大きなケーキ
「ア、アンネルさんっ、何をしているのですっ! さっさとその人をこ、殺せっ!!」
「クリムゾンフレア」
アンネルのかざした右手より一粒の光の粒子が発生し、迷い無くローズへと放たれた。
「無駄な事を」
ローズが取った行動は、光の粒子を手で受け止める事。
爆風と爆炎、爆発音が響き渡る。
しばらくして視界が戻った先のローズには、外傷と呼べるような傷は何一つ付いていなかった。
「ば、バカなっ?! 爆炎魔法の最大クラスなのにっ! 無傷だなんてっ!!」
「マルク、少しそこで待っていなさい。アンネルの次は、あなたの番よ」
「ひっ、ひぃっ!」
マルクは転げながらその場から逃げ出したが、ローゼンギルティによって捕らえられる。
「逃げられるとでも思って?」
「くっ! ならばっ!」
「ローゼンギルティは魔法で破壊出来る程、やわじゃないわ」
マルクはローゼンギルティへ向けて、風魔法を放った。
その姿を意に介さず、ローズはアンネルへ向き直る。
「アンネル。出来る限り一殺して上げるけれど、崩壊と再生を繰り返す以上、苦しむ事になる」
「…………」
「そう、返事も出来ないのね」
アンネルはローズを見ているが、ローズの言葉に反応する事は出来なかった。
催眠魔法を掛けられ、マルクが言うようにすでに死亡しているのであれば、アンネルに自分の意思を伝える事は不可能。
「スペルオブデス」
ローズが放った魔法は、一撃死を発する魔法。
意思の力でそれを退ける事が出来ないアンネルは、スペルオブデスにより身体を破壊され、そして、再生を始めた。
「死んだ人間に効果が出るのか不安だったけれど、どうやらいけそうね」
破壊、再生、破壊、再生、破壊、再生。
その間、アンネルは抵抗一つする事無く、ローズのスペルオブデスを受け続けた。
マルクの催眠魔法は、維持されているのにも関わらず。
やがて、アンネルが立ち上がらなくなり、再生が開始されない状態となる。
「…………あ、う、あ……はぁ、ローズ」
「しぶとかったわね、アンネル」
「……う、はは、伝えたい事が、あんねん。簡単に、くたばって……たまるか」
「回復魔法は…………」
「あぁ、無理……やな。執念で生きているようなもんやから、さ」
倒れているアンネルに歩み寄り、ローズはその傍へと膝を突いて屈んだ。
「い、やぁ、良かったわぁ。身体、維持したまんまで。あ、の……二人みたいに、なったら……どないしよう、思ってん」
「魔法の名前を口に出していたから、あなたはまだかろうじて生きていると思っていたわ」
「それやのに……げほっ、げほっ! 一撃死魔法……唱える、とはなぁ。全く、見も蓋も無いなぁ」
「それが私だもの。それで、アンネル、伝えたい事ってのは?」
「……うちの、家に……手紙、残したから、詳しい事はそれを読んでや。こう、して……あんたと、話せる思うてなかったから、別件やけど……げほげほっ!」
大きく咳込む度に、アンネルは吐血をする。
死の魔法を受けながらも、自分の意思を保っているアンネル。
それでも、残された時間はもう残り少ない。
「人を助ける魔法を……作ってる、うちが頼むのも、あれやけど…………マルクの奴を、ぶっ飛ばして、くれんかな」
「…………」
「うち、悔しいねん……。こんな、使い方……する為に、頑張ったんやない。それやのに」
「分かっているわよ。あなたが救う為の魔法を作っていたのは、ね。それで、ぶっ飛ばすだけでいいの?」
「それでええ。救おうとしとるもんが、人を殺せ言うのは、なぁ……」
「そう、あなたがそれでいいと言うなら、そうしてあげる」
「おおきに……。ローズ…………」
「何?」
「うちは……なんの為に、生きて来た……んやろうな。せっかく、目的が見付かったはずやのに……悪用される為に、生きて来たって……事、なんかな……」
