この一撃に私の全てを懸けて
セリカの城にある広い一室。
ローズとリンが距離を取り合い対峙していた。
「こんな部屋もあるのね」
「ここは私達モンスターの訓練場です」
「戦うには打って付け、と言う事かしら。それで、リン。本当に戦うの?」
「はい……私の覚悟を知って貰うには、これが一番手っ取り早いですので…………」
「私の力を知らないわけでは無いでしょう?」
「知っています……見ていましたから……」
「そうよね。それを理解していても、戦う事は止めないのかしら?」
「…………はい」
「言う必要は無いけれど、私は、強いわよ」
「分かって、います……」
ローズに過信や自惚れ等、決して無い。
セリカの意思を継いだ三年、厳しい特訓をし、幾度も死の危険から這い上がって来た事実がローズの自信へとなっている。
そして、先の城での戦闘を目にしているリンもまた、ローズの言葉に嘘や偽りが無い事も、充分理解出来ていた。
「どうやら止める気は無いようね。それじゃあ、私が勝ったら、あなたは私の言うように城で大人しくしている事、でいいわね?」
「はい、異論はありません。その代わり、私が勝ったら私の意思で自由に動き回ります」
「ええ、こちらもそれで異論は無いわ」
正直なところ、リンの内心は穏やかでは無かった。
まだ始まってもいないのに、普段のローズからは全く感じられない凄まじい威圧感が、緊張するリンの気持ちを押し上げる。
(気持ちで負けちゃダメ。私だってセリカ様の配下の一人なんだから、まだ始まってもいないのに、しっかりしないとっ!)
「ローズさんっ、甘く見ていると……痛い目を見ますからねっ!」
自信を勇気付ける為の言葉。
痛い目を見せる事が出来るなんて、リンは思ってもいなかったけれど、それでも、多少は負けていた気持ちが振るい上がる。
(様子見だとか、加減だとか考えちゃダメっ! 私の持てる力を最初から出して行かないとっ!)
「行きますっ! 青葬化っ!」
リンの身体へ、ローズの火葬化と同じような装具が出現し身に纏う。
それは深く青い輝きを放つ装具。
ローズの纏う赤い装具とは対照的な色。
「最弱魂魔力に変えてっ! いつか夢見る一番星っ! 負けない気持ちが勇気の証っ! 魔装戦士っリンリィ=ウィンベル、見っ参!」
「…………火葬化」
「ちょっとローズさんっ! 何か言ってくださいよぉっ!」
リンの口上には何一つ言葉を掛けず、ローズも装具を身に纏う。
「さぁ、掛かってらっしゃい」
「……ローズさん、セリカ様が言っていましたよ。何事においても、熱い気持ちを忘れず立ち向かう事だってっ!」
地面を蹴ったリンは、一瞬にしてローズとの間合いを詰める。
「速いわね。でも」
仕掛けたリンのナイフをローゼンギルティで難なく防ぐ。
攻撃を防がれたリンはその勢いを付けたまま、ローズの後方に着地し、間を空ける事無く、再度間合いを詰め、攻撃を放つ、が、その二撃目においても、ローズは表情も変えずに防ぎ切った。
「まだですっ! 連閃光っ!」
リーチが無い分、その短さを利用したナイフの超高速連撃。
チート能力を得た転生者であったとしても、その速さに全てを防ぐ事は不可能だっただろう。
それでも、リンの相手は絶対強者のローズ。
全ての攻撃を危なげ無く受け切ってしまう。
「さ、すがですね……まさか、全部防がれるなんて…………」
間合いを取り、リンは一度体勢を立て直す事にした。
(掠るくらいは出来ると思ったのに……分かってはいた事だけど、ちょっとめげちゃうな……)
「思っていた以上に、能力が高いわね。少し危なかった」
「よく言いますよ。涼しい顔して全部受けきってるのに……」
「まだ終わりでは無いのでしょう?」
「はい、絶対に、私の覚悟を認めて貰いますっ!」
再度間合いを詰め、攻撃を仕掛ける。
リンのナイフ裁きは相当熟練度が高く、ただ単純に振るうだけでは無く、時折変則的な方法を織り交ぜながらローズに攻撃の手を与えなかった。
そればかりかリンの装備している音震グラディエーターナイフは、名の通り、超音波を使い刃の箇所を微震し続けている。
その僅かな振動が”受け留める”事を邪魔し、ローズはリンの剣閃を裁き切る他の手段が取れずにいた。
「その武器、とても厄介な物ね」
