次元の違い
「それじゃあ、次はこちらから行かせて貰うわ」
ローズはローゼンギルティを右手に持ち、ゆっくりと歩みを始めた。
残った異世界転生者達は、自分の武器を構え直すが、ローズの桁外れなな強さにどう対応すべきなのか見当すら付かない。
だたこのままだと確実に自分は……殺される。
「どんな経緯があってこの世界に来たのかは知らないけれど、少なくともこの世界に来た事は運が悪かったわね」
こんなはずでは無い。
異世界へ転生したのだから、世界は自分を中心にして成り立つはずだったのに。
目の前の敵へ集中しなければいけない事は分かってはいても、自分の置かれた状況に納得が出来ず、異世界転生者の誰もが、目の前にいる”絶対強者”等と言う存在を認めたくは無かった。
「まずは一人」
ローズとの距離が一番近かった近接職の一人が気付いた時には、自分の背後から声が聞こえた事に驚き振り向こうとしたところ。
「数秒でも長く生きていたのであれば、そのままジッとしている事ね。そうでないと、あなたの世界はズレるわよ?」
「言っている意味がさっぱり分から……」
ローズの言葉を無視し、その場を動いたその者の視界が……おかしな事になる。
右目で見ている視界が下方向へ、左目で見ている視界が上方向へ……。
「ズレる、の意味が分かったかしら?」
「あ、あぁあ、あああああうううううあああっ!」
「早くっ! 誰か回復をっ!」
何人かの魔法職が行動を起こすが、すでに遅かった……。
その姿を見て誰もが”もう遅い”と判断に至る。
「こ、ここまでする事、無いだろ……」
「……自分達がして来た事だって同じじゃない。それなのに相手がモンスター種であれば許される、そう言いたいのでしょう?」
バラバラに切り刻まれ崩れ落ちた身体から、目を逸らせない者、その場に座り込む者、気分を害する者、反応は様々。
「私は言ったはずよ? 一切の容赦はせず、年齢性別関係無く殺す、とね」
「だからって…………こんな惨い事……」
「なら、せいぜい自分だけは人道的に殺される事を祈る事ね。魔の者の私には、人道的な殺し方なんてのを期待するだけ無駄だけれど」
ローズは驚異的な身体能力を見せ、次々と転生者達を絶命させ始めた。
近接特化型、とは言え、魔力さえも転生者達を圧倒するローズ。
武器、魔法、格闘術、それぞれの専門職が何人もいるはずなのに、誰一人としての足元にすら届いていない。
このままだと、本当に死んでしまう……死にたく無い、死んでたまるか……。
転生者達はもう自分の事しか考えられず、友人だろうと知り合いだろうと、自分以外の”他人”が死ぬ事なんて、すでにどうでもよくなっていた。
「お得意のパーティプレイがこれじゃあ、あなた達ももう終わりね。残りは……二十人もいないかしら」
「みんなっ、諦めちゃダメっ! 今ここで協力しなければ、私達に勝ち目なんて無いわっ!」
「…………無理、だ。あんなのに勝てるなんて……絶対に、無理だ」
「分かってる……分かってるけど、それでもっ! 諦めるなんて事、私には出来ないっ!」
「まだ絶望していない反則者がいるのね。少しだけ見直した」
「あなたに褒められたって嬉しくも何ともないわっ! 来たれ炎神っ! 灼熱の奔流! 我が 魔力を糧とし、魔の物に終焉をっ! インペリアル・レイッ!」
直線状に放たれた業火の柱がローズへと向かう。
魔法職の者はただ祈った。
少しでもいい……どんなに小さくてもいいから、ダメージが当たりますように、と。
「炎属性最強の魔法、ね。まぁ、反則者であれば使えて当然、と言ったところかしら。けど、残念……」
ローズがローゼンギルティを持っていない左手を正面に翳すと。
「同じ、インペリアル・レイ?!」
見た目、威力、その何もかもがローズへ向かって来る炎属性最強魔法と同じ。
お互いの魔法が衝突し合い、一際大きな炎の柱となって、城内の天井近くまで燃え上がった。
「……ダメ、か。まさか同じ魔法で相殺するだなんて」
「違うわ」
「え……?」
「今のは、炎属性最低の魔法よ」
「う、嘘だわっ! だって、あなたの放った魔法は、私のインペリアル・レイとエフェクトが同じ!」
「何度も言わせないでくれる? だから、あなた達は熟練度が足りない、と言っているの。使う者の魔力が強ければ、その見た目や威力は使用者に寄って変わる。こんな事は常識じゃない。私が炎属性最強の魔法を使うと、こうなるわ」
