異世界転生者、終焉の始まり
異世界転生。
それはもう極々稀に起こる現象では無くなった。
一年に一人?
一カ月に一人?
一週間に一人?
今となっては一日に一人から数人。
それ程、当たり前に起こっている現象。
そして例外無く、異世界先の誰よりも強い能力を得て、転生をする。
太陽が東から昇り、西へ沈む。
生きていれば、人間の心臓が動く。
雨の日だから、雨が降る。
そんな、当たり前で自然な事のように、転生者は誰もが強い。
その自然の理のような現象は、この世界、スタープラムの地でも例外では無くなっている。
そして今まさに異世界転生者が、スタープラムの魔王、セリカ=レスティーナを、意図も容易く追い詰めた、反則紛いの能力を持って。
「楽過ぎて拍子抜けだぜ」
「まぁ、当然だろ? 最初っから、この世界の限界値を超えていればな」
「さっさと終わらせて凱旋しちゃおうよ?」
レスティーナ討伐に来たのは、一人の例外も無く、異世界転生者。
見るからに盾役の大柄な男が言ったように、三人はこの世界へ転生したと同時に、この世界の限界能力を超えた力を授かり転生している。
もちろん、対峙している魔王レスティーナの力をも遥かに超えて。
「ここまで辿り着いたと言う事は……私の仲間は全員、お前達に……」
「討伐させて貰ったぜ。一体残らず、全部、な。魔王直属の配下って事なら、少しは手応えがあるだろうと思っていたけど、どいつもこいつも拍子抜けするくらい弱くて、統率者であるあんたには同情するよ」
「お前達に同情される言われは無い。この反則者達が……」
魔王は討伐者達を睨み付けた。
重くて深い、暗くて黒い、ありったけの憎悪の感情を持って、一人ずつ。
「他の世界から土足で入り込んだ挙句、この世の理をも崩壊させたその行い、死をもって償って貰うわっ! 黒炎の葬華っ!」
魔王が右手を翳したのとほぼ同時、魔法陣が展開され漆黒の炎が討伐者全員に襲い掛かる。
「イオデ、頼んだっ!」
「おうっまかせろっ!」
三人の内の一人、盾役を務めるイオデが迫りくる黒炎の前に立ちはだかる。
「こんなのっ、盾を使うまでもねぇっ!」
リーダーであるナイトのアデル、ヒーラーのルナを魔王の炎から、両手を広げ、その身を挺して、持っている立派な盾を構える事無く、その身体へ受け止めた。
「うおおおおおおっ!」
叫びを上げながら受け止めた黒炎の軌道を、力任せに変化させる。
魔王の間へ辿り着くまでに何度も繰り返した動作。
イオデに取っては、容易い事。
それが魔王の放った最大クラスの魔法であったとしても……。
「ちっ、魔王だからちったぁマシかと思ったのによ」
「イオデ、回復は必要?」
「必要ねぇ。こんなんダメージの内に入らねぇよ」
強がり……では無い。
本人が言うように、イオデ自身の体力はほぼ減ってはいないのだから。
「……私の最大魔法を持ってしても、無理か」
「諦めるんだな。怨むなら人間に敵対する不義の者として存在した、自分自信を怨むんだな」
「何も分からず正義面している反則者くせに、よく言うわね……」
「何とでも言いなさいよっ! でもね、これだけはハッキリしている事、あなたがこの世界を脅かす魔王だって事は、揺るぎの無い事実なのっ!」
「どうせ俺たちには勝てない。大人しく討伐されろ」
「ほんと……いい迷惑だわ……。でもね、いつの日か……この世界の理が戻り始めた時、私は必ず蘇り……あなた達反則者達一人残らず、この手で葬ってあげるからよく覚えておきなさい」
「その時はせいぜい、今よりも楽しませてくれよっ! それじゃあ、これで……決着と行こうぜぇっ!」
何一つ努力せず、何一つ苦労せず、何一つ困難を超えず、最下級モンスターを相手にするのと同等、討伐者達はアッサリとこの地の魔王討伐を成功させた。
そして、大して語り継がれる事も無かった魔王討伐の月日から三年が経過する。
