スタープラムの安定化
「へぇ、それなりに乗れるようになったじゃない」
「バランス感覚さえ掴めば、と思ったんですけど、ローズさんのは乗りこなせなかったです」
「あれは、まぁ、特注っぽいし、あんたにはそれがお似合いよ」
「これがあればローズさんを探す範囲を広げられますしね」
リンはローズと違う魔動車を手に入れて、乗る為の練習を連日行い、おかげでそう時間を掛ける事なく、とりあえず運転が出来る程度には上達した。
「あれだけ強い魔力を持ってるのに、全然感じられないのは不思議よね。あ……べ、別に死んだって言ってるわけじゃないからっ!」
「うん、分かってますよ……」
と言うリンの表情は困ったような笑顔。
ティリアに悪気が無い事も分かっている。
そしてそのティリアの言葉の意味する事も、理解は出来ている。
ティリアは平常時である人物の魔力を感知する事が可能で、それは大小関係無く、感知可能だと本人はリンへ告げていた。
だからこそティリアの先の言葉に、前向きな感情と、その逆の感情が交ざり合い複雑な気持ちのリンを正直に表していた。
「あんたも今日はもう日が落ちるんだから、それくらいにして休みなさいよね」
「うん、そうします。今頃レンちゃんが食事を用意してくれているから、先行っててください」
一度は歩き出したティリアが歩みを止めて、振り返る。
「…………ねぇ、ちょっと気になる事があったんだけどさ。たぶん、ローズとは関係の無い事になるだろうけど、スタープラムの……世界そのものの魔力が不安定になってる」
「んっと、どう言う意味ですか?」
「んー、そうねぇ。ある一帯では魔力が強くなってて、でも別の一帯では弱くなってる、と言えばいいのかな。今まで安定していたってのに、あんた、何か知らない?」
ティリアの言葉にリンはしばらく考え込み、気に掛かる事へ辿り着く。
セリカがまだ健在だった頃の話。
『魔力の安定化の調整して来るから、ちょぉっと出掛けて来るねー』
との言葉を残して、セリカがたまに城を留守にする事があった。
「ふーん、だいたい想像出来たかも。魔王セリカがいなくなった事によって、安定化の調整がおかしくなってるってとこ……かなぁ?」
「それって放って置いても良い事なんですか?」
「ダメ、じゃないかしら。このまま放っておくと……んーえぇっとぉ……」
ティリアは眉間に皺を寄せて考える。
「あっ! 分かり易く簡単に言えば火山が噴火するような感じね。ドカーンって」
「ド、ドカーン、ですか……どうしたらいいんでしょう。セリカ様は……いませんし」
自分がその安定化とやらを行えたら、今直ぐにでも対処したいところだが、リンには安定化の対処方法が分からなかった。
「あーんー、仕方ないわね。あたしが代わりにしてくるわよ」
「出来るんですか?」
「まぁね。世界がぶっ壊れるのはさすがにねぇ……って、シャインバースト使ったあたしが言うのも何だけどさ。明日、この件は明日ね」
「……すいません、何だか面倒を掛けてしまって」
「別にいいわよ。そもそもセリカがする事じゃないのに、あんたのとこの魔王様ってさ、人間以上に人間らしいわよね。世界の事を考えたり、人間同士が争わないように仕向けたりさ。それなのに、肝心の人間達は争いばっかり起こしてさ…………」
「…………」
リンはティリアの言葉に考えさせられた。
セリカやローズが世界の事を考えて行動をしているのに、後からやってきた転生者達は好き放題にスタープラムの世界を変えて行く。
そればかりか争いの火種を作り、更には激化させてしまう。
転生者の全てが悪い、と言う事では無い事くらい分かっているつもりだが、それを見極める方法はとても難しい。
「あんたも大概面倒な性格よね。転生者なんてさ、元々この世界の人間じゃ無いんだから、何も考えず排除してしまえばいいじゃない」
「……中には理解してくれる人だっているはずですし、それに、望んでこっち側へ来たわけじゃない人だっているはずです。転生者って枠で考えるのは短絡的な事だと思います」
「その考えが分からない事は無いけどさ。優先事項を考えて行動しないと、上手く行くものも行かなくなるわよ」
優先事項。
以前、マルクと対峙した時にリンは”無効化する”事で、自身の覚悟を決めた。
その覚悟は今も変わりは無い。
