何か……食べ物を……
軽食後。
ローズの部屋。
「……ふぅ、さすがに疲れたわね。でもまぁ、リンの事は問題無さそうだし、戦いに応じた事は無駄じゃ無かったかしら」
多少体力面で不安が残っていたのは確かな事。
だとしても、リンの持つ”絶対回避”があれば転生者が数人相手であっても、抵抗する事は出来る。
絶対回避とは言っても、実の所弱点があり、食事の時にリンが『魔法はそうも行かないんです』と、ローズに告げた。
「そうよね。あれで魔法まで避ける事が出来ていたら、あの子、最強じゃないの」
武器の扱い、直接攻撃における身体能力と身のこなしに素早さ。
どれを取ってもハイレベルであり、ローズはリンに思い描くイメージを改める事となった。
「一つ問題は解決したけれど、もう一つも放って置けないのよね……」
そのもう一つとは、リンが目撃したエルフの事だ。
セリカがいない今、何故、この城の近くまで来ていたのか。
ここ一帯は全て木々しか無い事を考えれば、この城に用があってわざわざ西からやって来たのだろうとローズは推測する。
「私に用があるのか、或いはこの城そのものに用があるのか……」
とは言うものの、ローズには確信に近い、思い当たる事が一つだけあった。
それはセリカが復活している事を確かめに来た、と言う確信。
世界の理を維持する為に必要な存在であるセリカ。
そのセリカが復活している事を確認しに来たのであれば。
「何かを考えている、と思うべきね」
基本的に世界へ干渉しないエルフ達であれば、悪い事では無い、と、正直ローズは思えなかった。
悪事で無いにしても、それに近い事。
何故ならセリカがいないこの状況で、事を起こそうと考えているから。
「……思い過ごし、かしら。何もかも悪事へ繋げて考えるのは、良く無いわね」
セリカの意思を継ぐ前から、セリカがこのスタープラムの世界で魔王を名乗っていた時から、エルフ達は何もする事無く、干渉せず、見て見ぬ振りをして、世界にいてもいなくても、影響はゼロそのもの。
きっと今回もそうだろう、そうであって欲しい。
ローズの心はざわざわと落ち着く事は無かった。
「仕方ないわね。夜が明けたらエルフの所へ直接確かめに行ってみよう」
そしてまだ日が昇り間も無い時間、ローズはリンに一言告げて、エルフの住む西を一人で目指した。
「気は乗らないけれど、転生者以外の問題はなるべく避けたい事だし、エルフが相手であれば門前払いにはしないでしょ」
魔動車と呼ばれる、魔力を動力源とした二輪の乗り物を走らせ、エルフの住む森へと向かう。
ローズに取っては約二年ぶり程の事。
特別用事があったわけでは無かったが、止むを得ずエルフの森へと行かなければならなくなってしまい訪れたと言うだけで、その時は、エルフの統率者に合う事も無く、森を後にしていた。
「確か初めて会ったのは、四年くらい前だったかしら」
四年前。
まだセリカがスタープラムの世界で魔王だった頃、一度だけエルフの統率者を会話をしていた事があり、その時の事をローズは思い返す。
『魔王側であれ人間側であれ、エルフに害を成さなければ、世界がどうなろうともエルフとしては、どちらの味方をするつもりもない』
その言葉が今もなお変わらない事を、ローズは願う。
大した理由があるわけでは無く、ただ単純に、気にしなければいけない対象が増えてしまう事を嫌っての事。
場合に寄っては敵対する事も止むを得ないと考える。
相手はエルフであり、転生者とは違う為、極力命を奪う様な事だけは避けないとローズは考えるが、楽観的な考えにならないように、頭の片隅に考えられるべき一つの事として、気に留める事にする。
「そうなった場合、厄介なのよね。心臓が左右に一つずつあって、簡単には死なないって言う事だし……」
この事は以前、二年前にエルフの森を訪れた時の事、エルフ族のアンネルから聞いた事だった。
「元気にしているかしら、彼女……そう言えば、もう少し先、あぁ、あの岩場の辺りだったかしら」
アンネルと出会った時の事を思い返す。
忘れようとしたって忘れられない、多少、頭痛がするようの出会い方。
「あんな出会い……この先も絶対無いわよね……」
その時も今と同じように魔動車で移動している時だった。
二年前。
それは世界の理を戻す為、思い付く限りの場所を周っていた時の事。
「何処へ行っても転生者。もうスタープラムの世界で転生者がいない場所なんて無いわね」
