リンの戦い
「ローズさん、おかえりなさい」
「ただいま」
セリカの城へ戻って来たローズは、休憩にしようと言うリンの誘いを受ける事にした。
「それでどうでしたか? 何か分かりました?」
「ハッキリした事は分からないけれど、何か考えている事は確かだと思う。それが分かっただけでも、気の持ちようが違うし行った甲斐はあったかしら」
「干渉しないはずのエルフ族が、何で今頃……」
「それはセリカがいない今、だからこそなのでしょうね」
良くも悪くもセリカの存在は、スタープラムの均衡を保つ為の抑止となっていた。
そのセリカが健在では無い今、均衡は保たれなくなったばかりか、自らその均衡を破ろうとする者も少なからず現れる。
「何事も起こらないといいのですけど……」
「まぁ、そうも行かないでしょうね」
「ですよね……。じゃなければ、わざわざこの城の様子見なんてしないですもんね」
「はぁ……面倒毎は嫌だと言うのに……」
「ローズさんも関係する事になるんですか?」
「分からないわ。けれど、リンも言ったでしょう? 様子見なんてしない、と。セリカの不在を見計らって何かを起こそうとしているのであれば、私も無関係とは行かない、そう思っただけ」
本当に面倒ね、と言ってローズは椅子から腰を上げる。
「ローズさん? 何処かへ行くのですか?」
「特訓だけれど?」
「……またですか」
「何を言われても、止める気は無いわよ」
「それは、よーく分かっています。くれぐれも……気を付けてくださいよ?」
「ええ」
いまいち信用出来ないローズの返事を聞いた後、リンはローズが特訓を日課としている事に倣って自分も特訓をする事にした。
場所は、以前、ローズと戦った城の中にある広い部屋の中。
「特訓……と言っても何をすればいいのかな。基礎体力作り? 地味だけど、今の私には一番必要な事かも」
そして部屋の中をぐるぐると周回し始める。
地道な努力は元より得意なリン。
高い身の熟しも、絶対回避の能力も、全て努力をした結果によるもの。
セリカがまだ健在だった時、魔王の配下の一員として役に立ちたいと思う一心で、自分よりも高い種族の統制者へ何度も挑み続けた。
勝つ事は叶わなくても、それでも、一矢報いる事が出来るだろうと思い続け。
「はっ、ふっ、はっ、ふっ! でもっ、結局、報いる事すら出来なかった、んだよね。はっ、ふっ」
リズム良く部屋の中を周回して行く。
今のように地道な努力を重ねても、実の所一度も一矢報いる事は出来なかった。
それが悔しくてある日、リンはついセリカに当たってしまった事がある。
『勝てない事は仕方ないと思っています。ですが、私の攻撃は一度だって通った事がありません。努力なんて意味が無いです。やっぱり私は最弱のスライムなんですよ…………』
自虐的に言い放った言葉。
それを聞いたセリカは、リンに次のような言葉を返す。
『どうして誰が相手でも届かないと思う? それは、リンが努力しているから。リンが日に日に強くなる事を目にしているから、周りもみんな強くなろうと努力をし始めたの。リンは、全ての種族の子に対して危機感を与えているのよ。リンの努力は全ての種族に対して、一矢報いているの。私も、他の子達も、あなたやあなたの配下の子達を最弱、なんて思っていないわ。リンの努力は意味がある』
「誰にも、はっふっ、勝てなかったけれど、嬉しかった、なぁ。はっふっはっふっ」
リンの努力が実り、絶対回避の能力を身に着けた後は、今まで特訓をお願いする側だったのに、特訓の誘いを受ける事も増え始め、いつしか、リンに一撃与えられた者が最強、とまで言われるようになっていた。
「…………それなのに私は、みんなを見殺しにしてしまった」
徐々に速度が落ち、リンはやがて足が止まる。
自分が転生者に言いように仕え、犠牲にさえなれば、リンの配下であるスライムには手を出さない。
その言葉を真に受けて何もしなかった事で、いつしか統制者のリン一人だけとなっていた。
「やっぱり覚悟が遅かっ…………え? 何、今の……爆発?」
突然、城全体が揺れた。
地面から揺れる地震とは違う衝撃。
それが立て続けに何度も起こり、今もなお衝撃が断続的に続いている。
「ローズさん……じゃないよね。嫌な予感がするけど。とにかく様子を見に行かないと」
一番近い裏口の扉から外へ出て、周囲を見渡してみたものの、特別変わった様子は見受けられない。
そのまま正面まで足早に回ってみても異変と感じるモノは無く、少しの間その場に留まっていると、大きな爆発音と共に辺りが数回明滅した。
「あっち、城の西側から」
辺りは日が落ち始めているせいもあり、城の有る森の中は薄暗いがリンに取って問題とはならない。
問題なのは、今、ローズが例の部屋の中に入っている事で連絡が取れない事。
無理にあの部屋の扉を叩けば気付いてくれるかもしれないが、今起こっている事を放っておくことも出来ないと思い至り、リンは城の西側へと全速力で向かい起こっている事を確認する事にした。
「あれって……エルフ?」
距離は離れているが、間違い無く三人のエルフ族の存在を確認したリン。
魔法を放ち城に攻撃を攻撃してはいるものの、ローズが施した城を隠す魔力のおかげなのか、崩れる様子は全く無い。
そして魔法を放つ方向もバラバラ。
「どうやらエルフの人達には、城が見えていないのかも……それよりもローズさんに報告しに行かないと」
と来た道を戻ろうとした時、
