人、以外の存在
北の極点。
氷点下と氷に覆われている見渡す限り白と銀色の世界。
ただ、今この場だけは異質である”紅い色”も広がっている。
「まだまだ人数はいるようですけれど、どうされますか?」
艶やかな長い黒髪、その佇まいは清廉であり可憐。
この極寒の地においても、一切身体を震わせる事無く、さも常温の中にいるかのような振る舞いは最早異常でもあった。
「な、んて強さ、だ……」
「くそ……聞いてねぇぞ、こんなのがいるだなんて…………」
その地に伏している者も合わせれば、百を軽く超える転生者達の姿。
「あなた方が来られてから、私は何度も申し上げておりますけれど、しつこいようですがもう一度お聞き致します。ここからお引き取り願えないでしょうか?」
「なら、こっちも何度だって言ってやるさ。その結界を破壊するまで……引く事は出来ないんだよ」
ナイト職の者が伝えた言葉に、うんざりとした溜め息を尽いてから、表情を元に戻す。
「はぁ……強情ですのね。では、致し方無いでしょう。ここから先は、一度たりとも問い質す事はありません。どちらかが死ぬまで戦い抜きましょう」
両手に持っている武器を握り直し、戦闘態勢を取る。
「あぁ、そうでした。まだ私の名を伝えておりませんでしたね。私の名前はナナエ。魔王セリカ様のメイドをしておりました。と言っても、どうせここで死ぬ事となる皆さまには、今更どうでも良い事ですが」
両手に持つは、文字通り”包丁”。
「見た目は調理器具の包丁ですが、列記とした私専用の武器です。かの聖剣エクスカリバーをも凌駕する切れ味を擁しております、のはすでに理解出来ておりましょう」
白銀の地面に赤く染まったその一帯には、バラバラに切断された幾人かの転生者達の物。
「……ここに存在する結界ってのを、破壊するだけのクエストだったんじゃないのかよ」
「クエストを出したヤツも、あれの存在を知らなかったんだろ……こんな寒いだけの地に人間がいるだなんて、誰だって想像すら出来ないだろうからな……増してや子供が一人でなんて……」
転生者の一人が武器を構え直す。
それを見た者達も次々に自分の武器を構え直し、ナナエへと対峙し始めた。
「その意気込みは認めて差し上げますが、あなた方のしている事は……ただの犬死にと言って良い物だと思いますが?」
「そんな事は…………まだやってみなければ分からない事だっ!」
ランスを構えたナイト職が突進する。
「スプラッシュランスッ!」
高速突きがナナエへと迫り、それに合わせて後衛にいた魔法職の攻撃が被さる。
「アイスニードルッ!」
だが全ての攻撃を防ぎ切り、ナナエが反撃に出た。
「そんな見え見えな攻撃では、私には当たりません」
「代われっ、俺が防ぐっ!」
大楯を装備したナイトがナナエの前に立ち塞がり攻撃を防ぐ。
「とても良いタイミングでしたが、同時に最悪な判断でしたね」
「がはぁあっ!」
その大楯と共に、ナイトの男が地面へ崩れ落ち絶命した。
「私は言ったはずです。これはエクスカリバーをも超える、と」
「……マジかよ。アイツのあの盾は……オリハルコン、だぞ。それを斬る、とは」
「悪夢だぜ。それに……なんで目を瞑ってるのに、攻撃を防いだり、的確な反撃が出来るんだよ」
転生者が言ったように、ナナエは転生者がここに来てから始終目を瞑っていた。
目が見えない、視力が悪い、と言ったわけでは無い。
目を開ければ正常に、”人間”以上によく見える。
「私の目が気になるようですが、こんな事は些細な事ですから気にしていると、それが油断を招いて死に近付きますよ?」
「とんでもない殺気だぜ……失敗した。こっちじゃなくて、南側を選んでおくべきだった」
「もうどうしようも無いだろ…………今はどうにかここから生きて帰る事を考えないと……本当に死ぬぞ……」
「まだ生きて帰ろうとしている事に、少々驚いていますが、どうやら南の極点でも同じ事をしているようなので教えておいて上げます。残念ですが、南の極点には私の姉様がおりますので、どちらにしても死ぬ事に変わりはありません」
「…………どっちにしろ最悪ってわけか」
「その通りでございます。ですが、これでも力の三割程度しか出していないのですよ? 最初から能力値が高い転生者と言っても、”開眼”する必要は全く無さそうですね」
「化け物が……」
その言葉に対して、少し間を空けた後、ナナエは話を続けた。
「えぇ、その通りです。私は”化け物”。人ならざる存在。人とは理解し合えない存在。人から恐れられる存在」
「どう言う……意味なんだ?」
「そのままの意味でございます。私はあなた達人間とは違う存在ですから。だから、化け物だと言っているのです。ただ……」