けれど、戦いが激化する中でただ”無効化する”手段が有効かどうか、そして、誰一人殺める事無く”無効化”が出来るかどうか不安は残っている。
敵となる転生者達は、魔王の配下であるリン自身に一切の容赦をして来ない。
となれば、加減を気にして戦えるような状況が早々上手く続かないだろうと予想は付く。
「……さっきも言ったけれど、安定化の件はあたしがどうにかするから、あんたはローズの行方を捜せばいいわよ」
「すいません…………」
「別に謝る必要は無いけど、自分の中でちゃんと線引きしておいた方がいいと思うわよ? んじゃ、食事にしましょ。お腹減ったー」
線引き。
ティリアの言う線引きとは、転生者に対しての対処方法。
リンもその意図する所は重々理解してはいる。
覚悟はしたはずなのに、結局、言葉だけの上辺を取り繕っただけ。
そう思い知った事が少なからずショックでもあった。
(ローズさんにはちゃんと戦うって言ったのに……ダメだな、私…………)
「……ねぇ、リン。場所が分からないから、連れてってよ」
「城の中、そんなに分かり辛いですか?」
「どこもかしこも似たような風景じゃない……よくこんなダンジョンみたいな中に住んでいられるわよね」
「それはまぁ、魔王の城、ですから。着いて来てください、城の中を案内しながら行きますので」
「い、いいわよっ! 案内なんてしなくても、そのうちちゃんと覚えるからっ!」
「そのうち、と言いますけど……ティリアさんがここに居座るようになってから、それなりに日数が経っていますよね?」
「うぐ……」
「もしかして、方向音痴、なんですか?」
「ばっ、バカな事言わないでくれるっ?! 真装神龍バハムートのあたしがっ、方向音痴なわけないじゃないのよっ!」
「…………」
リンは思った。
あぁ、この人、絶対に方向音痴なんだな、と。
じっと見つめられるティリアは、リンの射貫くような視線にたじろきながら冷や汗をかく。
「迷うのは構いませんが、破壊するのだけは止めてくださいね」
「分かってるわよっ!」
とティリアが言った矢先の事。
城が少しずつ縦に揺れ始めた。
「地震かしら?」
それはやがて、手を壁について身体を支えなければならないくらい大きく揺れる。
「ちょっとちょっと、何なのよこれっ! この城、大丈夫なんでしょうねぇっ?!」
「わ、私に言われても困りますけどっ!」
地鳴りをも発生させながら、揺れは更に増して行く。
二人はその場に身を屈めて揺れが収まるのを、ただひたすらに待った。
「…………お、おさまりました……ね」
「……え、えぇ」
あまりにも大きな揺れだった事もあってか、何となくまだ揺れているような錯覚すら覚えて、ゆっくりと二人は立ち上がる。
「ティリアさん、大丈夫でしたか?」
「えぇ、揺れは凄かったけれど何ともな…………」
言葉の途中でティリアは二重の大きな目を更に大きくして、”城の外”へ視線を向けている。
「あの、ティリアさん?」
「この感じ……安定化が異常を起こし始めている」
「え? そ、んなに急を要する事だったんですか……?」
「いえ、対処の必要はあったけれど、急ぐような事じゃなかったのに……なんでまた突然…………」
ティリアは考える。
今の地震の揺れのせいで異常が起こっている、とは考え難い。
魔力で作り上げている安定化、言わば”結界”である以上は、その結界が自然と消失するか或いは外部から魔力で破壊する方法の二通りしか無い。
「リン、あたし、出掛けて来るから」
「今から、ですか?」
「今じゃないとマズイのよ……誰かが魔力の結界を強引に壊そうとしている。えっと、出口はあっちよね?」
「あ、ちょっと待ってくださいっ! 三分でいいので、ここにいてくださいねっ! すぐ戻りますからっ!」
ティリアの返事を聞かずに城の中を、レンのいる場所目指してリンは急いだ。
「レンちゃんっ、何か食べ物無いっ? えっと……空を飛びながらでも食べられる物」
「リンさん……? え、っと…………サンドイッチで良ければちょうど」
「うん、バッチリだよっ!」
レンはリンのタダならぬ様子を汲み取って、何が起こっているのかは聞く事無く、言われたように食べ物を包んで手渡した。
受け取ったリンが城の中を戻るとティリアがそわそわしながら待っている。