城へ向かい魔動車を走らせていた道中の事。
「ふむ……どうしたものかしらね」
自分が進むであろう先に、人が倒れているのを視界に捉えた。
このまま真っ直ぐ進めば確実に轢いてしまう。
かと言って、わざわざ避けるのも面倒。
よし、このまま進んでしまおう、なんて事を思いながらも、ギリギリの所で魔動車を止める事にした。
「……」
「返事が無いわね。やっぱり死んでいるのかしら? なら、このまま前進しても問題無い」
「そ、それ……問題だらけやねんっ!」
その一言に勢いはあったものの、それだけ告げてまた地面へと突っ伏してしまった。
「よく分からないけれど、それじゃあ私はこれで」
「後生や……後生やから、何か……食べ物を……」
「まさかとは思うけれど、空腹で行き倒れているの?」
「……どう見ても、そうやろ? だから、た、食べ物を。もし、このまま死んだら、あんたの事、一生恨んでやるんやから、覚悟、しとき」
「よく言うわよ。行き倒れているくせにして。ほら、携帯食しか無いけれどこれでどう」
「た、食べもんやぁぁああっ!」
ローズの言葉を途中で遮って、差し出された携帯食を奪い取るように受け取って、半ば飲み込むようにほう張り平らげた。
「味はさて置き、腹は膨れたわ。ありがとうなぁ…………えぇっと、誰やっけ?」
「あなたとは初対面よ」
「うはは、そうやろうなぁ。うちもあんたとは初対面やし。あ、うち、アンネルって言うねん。よろしゅうな。で、あんたは?」
「私はローズよ」
「これはまた名前の通り綺麗な子やな」
なんなんだ、この人。
それがローズの内心であった。
「それにしても何故行き倒れになったのよ?」
「いやぁ、それがなぁ。食料が尽きたのは知ってたんねんけどなぁ、この辺りに治癒魔法の得意な人間がいてるらしくてな、会いに行こうと思ったんけど、うち、その人間いる場所が分からんくてなぁ。そしたら腹が減って来てしもうて、あ、これ貧血になる、あかんって思った矢先、バタンキューやねん」
「……あぁ、そう。だいたいは理解出来たわ」
相手がエフルだろうが人間だろうが、転生者だろうが、人それぞれ何かの理由があって動いているのだろう、そう自分へ言い聞かせる事にして、ローズはその場を離れようとする。
「それじゃあ、私はこれで」
「ちょっと待ってやぁ。ここからどうやって帰れ言うねん。また行き倒れてまうやろ?」
「はぁ……じゃあ、どうしろと言うのよ?」
「この通りお願いやからっ、エルフの森まで送ってっ!」
「……あなた何処まで図々しいのよ」
「うはは、それ、よう言われるわぁ」
正直なところ、ローズに取っては、あまり関わり合いになりたくないタイプだった。
ただ単純に性格的に苦手な思いがあったから。
今後会う事が無いのであれば、このまま見限った方が早い、と思いながらも一方で、こう言うタイプはもし何処かでばったり再開した時、絶対うるさく言って来る思いがあるのも事実。
多少の時間を使って、考えた後にローズが出した返事は。
「はぁ……後ろ、乗りなさいな」
「おおきにっ!」
「その白衣、車輪にまきこまれないようにしなさいよ? 道連れにされるのはゴメンだから」
「分かってるって。っと、これで問題無いやろ?」
アンネルは白衣の裾を捲り上げて、腰の部分で結ぶ。
「エルフの森まででいいのよね?」
「オッケー」
来た方向とは真逆。
ローズは魔動車を反転させてから、ゆっくりと走り出した。
「これは楽でええなぁ」
「手に入れたらいいじゃない」
「あのなぁ、こんな高価なモン、おいそれと買えるわけないやろ。スタープラムの世界に移動魔法でもあれば便利なんけどなぁ」
「無い物ねだりをしたって始まらないでしょう」
「今やってる研究が上手く行ったら、今度は移動魔法の研究でもしてみよか」
「今やってる研究? それって、さっき言ってた回復魔法が得意な人間と関係があるの?」
「そそ、いい勘してるなぁ、あんた。うちな、今、生存率を上げる魔法を研究してるんや。スタープラムの世界って、致命傷を負うと回復魔法の効果が無いやろ? せやからな、致命傷を負っても回復魔法の効果が出るように、生命力を上げる魔法を開発してるんや」
スタープラムの世界において、致命傷はすなわち死を意味している。
もちろんそれは、死んでしまえば、回復や蘇生が適わない事も含めての事。