「理由、ね」
ローズは考えた。
どんな言葉を掛けるべきなのか。
どんな返事であれば、アンネルが納得出来るのか。
でも、考えたところで良い案は思い浮かばず、思い付いた事をアンネルへと伝える。
「私は、あなたと出会えて良かったと思っている。それが、あなたの生きて来た理由よ」
「う、はは…………自分勝手、やなぁまったく。まぁ、でも……それでええ、かな。あんまり話せんかったけど……あんたとの会話は、楽し……かった」
「ええ、私もよ」
「ほな、うち……先に逝って待っとる。セリカ……復活させたら、地獄で…………話そうな」
「二人で地獄の統率者を目指す、なんてどうかしら?」
「それも……ええな…………」
「…………」
「……あぁ、もっと……もっとたくさん、生きたかった、なぁ」
「…………」
虚ろな目でローズを見ていたアンネルは、静かに息を引き取った。
そのアンネルに声を掛けるローズ。
「本当に、本当に頑張ったわね、アンネル。お疲れ様、ゆっくりとお休みなさい」
ローズはゆっくりと立ち上がり、ローゼンギルティで束縛されているマルクを睨み付ける。
「アンネルからの願いだから、殺さないで上げるけれど……」
「ま、待って、待ってくださいっ!」
「今後もしまた私の目に余るような事をした時は」
「ひいいっ!」
「命は無いと思いなさいっ!!」
たった一撃。
その強烈な一発は、確実にマルクの左頬を捉えた。
「あ、あがう……ああぁぅうう」
「……危うく殺しそうだったけれど、生きているようで何よりだわ。ヒーリング」
「はっ?! え、あ、え?」
「マルク。私の言った事、魂に刻んでおきなさいよ。命が惜しく無いと言うのであれば、何をしてもいいけれど」
「わ、分かったっ、分かりましたからっ! 約束しますっ! 今までのようにエルフ族は世界に可能な限り干渉しませんからっ命だけはっ!」
「ならいいわ。さっさとここから消えなさい」
エルフの長であるマルクは、無様にローズの前から必死な表情で逃げ出して行った。
マルクを殺せば気が収まるわけでも無い。
アンネルの死が無かった事になるわけでも無い。
ローズはやるせない気持ちをどうにか抑え込み、アンネルの亡骸へと歩み寄る。
「あの、ローズさん……」
「あぁ、ごめんなさい。リンの事、放置してしまっていたわね」
「いえ、それは構いません。その、私が言うのも何ですけど、あの人……逃がしても良かったんでしょうか?」
「大丈夫よ。他のエルフやアンネルを利用しなければ何も出来ない臆病者なんだから、もう金輪際おかしな事はしないでしょうね」
「……その人は、お知り合いだったんですか?」
「ええ。そんなにたくさんの時間を一緒にいたわけじゃないけれど……私に取って、大切な友人よ」
「…………」
「リン、アンネルを悪く思わないでね」
「はい、大丈夫です。その方の魔法は、とても素晴らしい魔法なんですから」
「ありがとう、あなたがそう言ってくれる事は、アンネルに取って幸せな事だと思う」
「どうして、ですか?」
「アンネルは昔、リンと同じように統制者の子と友達だったらしいのだけれど、転生者に討伐されてね。その事がきっかけで魔法の研究を始めたのよ」
「そう……なんですか…………。そんな人がどうして、こんな事にならなければいけないんでしょう……」
「どうしてなのかしらね。私には分からない。でも、セリカの存在はやっぱり必要なのよ。世界の理を保つ為にもね。リン、少し離れてくれる?」
「え、あ、はい」
「アンネル、先に逝って待ってて。私も必ず後でそっちへ行くから…………」
眠るように穏やかな表情のアンネルをジッと見詰めてから。
「火葬華」
ローズは魔法を唱える。
「助けて上げられなくてごめんなさい……もしかしたら、私があなたと関りを持ったせい、なのかもしれない……」
