか分かりません。なので……しばらくは、様子を見る事にします。でも、これって事実上……ローズさんの考えを認めているって事、なんですよね……』
『責任を感じる必要は無い、と言っても、そうも行かないでしょうけれど、それでも責任は全て私にあるのだから、あまり気にしない事になさい』
『…………』
『いつか、あなたなりの答えに辿り着ける事を祈っておくわ』
自分を虐げていた転生者達の行いは……許せない。
そして仲間達を……殺害した事だって、許せるわけが無い。
でも、ローズのしている事を認めてしまったら、自分だって転生者達と同じようなもの。
ぐるぐると繰り返し同じ事を自問自答して、ようやくリンは。
『そう、ですね……』
と絞り出すようにようやく一言だけ、ローズへと伝えていた。
「……全てを救い共存出来る世界。それが出来れば、苦労はしないわよね。でも、世界を成り立たせるには、救うべきもの、切り捨てるべきもの、取捨選択が必要なのよ。悲しい事だけれど、どうしようも無い……のよね」
一人呟きながら、快晴の空の下、リンとの会話を思い出しながら歩いていると、街の外壁がようやく見えて来る。
そして、その外壁横の林から、数人の人間が飛び出して来た事をローズは視認した。
「何かしら。随分慌てている様子だけれど……」
飛び出して来た人間達は、しきりに林の方を振り返りながら、外壁を伝って街の方へと逃げるように走って行く。
しばらくその場で考えを巡らせていると、今度は、腰程まである長い髪の女性が飛び出して来た。
特別先程の人間達を追っているようは雰囲気では無い。
あの林の中に何かがある事は確かだけれど、下手に首を突っ込むと面倒になる可能性も有り得る事を思案した後、ローズはその林の中へと入る事へ思い至る。
その林の中へ入って見ると、ローズが思っていたよりもずっと拾い範囲に広がり日の光が木々の間から所々降り注いでいた。
奥へと進んで行くとそこには、水車小屋がポツンと一つ建ててあり、その横を流れる小川の水力によって水車がゆっくりと回転をしている。
「ふむ、どうやら探す手間が無くなったみたいね」
水車小屋のすぐ横で、ピンクブロンドの髪をした少女が、木漏れ日の下で食事をしていた。
ローズはその少女へ近付いて、後ろから声を掛ける。
「ねぇ、あなた」
「えっ?! ひゃああああっ! わっわっわっ! ……ふぅ、危ない危ない。せっかくマナさんから貰ったのに、落としちゃうところだったよ」
「そこまで驚かなくても……」
「はっ?! あなた、だ、誰ですかっ?!」
「私はローズ。あなたを探していたわ」
「ボクを、ですか? あぁっ?! どうしようっ?! マナさんには誰にも見付からないようにって言われてたんだっ!」
(……なんて言うか、間の抜けた子ね)
「ど、どうか見なかった事にぃぃぃ~!」
「そう思うのであれば、せめて小屋の中にいるべきだと思うのだけれど?」
「あう……天気が良かったので、つい…………」
「まぁ、いいわ。とにかく見付かりたく無いのであれば、小屋の中へ移動しましょう」
「……あの、ボクを捕まえに来たんじゃ?」
少女はローズの様子を伺うようにしながら、小さな声で告げる。
「似たようなものね」
「それだけは見逃してくださいぃ~っ。何でもしますから~っ」
「少し落ち着きなさいな。連れ去るわけじゃないのだから」
「じゃあ、せめて最後にっマナさんから貰ったパンを食べてからでもっ……え?」
リンは自分よりも年下を相手にするように話を続け、少女と水車小屋の中へと入る。
中はとても綺麗なもので、生活用品がいくつかある所を見ると、少女がここを住処としている事が伺えた。
「あなた、何の統率者なの?」
「ボクはビーの統率者です。ブーン、チックンです」
「なるほど。分かり易い説明をありがとう」
「…………やっぱりボクが魔王様の配下だって事に、気付いているんですね」
「”影”を見ればすぐ気付く事じゃない」
「うぅぅ~転生者の人には見付からないようにって、注意されていたのにぃ~」
「どうして私が転生者だと?」
「そ、それは、あなたの影が人型だからですよ~」
「(思っているよりは、ちゃんと洞察力があるのかも)あぁ、これはそう言う風に見せているってだけ。私、あなたの言う魔王様の代理だもの。これくらいは容易い事よ」
「セリカ様を知っているんですかっ?!」
「少しだけね」
「あのっあのっ、セリカ様は……本当に倒されちゃったんですかっ?!」
何となくこの忙しない所は、蜂っぽいな、と連想しながら、セリカの事、そしてセリカを復活させる為に動ている事をゆっくりと説明をして行く。
ローズの説明を聞いている時の少女は、コロコロとよく表情を変え、笑ったり、驚いたり、慌てたり、そんな姿を見てローズは少し、人間らしい暖かい気持ちになっていた事に自分自身でも驚いていた。
