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実験道具

 施設内、吹鳴を繰り返す警報音。

『侵入者を発見次第、速やかに捕獲する事。尚、武器の使用は許可するが、殺してはならない。生け捕りを最優先に行動せよ』

 警報に続き同じ事を何度も発するスピーカー。

「うるっさいなぁ。逃げも隠れもしないってのに。どうせ、そのカメラとかで私の行動を見ているんでしょ?」

 リノリウムの通路を歩きながら、所々に設置されているカメラに向かって、カナエが舌を出す。

「べぇ~、だ。話し合う余地すら考えないあんた達になんて、絶対掴まらないから」

 カナエは施設に入る前、結果は分かってはいたものの、念の為に話し合う提案をしていた。

 だが、それは見事に想像する結果となり、強行的に施設へと突入。

 その行為は当然不法侵入者として扱われ、施設内の職員から警備員に至る全ての人間に狙われる始末となっていた。

「それにしても、表向きは製薬会社っぽい名前だったけど、実態は怪しい実験を繰り返す危ない機関ってとこか……ともなれば、私やナナエは正に恰好の獲物……っととと! そんな武器扱うっておかしいでしょっ?!」

 白衣姿の人間が手にしているのは、鈍い黒色をした銃器。

 タンタンと乾いた音が数発鳴る。

 避け切れる距離では無かった。

 が、ナナエは避ける動作を一切せずに、中空で手を数回振り抜く。

 職員の一人が、起こった事に唖然としながら理解をする事が出来ずに、ようやく放った言葉が。

「な、にが起こった……んだ?」

「女子高生相手に拳銃ぶっ放すってどうなのよ?」

 カナエが握っていた手を開くと、黒い鉄の小さな塊が床へと落ち跳ね返る。

「私の妹さえ返してくれたら大人しく退くけど…………って、そのつもりは無さそうだね。なら、死ぬ事になっても知らないから。あんた達だってそんなもん取り出して来るんだから、死ぬかもしれない覚悟くらいして来ているってわけでしょ?」

 タンタンタン、乾いた音が再び鳴る。

「何度やったって届かないよ、そんなもの」

「……ば、化け物」

「よく言うよ。そんなもの向けて平気で引き金を引く精神してるくせにさ」

 その言葉に耳を貸さず、白衣姿の人間達は持っている銃を連続で発砲する。

 目の前に迫り来る弾丸は素手で掴み、避ける事が出来ると判断した弾丸は最小限の動作で避ける。

 そして人間の目の前に達したナナエは。

「…………」

 何も言わず左右の腕を振り抜いた。

 狙ったのは人間では無く、持っている銃器。

「あんた達に構ってる暇なんて無いんだよ。次、自分がその銃のようになりたくなかったら、私に手を出さないようにね」

 施設の中をカナエは足早に駆ける。

 ナナエからメッセージは届かないにしても、互いの距離が近ければ、鬼の力によって存在を感知する事が可能。

 だからこそ、カナエはナナエの居る場所まで迷う事無く向かう事が出来た。

 見るからに頑丈そうなドアとセキュリティが設置されているが、開かなければ破壊するまでだと思ってはいたものの、そのドアは呆気なく自動で開いて行く。

 多少怪しいとは感じたが、今はナナエの事が最優先だと考え臆する事無く部屋へと入ったカナエが目にしたのは。

「ナナエっ!」

 広く真っ白な部屋の中心に、天井と床から伸びている鎖に両手両足を繋がれたナナエの姿。

 そして、その周囲に広がる真っ赤な地溜まり。

「ナナエ、しっかりっ!」

「…………姉様」

 何度か名前を呼ぶと、ようやく虚ろな目を開けてナナエがカナエの呼びかけに応じる。

 でも、その目には生気が感じられない。

 そしてカナエは感じた。

 ナナエはすでに”魂”と”身体”が定着していない事に。

「……姉様、私…………ごめん、なさい」

「気にしないで。ナナエは悪く無いんだから、ね? 帰ろう、家に」

 銃器を切り裂いた鬼の爪を使って、ナナエの束縛を解く。

 ぐったりとしているナナエの身体を背負う所で、部屋の中のスピーカーから声が聞こえた。

『どうやら人外の者でも、毒、には弱いようですね』

「…………」

『心臓ですら突き刺しても治癒してしまうくらいだから、問題無いだろうと思っていたのですが、思ったよりも弱くていささか残念でした』

「……ナナエ、ちょっと待っててね」

 一度ナナエの身体を床へ優しく横たえ、上半身に自分のブレザーを脱ぎそっと掛ける。

「…………」

『せっかく医療の発展になると思っていたのに、使い物ならなくなってしまい困っているところでした。でも、まさかもう一人、いるとは。これは喜ばしい事ですっ! あなた達のような存在にまた出会えるとはっ!』

 声が上ずり徐々に興奮して行く男の声。

『後、何人くらいいるんですかっ?! その治癒能力を解明出来れば、多くの人間を救う事が出来るっ! これはあなた達にしか出来ない事だっ! さぁっ人類の為に犠牲になってくださいっ!』

「…………誰が人間如きの為に、自分の身体を貸すってのよ」

『強情な人種だ。過去に見付けたあなた達と同じ存在もまた、その台詞を言っていましたね。どうせ化け物扱いされるなら、人の為に成り、少しでも名声を得て死んで行けばいいと思わないのですか?』

