世界の理
「レンを人質にでもすれば、あなたに少しくらい勝ち目があったかもしれないわね」
「……ち、あれだけ警戒されていれば、手を出せるわけないだろ」
ローズは戦いながら、常にアデルの様子を伺っていた。
アデルに殺されかけたローズだからこそ、そして、もし自分がアデルの立場であったならば、レンを利用してでも今の状況を打開しようと考えに至ったであろうと思ったから。
「まさか過去、自分が殺そうとした相手に殺される事になるだなんて、思ってもいなかったでしょう?」
「……あの状態で何故生き残れた? 俺の剣は完全にお前の背中から腹を貫いたんだぞ?」
「せっかくだから教えてあげる。私を救ったのはね…………魔王であるセリカよ」
さすがにアデルは驚きを隠せなかった。
魔王からすれば、自分たちは敵であり、倒すべき相手。
それなのに、何故、その相手をわざわざ救ったのか、と。
「お前、魔王に操られている、のか? それで復活をするなんて事を……」
「これは私の意思よ。あの日、あなたとイオデ、そして私がセリカを倒した時。セリカはまだ生きていた」
「…………そんな、バカな。俺とイオデで念入りに痛め付けたんだぞ?」
「そうね。私はあの時、そこまでする必要が無いと拒否して傍観していたけれど、本当に生きている方が不思議なくらい酷い有様だった。それでもね、セリカは生きていたのよ。あの状態でね」
「…………だ、だからって、なんでお前を助けるんだよ?」
「哀れに思った、と言っていたわ。正直、複雑な気分だったわよ? 私も、セリカも。お互いに殺し合う戦いをした後だったんだから。そして、教えて貰った。この世界の理ってものを」
アデルは聞き返す。
ローズの言う理と言うものが、一体何であるのかを。
「この星、スタープラムの世界の理は、セリカがいる事そのものが理なの。アデル、今のスタープラムは平和だと言い切れる? 人間同士が争って、大規模な紛争が起きて、国同士で戦争まで起こしているわよね?」
「そんな事は、転生前の世界でも普通に起こっていた事だろ? お前が何処から来たのかは知らないが、少なくとも俺がいた世界では、当たり前のように起こっていた事だ。人が人を殺し、同じ人間同士で戦争を起こして命を奪う。口では争いごとはダメだと言いながら、な」
「でもね、スタープラムの世界は違った。人間とモンスターンの間では争いはあったけれど、セリカがいる間は、絶対的に平和だったとは言い切れなくても、極端に争い事は少なく、今のスタープラムの世界で起こっているような、人同士が殺し合う大規模な争いは一切起こっていなかった。それはどうしてなのか、あなた考えた事ある?」
「……知るかよ、そんなの」
ローズはしばらく何も言わず、アデルに考える時間を与えたが、アデルからの返答は待ち続けても返って来なかった。
「セリカがいたからよ。”魔王”と言う役目を担うセリカが、人間達に共通する倒すべき敵として世界に存在した。だから、人間同士の争いは起こる事が無かったの。でも、そのセリカを私達が倒してしまった」
「だからって魔王を野放しになんてしておいていい訳が無いだろ? 人間を脅かす存在なんだからな」
「ええ、そうね。野放しにせず、挑む事に問題は無かったのよ。問題なのは、倒してしまった事で理が崩れてしまった事」
「何? そしたら、倒すなって事だったのかよ? そんなの俺達じゃない他の奴等が倒す可能性だってあったんだぞ? 所詮無理な話でしかない」
「無理な話なんかじゃないわ」
一呼吸おいてから、ローズは話を続けて行く。
「セリカはね、倒せるような相手じゃないの。スタープラムの住人ではね」
「現に倒せたじゃないか」
「だから言ったでしょう? スタープラムの世界の人間には倒せない、と。他所の世界から転がり込んで来た私達転生者が増えたせいで、セリカは倒された。その結果どお? 結局、転生前の世界と何ら変わりないじゃない。争いが耐えず理不尽な悪が野放しにされ、挙句、今だってまだ転生者は増え続けている」
「はっ、そんなの知った事かよ。そんなに理ってのが大事なら、お前一人でどうにかするんだな」
「ええ、そのつもり。だからこうして動いているの。セリカに頼まれたわけでもなく、私自身の意思でね」
魔王の君臨する世界。
思い返してみればローズの言うように、どんな世界の中であっても、人類に共通する倒すべき敵として認知され、人々は魔王を倒す為に一致団結し協力を惜しまず努力する。
そして、魔王のいない、ローズやアデルが転生前する前の世界。
人類に共通する倒すべき敵がいない事により、常に何処かで自分達の主義や主張を押し付け合いながら、人間同士が争い殺し合いを繰り広げている。
セリカがいなくなったスタープラムの世界は、ローズ達が転生する前の世界へと、加速度的に向かい始めていた。