スタープラムの地には、転生者で溢れかえり、今では元々この世界の住人だった者達よりも人口は多くなり、各々の国の統率者やその配下は全て転生者が担う事となっていった。
世界を脅かす魔王がいなくなった事により、誰もが安心して平和に暮らせる世界…………にはならず、むしろ、人の欲がぶつかり合い、人間同士が自分達の私利私欲の為に、争いを引き起こし、魔王が君臨していた時より激しさの一途を辿っている。
スタープラムの世界のとある国。
「今なら、逃げ出す事が出来るかもしれない…………」
彼女の名前は、リン。
この国の城内で雑用を担っている。
と言えば、多少はまだ聞こえはいいが、リンが与えられる報酬はゼロ。
言葉は悪いがその扱いは、正に奴隷。
そんな生活に耐えられず、彼女はいつの日か絶対に逃げ出そうと考えていた。
その絶好の日が、今正に隣国へ戦争を仕掛けようと、周囲が慌ただしくしているこの時しか無いと思い至り、計画も無しに逃げ出す事を試みている。
「…………」
リンはそっと目の前の一室を、ドアの隙間から様子を伺った。
「……よ、よし…………きっと、大丈夫。逃げ出せそう」
いつもであれば用事が何も無くてもその用事を無理矢理作り、リンをいいように使って来た人間でさえ、今はリンの存在を気に掛けてはいない。
そう感じたリンは、意を決して、足早に場外へ出る扉を目指す。
(速く、速くっ! こんな酷い所から、今すぐ逃げなくちゃっ)
着ている服はボロボロ。
破れた服の間から見える、白い肌のところどころには痛々しい青い痣。
リンが担う雑用、それは……苛々の捌け口となる事。
来る日も来る日も、リンはこの城内の”人間”に呼び出され、暴力を受け続けている、これもまたリンの担う雑用の一つだから、拒否する事は叶わなかった。。
多少乱暴に扱う事も、扱った先で、リンが死んでしまったとしても、罪にはならず、誰からも咎められない……何故なら、姿こそ人間と変わりは無いけれど、でも、リンは”人間では無い”のだから。
(あと少しっ、あの扉を出る事さえ出来れば私は……)
目前に迫る外の世界への扉。
三年前からこの城より一歩も外へ出た事無いリンに取って多少の不安はあるけれど、ここよりはきっとマシだと希望を抱く。
(不安だけど、大丈夫。私は三年前まで外の世界で暮らしていたのだから)
パンッと乾いた音がリンの背後で聞こえた矢先の事。
「あうっ……うううっ!」
外の世界まであと数メートルの所、焼けるような左足の痛みに耐えられず、リンは不格好な姿でその場に倒れ込む。
(あ、足が……ううっ、痛い、凄く……痛、いよ……)
流れ出す赤い液体。
「おいおい、化け物のくせに血の色が赤いぜ」
「化け物の分際で生意気な。姿も人間と同じってだけで、腹立たしいと言うのに」
「それよりも貴様。何をしようと企んでいたっ?! ああっ?!」
「あ、うううっ!」
リンの青い髪を掴み上げる一人の男。
「どうせ、逃げ出そうとしていたんだろう? 生憎だったな。この中に貴様の仲間は一人もいないんだよ。怪しい行動を取ればどうなるかくらい、想像も出来んのか?」
「痛い、痛い、よ……」
「二、三日もすれば治るんだろ? どうせ化け物なんだからなぁっ!」
リンを取り囲むように、周りにいた人間が集まり始める。
「おいおい、城内の中で銃はマズイだろ?」
「何を言ってる。相手は化け物だぞ? 人間じゃないんだから、何処に問題がある? コイツに当たらなければ、当たらなかったコイツが悪い。そうだろ?」
「はっ、違いないぜ。こうして生かしてやってるってのに、逃げようとは良い御身分だよなぁっ」
周囲の人間が各々にリンを罵り始めた。
(神様は……どうして、こんなに過酷な事を強いるのだろう。私が……魔王様の配下だったから? それだけの理由で、私は苦しい思いをしなければいけないの?)