まだ、こんな気持ちになる心が残っていたのか、と。
「そうなんですか……セリカ様、やっぱり勇者に討伐されちゃったんですね」
「勇者、ね……」
「ん? どうかしたんです?」
「いいえ、何でもないわ。それよりも、私の話しを聞いて協力してくれる気にはなったかしら?」
「……今、すぐでないと、ダメ……でしょうか?」
「何か理由が?」
「あう…………」
それ以上、少女からは答えを得る事が出来なかった。
今は言えない、との事をを察したローズは、少女にまた来るから考えておいて、と告げた。
「あぁ、そうだ。あなた名前は?」
「ボク、ラビィと言います」
「あまり無理強いはしないけれど、出来るだけ協力して貰えると嬉しいわ」
「……考えて、おきます」
「ええ。それから、どうやらここに住んでいるみたいね」
「あ、はい。外にはあまり出ないように、とは言われていますが……」
「そうしなさい。特に、転生者には見付からないように。分かっているでしょうけれど、見付かったら何をされるか分からないわよ?」
「自身無いけど……頑張って隠れてみます……」
「それじゃあ、また。あぁ、いいわ。見送る必要は無いから、ここで大人しくしていなさい」
外まで見送ろうと立ち上がったラビィを制止して、ローズは水車小屋を後にした。
林の中から街道を目指しながら、ローズは思う。
「林から出て来た人間達、無関係では無い……でしょうね。明らかにラビィの存在を知っていると思って間違いない」
やはり多少強引にでも連れて来るべきだっただろうか、とローズは考えてみたが、リンとは違い置かれている状況が最悪と言うわけでも無い、それならば、まずは街へ行って様子をみるべきだろうと思い至った。
「何処にでもありそうな街」
武器や防具を扱っている店は無いが、街の中央の広場を中心にして、市場がいくつも開かれおり、思っているよりも賑わいを見せていた。
(店舗を開いているのはほとんどスタープラムの人間ね。買い物なのか観光なのか分からないけれど、転生者も多い。ざっと見渡しても能力値は……城の中にいた転生者達と同じ、か。セリカが倒されてもまだ増える転生者。まったく…………本当に迷惑な話ね……)
「さて、と。ラビィに関わっている人間を見付けたいところだけれど……」
さすがに人が多い。
何より知っている情報がローズには少な過ぎる。
だからと言って、情報収集してしまえば目立ってしまう……ローズは悩んだ。
話し掛けるくらいなら出来なくも無いけれど、セリカが倒されたこの世界で、モンスター探している、そんな事を聞くにはリスクが大きい。
「どうしたものかしらね……ふぅ。とりあえず、出来る事から始めるべきね」
リンに頼まれていた買い物を済ませる為、市場を一通り見て周る。
「包丁にまな板。後は、調理鍋。包丁なんてローゼンギルティを使えばいいのに……」
『ダメですっ! お料理は包丁じゃないといけないんですっ!』
「……凄い剣幕だったわね」
その時のリンの勢いを思い出して、ローズは観念した。
「包丁とまな板はともかく……鍋って、どの大きさなのよ……」
大小様々な鍋が陳列されている店の前で悩むローズ。
見れば見れ程どれでも良さそうな気になって来る。
ローズは手に取って、引っ繰り返したり、叩いてみたりするが、さっぱり”良い鍋”がどれか皆目見当も付かず困り果て後。
「よし……これに決めたわ。万能鍋、これこそ最強じゃないかしら。万能なんだもの、間違いないわ」
(ちょっと待って。もしかして……包丁やまな板も、ちゃんと選ぶべきなの……?)
『ローズさん、お料理は全面的に私がしますのでっ!』
(どんな物が欲しいのか……しっかり聞いておくべきだったかしら)
少し後悔しながら、次の店を目指す。
「ここにしましょう」
扉を開けて中へ入ると、甘くて香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「いらっしゃいませ」
店員の声を聞いて見たその女性に、ローズは見覚えがあった。
(ラビィがいた林から出て来た、あの時の女性だわ……)
「あなた、見ない子ね」
穏やかな笑顔の中に、それとは相反した悲しみの表情が伺える。
「……初めて来たので」
「そう。それで、何をお求め?」
「……あの子と、同じ物を貰えますか?」
「あの子?」
「……ラビィ、よ」
「?!」
とても驚いた表情をする女性。
(当たり、みたいね)
ローズには考えがあった。
この店に入った時、ラビィが持っていたパンと同じ匂いがした事。
そしてラビィが”マナさんから貰った”と言っていた事。
さらにもう一つ”水車小屋から出ないように”言われていた事。
「ラビィとどう言う関係なのか、教えて貰えますか? マナさん」