答えの先へ
ローズとティリアの戦いから数日が過ぎた、ある日の魔王セリカの城の中。
城の上階にあるバルコニーから、外をぼぉっと見詰めるリンの姿があった。
「はぁ、今頃、どうしているのかな? ちゃんとご飯食べていればいいんだけど」
ローズとティリアが戦ったあの日。
外に静寂が戻ったので、リンとレンは急いでローズのところへと向かった。
広場は元の様相が分からない程に荒れ果て、周囲を取り囲んでいた木々も無残に斬り倒されていたり、焼け炭になっていたり、とても酷い有様に変わり果てていた。
ローズの行方を二手に分かれて探したが、見付かったのはローゼンギルティに巻かれて、崖にぶら下がっているティリアの姿のみ。
色々と思うところはあったが、ローゼンギルティを見る限り、ローズが助けたのだろうと読み取った二人は、ティリアを引き上げて、介抱する事にした。
目が覚めた後にローズの事を聞き出せはしたけれど、聞かれたティリア自身もローズの行方を知らず今に至る。
「…………二日前、ローゼンギルティが消えてしまった」
それが何を意味するのかは、いくつかの意味がある。
一つは、ローズが自らローゼンギルティを消した、と言うだけの事。
そして他の一つは、ローズとローゼンギルティの位置が遠くなり、魔力が途絶えたと言う事。
さらにもう一つは、ローズの命が途絶えてしまったと言う事。
「自分は絶対に死なない……ローズさん、そう……言いましたよね。ちゃんと、生きているん、ですよね……?」
ローズの安否を思い、空をぼーっと眺めていると。
「あ……帰って来た」
徐々に点がハッキリとした人型へ。
そしてバルコニーにいるリンの横へと降り立つ。
「おかえりなさい、ティリアさん」
「……た、ただいま。ごめん、今日も見つからなかった」
「そ……っか……。ご飯、用意してあるから行って来てください。レンちゃんがいますから」
「う、うん…………」
バツが悪そうな表情をしながら、ティリアがバルコニーから出て行く。
「ねぇ……」
「はい?」
「あんた達、いつまで探すつもりなのよ?」
「それは、いつまでも、ですよ。ローズさんの安否……生死がはっきりするまでは、探し続けます」
「……じゃあ、もし…………死んでいたらどうするのよ?」
「どう、するんでしょうね……その時にならないと分かりません……」
ローズは生きている。
信じてはいるけれど、心の奥底、頭の片隅には、きっともう、そんな思いがある事も事実。
ローズが落ちたと考えられるあの河は、幅も広く水深も深かった。
セイレーンの統率者であるレンですら、その河の流れに自由があまり効かない程に。
「なんでそんなに必死になるのよ。あんた達、仲間……じゃないんでしょ?」
「それはローズさんが勝手に言った事ですから。私もレンちゃんも、ローズさんの事、仲間だって思ってますから。だから、探したい、生きているって信じたいんです」
「…………」
少しだけ、本当に少しだけティリアはリンの言う事を理解出来た。
先代である真相神龍バハムートである自分の父が、転生者に討伐されたと聞いた時、リンと同じように信じる事なんて出来なかった。
絶対生きている、何かの間違えだ、そう自分に言い聞かせていた事が、今のリンと重なって見えた。
それでもティリアの思いは届く事無く、七日七晩涙を流し続けた事も同時に思い浮かんで来る。
「……辛いわよ。自分の期待が裏切られた時」
「そう、だよね……。私もレンちゃんも、セリカ様が討伐された時、辛い思いは経験済み。もうあんな悲しい事が起こらないで欲しいなって思う。でも、やっぱり無理な事もあるんだよね。最近なんだけど、同じモンスターの統率者のコが転生者の人に……殺されちゃったんだ。直接会った事は無かったけれど、辛かった。そして、どうしようも無い事もあるんだなって……また思い知らされた…………。それでもね、期待、せずにはいられない。仲間だもん。生きていて欲しいよ」
「…………」
そこまで聞いてティリアはバルコニーの扉を開けて、城の中へと戻る。
「覚悟だけはしておきなさいよ」
と、独り言のようにリンへ声を掛けてから。
「無理をするのが分かっていたのに……強引にでも押し切るべきだったんだよね…………そしたら今頃、こんな事にはなっていなかった……」