三年前までのリンは、とあるモンスターのまとめ役。
モンスターの中でもクラスが一番下の扱い。
魔王が討伐され、その配下は転生者達により駆逐された。
ただ、リンのようにモンスターのまとめ役である配下は、姿が人間そのものだった事もあり、今もどうにか生き永らえている者も少なくはない。
けれど、リンのように人間達に捕まってしまえば、地獄とも捉えられる日々を強いられる。
魔王イコール悪。
その配下も例外では無い。
危害を加えなくても、悪として扱われてしまう。
けれど、自身には敵対する意思が無い事示せば、いつかは分かって貰える、そうリンは思ってこれまでの三年を何とか耐えて来た。
(でも、そんな事は無いんだよね……私は、人間に取って悪いモンスター。言葉が通じたとしても、モンスターである事は変わり無いんだよね)
それでも魔王の配下であるリンは、それなりの能力は今だって持ち合わせている。
(もうこんな世界で生きるだけ、無駄なの、かも……。それならば、一層、死んでしまった方が楽、なのかな? でも、私だって……魔王様の配下の一人。人間に……いいようにされてばかりじゃ、この世界を去ってしまった魔王様に、合わせる顔が無い……それならば……足は酷く痛いけれど……)
「わ、たし……だって…………」
「あぁ、なんだっ?! 言いたい事があるなら、ハッキリ言え、この化け物がっ!」
「……私だって、魔王軍の配下っ! 人間風情に……良い様に扱われる筋合いなんて、無いっ!」
「コイツっ、言うに事かいて、人間風情だと?! 自分の置かれている立場を思い知らせてやるっ!」
パンッ、鳴り響く銃声。
もう片方の足からも、赤い血がドロドロと溢れ流れ始めた。
それでもリンは歯を食いしばり、言い放つ。
「あううっ! ぐうううっ! 負け、無いっ! 私はもう、あなた達の言いなりになんて、ならないっ!」
(最後の力を振り絞れっ! 魔王軍であった、私の威厳を人間に知らしめる為にっ!)
「スキル……スラ、アターック!」
渾身の体当たりを受けた、リンの髪を掴んでいた男が盛大に吹っ飛び転がった。
相手は反則紛いの能力を持った転生者。
最下級モンスターのリンに取っては、上出来過ぎる打撃であっただろう……けど。
「こ、の……化け物、めがぁああああっ!」
(これで私も、終わり、かな……生きていたって地獄には変わりないのだから、死んだ方が、マシだよね……)
怒りの形相を浮かべ、リンに体当たりをされた人間は、すぐさま立ち上がり、リンを執拗に、苛烈に何度も踏み付ける。
周囲の人間は誰一人として、止めに入らない。
そればかりか、笑みを浮かべて目の前で起こっている事を傍観している者までいた。
「ははっ、ははははっ! 化け物だから身体が頑丈過ぎて、すぐには死ねないらしいなっ!