「あぁっもぉ、リン! あたしは急いでいるんだって!」
「うん、分かってます。でも、これ、持って行ってください」
「ん? 何よ、これ」
「お弁当です」
「お弁当って、こんな時に何を」
「こんな時だからこそですよっ! 今さっき帰って来たばかりじゃないですか。少しでも体力を付けてください」
「いいわよ、帰ったから食べるから」
「ダメですっ! ティリアさんなら飛びながら食べる事が出来ますので!」
リンは必死だった。
ローズとティリアが戦ったあの日、ローズはレンを助けて帰って来た直後だった。
もしもローズが全回の体力であったのなら、ティリアが相手であっても、いつものようにアッサリと戦いは終わっていたかもしれない。
食べ物くらいの事で体力が元に戻るとは思えない。
それでもリンは、例え些細な影響だったとしても見過ごすわけにはいかなかった。
「わ、分かったわよ。貰っていくから」
「ちゃんと食べてくださいね」
「当たり前でしょう。もし戦うような事になったら、これを持ちながらなんて、とてもじゃないけれど戦えないから。まぁ、でも……ありがと。レンにも伝えておいてよね」
ティリアはリンに表情を見せないようにと、背を向けながらそう伝えた。
そして、城から外へと出て、上空に飛び上がる。
「……あっち側、魔力がとても濃いわね」
スタープラムの世界は、星そのものが魔法力を生成し続けるとても稀有な自然現象を持ち、その影響によって人々が”魔法”と言う特別な能力を誰もがある程度、使いこなせる事が世界の理となっている。
ただ、生成される魔法力には周期が存在し、過去に魔法が使えなくなる事が発生した。
魔法力に頼っているスタープラムの世界において、魔法が使えなくなる事は、人々の暮らしを不便にするばかりか命にも関わって来る。
だからこそ生成される魔法力を抑止しながら、使う事が必要だと判断し、結界による安定化を図ったのがスタープラムの世界の魔王であったセリカ自身。
「どうせまた転生者の仕業だろうけど……まったく、人の星にやって来てろくな事しないヤツばっかりね。さてと、せっかく持たせてくれたんだし、場合によっては排除しなくちゃいけないし、今の内にいただいちゃいましょっと」
セリカの城から南西に向かって十数分程。
「見付けた……」
弱くなった魔力の結界に取り囲まれている、スタープラムの世界が自然と生成している魔力の源。
その結界の前には三十人程の転生者達。
「やっほー、転生者のみなさん」
ティリアは地上へと降り立ち、声を掛ける。
その声に振り向く転生者達。
「誰だ、あんた」
「それよりも何処から現れたの? 足音が聞こえなかったけど……」
ティリアがぐるりと転生者達を見渡して告げる。
「その結界、どうするつもり……なんてわざわざ聞くのは野暮よね。それ以上、破壊行為を続けるのなら最悪、殺しちゃうけれどいいかしら?」
転生者の半分は呆気に取られ、残りの半分はティリアの言葉を理解した後、嘲笑う。
「…………く、く、ははははっ! だってよ?」
「子供の言う事だ、わざわざ構うな」
「と、言うわけだ。大人しく帰りな、お嬢ちゃん」
転生者の挑発的な言葉等意に返さず、ティリアは大きくため息を付いた。
「はぁ……。何を企んでいるのかは知らないけれど、その結界を破壊すれば、いずれ自分達の身を滅ぼす事になるのよ?」
「安定化ってヤツだろ? それくらい知ってるさ。でも、滅んだって事実は無い。その時はまた安定化ってのをすればいいだけの事」
「目先の欲に眩んだバカな連中には、何を言っても無駄みたいね。もう一度だけ言ってあげる。その破壊行為を今直ぐ止めなさい」
ティリアの言葉には誰一人として反応する事無く、転生者達は結界の破壊を続行し続けた。
「どうやら……聞く耳は無いってわけね。言って聞かないのであれば、思い知らせて上げるだけよっ! 真装化っ!」
「な、んだ……コイツの魔力は……」
真装化したティリアの身体から途方も無い魔力が放出される。
「こいつ、転生者か……?!」
「っはぁあああああっ!」
「まだ……上がる、だと?!」
「くふふふっ! 生憎だけれど、あたしをあんた達と一緒にしないでくれるかしら? あたしは真装神竜バハムートのティリア=ライズ=ティアラ。死にたい者だけ向かって来なさいっ!」