「ローズさん……」
ローズとリンは、空に舞い上がって行く火葬華の炎を静かにしばらくの間、見詰めていた。
どう言った意味でローズが発言したのか、リンには真意が分からず燃え上がる炎を見ていた時。
「けほっ、けほっけほっ!」
「だ、大丈夫ですか?」
ローズが咳込み始めてしまう。
すぐに治まるだろうと思ってはいたものの、ローズの咳は止まらない。
心配になり背中を優しくリンが摩るがやがて。
「ゲホゲホっ!」
「ローズさんっ」
ローズはバタバタと大量の血を吐き出した。
「ゲホ、あぐ……はぁ、はぁ……。少し、無茶をし過ぎた、よう、ね…………。ごめんなさい、リン。部屋まで……運んで、くれる……か、しら……」
「ローズさんっ!」
リンの目の前で倒れ込むローズ。
何度もローズの名前を呼ぶリンの声を、意識の遠い所で聞きながら、そのまま気を失う。
たぶん自分には、長い時間が残されていない、そう感じ取りながら。
…………夢を見ている。
嫌な出来事。
嫌な記憶。
嫌な夢。
嫌な出来事は、嫌な記憶となり、そして、嫌な夢としてふとした時に見てしまう。
それが夢だと分かっていたとしても、苦しい気持ちは変わり無い。
目を開けば済む事だと分かっていても、覚める事は無い。
夢の中においては、誰であれ抗う事が出来ない事だから。
こことは違う別の部屋で、夢の中でもまた、自分の両親が言い争いを始めていた。
聞きたく無い言葉。
耳を塞ぎたくなる言葉。
信じ難い言葉。
夢の中の幼い頃のローズにはどうする事も出来なかった。
逃げる事も、止める事も、話し合う事も。
ただ、その場から一生逃げ出す事は出来なくても、一時的に離れる事は出来た。
父も母も、ローズを疎ましく思い、まともな会話すらした事が無い。
子供心に神様やサンタクロースに『何も要らないから、普通の家族にして欲しい』そう、願った事もあった。
何も要らない、と言う願いだけは適ったと言うのに。
世間体を気にする両親のおかげで、身だしなみだけは、それなりにまとも。
でも、誕生日にプレゼントや、ケーキですら貰った事は無い。
欲しい物を願ったところで、神様もサンタクロースもいない事を思い知っている。
そこで両親の放つ聞きたく無い言葉から離れる意味もこめて、ローズは、図書館へと通うようになっていた。
何千冊と並ぶ本の数々は、ローズに取って宝の山。
読んでも読み切れないばかりか、費用だって掛からない。
それに、両親から離れる事が出来る。
図書館は、心安らぐ場所。
静かな管内で、小さなローズは、読めない漢字を辞書を使って調べ、意味の分からない言葉も辞書で調べて理解する。
大人ですら知らないような言葉も、ローズは次々と吸収する。
ただ、ひたすらに、闇雲に。
唯一心が安らぐ時間と場所の中で。
「…………リン」
「ローズさんっ、目が覚めたんですねっ! 良かったぁ……心配しましたよ。ローズさんが突然倒れて……覚えていない、ですか?」
「……いえ、覚えているわ。面倒を掛けたようね」
「それは気にしないでください。それよりも、体調はどうですか?」
しばらく見慣れた天井を見ながら、自分自身の容態を確認する。
「大丈夫。無理をし過ぎただけよ。疲れが出たんでしょうね」
「で、でも……かなり多量に血を吐いていました、よ?」
心配そうにリンがローズの顔を覗き込む。
もう一度、自分の容態を確かめてみたが、大丈夫だと感じた。
”今はまだ”。
「本当に大丈夫だから、そんな顔はしない」
「……そうは言いますけど」
「それなら、何か温かい飲み物が飲みたいわ。甘い物」
「分かりました、待っていてください。ミルクティーを作って来ますから」
リンはそう言い残し、パタパタとローズの部屋を出て行った。
「…………少し、事を急がないと」
