必要の無い存在
地面へ向けて落ち行くティリア。
「なんて頑丈なのかしら……ローゼンギルティの斬撃を食らっておいて、装具が破壊されるだけで済むなんて」
元より転生者では無いティリアを殺めるつもりは無かった。
加減出来るような相手では無かった為、ローズ自身の魔法力が減っている事、それが幸いしていた。
「……疲れたわね、さすがに」
地上へ落ちる前にティリアの身体を、ローゼンギルティを伸縮させゆっくりと地面へ横たえる。
それを追うようにして地上へ降り立ったローズが、葬化を解除し少し離れた場所で立っているリンとレンへ声を掛けた。
「二人とも、本当に助かったわ。感謝して…………?!」
背後から突然強大な魔力を感じ、振り向いた先に。
「……はぁっ! はぁっ! くっ、人間……如き、がぁっ! よ、くもっやってくれた、わねっ!」
ティリアが膝を突き、鋭い視線でローズを睨み付けている。
シャインバーストを使った直後であっても、今のローズを超える魔法力を放ち続けるティリア。
そのティリアは大きな目を見開き、リンとレンへ殺意を込めた視線を向けた。
「二人ともっ避けてっ!」
その間へ飛び出すローズ。
ただ睨み付けただけ。
轟音を上げ大爆発を引き起こす。
「…………くっ、油断、していたわ」
「ローズさんっ!」
ローズの左腕全体が火傷し、出血していた。
「大丈夫……です、かっ?」
「えぇ……回復すればいいだけの事だから……」
外傷は治ったものの、体力までは回復しない。
それがスタープラムの世界の回復魔法。
「そんな事よりも……」
「あんた達……今からまとめて葬ってやる……っ!」
「す、ごい…………魔法力、です」
「あんな凄い魔法放ったのに、まだあれだけの魔法力があるなんて…………」
ティリアは見るからにして体力を失っていた。
呼吸は早く足元がおぼつかない。
それでも放出する魔法力はローズ、リン、レン、三人の誰よりも上回っている。
「はぁっ! はぁっ! うぐ……はぁっ、ふふ、くふふふっ! もうこの星が削り取られてもいいわっ! あんた達を全滅させる事が出来ればそれでいいっ!」
「…………」
ローズが振り向き、リンとレンへ交互に視線を送る。
「えっと、ローズさん? 何でしょうか?」
「……二人とも、セリカの城へ帰りなさい」
「え?」
「あの城には魔法障壁が掛けられているわよね。あの中であれば、ここら辺一帯が吹き飛んでも城は破壊されないはずよ」
「帰れって……ローズさんも帰るんですよね?」
「帰らないわ。ここで三人いなくなれば、あの子、追って来るでしょう?」
「でも……三人、を殺す、と言っていました……。私とリンさんが、逃げても……追って来るんじゃないでしょうか?」
「それは無いでしょうね。一番厄介な相手、つまり私を先ずは狙うでしょうから、あなた達二人がこの場を離れても何も問題は無いわ」
「そっ、それならまた三人で力を合わせればっ!」
「……無理よ。あなたも、そしてレンも、魔法力が相当弱くなっているじゃない」
「ローズさんだって同じじゃないですかっ、それなら、絶対三人の方がっ!」
必死に食い下がるリンへ、至っていつも通りの口調のまま言葉を繋げていく。
「可能性があるとしたら、私が一人でここを食い止める事……意外に無いわ。あなた達二人の事を気に掛けないで済むようにしたいのよ、全力を出し切る為にも」
「リンさんも、私、も……セリカ様の配下の一人です。ローズさん、が……思っているよりも、弱くはありません……」
「ええ、それは分かっている、これでも認めているつもりよ? けれど……それでも、二人には城へ戻って欲しいと言っているの」
リンもレンも、ローズの言っている事は理解出来ていた。
確かに自分達の事を気に掛ける必要が無くなれば、ローズがそれだけティリアの攻撃に集中する事が可能になる。
けれど、今のローズの魔法力では到底、あの凄まじい魔法力を放ち続けているティリアに勝てるような見込みが無い事も、理解出来ていた。
魔法力の強さを少しでも増す事が出来る方法となれば、三人で力を合わせる事、それしかない。