「受け留めるとローズさんの武器が壊れますから、壊れても恨まないでくださいねっ!」
今この場だけを見れば、ローズがリンから一方的に攻められて、手も足も出せずにいる、と見えるだろう。
だが、実の所、圧されているのはリンの方。
何故ならリンは、手を一切抜かずに攻撃を仕掛けているのに、その攻撃を全てローズは防ぎ切っている。
しかも、相当な余裕を持って。
(つ、強い。自分で言っただけあって、ローズさんの強さは伊達じゃない。私の攻撃なんて、何度繰り出しても掠るとも思えない……)
リンの気持ちが少し揺らいだその瞬間を、ローズは見逃さない。
他者からすれば隙が出来ていた事に気付く事なんて、出来ない程の瞬間的な事。
「気を緩めると、命を落とすわよ」
完全に捉えた。
この一撃で終わる。
それなのにローズの確信は、意図も容易くリンに破られてしまう。
多少驚いたが、それでもローズは間髪入れずに攻撃を仕掛け続けた。
本気、はさすがに出さすにいたローズだが、繰り出した攻撃を全て避け、一定の間合いまでリンが下がった事によって、一時の間が訪れる。
「…………」
腑に落ちなかった。
初撃を避けられた事も、その後の攻撃、全てを避けられた事も。
打撃を与える事に対して、躊躇いは無かったのに。
「正直、見直した。特にその速さと身のこなし、転生者に匹敵するわね」
「はぁ、ふぅ……よく、言います、よ…………。全て避けていると言うのに」
「けど、さっきの動作は納得が行かないわ。何故、避ける事が出来たのか。私は確実に捉えたと確信したのに」
「ふぅ……。最弱モンスターなりの底力ってやつです」
「ふむ……。少しだけ、速度を上げるから、見失わないようにしなさい」
と告げた直後、ローズの姿がリンの視界から消えた。
(速いっ! でもっ!)
空を切るローズの攻撃。
「これも避けるのね。ならば」
ローゼンギルティの二刀持ち。
左右から繰り出す波状攻撃
その内の数回は受け止められ、そのまた半分はリンに避けられ、攻守逆転。
「連閃光っ!」
リンの攻撃に合わせて弾き返し、右手のローゼンギルティを薙ぎ払い、リンの行動を予測した後、左手のローゼンギルティを消してからの打撃によるフェイント攻撃を繰り出す。
さすがのリンもローゼンギルティでは無く、直接攻撃を読む事が出来ないだろうと思い、この攻撃はヒットする、と思ったローズの思いは、またもやあっさりと覆された。
「はぁ、はぁ……ふぅ。危なかったぁ、は、速過ぎますよ……ふぅ」
「リン。とんでもない能力を持っているのね」
「はぁ……ふぅ~……。もう、気付いたんですか?」
「ええ、たぶん間違えてはいないはずよ。あなたのその能力、相手の攻撃を全て避ける、のでしょう?」
「……はぁ、残念。一撃くらいはヒットさせてから、見破られたかったのに」
「武器に依存する、わけでも無さそうね」
(やっぱりローズさんは凄い……。こんなに早く、私の奥の手を見抜いてしまうばかりか、あれだけの動きをしておいて、息一つ切らしていないなんて……。無謀、だったのかもしれない。最弱モンスターである私が、セリカ様の意思を継いだローズさんに勝てるなんて、有り得ない事、だったのかも…………)
「リン」
「…………」
「リン、聞こえているかしら?」
「え、あ、はい……。聞こえています」
「あなた、言ったわよね? 負けない気持ちが勇気になり、熱い気持ちを忘れずに立ち向かう事が大切だ、と」
「…………」
「本当に全ての力を出し切った? やれる事はやり切ったのかしら?」
「…………」
「自分よりも優れている相手に向かって行く事。確かにそれは無謀な事で無茶な事だと思う。けれど、無駄な事なんて無い。少しでも抗う事が出来れば、時間稼ぎにもなる。最弱と自覚していても、あなた達スライムの子達は逃げなかったのでしょう? チートなんて言う反則能力を持って転生して来た人間が相手であっても、立ち向かったのよね? それとも、あなたの配下の子達は、敵前逃亡をして来たのかしら?」
「そんな事っ、決してありませんっ! 最後の最後、勝てないと分かっていても、みんな、勇気を振り絞って立ち向かいました。転生者の人に、無駄死にだと言われても、それでも、勇敢にっ!」