立ち上がると多少胸が苦しかったが、服を着て部屋を出る。
城の外へ出ると、朝日が昇り、森の木々の間から光が降り注いでいた。
しばらく光の下で日の光を浴びていると。
「ローズさん、もぉ、探しましたよ」
「あぁ、ごめんなさい。少し、空気が吸いたくなってね」
「はい、暖かい飲み物です」
「ありがとう」
石垣の上に座り貰った飲み物を飲みながら、リンへ話し掛ける。
「リン、少しこれから出かけて来るから」
「出掛けるって…………もっと休んでからにした方が……」
「大丈夫よ。ただアンネルの家に行って帰って来るだけだから。すぐに帰って来る」
「分かりました。どうせ止めても無駄なんですから。けど、本当にすぐ帰って来て休んでくださいね……いいですか? 約束ですよ?」
リンのただならぬ圧力を感じて、今日の所は帰って来たら大人しく休む事にしよう、とローズは心から思った。
魔動車を走らせて、エルフの森へと入り、アンネルの家へ向かう。
扉をノックすれば、散らかった家の中かから慌てて出て来る姿が思い浮かんだ。
でも、そのアンネルは、もういない。
「また辛い記憶が……出来てしまったわね……」
扉を開けると同時に、足元へ手紙が置いてあった。
部屋の中は相変わらず散らかっているけれど、その手紙の周りには物が置かれていない。
だからこそ、その手紙がアンネルの遺した手紙なのだとすぐに理解出来た。
『この手紙をローズが読んどる言う事は、うちはもう死んでもうたって事やろうな。マルクの奴にまんまと騙されてもうて、何人かのエルフが犠牲になってしもうた。中には失敗して、そのまま息絶えたやつもいてる。うちもかろうじて逃げて来たんはいいけど、だぶん、もうダメや。結果はすでに見ての通り。ローズに初めて会った時もそうやし、それから、うちが死ぬ時もまた迷惑を掛けたんやろうな。謝っても謝り切れへん。でも、そんなうちはもういない。ローズに迷惑を掛ける事もあらへんから、それは安心してや。それで悪いんけどな、最後の最後にもう一つ迷惑を聞いて欲しいんねん。この家、燃やしてくれへんかな。うちの研究は悪用される。せやから、全部無くして欲しい。何もかも。悪いけど、頼むな。年端も行かないお嬢ちゃんに頼ってばっかりのろくでなしな大人で、本当に悪かったと思うとる。でも、何故か、ローズと話すんは嫌いや無かった、それは本当の事。ローズがセリカ復活を適える事は願っとるけど、無理すんなや? あんたはまだ子供なんや。好きな事して、好きなようにして、我儘やってええんやからな。投げ出したって誰も責めたりせえへんよ。あんた一人が背負う事無いんやから、って言ってもどうせうちの忠告なんて聞かへん事くらい、分かっとるけどな。まぁ、どっちにしても、悔いの残らんように全力で頑張りや。そうそう、これが本当に最後になるけど、お姉さんらしい事を冷蔵庫の中に残しておいたから、受け取ってや。それじゃ、また来世で会おうなぁ。アンネルより』
手紙を読み終えた後、それを丁寧に畳んで、アンネルの言うように冷蔵庫を開いてみた。
そこには。
『ハッピーバースデー! 11年分を纏めてみたっ! 受け取れっ!』
とホワイトチョコレートのプレートに文字が記載されているイチゴいっぱいの大きなショートケーキ。
思いもかけない言葉だった。
それはローズの心を完全に挫けさせるだけの、思いがこもった文字。
誰かに誕生日を祝って貰った事なんて一度も無かった。
それがただの形式だったとしても、ローズには一生無いと思っていた。
今まで一度も無かった事実が悲しくて、そして、無いと思っていた事が不意に起こって、ローズは思いもよらずポロポロと大きな涙を零し始める。
我慢しても、拭っても後から後から零れる大粒の涙。
「ばか……こんな大きいの、一人で食べられるわけ……無い、じゃないのよ…………」