だからこそ、二人はローズの言う事に肯定する事が出来ず、どうにかして力になろうと願い出ていた。
「お願いです、ローズさん。私とレンちゃん、三人で力を合わせる事を考えてください。ローズさんの強さはよく知っています。私なんかよりもずっと凄い事を……でも、少しは私達を信じてください。頼りなく感じるのかもしれないですけど、仲間だと思うのなら…………私達の力を信じて貰えませんか?」
「…………」
長い沈黙が訪れた。
その間、ローズが何を考え、何を思ったのかを二人は察する事も出来ずに、ローズの言葉をただただ待った。
そして。
「気付いているのよね? 私が正式なセリカの配下では無い事を? ”影”が人間の姿のままである事、これが何よりもその証。影を変化させている、なんて嘘を付いている私にわざと言及してこなかったでしょう?」
「そ、れは……」
「ハッキリと言うから良く聞いて。私は、セリカも含めて、あなた達二人も……”仲間”なんかでは無い」
「う、嘘ですっ! だってっローズさんはこれまでに何度も仲間だって言葉を使っていたじゃないですかっ!」
「そう言っておいた方が、何かと面倒毎にならないからってだけよ」
「それならばどうしてセリカ様を復活させるなんて言うんですかっ?!」
「私が個人的にそうしたいからってだけ。自己満足だもの。それ以上の大した理由なんて無いのよ。あなた達二人を助けたのも、単なる気紛れ。私の行く先に居たと言うだけの事で、たまたま助ける形になった……なってしまったのよ」
「今更そんな事を言われたって信じられま」
リンの言葉を遮るように、ローズは二人の眼前に火葬華を放つ。
ローズと二人の間へ炎の柱が燃え上がる。
「これ以上の会話は無駄。さっさとセリカの城へ帰りなさい……そうでなければ、当てるわよ?」
「ローズ、さん……?」
「レン、今ここを離れなければ、リンを火葬華で焼き尽くす」
「そ、そんな…………」
「リンでもいいわ。あなたが離れないと言うのであれば、レンを攻撃するだけの事よ……」
言いたい事はいくらでもあった。
ローズの言っている無茶苦茶な話に、誰が素直に言う事を聞けるのか、と。
リンは何度も口を開きかけては閉じて、自分の言いたい事を我慢する。
「…………レンちゃん、帰ろう。セリカ様の城へ」
「リン、さん……でも、それじゃあ……」
「いいの。私達は……邪魔、なんだよ。私達がローズさんに劣っているのは確かな事だもん」
「リンさん……」
リンがしばらくローズの目を見詰めて、そして、その場を足早に去って行った。
「茶番はもう終わったのかしら?」
「どうもありがとう、わざわざ待っていてくれて」
「別にぃっ! 今生の別れくらいさせてあげる優しさくらいはあるからっ!」
ティリアが飛び上がり、上空へと留まる。
「葬化を使わないところを見ると、相当消耗しているようね」
「それはっ、あんただって同じ事じゃないっ!」
そう言ったティリアの前で葬化の装具を纏うローズ。
「止めておけばいいものを……命削ってまで葬化使って、バカなんじゃないのっ!」
「……えぇ、そうね。バカ、なのかもしれないわね」
「更に黒曜まで使うって…………底無しのバカじゃないっ!」
(やっぱり黒曜を使っても追い付かない、か)
ローズは黒曜を超えた先を目指し、自身の生命力を注ぎ込む。
「努力はしてみるけれど、もし殺してしまっても恨まないで」
「はぁっ?! 言う、じゃないのよっ! でも……まんざらハッタリってわけじゃ無さそうだし、その忠告だけは聞いてあげる。でも……死ぬのは、あんたの方よっ!」
一回目のシャインバーストよりは、遥かに威力は無い。
それでもその魔法力は黒曜を超えた先のローズを超えていた。
「食らいなさいっ! シャインバースト……メガフレアーっ!」
(全く……あれで消耗しているのだから、呆れてしまうわね。でも……)
「まだよっ! 私には負けられない理由があるんだからっ!」
黒曜を使った場合、魔法を”放つ”事は不可能。
それが決まり。
けれど、その先に達したローズはその決まりを覆す。
「黒の火焔葬華っ!」