だからこそ、ローズはこの世の理を戻す為、魔王であるセリカを復活させようと、三年前のセリカに救われた後、決意をするに至る。
セリカ本人に頼まれたわけでも無く、他の誰かに願われたわけでもない。
それは言ってみれば、自分勝手に決めただけの事。
それでも、スタープラムの世界を元に戻す為、ローズは転生者を敵に回す事も厭わず、転生者を止め、魔王セリカの配下となった。
「スタープラムを救って、神にでもなるつもりかよ?」
「馬鹿な事を言わないで。私は、その神様ってのが一番大嫌いなのよ。あなた達転生者よりもね」
「まぁ、いいさ。お前の長い無駄話のおかげで、こっちは準備が出来たしな」
アデルが通信デバイスを取り出して操作をすると、出入口から魔動機が次々と現れる。
「…………それ、本当に好きね。でも、私の相手は務まらわないわよ?」
「あぁ、それは監視カメラで見ていたから知ってるさ。要するに、お前の使う雷撃魔法をどうにかすればいいって事だろ?」
バラバラになったシルの身体が散乱する場まで歩き、アデルは床に転がっている杖を手にして、思い切りその床の上に突き立てた。
「シルの奴が持っていたこのロッドはな、魔封法って言う特殊能力があるんだよ」
「…………」
「こいつは人工的に作られた武器だから本物には劣るが、封じる能力だけは信頼に足る物だ。これで、お前の魔法は意味が無くなったって事になる。そして、魔動機のこの数だ。言っておくが、まだ増える。このシティ内にいる全機がここに集まるよう命令を出したからな」
部屋の中には三十体程の魔動機。
中には宙に浮いている物まで存在している。
「ナンバーシックスの量産型。能力は多少劣るが、その分は……数で圧倒するまでだっ!」
アデルの操作する通信デバイスから電子音が数回鳴った直後、魔動機が一斉に動きを見せる。
「気を付けろよ? そいつ等は独自頭脳によって、弱いヤツから排除に掛かる。それが何を意味しているのか……」
アデルがそこまで言うと、ローズは行動を起こし始めた。
レンの前に立ち、ローゼンギルティを両手に構える。
「レン、絶対連れて帰るから、少しその場で大人しくしていなさい」
「…………」
話し掛けたレンからは、返事が返って来ない。
そのレンの表情を見ると、何処か上の空で、現在の状況を無関心のように床の上へペタリと座っていた。
「レン? レン……? レンっ」
「は……は、い……何でしょう、か……ローズさん」
「しっかりなさい。あなたは生きなくてはいけないのでしょう? あの子、フェーちゃんの分まで強く」
「わ、たしは…………私、は……」
「あなたは託されたの。彼女の分も生きる事を」
魔動機が一斉に行動を起こし、ローズに攻撃を開始する。
試しに雷撃の魔法を放ってはみたものの、アデルの言うように突き立てたロッドへ魔法が吸い込まれて消えた。
それは雷撃だけで無く、属性を変えても同じ事が分かり、ローズはローゼンギルティを使い、レンを守りながら魔動機の攻撃に応戦する。
「ルナっ、そいつを見捨てたらどうだ? 楽になるぜっ! お前の目的は魔王の復活だろ? 配下の一人や二人、死んだところで大した影響も無いだろうが!」
「あなたには関係の無い事よ」
確かに一人であれば、楽になる事は分かり切っている。
それでも、そうだとしもローズはレンを見捨てる事等、全く考えていない。
「とは言っても、お前には無理だろうなっ! 根本的な性格、甘ちゃん風情のお前にっそいつを見捨てるなんて事出来るわけが無いんだよっ!」
「見捨てるわけが無いでしょう? レンは私達と違い、スタープラムの世界の住人。この世界に居なくてはならない一人なんだから」
「世界に必要? 何を言っている、そいつは人の姿をしていも、魔王の配下でモンスターだぞ? 人から必要とされない存在だ。そんなのが世界に必要なわけがあるかよ」
「必要よ。少なくとも、私達転生者よりも……そして、セリカに取っては尚更ねっ!」
ローゼンギルティの伸縮する特性を使い、距離の遠い魔動機を次々と破壊する。
一体一体の能力は大して強大では無い、が。
(飛んでいる魔動機が厄介ね。あの位置から遠距離攻撃をされていては、手の出しようが無い)
武器の特性を使えば撃破する事は出来る。
でも、その代わりに、自分と相手の間合いを一瞬でも維持出来なくなった場合のリスクが大きい。
レンがいる以上、可能な限り、これ以上の接近を許したくは無い。
それがローズの考えている事。
(火葬化を使えば、一気に片付ける事は出来る……でも、ここ最近、火葬化を使い過ぎている。このままだと私の身体はこの先、あまり持ってくれない……。けど、今の状況だって、何となかしなければ、切りが無いのも事実……どうしたら…………)
ローズは考えながらもローゼンギルティを振るい、魔動機からレンを守る事を最優先に考えて行動する。
