ブラッディ・ローズ
城内での騒ぎを聞き付け、ローズを取り囲む異世界転生者達が更に増える。
「まったく、何時になったらこの異世界転生現象は収まるのかしらね」
と言うローズの表情はとても涼しいもので、焦り等微塵も感じさせない。
「魔王代理だかなんだか知らねえが、これだけの人数相手だ。お前の勝ち目は一パーセントも無いぜ。どうする? 魔王代理さんよ」
「別にどうもしないわ。言ったでしょう? 私はあなた達、反則者を全て殺す、とね。くすくす」
「異世界転生チートは時代遅れ、だと言ったよな? その言葉、そのまま返してやるよ。魔王なんて存在自体そのものが時代遅れだってなぁっ!」
職業ナイトの一人が剣を構え、ローズへ間合いを一気に詰める。
ローズはその者が振り下ろした剣の軌跡に合わせ、半歩身体をずらして避けた。
「上手くかわした、と言ってやりたいがっ、このスキルは二段構えなんだよっ!」
袈裟切りからの薙ぎ払い。
ローズに避ける余裕を与えず、繰り出された斬撃は…………。
「な、んだと……?!」
「それがどうしたのかしら? 避けられないのであれば、掴めばいいだけの事でしょう?」
ナイトの者は、驚愕する。
攻撃を防がれた事もその一つであるが、掴まれている剣を引くことも押すことも、振り上げる事も、振り下ろす事も、全く出来ない事に、頭では何が起こっているのか理解出来てはいるが、気持ちが納得しない。
「ふむ、さすが反則者ね。能力値は全て最高値。使っている武器は……超レア物」
その武器は同じ職業をしている者であれば、誰もが憧れ欲する武器、ドラゴンスレイヤーネオ。
ドラゴン種以外のものでさえ、意図も容易く大ダメージを与える程の逸材。
「ちゃんとお手入れはしているのかしら?」
「くっ、このおっ! は、ずれねぇっ!」
「あら、ごめんなさい。今、解放してあげるから」
キィンッ!
事の敬意を知らない者が聞けば、その音は、とても澄んだ綺麗な音色に聞こえた事だろう。
だが、事の成り行きを見ていた周囲の者に取っては、いったい、何がその音を発したのかすら理解が追い付くには、多少の時間が必要だった。
「ば、かな…………」
「嘘だろ……ドラゴンスレイヤーを、あれを……手の握力だけで、折った、だと……」
「サンの奴、別の武器持って来たんじゃねぇのか……?」
「寝惚けた事言ってんじゃねよ。あの武器が別の武器に見えるか……? ナイト職以外の奴等にだって、あれが何かって事くらい、ハッキリ分かるんだぞ……?」
「自慢の剣も、これでは使い物にならないわね。でもね、剣が折れたのは武器のせいじゃないわ」
「ど、う言う意味だ……?」
「武器の性能を引き出せていない、あなた自身のせい。扱い方が全くなっていないからこうなるの。反則者であるあなたは、成長する為の努力なんてほとんどしなかったのでしょう? もっと分かり易く言って上げる。あなたには、熟練度が足りないのよ」
「レベルならすでに限界値だっ! それのどこに熟練度が足りないって言うんだよっ!」
サンは焦る。
転生してからこの方、どんなモンスターだろうと容易く葬って来たサンに取って、これ程動揺する事が無かったのだから。
「レベルと熟練度は全くの別物だと言う事も知らないのね。面倒だから教えて上げないけれど、可愛そうだからこの剣は返してあげる。ほら、受け取りなさいな」
「?! がはっがが、う、があああっ!」
突き刺さるドラゴンスレイヤーネオの刀身は、サンの首を突き抜けている。
「凄い切れ味ね。音も無く首の骨まで切断してしまうなんて」
ローズがサンの首から突き刺さっている刃を引き抜いた瞬間、血液が噴水のように噴き出した。
「ほら、早く回復しないとこの人……死ぬわよ?」
崩れ落ちるサンに向けて、回復魔法の詠唱が始まる。
「今助けるからっ! ヒーリン……」
「残念、時間切れ」
ヒールの魔法が掛かる……よりも早く、サンの身体が黒い炎に包まれた。
「なんて事を…………」
「貴様ぁっ!」
その場の全員がローズの行動に、殺意を宿した視線を向ける。
「こんな事をされたら、普通、怒るわよね?」
「あぁっ?! そんなの当たり前だろうがっ!」
「今直ぐぶっ殺してやるっ!」
それまで穏やかな笑みを浮かべていたローズの表情が変わった。
「…………今と同じ事を、反則者の貴様達が……私の仲間にして来た事を忘れたとは言わせないわ」
「人間に害を成すモンスターを殺すのは人助けなのよ!」
「世界の平和の為なら許されるべき事だっ! 人間に敵対するお前らが悪いんだよっ!」
「……世界の理も知らずに、よくもまぁ、ぬけぬけと言えるわね。セリカを倒し、仲間を駆逐して、それに飽き足らず残った者を痛め付ける道具として扱う貴様達には、一切の容赦はしない。性別、年齢関係無く……殺すっ! 貴様達が、私の仲間にそうしたようにっ!」
考えた事はあるだろうか?
