第9話 溶けた氷
第9話 溶けた氷
深いため息をつきながらユウは部屋に帰ってきた。
『ミラノに関わるのはもう懲り懲りだっ!!』ユウは乱雑に椅子を引き、座る。
部屋中に趣味のゴスロリ服がところすましにかけてあり、まさにミラノワールド炸裂と言う感じの部屋でユウは居心地の悪さを感じたほどだ。
今なら『口から魂がでてるよ』と言われても否定する気になれない。
幸い、お調子者のケイはベットに座り込み、考え事をしていて、例の癖が出ている最中だ。
今回だけはケイの癖に感謝し、ユウは思わず微笑した。
戦闘中に見せるような冷ややかな不敵な笑みではなくやわらかく、温かい笑顔だ。
最も、ユウ本人は気づいていないがこんな笑顔を見せるのはケイの前だけである。
黒龍はユウに気づかれないようにその微笑を盗み見していた。
ミラノとは正反対のシンプルイズベストのユウたちの部屋に帰ってきて黒龍にはそこまで観察する余裕が出来ていた。
本当に自分を攻撃したアイブなのかと疑ってしまうぐらいだ。
今まで寡黙なふりをしていたのは自分の主人となった少年を観察するためなのだ。
実はケイ以上にうるさく、ユウには負けるが、口が悪いことを自負している。
…今まで観察した結果、ユウは思っていたよりもずっと優しい少年だ。
特に相棒に対してはとびきり。
一見厳しくケイに接しているように見えるがこれは優しさの裏返し。
実際はとても大切に思っている。
初めて会った黒龍が短時間観察しただけでも強く感じる程に。
正直、『何で俺がこんなアイブのガキに仕えなきゃならないんだ!』と言う気持ちが強く、誠心誠意仕えるつもりなんてさらさら無かった。
実力があるのは認めるけれど所詮はまだ子供、6000年の時を生きてきた自分とは比べ物にならないほど若いのだ。
人(てか俺は人じゃなく龍か)の上に立つほどの力量があるわけが無い。
この場合の力量と言うのは戦闘能力のことなどじゃなくて人を惹きつける魅力や心の強さ、思いやりの事を指す。
だが、そう思っていたが俺の考えは間違っていた。
容貌のせいで人望や信頼は無いものの常に人の心を考えて行動し、強固の意志を持っている。
現に内面から人を判断する3人が彼の傍にいるのだ。
この容貌が無かったらこいつはもっとすばらしい人物になっていただろう。
それだけが口惜しくて堪らない。
『ユウになら仕えてもいいかもしれない』
そんな気持ちがユウを観察していたら不思議と沸いてくるのだ。
俺は今まで1匹だけで生きてきた。
黒龍一族は、生まれて100年が経つと母親から離れなければいけないから。
それからは寂しさを紛らわせるために人通りの多いところに出てはそれをよしとしないアイブたちと、自分の身を守るため必死に戦ってきた。
もう6000年の間に何人殺したかなんか覚えていないほどだ。
だが、俺は人を傷つけたこともないし、これからも傷つけるつもりなんてなかったのだ。
なんだか言葉にすると恥ずかしいが、本当に寂しかっただけなのだ。
そんな自分を当然の様に攻撃してくるアイブが憎くてたまらなかった。
俺だって生き物なんだ、命の温もりを求めてなにが悪い。
アイブなんて全員、人間しか心が無いと思っている自己中心的なやつだと俺は思っていた。
だから初めて芽生えた気持ちだ。
今でもアイブは憎くて堪らないが、少なくとも俺が思っていたアイブとは、根本から全く違うアイブに4人も出会えて、俺の考えも変わってきた。
なんだかんだ言って俺を友達のように扱ってくれる2人の力になりたい。
5900年ものあいだ触れていなかった心の温かさ。
それに心の氷をじりじりと溶かされているのだろうか、胸が熱い。
ただ、1つ心配なことが―――――
「クロ、どうかしたか?」
気づいたらユウが顔を覗き込んでいる。
「いや、なんでもない。」
ユウの紅い瞳に映る心配の色を消すように悪戯っぽく笑って見せた。
そうするとユウがにっこりと温かく笑った。
ケイに向けてじゃなく、この俺に向けてっ。
「お前、寡黙なふりして黙ってるよりそうやって話して笑ってたほうがいいと思うぞ。
絶対ケイと仲良くなれる。だってお前ら、どことなく似てるし。」
ユウはケイに友達を作ろうとして言ったのかもしれない。
それでもなんだか嬉しい。
「そうだ、これやるよ。」
ユウは恥ずかしそうに頭をかきながらポケットから十字架のブローチを取り出した。
これはケイがベルトにつけているのと同じもので、ユウは黒いポンチョを留めるのに使っている。
「ミラノお手製で、魔力が高まる。…らしいぞ。」
ユウは膝をついて黒龍を見上げるようにして胸にブローチを付ける。
黒龍は相変わらず俯いているのでユウがブローチをつけているのが見える。
ユウの頬に温かい水滴がぽつぽつと落ちてきた。
ユウが顔ををあげて黒龍の顔を見ると、黒い瞳からは止め処無く涙があふれ出ている。
「どうして泣いてるんだ?」
ブローチを付け終わったユウは黒龍の胸からそっと手を離しながら聞いた。
「ちがう…泣いてるんじゃない!こ、これは氷が溶けてるんだ…ただそれだけだ。」
黒龍は必死に服の袖で涙を拭う。
ここにいたのがケイではなく、ユウで良かった。
ケイだったらこの意味が分からず、更に追求して黒龍を困らせただろう。
ユウはちゃんと意味を理解して
「そうか。」
と言っただけだった。
黒龍の涙はまだまだ止まらない。
3人お揃いのブローチが引き金になり、氷が一気に溶け出したのだ。
ユウは黒龍を椅子に座らせて自分は壁にもたれ掛かり、腕を組んで目を瞑ってただ待っている。
氷が全て解け終わるのを。