「相変わらずだな。お前と組んでいた時、何かと下らない要望を持って来ていたよな? 材料が後幾つだとか、探している人間がいるから見付けろ、とか。そんなの本人にさせておけばいいものの、次から次へと持って来やがって……正直、こっちは迷惑だったんだよ。新しい街へ着けば、どうでもいいような依頼を頼まれてくるお前も、そのお前に依頼を頼む人間も、こっちは魔王を倒す為に動いているんだぞ? ……ゲームじゃないんだよ。くだらない事に巻き込みやがって」
「そんなに嫌だったのなら、パーティなんて組まなければ良かったじゃない」
魔動機を相手にしながら、アデルの言葉へ返答する。
「保険だよ、保険。能力は確かに高かったけどな、それでも、他の人間と組めばいざって時に役に立つだろ? イオデなんていい仕事してくれたぜ。褒めれば褒める程、自分から盾役を喜んで受けて居たくらいだからな…………ところが、ルナ、お前はどうだ。ガキのクセに、正論言って散々俺の邪魔をしてくれたよなぁっ」
「あなたがそんな本性だなんて知らなかったのだから、当たり前でしょう? 知っていたら人助けの依頼を受けなかったわ。それ以前にあなたとパーティになんてならなかった」
「ガキはガキらしく、大人の言う事にはいはい言って従っていればいいんだよっ!」
アデルが端末を操作すると魔動機が出力を上げ、今まで以上に攻撃を激化させ始める。
ローズも魔力を上げ魔法を放ってはみるものの、相変わらずロッドに吸収されてしまい、魔法での攻撃は全く効果が無い。
その上、倒しても倒しただけ新たな魔動機が現れ、埒が明かないそんなところへ、アデルが魔動銃で加勢を始めた。
しかもその攻撃は魔動機がいる事を考慮せず出鱈目な打ち方で、時折魔動機にもアデルの攻撃が当たる。
だがそれは、むしろ効果的な攻撃方法でもあった。
余りにも変則的に飛んでくる魔動銃の弾丸は、ローズの応戦するタイミングを大きくずらす役目となり、魔動機が攻め入る機会を生み出している。
「この状況ならお前を倒せそうな気がするぜっ! 次こそぶっ殺して、お前をダシにまたいい思いをさせて貰う!」
「……くっ」
「ルナっ、攻め難そうだなぁ?! ハハハハッ!」
「雷葬華!」
「無駄無駄ぁっ! そのロッドは耐久力だって相当高めてあるんだよっ!」
「お気に入りだったネストデリンジャーはどうしたのよ?」
「あんなもん、魔王討伐した後に、名前も知らねぇ転生者へ売りつけてやったよ。莫大な売値だなっ!」
「そして次はその品の欠片も無い魔動銃、と言う事?」
「これこそ武器としての究極の形だっ! 近付く必要も無く、それでいて殺傷能力は高い! 自分が安全圏にいながら、相手を殺せるんだっ! どんなレア武器よりも遥かに実用的!」
魔動銃をアデルが出鱈目に連射する。
その魔動銃の軌道をある程度読みながら、ローズは弾丸を避けるのか、防ぐのかを決めているが、魔動機に弾かれローズに届かない物が存在し、そのせいでローズは迎え撃つタイミングを外され多少の隙を作ってしまっている。
「さすがのお前も、数には対応出来ないようで安心したぜ。結局お前ら人間の敵は、倒される運命なんだよ」
「そう言う台詞は勝ってからいいなさい」
「はっ、強がりを! アルファのヤツが言っていただろ? 殺し合いってのはあざとく卑怯な方が生き残るってな…………アルファの事で、良い事を教えておいてやる。フェンリルの統制者に止めを刺したのはアイツじゃあない。最後の止めを刺したのは…………この俺なんだよぉおおっ! アルファの奴が遊んでいる所を、それ以上苦しまないようにって、俺が止めを刺してやったんだっ! 感謝しろっ! く、くく、くはははははっ! 安心しろよ、もうすぐ、お前らもソイツの所へ逝かせてやるからなぁっ! ホントっ悪かったよっ! アイツの最後の言葉を教えるのが遅くなってっ! 強く生きるも何も、即効で死んでたら、アイツはもっと浮かばれないよなぁっ!」
「…………フェーちゃん」
「あの世ってのがあるなら、そこで感動の再開でもしてこいよっ!」
今までレンの前からほとんど離れなかったローズが、一体の魔動機へ詰め寄りローゼンギルティであっと言う間に切り刻んだ。
「おいおい、いいのか? そんなに前へ出たら、そいつが先に死ぬ事になるぞ」
「…………どうやら、私はまだ覚悟が足りなかったようね」
「あん?」
「アデル。遊びは終わりよ。決着を着けるわ……一瞬たりとも気を抜かない事ね……でなければ、気付かない内に死ぬ事になるわよっ!」
「はっ、不利なのはお前の方だろうがっ!」
「その目に焼き付けなさいっ! 火葬化っ!」
ローズの身体を薔薇の花弁が包み込む。
足元から順にその花弁が硬質化を始め、次第にローズ自身を覆う深紅の艶やかな鎧へと変化して行く。
「さぁ、アデル。本当の殺し合いを始めましょうか」