魔王に対峙する人間達は、その魔王と配下を悪だと決め付け、殺し、亡骸を素材と称し装備品に代用する。
そんな事をされた統率者である魔王が、心を痛めず平気でいられなかった事を。
三年前のあの日までも、あの日から今に至る三年も、来る日も来る日も転生者は増え、そして魔王の配下を駆逐した。
自分達の能力が遥かに高く、能力が絶対的に低い相手に対してですら、一切の容赦もせず。
「貴様達のした事は……ただの殺戮。セリカがいなくなったこの子達は、貴様達を襲う事は無かったはずだわっ! それなのに……この三年の間に、みんなは……。どんなに苦しかっただろう、どんなに……痛かっただろう…………」
「何言ってんだっ! 魔王が存在したあの日まで、お前達は人間を恐怖に陥れてたじゃねーかっ! そんなヤツが作り出した化け物どもを、生かしておけるわけがねぇだろっ!」
ローズは両の手をきつく握りしめた。
爪が食い込み、血液が流れ出す。
「ホント、何も分かっていないっ! 私達が存在した理由を、貴様らは何も分かっていないっ!」
「はっ、分かるかよ。化け物の気持ちなんて」
「…………ええ、そうね。私だって、反則者であるあなた達の気持ちなんて、分かりたくも無いし、分かって上げられないもの」
ローズが落ち着きを取り戻すのと同時、ローズの身体から黒炎が吹き上がり、身体を包み込んだ。
「せいぜい足掻きなさい。私に殺されたくなければ、ね」
右手を翳す。
「おいっ! 闇耐性の魔法を頼むっ!」
その言葉を合図に、魔法を得意とする者達が一斉に耐性魔法を前衛にいる近距離特化型のクラスへ掛ける。
「これならテメェの魔法も効かねぇよなぁっ!」
巨大な斧を軽々と振り上げ、ローズへ突進する戦士の者。
「黒の火葬華」
「効かねぇって言って……」
確かに、火葬華が身体に触れた直後は全く熱さも、そればかりか温度すら感じられなかった。
それは耐性魔法が効いているから、だと思ったのも束の間。
「ギャアアアアアアアっ!」
叫びを上げ、悶え苦しんだ挙句……炭と化し崩れ去る。
「どうしてっ?! 耐性魔法は施してあるのにっ?!」
その言葉は、周囲の総意。
耐性魔法はダメージをゼロにはしない。
それでも威力を半減し、しかも、異世界転生者ともなれば、余り有る体力も加わり”普通”であればダメージ等無いに等しい……はずだった。
「あなた」
「……私?」
ローズは魔法職の女を指差して告げる。
「どうして闇属性の耐性魔法を使ったのかしら? その戦士職が掛けろ、と言ったから?」
「べ、別に言われたから掛けたわけでは無いわ。これまで何度も、黒い炎の魔法を見たのだから、誰だって闇属性の耐性魔法を掛けるのが当たり前だから掛けたまでよ……それに、魔の者でもあるのだから、闇属性以外考えられないじゃない」
周囲の者で反論する人間は一人もいない。
異世界転生者達は、誰もが同じ答えに辿り着いているのだから。
「くすくすくす」
ローズは涼やかに笑う。
「な……にがおかしいのよ……」
「黒い炎だから闇属性? 魔の者だから闇属性? それじゃあ、良い事を教えてあげる。私が扱う火葬華はね……無属性よ」
「そ、んな……そんな事って……」
「それに…………黒の火葬華」
「がああああっ!」
また一人、前衛の者が黒い炎に寄って、この世界から消える。