さいっこうだぜっ! ほらほら、さっさと死なねーと、苦しいばかりだぞっ?! あははははっ!」
そこへ更に数人の人間が加わる。
リンを助ける者は一人もいない。
「死ねっ! 死ねっ! さっさとくたばっちまえぇっ!」
(…………魔王様、私、こんなに頑丈だったん、です、ね。でも、恨みはありません。私は、あなたの配下であった事を今でも誇りに思っています)
それから数分、執拗な暴力を受けたリンに、とうとう限界が近付いて来た。
痛覚が感じられなくなり始め、意識も遠い。
見えている世界が、ぼんやりと曇る。
(こんなに……酷い事を、されているのに…………味方は、いない……悲しい、世界だな……。ねぇ、みんな、私もようやくそっちへ行くからね。魔王様、そちらへ行ったら、また、私と……スライムなんかの私と、お話しをしてくだ、さい……)
「もう充分でしょう。今直ぐ、止めなさい」
諦め掛けたリンの耳に、疑う様な言葉が聞こえた。
それは周囲の人間も同じ事で、その場にいる全員がその言葉一つにより、動きを止める。
群がる周囲の人間の中から現れたのは、長いゴールドイエローが特徴的な髪の少女。
「なんだぁ、お前? 見ない顔だな?」
「…………」
「てめぇっ、何、化け物庇ってるんだ? まさか可愛そうだとでも思ったのか? バカか、お前は。コイツ等は三年前まで魔王の配下だったモンスターだぞっ?! 人間に取っちゃ悪そのものっ! 痛めつけようがぶっ殺そうが、何したっていいんだよっ!」
「…………そう、分かったわ」
「な、んだってんだ、よ……」
少女の鋭い視線に圧倒されるのは、周囲の人間全て。
「お、おいっ、コイツを捕まえろっ! 人間のくせに化け物の味方をする反逆者だっ!」
「……ふふ、くすくすくす」
「な、何がおかしいっ?!」
「反逆者、ね。ならば敢えてこの言葉をあなた達”人間”へ送ってあげる。反則者、と」
「どう言う、意味だよ……」
「異世界から来た上、反則能力を持っているから、反則者と言ったの。事実でしょう?」
「……お前、スタープラムの現地人か」
「そんな事よりも、その子からその汚い足をどけなさい。次は言わないわ」
「汚くなったのはコイツを蹴ったせいだろ? なら、原因であるコイツをまず処分する必要があるよなぁっ!」
男は靴の先で、リンの腹部を思い切り蹴り上げた。
「あ、うっ! う、うぐうぅぅぅ……」
「次は無い、と、言ったわよね? さようなら……黒の火葬華」
少女が手を翳し、言葉を発すると……その手から黒炎が放たれ、男の身体を捉えた。
「ギャァァアァアアアァァッ!」
「この子へ酷い事をした報い、その身を以て償いなさい」
叫びを上げながら、その熱さに男は暴れ出した……が、数秒もしない間に、黒い炭と化す。
「まったく呆気ないわね。反則者のくせに、脆過ぎて、とても詰まらないわ」
人間一人を涼しい顔で葬った少女は、倒れているリンの前に膝を着き話し掛ける。
「大丈夫? 今、回復してあげるから、待ってて」
「…………身体が」
少女がリンに手を翳すと、リンの身体が光りに覆われた。
一瞬にしてリンの身体は傷一つ無い、綺麗な白い肌へと戻る。
「あなた、は……?」
「あなたの味方よ……少し、そこで待っていなさい。すぐに終わらせるから」
優しく柔らかい笑顔をリンに向けた少女は、リンの前に立ち、周囲の人間を鋭い視線で見据える。
「私はスタープラムの魔王、セリカ=レスティーナの遺志を継ぐ者、ブラッディ・ローズ」
魔王セリカの名前に周囲が騒ぎ始める。
その事を意に介さず、ローズは続けて言い放った。
「魔王軍復活を成し、世界の理を取り戻す……そして」
口の端を吊り上げ、笑みを浮かべながら、周囲の人間をぐるりと一瞥し。
「魔王セリカ=レスティーナを復活させ、恐怖と混沌により世界を支配し……お前達、反則者共を一人残らず…………コロスッ!」
この物語は、異世界転生者が反則紛いの力を使って、魔王軍、あるいは魔王を容易く倒しその力を見せ付ける…………物語では無い。
我が物顔で異世界転生をして来る反則者達を、魔王とその遺志を継ぐ者達が、純粋な自身の力をもって圧倒する物語。
「お前達反則者共が使う言葉を使って敢えて言ってあげるわ…………異世界転生チートは、もう、時代遅れなのよっ!」