リンのすぐ横を、風を切って一本の矢が通り過ぎて行く。
「これはこれは、まさかまだモンスターの統制者が存命だったとは驚きです」
「…………」
「ちなみに魔王様は存命なのですか?」
「……あなた達に教える義務はありません」
「そうですか、ですよね。せっかくワザと外したと言うのに、恩を仇で返すとは、さすが世の中の悪、モンスターと言ったところでしょうか」
「…………」
「だんまりとはこれまた失礼な人……じゃないですね、失礼な化け物ですね」
「…………エルフ族と言うのは、人様の住処を断りも無く破壊しようとするのですね」
「仕方ないじゃないですか。呼んだところでローズさんは出て来ないのでしょうから」
やっぱり、とリンは思う。
上手く誘導して目的を聞き出す手間が無くなったのは、無駄な時間を費やす必要が減った事として喜んでも良い事だが。
(この人……たぶん、隠そうとしていなかった……)
「さてと、それではローズさんを呼んで来て貰えますか?」
「………………」
「ふむ、まただんまりですか。でも、選択する返事として妥当でしょう。何も答えない方が、話し相手に対して、その真意を読まれ辛いですからね。なかなかどうして、一筋縄ではいかない方ですね、あなたは」
(……よく喋る人。けれど……きっと、迂闊な発言は絶対しない人だ。やり辛いな、こう言うタイプの人は。ローズさんなら上手く会話出来るんだろうけど)
「あぁ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。私はマルク。エルフの族長をしています。聞いても無駄でしょうが、そちらのお名前は?」
「…………リンと言います」
「おや、教えてくれるとはまた光栄です」
「……そちらの要望は聞きましたので、こちらからも一つ。どうかこのまま去って頂けませんか?」
聞くまでも無い事。
分かり切っている事。
無駄な時間を費やす事。
それでもリンは敢えて聞いた。
「だから言ったでしょう? ローズさんを読んで欲しい、と」
「交渉にはならないみたいですね……」
「ええ。それでは始めましょうか」
「青葬化っ!」
リンが深く青い輝きを放つ装具を身に纏う。
ローズのように生身のまま相手に出来る程、自分に力は無い。
それはリン自身がよく分かっている事だ。
(最初から飛ばして行かないとっ! 体力は不安だけれど、ローズさんがいない今、私が頑張らないといけないものっ!)
マルクの横にいたエルフの二人が動きを見せる。
一人はボーガン。
もう一人は細剣。
同時攻撃の物理攻撃。
でも、それはリンに届く事は無い。
何故ならリンには……”絶対回避”の能力があるから。
「やりますね」
マルクを除いて、攻撃を仕掛けて来るエルフの二人は無言のまま、攻撃を仕掛け続ける。
細剣をグラディエーターで受け止め、間髪入れずに放たれる弓を避け、どのような場面においても、リンは全ての攻撃を受け止め、受け流し、避ける。
(ローズさんに比べたら全然大した事無い。でも……私には決定打が、無い……どうしよう、どうしたらいいっ?!)
無い、わけでは無い。
リンに覚悟さえあればいつでも、決める事は出来る。
不足しているのは覚悟。
ローズとの戦いで覚悟は出来たはずだった。
でも、実際に相手を無力化するには戸惑いが拭い切れていない。
「リンさん、でしたね」
互いに距離を取り、間合いが離れたところでマルクがリンに話し掛ける。
「防御行動においては素晴らしいです、否の打ちようがありません。ですが……攻撃においては酷いものですね。相手を仕留められないのであれば、全く役に立たないです」
「…………」
「私達は敵同士。殺し合う為に遠慮等必要無と思いますが?」
殺し合い、だと言う事は理解出来ている。
理解出来ている事と、実現する事はやはり違う。
「何があなたを迷わせているのかは分かりませんが、一つ、良い事を教えて上げましょう。今あなたが相手をしている二人ですが…………どんなに切り付けても死にません」
「…………え?」
「これに関しては見て貰う方が手っ取り早いでしょう。さぁ、リンさんに殺して見せて上げなさい」
細剣のエルフがその剣で、ボーガンを手にしている仲間の胸を左右で二度突き刺した。
「な、なんて事をするんですかっ……! 仲間でしょうっ?」
さらに深く突き刺した剣が、身体を貫く。
引き抜くと血液が噴き出し、しばらく佇んでいたが直に地面へと崩れ落ちたその矢先。
血を流しながら、ふらりと立ち上がる。
そしてボーガンを構え、リンに向けた放った。
「ほう、結構ショッキングな場面だと思ったのです、それでも避けるのですか」
「どう、言う……事ですか…………。その方は……確かに致命傷、でした。この、スタープラムの世界において……致命傷は回復魔法の効果はありません。それ、なのに……何故その方は……立ち上がれるのですか……っ?」
確かに、死んだ。
死なない、なんて事は有り得なかった。
エルフ族は誰もが左右に一つずつ心臓を持ち、そのおかげで長寿であるが、人間と同じように、病気や怪我で、死ぬ。
「それなのに…………」
「言ったでしょう? 死なない、と。だからほら、遠慮なさらずに殺してくださいよ。と言っても、実はすでに死んでいるのですけどね」
マルクの言っている事の意味は理解出来る。
けれど、目の前で起こっている事は、理解する事がまるで出来ていない。
(いったい何が起こっているのっ? 死んでいるのに、どうしてっ?)
