第4話 使命
4話 使命
黒龍はユウの頭の高さを飛んでいる。
もう飛んでいるというか、漂っているようにしか見えないが。
ケイは笑いを必死で堪えながら黒龍を見ている。
「ムゥ…。」
黒龍はさっきの声と同じ声とは思えないほど可愛いソプラノで唸る。
まるでヘリウムガスが変声機を使ったような声だ。
ケイは、黒龍とふたりでいろいろと話してみたが、驚くことになかなか話の分かる龍で、さっきまで敵同士だったとは思えないほどにまで意気投合した。
今日の敵は今日の仲間ってか。そう思ってケイはまたクスクス笑う。
ゆっくりと詳しく聞きたかったのであえて肝心の人間に戻る方法については触れなかった。
そのあいだ、ユウはずっと口を閉ざしている。
そのユウがやっとの事でケイに対してゆっくりと口を開いた。
「…ケイ妹に会うか?」
ユウはつぶやくようにケイに言う。
「!会えるのか!?もちろん会うさ!」
興奮してたからだろうか。
ケイは悲しい眼をしているユウに気づくことができなかった。
2人と黒龍が向かったのはケイの妹、明日奈が通う中学校だ。
中学3年生の明日奈は美しい黒髪を持った周りよりも頭1つ背の高いかわいらしい少女だった。
あまり少女に興味を持たないユウでさえ、そのかわいらしさを認めざるおえなかったくらいだ。
3階の窓から見える明日奈の姿を見てケイは思わず叫ぶ。
「明日奈っ!」
だがその声は虚しくグランドにこだまするだけだった。
かなりの声で叫んだので十分聞こえているはずだが明日奈は笑って親しく少年と話している。
ケイはなぜ妹が嬉しそうに返事を返し、自分に飛びついてこないのかが分からなかった。
いや、分かってはいたが認めることができなかったのだ。
ケイは窓まで飛び、窓辺の席に座っている妹の横にある窓ガラスに両手を貼り付けてる。
2人の距離は30センチもない。ケイはもう一度小声で妹の名を呼ぶ。
「明日…奈?」
追いかけて飛んできたユウは困惑するケイの肩に手を置き、話す。
「ケイ、お前の声は人間には届かないんだよ…それに分かるだろう?人間にはアイブが人間だった頃の記憶はないし、姿も見えない。お前が今味わっている虚しさが…。」
「アイブたちの使命なんだよ…。」
もうケイとはかなり打ち解けていたので、ユウが言いにくいのを察した黒龍が言った。
自分の中で黒い渦が渦巻いている。
あらわしようのない悲しみ、虚しさ、嫉妬、怒り、喪失感――――
もう何を感じているのかも分からないっ!!
ただ全てがいい感情じゃないことだけは分かる。
こんなに近くにいるのに明日奈がとても遠い…。
長い沈黙の後、ケイはやっと言葉をしぼりだした。
「ぜ、絶対に人間に戻ってやる…っ!ケイじゃなくて黒森桂に…!!」
その声は非常に濁っており、とても哀れな声に2人には聞こえた。
それから3人は天界へと帰っていった。
天界に着くまでケイはずっと泣いていたが、ユウも黒龍も知らないふりをしていた。
ケイの唯一の役目であるワープの術も全てユウが唱えた。
天界に帰ってきた3人は黒龍を服の中に隠して『渋谷の龍は討伐し、完全に消滅した。』と嘘の任務の終了を自分たちの島の支所に報告して、ケイとユウの自室に戻った。
ケイとユウは1度も眼を合わせなかったし、言葉を交わすことも無かった。
黒龍もユウの服の中でただ黙っていることしかできなかった。
そう、自室に戻るまでは…。
「おぉ!おつかれさん〜久しぶりやなぁ〜2人ともぉー」
扉を開くとともにかん高い声が響いた。
シンプルイズベストの2人の部屋は黒と白で統一されており、モダンな雰囲気だ。
キレイ好きのユウのおかげで、いつもきれいにされている。
その誰もいないはずの部屋で1組の男女が優雅に紅茶をすすりながら机の上のクッキーを食べている。
滅多に動揺したりしないユウが口をあけてあっけらかんとしている。
ユウが驚いているにだからケイがそれ以上に驚いているのは言うまでも無い。
ユウが口をあけているのに対し、ケイは眼が泳いでいる。
「あらぁ♪相変わらず仲がいいのねぇ。」
関西弁の男と一緒にティータイムをしている女がくすくすと笑いながら言った。
「仲がいい!?俺たちが?」
ケイとユウは顔を見合わせた。
日本から今までお互いを見ることもなく、言葉を交わしもしなかった。
なのにいきなり顔を見合わせたので2人とも笑いがこみ上げてきた。
「…ぶ、 アハハ八八ノヽノヽノヽノ \!!」
緊張の糸がぷつりと切れた。
その日初めて2人は腹の底から笑ったのであった。