だから魔王の配下の中にもアンデッドは存在していない。
死ねばそれまで。
もう二度と息を吹き返す事は無い。
「死者をも生き返らせるつもり?」
「うはは、それは無理っちゅうもんや。死ってのはな、身体の細胞その物も含めて機能していない、だからこそ、回復魔法の効果も現れないんや。うちの研究は、致命傷を負っても細胞が生きてさえいえれば、その生命力を増幅させて回復魔法を効果させる魔法ってところやねん」
「ふーん、それで回復魔法の得意な人間を探していると?」
「そや。うち、あんまり魔法得意やないから」
ローズ自身、自慢する程では無いが、回復魔法はそれなりに得意な方だった。
少しは役に立つ事を教える事も出来なくは無いが、何故、生命力を上げる為の魔法を研究するのかを聞いてみない事には、判断が付かないと感じ、疑問に思った事をアンネルに問い質す。
「どうしてそんな魔法を研究しているわけ?」
「ん? 気になる? それはなぁ……」
もったいぶるように一呼吸間を空けてから、アンネルは答えた。
「ゾンビ軍団を作って、この世界の覇権を握る為やっ!」
「死者は生き返らせる事が無理、そう言ったのは誰かしら?」
「ありゃ、うち、そんな事言った?」
「…………あなた、本当に研究者なの?」
白衣を着ているから、そう見えなくも無いが、見た感じだけで言うと、どう見たって研究者だとは思えない。
薄紫色の長くて綺麗な髪。
大きな二重の切れ長の目。
背丈はローズよりも高く、スラリと整った体型。
つい先程まで行き倒れていた人物だとは、誰もが思わないだろう。
アンネルはそれ程、研究者の肩書とは懸け離れた見た目をしていた。
「まぁ、ホントはな。この世界、転生者が多くなったやろ? そのせいで同じ人間同士の争いが増える一方や。別に同じ転生者同士がどうなろともうちには関係あらへん。うち、聖人君子や無いし。ただな……」
アンネルは、先程と同じように一呼吸置いてから、続きを話始めた。
真剣な声色で。
「アイツ等、うちの大切な友達を…………殺したんや。何も悪い事なんてしとらんのにや。ただただ……魔王の配下ってだけの理由でやで? 魔王セリカが倒されて、何の脅威にもならんと言うのに…………殺された、うちの目の前で……」
「…………」
「復讐も考えた。けど、うちの力じゃ、転生者に絶対勝てへん……せやからな、同じような事が起きた時、救える方法を見付けたかったんや。まぁ、早い話、私的な目的の為なんやけどなぁ」
「…………」
「大層な理由も無しに、そんな魔法を創りだそう思うとるバカなヤツだと思うてええから」
「……植物に向けて、ヒーリングの魔法を掛けなさい」
「ん? どう言う……事や?」
「魔法なんてのは使い続ければ魔力が上がり、自ずと強化されて行くものなのよ。ただ、それなりの努力は必要だけれど」
「そんなんでうちでも回復魔法の効果があがるんかっ?!」
「ええ、あなた自身、アンネルの努力次第だけれどね」
「ホントにホントなんかっ?! 嘘やなくてっ?!」
「ええ、本当の事よ。これでも私、それなりに回復魔法は得意だから」
「ローズっ、あんた、ホントっええ人やなぁっ! 食料はくれる、魔法のコツも教えてくれるっ! うち、あんたの事好きやわぁっ!」
「ちょっ、ちょっとっ、危ないから大人しくして」
「悪い悪いっ! 行き詰まっていたんで、心底めちゃくちゃ嬉しいんや。そうかぁ、植物相手なぁ。思いつかんかったなぁ」
ローズに取っては、アンネルへの感謝の気持ちだったのかもしれない。
魔王の配下である相手を、”大切な友達”と言ってくれた事へ。
「それにしても、アンネルって、変わった話し方するわよね」
「そか?」
「ええ。話さなければ何処かの女神ってくらい外見がいいのに」
「エルフ仲間からも同じ事言われとるんよ。うちに取っては五体満足で健康なら、それでええねん。見てくれなんてただの飾りや」
「……それ、見た目がいい人間が言うと、腹立たしいだけよ」
「うはは。何言うとるん。ローズやって可愛いやん。ただ、おっぱいはうちの方があるな」
「今直ぐ血の薔薇を咲かせましょうか……?」
「おお、怖い怖い、うははは」
そんな出会いから二年が経過。
久し振りにエフルの森へ行くのだから、顔くらい見ておこうとローズは思い至る。
「相変わらず、あのおかしな話し方は健在なのかしらね」