「それなのに、今のあなたはどうなのかしら? それで統制者だなんて呆れてモノも言えなくなるわね」
リンはローズの言葉にハッとする。
(そう、だよね……みんな、ごめんね。統制者である私が、まだ戦える状態なのに……諦めるなんて事、しちゃダメだよね)
俯いていた顔を上げ、ローズを見たリンの目の色が明らかに違う。
「いい目をするじゃない。この一回に、あなたの全てをぶつけてみなさい。一矢報いる事が出来なければ、あなたもあなたの配下だった子も、最弱のレッテルは取れないわよ」
「…………私の事は何て言われてもいいです。でも、みんなの事だけは、最弱だなんて言わせませんっ! 解放しますっ! 青葬化っ黒曜っ!」
「黒曜まで使えるのね」
リンの装具の形状が変化する。
綺麗に体裁の取れていた装具から、禍々しさを感じさせつつも清廉さを併せ持つ形態へ。
(みんな、私に……ほんの少しだけ……勇気をちょうだい)
「行きますっ!」
リンが地面を蹴った刹那の瞬間、金属のぶつかる音が部屋に響く。
「せっかくの速度も、直線的な攻撃じゃ活かし切れないわよ」
「これでいいんですっ!」
リンの狙いは、左手に持ち換えている武器での攻撃では無い。
本命は、右手による直接攻撃。
「この一撃に私の全てを懸けてっ! オーーーーラ、ブロォォォオオオ!」
「残念だったわね、その攻撃も想定済よ」
リン渾身の一撃を左手で受け止めるローズ。
その威力に二人の立っていた地面が陥没を起こした。
「まだですっ!」
大幅に増大する魔力を込めたオーラブローは、段違いに能力を上げ続けて行く。
「撃ち砕けぇぇえええっ!」
「?!」
リンの攻撃を受け止める気でいたローズは、その考えを改め直し、自身の身体を半歩ずらす。
「えっ?! わわ…………きゃあああああああぁぁぁっ!」
リンの悲鳴が部屋中に木霊した。
ドズンと、数メートルは優に飛んで行き、地面の上へ音を立てて盛大に落ちたところで、リンの青葬化が解ける。
「いたたたたた……?!」
痛みを堪えて視界に捉えたローズの姿は。
「…………やっぱり、届かなかったん、ですね」
見たところ全くの無傷。
全身全霊を込めた一撃でも、ローズには傷一つ与えられない。
その事を思い知ったリンの戦意は、さすがに喪失しまう。
「あなた、本当にスライムなの?」
「え?」
歩み寄って来た、火葬化を解いたローズの言葉に、一瞬きょとんとした表情を見せるリン。
「今の一撃、あんなの受け留めていたら、腕が無くなっていたところだったわ」
それに気付いて、ローズは半歩ずれ、リンの力を流し切り対処を行っていた。
「今だって感覚が無いくらい痺れているもの。はぁ、仕方ないけれど、認めざるを得ないわね。あなたの覚悟は伝わった。リンの勝ちよ」
「でも、私……ローズさんに一撃も入れることが出来ていない…………」
「そんなの当たり前じゃない。私、強いもの」
「な、なんだかなぁ……ですよ。あは、あははは……もぉ、こんなとんでも無い人に挑んだ自分がおかしくなっちゃいます」
ローズはリンの前に手を差し出した。
「立てる?」
「はい、ありがとうございます」
「認めては上げるけれど、可能な限りは戦闘を避けて貰えると嬉しいのだけれど?」
「分かってます。私も無駄な争いはしたくないですから」
「勇敢である事は悪く無い。でも、時には敵前逃亡だって考えなさい。誰もあなたを責めたりしないのだから」
「…………」
「もう一度言うけれど、ラビィのような思いを、私にさせないで……」
「そう、ですね。そうします」
リンは思う。
戦う事になった時、やはり他者を殺める事は難しいけれど、絶対に死ぬような事があってはならない、と。
自分に取って優先すべき事は、ローズの所へ帰って来る事。
何があっても、ラビィの時のような思いをさせてはならないから。
「ふぅ、少し、お腹が空いたわね。リン、何か用意出来ないかしら?」
「軽食であれば、すぐにでも作れます」
「じゃあ、疲れているところ悪いけれど作ってくれるかしら。さすがにあの部屋で特訓した後に戦うのは、体力的にキツイわね」
「…………そ、そうでしたね。ローズさん、あの部屋に入って特訓していたんですよね」
再度、リンは思う。
もう絶対、この人に戦いを挑むのは止そう、と。