ぐるぐると思いが巡るばかりで、答えは出ない。
悔やんでも悔やんでも、悔やむ思いは尽きる事が無く、ふとした瞬間にあの日の事を思い出しては後悔を繰り返す。
リンは魔動車を操る事は出来ないし、ティリアのように空を飛ぶ事も出来ない、そして、レンのように水の中をすいすいと泳ぐ事も不可能。
脚で探せる範囲を探しながら日々、城の中で待つ事ばかりが過ぎて行く。
ティリアはと言うと、リンとレンにその身を介抱されてから、セリカの城に居座るようになっていた。
『私もレンちゃんも、怒っているとか恨んでいるとかはありません。だから、好きなようにしてください』
そうティリアへ伝えたのにも関わらず、当の本人であるティリアは何も言わずして、セリカの城で過ごし始めていた。
「はぁ……まったく、この城、無駄にでかいんだよなぁ」
食事をする為にレンの所へ向かっているティリア。
その余りの広さに城の中で迷っていた。
「どこもかしこも似たような見た目だし……案内図くらい用意しておけっての」
一人で悪態をつきながらとにかく知っている場所へ出る事を祈り、何となくで進んで行く。
さすがに迷宮では無いだろうから、そのうちどこかすらに着くだろうと考えてはいるものの、正直少しだけ不安も否めなかった。
「…………まさかこのまま脱出不可能になった、なんて事にならなきぇいいけど。ま、どうしようも無くなったら城の中からぶっ壊せばいいか」
『この城の中で暴れるようなら、私、容赦しませんからね』
「…………」
二人に介抱されてから知らない天井の部屋の中で目を覚まし、そこが魔王の城である事を知ったティリアは、敵陣の中になんて居られないと考え城を破壊して脱出する事を試みた。
その行動を発見したリンが、先のようにティリアへと伝える。
正直、リン一人が相手なら大丈夫だろうと自信はあったけれど、あの日、ローズが言った言葉を思い出し破壊する事は止そうと思い直した。
「……あのオーラブローってのだけは、あたしでもきっとヤバい。しかも、怒った時は目がすげー恐かったし…………。あれだな、怒らせるとマズイタイプ」
こんな事を言いながらも、多少は二人に恩を感じている事があり、日々、ローズを探す役目を買って出ている。
そしてそのローズに対しても口には出さないが、ティリアなりに悪気を感じていた。
今になって思えば話を聞く余地はあっただろうし、シャインバーストを使ってまで決着を着けるなんて事をした行為をやり過ぎたとも思っている。
「でも、結構探したんだよな……河の中はセイレーンの統率者が探しているし、それでもカラダが見付からないってどうなってるんだよ……生きてるのか死んでるのか全然分からないし、この城の中もさっぱり分からないしっ、あぁもぉっ!」
よし、こうなったら破壊しよう、と良からぬ事を考えた矢先。
「あ……やっと、見付けました…………」
「ふぁっ?! ちょっと待って、これ、これはっ! 別に破壊しようなんて思って…………なんだ、あんたか……」
声を掛けたのはセイレーンの統率者であるレンだった。
リンがやって来てティリアの事を聞かれたのに、そのティリアが来ていない、と言う事でレンは城の中を回ってようやくこうしてティリアを見付ける事が出来た。
「食事……どうします、か? 食べるなら温め直します、けど」
「…………う、ん。じゃあ、貰う……」
ティリアを連れて食事を温め直して、そのティリアへと差し出す。
ティリアは何度かレンの顔を伺ってから、ようやく食事を口にした。
「あむ、んぐ……はむ…………。それで、そっちはどぉなのよ? 何か手掛かりくらいはあった?」
「……いえ、全然……無いです」
「はぁ、そう……こう、はむ……言っちゃなんだけど、さ。あむ、んぐ……アイツ、生きていないんじゃないの?」
「…………」
「生きてたら帰って来るでしょ? ここに」
「……どう、なんでしょう。ローズさん……何を思っているのか分かり難い人、だから……」
「何それ? あんた達、本当に仲間じゃないわけ?」
「それも……どう、なんでしょう」
レンは何処を見るわけでも無く、俯きしばらく思いを巡らせる。
「ローズさんとは、あの日に……出会ったばかり、なので……」