「ど、どうなってるんだよっ?! 今のエフェクトって……ウィークヒットエフェクト、だろ……?」
「無、属性でウィークヒットするなんて話、聞いた事が無いわ……」
「ねぇ、あなた達、今自分がどの耐性魔法を掛けているのか、忘れていないわよね? ええ、そう、あなた達は今、闇属性の耐性魔法を掛けている。さて、質問。闇耐性に攻撃を仕掛ける場合、どの属性を意識して攻撃をするかしら?」
誰も答える者はいない。
そんな事、答えるまでも無い程に、当たり前の事。
「有り得ないわ……有り得るわけが無いっ! だって……闇属性に対して使う反属性は、光の属性だもの……」
「くすくす、よく出来ました。今、目の前で消えた者に対して私は、光属性の火葬華を放ったのよ」
その言葉に静寂が訪れる。
どう言う事だ?
無属性じゃ無かったのか?
それとも、属性別の同じエフェクト魔法だと言うのか?
様々な疑問が各々浮かんでは消え、言葉を発する事が出来ずにいる。
「私の火葬華は基本的に無属性よ? でもね……私は自由に、その属性を…………変える事が出来る」
「ば、かな……」
「おい、嘘、だろ……?」
「魔の者が……光属性を使うなんて…………」
「ち……チート……コイツの能力は……明らかにチートだぁっ!!」
口々に”チート”だと叫ぶ異世界転生者達。
しばらく黙って聞いていたローズが、声を上げて笑い始める。
「ふふふ、くふふふっ、アハハハハ。いいわ、とても気分がいいっ! その言葉を私は待っていた! こんなに無様で呆れ返る事が他にあるかしらっ? 自分達自身が反則者のくせに、自分達よりも強い者が存在し、自分達が知らない能力を目の当たりにした途端、チート呼ばわりですって? 馬鹿も休み休み言って欲しいものね。アハハハ、クク、キャハハ」
涙を浮かべて笑うローズ。
その行動に圧倒され、騒ぎ立てていた異世界転生者達は一斉に口を閉ざした。
「でもね、お生憎様。私のこの能力は……自分で昇華させたモノよ。セリカの遺志を継いだこの三年間、来る日も来る日も生死を彷徨ったわ。死ぬ直前の所まで、自分自身を追い込み、それでも、貴様達反則者をこの世界から一人残らず殺す為、仲間が受けた悔しさと、復讐を糧にして私は死の淵から這い上がり、能力の限界を超え続けた。何の苦労もせず限界に達している貴様達に”チート”扱いされるのは……心底心外だわ」
ローズを覆う黒い炎が更に強く猛り燃え上がる。
右手を翳し、ローズ特有の黒の魔法を放とうとした時だ。
「な、何をするんですかっ」
「ははっ、抜かったな魔王さんよっ!」
「…………」
手を翳しながら振り向いたローズの視線の先、リンの喉元へレイピアの切っ先を向ける異世界転生者の姿が視界に入る。
「コイツの命が欲しけりゃ、今すぐ討伐されるんだな。でないと」
「でないと、何かしら?」
「コイツの命は無いと思えっ」
翳していた手をゆっくりと下ろしながら、レイピアを持つ近接職の男へと向き直る。
「私が素直に倒されたら、その子の命は保証してくれる、と言う事かしら?」
「命はな」
「けれど、扱いは変わらない、と言う事でしょう?」
「変わらない所か、今まで以上の扱いになるだろうよっ! この化け物はここから脱走しようとしたんだ、それだけの罰を受ける必要があるっ」
溜め息を一つしてから、ローズは男との対話を続けた。