「ほらほら、防戦一方では状況が変化する事はありませんよ」
(確かにその通りだ…………でも、死ぬ事が無い相手を無力化する事は出来ないし、いったいどうすればいいのっ)
リンは考えた。
この状況を変える為に、どうすれば一番良いのか、を。
ローズであれば相手が本当に死ぬ事が無い身体だとしても、絶対に何とかしてしまう。
それならばどうやって、どのような方法を使い、打破するだろう。
強大な力を持つローズなら、その余りある魔力を使って一掃して、決着を着ける。
でも、リンにはローズ程の魔力が無い。
それならば、どうやって一掃するべきなのか。
(一掃、する……? そうか、私にも出来る手が見付かったっ!)
防戦していたリンが攻戦へ切り替え、応戦を開始する。
「連閃光っ!」
短剣から繰り出す高速の連撃。
それに合わせて、細剣を持ったエルフが立ち向かい、リンの攻撃を全て防ぎ切った。
だがそれはリンの計算の内。
高速で振り抜いた、とは言ってもそれは相手が対応可能な速度でワザと繰り出したもの。
本来の目的は。
「ライトニングトールっ!」
懐に入ってからの強烈な膝蹴りが鳩尾に入る。
(声一つ上げないなんて)
そればかりか表情にも変化が見受けられない。
それでも決意を改めたリンは臆する事なく、攻撃を続けて放つ。
「ソニックヒールっ!」
ライトニングトール動揺の踵蹴りを防御行動も無く受けたエルフの者は、その衝撃に吹っ飛ばされ盛大に一本の木へと激突した。
向かって来たボーガンの矢を避け一気に間合いを詰める。
「コンティニューションフィストっ!」
両手から連続で繰り出される殴打。
死ぬ事が無いにしても、重い攻撃に耐えられず膝を着き動けなくなった。
「ごめんなさいっ! 少しの間倒れていてくださいっ!」
二人目を撃破したところで、リンはすでに次の行動へと移っている。
その目標は……エルフの長であるマルクが対象。
仕切っっている人物を無効化すれば、他のエフル達が手を出せなくなると考えての事だった。
リンの圧倒する身体能力にマルクの対応は間に合わない。
「この一撃に、私の全てを掛けてっ!」
「ひぃっ!」
青い魔力を解き放ち、右手を強く握り締め完全にマルクを捉えたリン。
「オーーーーラ」
これは入った、とリンは確信した。
「クリムゾンフレア」
「?!」
想定外の場所からリンに向かい迫ってくる爆発系魔法。
絶対回避は物理攻撃のみに効果があるリンの奥の手。
それが魔法となれば、効果範囲が広いせいで絶対回避の能力が充分に発揮出来なくなる。
(避けられないっ!)
ドカン、と大きな爆発音が森の中へ響き渡った。
「ふぅ~、今のはさすがに焦りましたよ…………。ふむ、これはこれは、頑丈ですねぇ。まともに食らったと思ったのに」
「…………もう一人、いたんですか」
「保険、ですよ、保険」
間一髪のところで、リンは何とか防御を間に合わせた。
装具のおかげもあって、ダメージはそれ程大きくは無いが、一度の行動でマルクを無効化出来なかった事は状況的に良くは無い。
むしろ他の二人が立ち上がって来た事もあって、悪くなったとも捉えられる。
そして、そこへもう一人のエルフ。
薄紫色の長くて綺麗な髪。
大きな二重の切れ長の目。
スラリと整った体型に白衣。
「紹介しましょう。その二人に施した力は、この方が新しく開発した魔法によって可能になったんですよ。せっかくなので、その効果を見せてあげようと連れて来たのですが……まぁ、この方も死んでいるので、果たして理解出来ているのか分からないですけどね。ねぇ、アンネルさん」