間を空けたナナエの次の言葉は。
「姉様は、私よりも更に強い、ですよ?」
「…………」
転生者達が口を閉ざす。
その脳裏に過るのは絶望。
絶望を示す二文字が存在する、その北の極点。
「よっわいなぁ。これだけの大人数で来ているのに、ぜーんぜんダメダメだねー」
ナナエと同じように綺麗な黒髪を持ち、その佇まいは潔白で清楚。
その見た目とは似付かわしく無く、片手には鎌、また片手には鉈を持つ。
「せめて後……そうだなぁ、千人くらいはいないと無理だろうけどっ、あははー」
「千人って…………能力値が最大の転生者が百人もいたのよ? それなのに、なんで立った一人に……」
「転生者、ねぇ」
笑みを浮かべながら、話を続ける。
「さて、じゃあ、少しお話をしよっかー。実の所、私も転生者、だったんだよねー」
「え……?」
「でもさ、私と私の妹は、あんた達転生者に殺されたんだ。酷いモノだよね、人間じゃないって事が分かった途端、物、道具扱い」
「人間、じゃない……?」
その場に生きている転生者全員が、次の言葉を待った。
「鬼、って知ってる?」
「……お、に? それって、空想上の……生物、よね?」
「そう、その空想上の生物……が、実は存在していたって事実」
「そんな……馬鹿な事って…………」
転生者の誰もが同じように思う。
”鬼”等と言うのは、空想であり、想像であり、妄想。
いるはずが無い。
いるわけが無い。
いて良いわけが無い。
「事実を知った途端、君達人間は態度を一変させた。別に何もしていないのに、迷惑を掛けるわけでも無く、人間と何も変わらない生活態度を取っていたってのに。せっかくだし、ちょおっとだけ長くなるけど、転生前の話をしてあげる」
「そんな事を聞いている暇なんてこっちには無いんだよっ!」
一人の転生者が武器を握り直して、立ち向かう。
「死ぬ時間を延ばして上げているんだっ! その場で大人してしていろっ人間っ!」
右の瞳が紅く光を帯びると、その場にいる全ての転生者は身動きが取れなくなった。
「これが鬼の力。まだ”片眼”だけにしておいてあげるから、すこーしだけ、私の昔話に付き合ってよ、ね? おっと、凍え死んでしまったら後の楽しみが無くなるし、はい、これで少しはあったかくなったでしょ?」
周囲に炎の球がいくつもゆらゆらと燃え上がる。
「これも鬼の力。魔法とは違うんだよ? 鬼火ってヤツね。これなら凍え死ぬ事は無いから……さってと、何処から話そうかなぁ?」
そして転生前の過去の出来事に至る。
「おっと、どうやらここみたい」
とある街のとある場所。
目の前には白く巨大な施設。
何処か能天気な口調ではあるが、事は深刻を要していた。
「ナナエ、届いたら返事をして」
しばらく自身の妹であるナナエの声を待ち、その場に佇むが、一向に声は返って来なかった。
「マズイなぁ……ナナエとの念が途絶えて二十四時間が過ぎてる。もっと早く見付かると思ってたのに……これは探すのに手こずった私の失態だ……」
ナナエと呼ばれる人物の身を案じている者の名前はカナエ。
ナナエの唯一の身内であり、その姉でもある。
昨日の夕刻を過ぎた頃。
カナエにナナエから、不安交じりの声でメッセージが届いた。
メッセージ、と言っても、通信デバイス等の道具を使う事は無く、お互いの波長による”念”を使ったメッセージの事。
もちろん二人は人間では無い。
人間とは違う、想像、空想、架空の世界で良く聞く”鬼”と呼ばれる存在。
『姉様。ごめんなさい。人間を……鬼の力で治癒してしまいました。急いで帰ろうと思ったのですが、車で来た人間に拘束されてしまい、何処かの知らない施設の中へ閉じ込められてしまいました……』
それが昨日、受け取った最初のメッセージ。
念が通じる間に聞いたナナエの話によると、ナナエが学園からの帰り道。
交通事故の現場に出くわした。
大きな人身事故。
横断待ちしていた集団の中へ、車が突っ込み、多数の死傷者が発生。
ナナエは考える事よりも先に身体が動いてしまい、生き残れる人間達を、鬼の力で治癒してしまう。
逃げるにも逃げられない状況。
これ以上の力を発揮するわけには行かない。
言い訳しようにもすでに、大勢の人間の前で力を使ってしまい、これ以上の失態は犯せなかった。
「命からがら救って上げたってのに……アイツ等と来たら…………ナナエを化け物扱い」
真っ白な施設の前で、カナエは目を閉じ大きく深呼吸をする。
そして、次に目を開けた時のナナエの表情は、険しく厳しい表情であった。
「……人間め。私の妹を浚った報いは……その身にしっかりと受けて貰うから」