「あの日? あたしとやり合った日って事?」
「はい……」
「はぁ?! 何それっ! つい最近じゃないのっ」
レンはぽつぽつと、ローズに救い出された時の事をティリアへと伝えていく。
「ふーん。でもさ、あんたもそうだけど、リンの事だってわざわざ助ける必要なんてあったわけ? スタープラムの世界の理を取り戻すってだけなら、転生者を殺せばいいだけの事でしょう?」
「そう……ですね」
「正直、あたしには理解出来ないわ」
レンも、確かにティリアの言う事と同意見だった。
”理解出来ない”。
ローズの強さを考えれば、転生者だけを狙って世界の理を取り戻すなんて容易く可能なのに、わざわざ何故、自分達の面倒まで見ようとするのか。
自分を救ってくれた時も、自分を犠牲にしながらたくさん痛め付けられたのに、ティリアの時の事だって放って置けば今のようにはならなかったはずなのに、と考えれば考える程、理解出来なくなって行く。
それでも。
「ちょっちょっとっ! なんで泣き出すのよっ! あたし、何か悪い事言った?!」
ティリアのせいでは無い。
辛い事実を分かってしまったけれど、それでも、あの場所から自分を救い出してくれたのに、ちゃんとお礼の一言も伝えられていない事が辛くなっただけ事。
それでも涙が溢れる程に、充分な理由だった。
『もし、あなたまでここで命を絶ってしまったら、私は悲しいわ……とても。その思いを、私にさせないで欲しい、もう二度と……』
ローズの言葉が脳裏を過ぎて行く。
「そ、れは……私だって…………同じ、なのに……」
泣き続けるレンに対してティリアは、声を掛ける事も無く、慰める事も無く、ただじっとレンが落ち着くのを待っていた。
「ごめん、なさい……」
そう告げてようやく泣き止んだレンは、ティリアが食べた後の食器を下げて、黙々と洗い出す。
「ご馳走様」
一言だけ声を掛けて部屋を出て行くと。
「結構、優しい所、あるんですね」
「うげ……あんた、いつから……」
「さぁ、いつから、でしょう」
リンの姿があった。
「べべ、別にっあたしは何もしてないしっ!」
「レンちゃんが泣き止むまでずっと一緒にいてくれたじゃないですか」
「はぁっ?! そんなのどこも優しくなんて無いでしょっ! そんな事よりも、あたしっ、もう寝るからねっ! 探すのはまた明日っおやすみっ! あんたも、レンも探しつかれているんだろうから早く寝なさいよねっ!」
歩みを止める事無く一方的に言いたい事を言って、ティリアは自分の部屋へと続く通路を進んで行く。
壁に寄り掛かりながら、リンは思った。
「ローズさん、生きていますよ、ね……。姿が見付からない事、それこそが、無事だって証拠、ですよね……」
きっと何処かで生きている。
自力でローズは生き延びている。
たぶん、ここへ帰って来れない事情があるから、だから、姿を見せないだけ。
リンは強く願った。
そして。
「これからの事……ちゃんと考えなくちゃ。私自身はどうするべきなのかを」
『いつか、あなたなりの答えに辿り着ける事を祈っておくわ』
ローズから過去に告げられた言葉。
「まさか改めて考えさせられるとは思わなかったなぁ……」
願いや望み、優しさや思いやり。
自分達魔王軍の配下のイメージとは似つかわしく無い事は充分分かっている。
それでもリンはローズが無事である事を願い、望んで、そして、いつの日か争いの無い世界を思い描く。
実現するには魔王セリカの存在が必要であり、セリカを復活させる為には世界の理を取り戻す事が絶対の条件となっている。
その条件を適えるのは、ローズでなければならない。
「だから……絶対に、ローズさんの事は諦めませんから」
何となく、本当に何となくだけれど、自分なりの答えが見えたような気がした。
そしてリンはレンのいる部屋へと入って行く。
「レンちゃん、コーヒーを頂けるかしら?」
「えっと……リンさん、何ですか、それ……」
「ん? ちょっとだけ、ローズさんの真似をしてみたんだけど、似てたかな?」
「……もう少し自然さが欲しい、です」
「とても自然だと思うけれど? 違っていて?」
「ふふ…………もう、本人とは違う、人になってますよ」
「そうかも、あはは」




