第7話 アブナイハシ
第7話 アブナイハシ
少年は大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「な、なんじゃこりゃーーーーーーー!!」
声も容姿相応のものであり、どう考えてもただの可愛らしい男の子にしか思えない。
「こ、黒龍だよ…な?」
腰を抜かしているケイは、座ったまま叫んだ男の子に恐る恐る聞く。
「俺のほうが聞きたいぐらいだぜっ、俺って黒龍だよな…?」
整った子供の顔立ちを歪めながら幼い男の子…黒龍は言う。
「安心してぇ、あなたは間違いなく黒龍よ♪ 」
ミラノが黒龍の茶色の髪を愛おしそうになでながら言った。
子供扱いされたのが頭にきたのか、黒龍はミラノを睨んで怒鳴る。
興奮して口数がかなり増えている。
「なんで人間の子供をまねたような姿なんかになんなきゃいけねーんだよ!」
「 だってアナタ、黒龍と言っても人間の歳に換算するとせいぜいそのくらいよぉ」
ミラノがニヤニヤしながら嬉しそうに言う。
彼女は黒龍の子供姿が痛く気に入ったらしい。
たしかに龍の姿よりも遥かに和むと他の男3人も思った。
だが、この姿になった黒龍には深く同情する。
特にミラノに気に入られたところに。
「…おまえ何歳なんだ?」
ユウは大して驚いたようなそぶりも見せず、落ち着いた声色で聞く。
術に詳しいユウはミラノのが黒龍をどんな姿にするかあらかた予想がついていたらしい。
「6000歳ちょっとだ。」
黒龍はまだ不機嫌な顔をユウに向けて答えた。
「へぇ」
「ろっ…!?」
ユウの冷めた言葉と同時に正反対の反応のケイは驚いてミラノがお茶をしていたときに座っていた椅子を倒してしまった。
この年齢に驚いたのはケイだけだ。
他は、大抵の魔物は恐ろしく長い時間を生きているということを長いキャリアの間に良く知っていた。
それを知っていたら黒龍のような伝説にも出てくる生物がそれぐらい生きていても全然不思議じゃない。
むしろ予想していたよりも若いぐらいだ。
「クロちゃん!アタシィ、アナタに似合いそうな服持ってるわぁ♪こっちにきて!」
黒龍は不意打ちを食らった。
6000年も生きてきた黒龍は20年も生きていない女にクロちゃん呼ばわりされるとは思っていなかったらしい。
黒龍は慌てふためく。
「クロちゃん!?え?ちょっ…!」
ミラノは黒龍がいい終える前に黒龍の手を引いてドアに向かって歩き出していた。
『明らかにひこずられてるような…。』
3人はそう思っていたが口には出さなかった。
ミラノの怖さは経験済みだったからだ。
必死に助けを求める黒龍をユウとゼルは完全に無視し、ケイはさっき倒した椅子を直し、その椅子の陰に隠れて黒龍に対して苦笑いしながら手を合わせた。
『裏切り者っーーー!!』
と言うように黒龍は3人を恨めしそうに見るが、ユウはそっぽを向いてクッキーをかじっているし、ゼルは目を合わせないように腕を組んで口笛なんか吹いている。
ケイに至っては未だに天災が来る前のようにビクビクと椅子の陰に避難しているのだ。
こんな3人に助けを求めても全く意味が無い。
そう判断した黒龍はミラノに抗おうと必死で踏ん張ったが、彼女の馬鹿力の前では無意味だった。
ドアが閉まり、嵐が去った後ゼルが視線をユウに合わせ、ゆっくりと口を開いた。
「黒龍の寿命は人間の1000倍かぁ…すごい情報やな。今のうちに龍と一緒に本部に持ってとくかぁ?」
笑みを浮かべながら話すゼルにユウは表情を変えず答える。
「そんなことする訳ないだろう。あいつはもっとでかい情報を持ってるんだからな。」
ゼルとユウは世間話をしているような軽い調子で話している。
この2人のように頭も良くないし、ポーカーフェイスも苦手なケイはなんだか置き去りにされている気分だ。
ゼルはユウの口の端に浮かんだ不敵な微笑を見逃さなかった。
「へぇ…お前にしては珍しいな。危ない橋かいな」
ゼルがユウと同じように薄く笑みを浮かべる。
核心を突かれたケイの心臓の鼓動がどんどん早まっていく。
『どうにかしなきゃっ!』そう思ったケイが、勢い良く立ち上がる。
「ゼル!そ、そんなことじゃないから!安心して!ね!?」
ケイはあまりにも早口で喋ったので危うく舌を噛むところだった。
ケイの努力も虚しく、誰が見てもなにか隠したがっているのが明らかに分かる。
そんな不甲斐ない相棒を見て、ユウは椅子に腰掛けて、頬杖をつきながら大きなため息を漏らす。
普段こういうのはユウの役割なので、ケイは隠し事はめっぽう苦手なのである。
身構えているケイにゼルは大笑いして答えた。
「隠さんでええ。そうユウも言ったろう?おもろそうやないか!俺らも一口乗ったるで!」
ゼルはヤル気満々という感じだ。
ケイはやっとユウが黒龍に『隠さなくていい』と言っていたことを思い出し、すっかり忘れていた自分と、明らかに不審だった自分の行動とに二重で恥ずかしい思いをすることになった。
「今回はカナリ危ないぞ。下手したらこの世から消されるかもな。」
ユウは相変わらず世間話をしているときと、なんら変わらない軽い口調。
「そりゃたのしみや。久しぶりに楽しめそうやな」
なんで危ないことに首を突っ込みたがるのか。
ケイには全く理解できない。
そんなケイの気持ちなど露知らず。
ポーカーフェイス名人のユウとゼルは共に口に薄い笑みを浮かべた。