シャインバーストの放つ眩い白の光。
対して闇のように黒い炎の火炎葬華。
二つの魔法がぶつかり合う。
「自分の命を懸けてまで魔王を復活させる意味なんて何処にあるのよっ?! あたしにはぜんっぜん理解出来ないわねっ!」
「別にあなたが理解する必要なんて無いわっ! これは私がしたいから、個人的にしている事っ!」
その言葉に偽りは無く、セリカを復活させる為に動いているのは、ローズの独断。
セリカは生前、ローズへ自身を復活させろ、とは一言も伝えてはいなかった。
セリカがローズへ伝えた事は、この世界、スタープラムの世界の理。
その理とは”魔王を人類全ての共通の敵”として、認識させる事。
それで少なくとも人類同士の争いは劇的に減る。
実際、セリカがスタープラムの世界で魔王を名乗っていた三年前までは、今のスタープラムとは比べ物にならないくらい、人類同士での争いはほとんど見られなかった。
『全ての生物が仲良く手を取り合って生きて行く、そんな世界は夢でしかないのよ。だからこそ、せめて同じ人種同士が争わないようにと思って、私達魔王軍がいるってわけ。まぁ、そんな私に振り回されている配下のみんなには申し訳ないと思っているけどね』
悲しそうな表情の笑顔で、生前セリカはローズへ伝えていた。
魔王がいなくなれば、世界は平和になる。
それを信じて転生後に魔王討伐を決意したローズに取っては、理解し難い言葉ではあったけれど、『私が討伐された事が知れ渡った後の世界を見てくればいいわ。そしたら、言っている意味を理解する事が簡単に出来るから』と言われてから思い知るまで、数日しか掛からなかった。
(悪いわね、セリカ。あなたを復活させても、結局はあなた頼みになるのだけれど、それもかなわないかもしれない)
「どうやら魔法力が尽きて来たみたいねぇっ! ここまで頑張った事は褒めて上げるわっ!」
そうローズへ告げているティリアもまた、二度目のシャインバーストによって魔法力があまり残されていなかった。
現に今のティリアの表情には余裕がまった見て取れず、時折、歯を食い縛ってローズが放つ火焔火葬を押し返している。
「ええ、だからこそ、もう決着を着けましょう」
「同感だわっ! でも……あんたが負けて終わるのよっ!」
(セリカ、もし悪運が残って私が死なずに済んでいたら、今度こそあなたを復活させるから……その時はスタープラムの世界を争いの少ない世界へしてね)
「人間のくせにあんたは本当によくやったと思うっ! でも……所詮は人間っ! あたしに勝てる見込みなんて最初っから無かったのよっ!」
この土壇場でありながらも、ティリアは魔法力を上げた。
今出せる限界中の限界。
「何度も言うようだけれど、私は負けられないっ! なによりも覚悟が中途半端なあたなには、絶対に!」
「覚悟っていったい何の覚悟よっ?!」
「あのドラゴンの子が転生者の手に掛けられて許せない事は理解出来る。でもね、あなたには足りないのよっ! 命を懸けてその思いをぶつける覚悟がねっ!」
「ならあんたにはあるって言うの?! その覚悟ってのがっ」
「ええ、三年前、セリカを復活させる事を決めたその日からっ!」
ローズの火焔火葬がティリアのシャインバーストを押し返す。
限界まで上げたティリアに、その火焔火葬を押し返す程の魔法力は残されていない。
「これが私の覚悟の証っ!」
「ダメ、押し返せないっ?!」
火焔火葬の炎がティリアへ襲い掛かり、上空に爆炎が激しく吹き上がった。
それを確認したローズが地面を蹴り上げ跳び上がる。
「人間……なんかにぃっ! はぁっはぁっ! ぜぇぇったい負けるものかぁぁああっ!」
吹き上がった爆炎を気合で一掃するティリア。
そのティリアの傍を跳び上がったローズが横切って行く。
「はぁっふぅっ! くっっ! あんたのやりたい事は……はぁっ! 読めているのよっ!」
ティリアよりも高い位置へ移動し、落下速度を乗せた一撃を放つだろうとティリアは予想をしていた。
「威力は落ちるけれど、後一回くらいならまだ魔法を放てるんだからっ!」