「白い、炎…………」
「五十メートル程距離を取っとしても、その高温により燃え死ぬ事になる。まぁ、今この場では使わないけれど、これが熟練度の差、って事。分かったかしら?」
「そ、んな…………格が違い過ぎる……」
「次元よ」
「……え?」
「違うのは格では無く、次元」
ここまでの差を見せ付けられてしまえば、ローズの言葉を笑う者等一人もいない。
むしろ、そう言われた方が、太刀打ち出来ない理由として納得出来てしまう。
「くそ、こんなの無理じゃねぇかよ……」
「やるだけ無駄だな……」
「殺すなら殺せ。もう諦めが付いた……」
「…………あなた達、分かっているの? これで死ぬ事になるのよ? また転生出来る、だなんて短絡的な考えは止した方がいいわ」
「だろうな……転生する事事態、奇跡的な事だ。それがそう何度も一人に起こるわけが無い」
「それを理解していて、殺される、と?」
ローズの問いに誰も返事をしない。
返事をしない事、それがそれぞれの答えとなっていた。
「無様ね。あなた達、私の仲間、有体に言えばモンスター達だけれど、その子達の中に諦めた子はいたかしら? いないわよね? あなた達が自分よりも強者なのに、どんなに傷付いても、その命が尽きる時まで抗ったはずよ」
「モンスターなんて、意思や心など持たない魔王の駒でしかないだろ」
「興覚めね」
ローズは火葬化を解除する。
「最後に生き残るチャンスを上げる。上を見てご覧なさい」
言われるがまま、生き残った二十人程の転生者達が城内を見上げると、そこにはいくつもの青い薔薇が浮かんでいた。
「その薔薇はあなた達一人一人への手向けよ。ただし、それを回避する術を用意して上げたわ。自分へ向かって来るその薔薇を…………他の人間を使い防ぐ事が出来れば、生き残る事が出来る」
「ど、どう言う事だ……?」
「そのままの意味よ。他者を犠牲にすれば、生き残れる。言っておくけれど、回復魔法等無意味。その薔薇が身体に突き刺さった瞬間、火葬華の炎により炭と化すわ」
「なんて卑劣な事を……」
「私は魔王の代理よ? それは誉め言葉として受け取っておくわ。そんな事よりも、死にたくなければせいぜい他人を犠牲にして生き残りなさいな。その辺に転がっている死体で、もしまだ息があるようなら、それでも構わないけれど、どちらにせよ、その行動を取った事によって、一生悔いる事になるでしょうね」
転生者へ背中を向け、ローズは成り行きを柱の陰から見守っていたリンの傍へと歩み寄る。
「さぁ、帰りましょう」
「えっと、どちらへ帰るのでしょうか?」
「もちろん、セリカの城に、よ」
「お城、無事だったんですね」
「外部の者からは見えないようにしてあるの」
「そう、なんですか……」
リンが複雑そうな表情を向ける。
その表情が何を意味しているのか、ローズには大体の予想が出来た事だけど、その場で問う事は無く、城内を後にする。
リンに取っては念願の城外、でも、気分はあまり優れなかった。
苦しくて辛い思いをしたその城内で、これから人間達が生き残る為に自分以外の顔見知りを……犠牲に生き残ろうとしている事を思うと、心が締め付けられる思いになってしまったから。
ローズとリンがセリカの城へ帰る前に、城内の転生者達がどうなったのかを伝えるまでも無い事だが、死に直面した者達に取って、自分が生き残る事は最優先であり、他の方法等考える余地も無い。
一人が隣の顔見知りに斬り掛かった途端、生き残った転生者同士での争いがたちまち起こり、動けなくした者を盾として生き残る者、周囲に倒れている転生者で、息のある者を探す者、力の弱い相手を無理やり犠牲とする者、見るに堪えない、語るに堪えない酷い有様となる。
中には”人間同士で争うのは止そう”と訴える者もいたが、その内のほとんどが、生き残りたい、死にたくないと思う者ばかりで、争いは収まる事無く、やがて城内が静寂のみとなり、人間の声は何一つ聞こえなくなってしまった。
「懐かしい……本当にまだ残っていたんですね」
もう無いものだとばかり思っていた、リンが知っている、記憶のままの状態で城は綺麗に残されており、内部も朽ちた様子は一切見当たらない。
「ええ、セリカを復活させるまでは、外から見えないようにしておくつもり」
「あ、あの……セリカ様は、本当に……復活するの、ですか?」