 カナエ達、鬼の種族は、過去に小さいながらも村を作り、五十人程が生活をしていた。

 ところが一人が帰って来なくなり、そしてまた同じようにして帰って来ない者が現れ、それを繰り返す内に、今となってはナナエとカナエの二人だけになってしまっていた。

「……だいたい予想はしていたけれど、やっぱりあんた達人間が浚っていたってわけね」

 見えない相手に向かって睨むカナエの目には、恨みと殺意が宿り、光を帯びている。

「姉様…………げほっ、げほっ!」

「ナナエっ!」

 苦しそうな咳を数回起こし、ナナエは多量の血を吐血する。

(……ダメ。ナナエはもう……助からない…………)

「姉様……逃げて、ください…………。私、に構わず」

「大丈夫よ。私は強いから、絶対ナナエを連れ帰って上げる。だから、頑張って。生きる事を諦めちゃダメ」

「……はぁ、ふぅ……はぁ。姉様……神様はどうして、私達のような存在を……作ったのでしょうか? 人、から……忌み嫌われて、人の為に……力を使っても、化け物だと罵られて……神様は、いったい……私達に、どんな恨みがあったのでしょうか…………」

「…………」

「力を隠して……生きて来ました。でも……目の前で、苦しんでいる人を放っておけません、でした……。私のした事は……間違えだった、のでしょうか……?」

「間違ってなんてないよ。ナナエは正しい事をした」

「……でも」

「間違っているのは、人間の方。あいつ等は人の好さそうな姿をした、鬼、なんだから」

『これはまた哲学的な事を。人の姿をした鬼、と言うわけですか』

「…………ナナエをこんな姿にしている自分の行いを、よく理解すればいいでしょ」

『犠牲があるからこそ、技術の発展はあるのです。実験無くして、成長など有り得ないでしょ?』

「だから、私達人外の者は犠牲になってもいいわけ?」

『その通りです。あなた達、人間では無い物は、動物、モルモットと同じっ! 人間の為に、有無を言わさずあらゆる行いを試す為の……道具、ですっ!』

「…………」

 その言葉を無視して、ナナエに語り掛ける。

「帰ろう。そして、私達の村に行こう。もう二度と人間の住む地に来ないようにして」

「一つ……鬼、に生まれて良かった事があり、ます。聞いて、ください」

「後で聞くからっ今は喋っちゃダメ」

 カナエの声は届いてはいなかった。

 魂と身体の定着が失われ、目も耳も、あらゆる器官が機能を失っている。

「私が……けほけほっ! はぁ、ふぅ……鬼に生まれて良かった事……そ、れは…………」

 見えていない目でカナエの顔を見ながら笑顔を向ける。

「姉様が……私の、姉様で……良かった、事、で……す。今、まで……あり、がとう。姉様。最期の……最期に迷惑を掛けて、ごめん……なさ、い…………。大好き、で……した」

「…………ナナエ?」

 待てども返事が帰って来る事は無かった。

 魂と身体の定着が失われているナナエは、正真正銘の死を迎える。

 それは人外である鬼であったとしても、生き返る術は、無い。

『思ったよりもモロイですね。もっと鬼の力と言うのを見たかった……のですが、まぁ、幸いもう一人? 一匹? それはどちらでもいいとして、代わりが現れたこの運命に感謝しましょうっ!』

「ナナエ、ごめんね。出来る限りナナエの望む事をさせて上げたかったのに……結局、ダメだったね。不甲斐ないお姉ちゃんでごめん。でも、私もナナエと姉妹になれて良かったよ。それだけは、大嫌いな神様ってヤツにも感謝出来る」

 カナエがナナエを抱き締める。

 まだ身体は温かい。

 もしかしたら生きているのでは無いか、そう勘違いしてしまいそうになるくらい。

「あなた、言ったわよね? 鬼の力が見たい、って……言われなくたって、今見せて上げる。本当の……鬼の力ってヤツを」

 カナエの身体から紅く白い炎が噴き上がる。

 それは抱き締めているナナエを包み込み、その身体を一瞬にして灰と化した。

 ゆっくりとカナエが立ち上がりながら、数秒、目を閉じてから開くと。

「うわぁぁぁぁあああぁぁぁあっ!」

 その咆哮と共に、地が揺れる。

 両の五指の爪が伸び、八重歯が牙へと変化し、頭には小さな角が二本、そして両眼が怪しく光を放つ鬼の姿へと変化した。

「それじゃあ、さようなら人間ども。百年も生きられない短く儚い残念な人生、ゴクロウサマ」

 カナエの身体から発せられていた炎が急速に燃え広がって行く。

 施設の中は人間達が出す苦痛の叫び声で満たされ、その炎は七日七晩消える事が無く、燃え続けた。

 後の記録によれば、どのような消火活動も意味を成さなかったと言うのに、ふと蝋燭の炎が風で消えるように消え去ったと言う。

 そして時はスタープラムの世界。

「ま、そんなわけで私はその施設の人間全員を燃やし尽くしたってわけ。そこで聡明な人間様であれば思うよね? 簡単に死ぬ事が無い私が、どうして死して転生をしたのか、と。簡単な事だよ。ナナエのいない世界になんか、未練は無かったから、私は自分で自分の首を落とした。後は炎に焼かれて、はい、終了ってわけ」

 誰もカナエ達が経験した辛い日々は想像すら出来ないし、及ぶことが無い。

 辛い事、苦しい事、悲しい事、それはその時を経験したものでなければ絶対に理解し難い事だから。

「さてと、それじゃあ、私の昔話も聞いて貰ったし……ここからは、命のやり取りを始めよう。生き残る術はただ一つ。鬼の力を解放した私に…………勝って生き残る事だからねぇっ!」

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