シャインバーストでは無いにしても、それは上級魔法。
ローズが跳んだ勢いを考えればまだ更に上まで上がって行くその間に、少ない魔法力を溜めて落下して来るタイミングで魔法を当てれば、自分の勝ちだ、そうティリアは考えた。
けれど、ティリアの読みが当たる事は無かった。
「あらゆる可能性を考えなければ相手の行動を読んだ、とは言わないのよ」
上昇中の身体を空中で回転させて、ローズ自身のカラダよりも上に”魔法障壁”を作り出す。
それを足場に急降下を始め、ティリアへ間合いを詰めたのは一瞬の出来事。
上級魔法を放つ余裕などなく、ローズの強烈な蹴りを防御もままならないまま腹部へ食らい、ティリアは地上目掛けて吹っ飛ばされた。
「でもっ! はぁっはぁっ! この距離からなら、もうあんたは追い付けないっ!」
強烈な蹴りを食らいながらも、ティリアは魔法詠唱を止める事無く上級魔法を放つ動作へと移行する。
「ふふっ! くふふふっ! 空を自由に飛べないあんたには、もう避ける術は残されていないわよねぇっ! 同じ手を使ったって、あんたがあたしに追い付く前に、あたしの魔法があんたを捉えるわっ!」
「だったら、あなたの落下を止めれば済む事でしょう?」
「はぁっ?! 何を言っ」
ティリアの言葉はそこで途絶える事となった。
吹っ飛ばされてはいたものの、地面までは大分余裕があったはずなのに、背中側から”壁”へ激突した衝撃で言葉を発する事が出来なかった。
「だからあなたは経験が不足していると言ったのっ!」
その”壁”は自身の足場として使う事を応用し、ローズが出現させた”魔法障壁”。
「これで今度こそ本当に終わりにするわっ!」
次は自信の足場として出現させた魔法障壁を足場にして、壁に身体を阻まれたティリアへ向かい急降下を始める。
「リンっ技を貸して貰うわよっ! オーラっ」
「くっ……ダメ、力が入ら……ない」
「ブロォォォォオオッ!」
魔法障壁ごとティリアへ重い一撃を与えるローズ。
「………………」
ティリアは完全に沈黙していた。
そしてまた、勝ったローズも葬化に生命力を使った為、身体への負担が早くも表れる。
「……げほっ! はぁ……はぁ…………、さすが、に……無理をし過ぎた、かしら……」
口元を抑えて咳をしたローズの手には、自身でも驚く程にドロドロとした赤い血で濡れ染まっている。
「でも……もう一仕事、しないといけないよう、ね……」
ティリアがこのまま落下すると、打撃を与えた向きが悪い事もあり、谷底へ流れる大きな河に飲み込まれてしまう。
転生者では無いティリアを、ローズは元々殺すつもりは無かった。
「谷底へ真っ逆さま、だけは回避しなくちゃ…………」
ローゼンギルティの伸縮する能力を使えばそれを止める事は容易く出来たはずなのに、そのローゼンギルティが能力を発揮しない。
「そうか……ローゼンギルティもまた葬化の一つ、だものね。魔法力の尽きた私には、効果が発動出来ないって事かしら…………。あと一度だけでいいから、頑張って……お願いよ」
遠のく意識を気力だけで引き締め、ローゼンギルティを振り抜くと、ローズの思いが届いたようにローゼンギルティはティリアの身体へと巻き付いた。
でも。
「…………さすがにもう……魔法力が、気力でも出せない。仕方無い。共倒れになるよりはいいか」
そしてローズは正真正銘の自力で、持っているローゼンギルティを思い切り投げ、地面へと突き刺した。
「後は……ティリア、あなた自身でどうにかなさいな…………」
ティリアが宙吊りになったのを見た直後、ローズの意識が遠のいて行く。
(リン、レン……色々偉そうな事を言ったけれど、この様で本当に悪かったわね。もし、生き延びる事が出来たら、その時はちゃんと謝るし、セリカを必ず復活させるから。でもきっと、スタープラムの世界に、私は必要無い人間、なのよね……。残念だけれど、元の世界と同じように……私はここで終わり……ホント、私は何の為に生きて来たのかしら……)
そこでローズは自分の意識を失う。
その身体は崖下に流れている河に飲み込まれ、流され、浮かび上がって来る事は無かった。