「少し、話をしましょうか。付いて来て」
リンはローズの後を、少しだけ不安な思いを抱きながら案内された部屋へと入る。
「私の部屋よ。そこに座ってちょうだい」
「……はい」
「悪いわね、あまり座り心地の良い椅子じゃなくて」
「あ、いえ、大丈夫です」
「ほとんど休憩と睡眠くらいにしか利用しないものだから、家具なんかはさすがに揃えて無いのよ。それは追々考えるとして、そうね、まずは。あなた名前は?」
「リン、と言います」
「ありがとう。それで、リン。あなたのこれからだけれど、特に何もする必要は無いから、しばらくの間、城の中で大人しくしていてくれればいい。外に出てもいいけれど、転生者達には気を付けなさい」
「……えっと、しばらく、と言うと?」
「セリカが復活するまで、かしらね。転生者を倒し、世界の理をある程度取り戻す事が出来れば、その時にセリカは復活するわ。そんなに時間は掛からないと思っている。今さっきの戦いで転生者達のレベルは把握出来たから」
「…………」
リンが、先の城内から出た時と同様の表情を見せる。
「あなたの言い分は、分からなくも無い。どうして殺す必要まであるのか、でしょう?」
「…………はい。あなたの力であれば、それを見せるだけでも良いと思います」
「そうかもしれない。けれど、それでは時間がもっと掛かってしまう。だからこそ、転生者達を殺す必要があるのよ。今は、私のやっている事に納得が出来なくとも目を瞑って頂戴。非道な行いをするのは私一人だから、あなたはセリカがこの世界に帰って来るまで、城の中で大人しく過ごしていてくれるだけでいいわ」
「…………」
「それでも納得が出来ないと言うのであれば、私をあなたの敵だと見なしても構わない。何なら、あなたが私を殺して、私のしている事を止めても構わない」
「時間が掛かってもいいと思います……」
「それは無理。転生者達は今もなお増えているのよ? 私がいくら強いからと言っても、数で押し切れる可能性が無いわけでも無いの。私はセリカを復活させるまで、死ぬ事は出来ないから」
そう言ったローズをリンはジッと見詰めるが、ローズの表情からは何も読み取る事が出来なかった。
「他に聞きたい事はあるかしら?」
「…………セリカ様と、あなたはどう言う繋がりがあるのか、気になります。だって……私はセリカ様の下に仕えるようになってから長いですけど、初めてあなたの存在を知りました」
「……そう、でしょうね」
一呼吸置いた後、ローズが話を続ける。
「でも、ごめんなさい。今は……言えないわ。気になる言い方になってしまうけれど、知らない方が余計な事を考えないで済むでしょう? だから悪いけれど、聞かないで。ただ、これだけは言える。私はセリカが復活するその日まで、魔王代理を全力で努めるわ」
リンには、まだまだ色々とたくさんローズへ聞きたい事はあったのに、それ以上聞く事がどうしても出来なかった。
魔王代理を務めると言ったローズの表情が、どこか悲しさを思わせる複雑な笑顔をしていたから、その次の言葉を続ける事が、リンには出来なかった。
「他にもあなたのように何とか生きていてくれる子がいてくれるといいのだけれど、今はまだ、あなた一人しかいないから、城の中の部屋、何処でも好きな所を使って頂戴。ただ、家具は何も無いから必要な物があれば言って。買って来て上げるから」
「そ、そんな悪いです……必要であれば、私、自分で買いに行って来ますので……」
「何を言っているの。あなたが町へ行ったら、すぐにセリカの仲間である事がバレてしまうでしょう?」
「そう、ですけど……でも、それはあなたも同じ事じゃ……」
「大丈夫よ。私は魔王代理だもの。”影”くらい自在に操れるわ。だから必要な物があれば言いなさい。また捕まって嫌がらせを受けるのはたくさんでしょう?」
「は、い……もう、あんな事されるのは……」
「そう思うのに、私が転生者達を殺すのは認められないのね」
「……すいません。理解は出来るのですけど、納得が出来なくて」
「まぁ、いいのよ。そう感じるのだって、セリカの下にいたから、こそだからなんだもの。ホント、変わった所のある魔王様、よね……」
「そう、ですね……」
しばらくお互い、思い思いにセリカの記憶を辿った。
二人に相容れない部分はあるけれど、セリカに対して思う気持ちだけは変わらない。
”またいつの日か、絶対、セリカに会いたい”と。