「魔の者の私が言うのも、おかしな話だけれど、あなた、悪の素質が充分あるわね。私の仲間をダシにして脅迫を掛ける。なんて下劣な行いなのかしら」
「ふん、お前達のような奴には、卑怯も汚いも無いんだよ。魔の者相手に勝てば、それは正義。どんな手を使ったって認められる」
「ふぅ……呆れてモノも言えないわ。……今、助けて上げるから少し待っていなさい」
「お前は手を出せない状況なんだよっ! お得意の魔法じゃあ、コイツも道連れになる。どう足掻いたってお前に覆す方法は無ぇっ!」
だから何、と意に介す事も無く、涼しい表情を崩さないローズ。
「あなた、大きな勘違いをしているわ」
「な、何の事だよ……」
「あなたも、ここにいる反則者達も全て、私が魔法を得意としている、と言う事にね」
「魔法以外でテメェにどんな手段があるって言うんだっ?!」
「魔法以外の攻撃手段なんて、決まっているでしょう?」
キン、と短く金属音が鳴った直後の事。
「あ、がぁあ、がぁ、あうぅあ……」
レイピアを持っている男の喉を、その手にしているレイピアよりも更に鋭く鋭利な黒い何かが貫いていた。
「私はね、魔法”も”それなりに得意なのだけれど、本職は近接特化型……あら、もう聞こえていないわね」
「何が起こった、んだ……」
ローズは微動だにしていない……はずだと言うのに、一瞬にして男を絶命させている。
その場の全員、誰もが、ローズの放った一撃を視認出来ていない。
男を支えている物が引き抜かれると、青い薔薇の花弁が周囲に舞い広がり、ドサリとその花弁の中へと男は倒れた。
「大丈夫?」
「は、い……ごめんなさい、私のせいで……迷惑を」
「いいのよ。迷惑だ、なんて思ってはいないもの。あなたが困っているなれば、それを助けるのが当然の役目」
ローズはリンが何事も無かった事を確認し。
「さて、反則者の皆さん、私の武器を見せてあげるから、よく見ておきなさい」
と言った。
色々な色の薔薇の花弁がローズを中心にして、舞い上がった後、ローズのその手には。
「これが私の武器、ローゼンギルティ」
「…………なんだ、あれ?」
「薔薇? いえ……植物じゃない? 金属な、の?」
手にしているのは、青い薔薇。
異世界転生者の誰が言ったかは定かでは無いが、その者が言ったように、植物の薔薇では無く、精巧に出来た金属の青い薔薇を、ローズは手にしていた。
「近距離特化型の私の姿を見せてあげる。その目に焼き付けて、死に行きなさい。火葬化」
ローズの身体を薔薇の花弁が包み込む。
足元から順に、その花弁が硬質化を始め、次第にローズ自身を覆う鎧へと変化した。
「深紅の……鎧」
身に纏ったローズの鎧は、深く紅い艶やかな輝きを放つ。
全身を覆う鎧では無く、部分的なもの。
敵である事を忘れてしまい、ローズの姿に見惚れる異世界転生達。
「全力で掛かって来る事ね。でなければ……一人残らず一瞬にして終わるわよ?」
ローゼンギルティが形を変え、一振りの片手剣へと変わる。
「命乞いをしても、逃げ出そうとしても、私は一切見逃すつもりは無いわ」
「それはこっちの台詞だ。能力値最大のこの人数相手に喧嘩を売った事、後悔しやがれ」
最前列にいる近接職の異世界転生達が、各々の武器を構え、ローズを睨み付ける。
それと共に、後方支援の魔法職の異世界転生達は、最大級の魔王詠唱を開始。
「私の名前はブラッディ・ローズ。血の薔薇を、咲かせてあげるわ」