第18話 待ち猫
第18話 待ち猫
「バンパイアかぁ…」
ユウとクロからあらかたの事情を聞いたケイは腕を組んで唸なった。
だが次の瞬間、落ち着いた話し合いの空気が台無しになる様な凄い勢いで、ケイはユウに顔を近づけ、怒鳴りつける様に質問した。
ケイの行動のせいで、卓上のお茶がティーカップの中で波を打っている。
「てか、バンパイアって本当にいたのかよっ!?そんな面白そうなことなんで俺に教えてくれなかったんだよ!」
ユウはそんな相棒を見て顔をしかめた。
ケイがユウに顔近づけてけて話したため、相棒の唾が散って来たらしい。
ケイの顔を片手でグッと乱雑に押しのけ、ユウは人生最悪の日を迎えたような不機嫌面で答える。
「そんなこと何で一々お前に教えてやらなきゃいけないんだっ?だいたい、俺自身バンパイアに会ったことは無いんだから、話題に上ることなんて無かったろ!!それとも何か?『バンパイアって本当にいるんですか?』とでもいつも顔に書いてるつもりだったのか。悪いなぁ、全く気づかなかったよ。このクソボケの大間抜野郎っ!!」
ユウの毒舌にクロは思わず吹き出す。
ケイは何か言い返したいところだが、言い返す言葉も見当たらないし、この恐ろしく不機嫌な相棒に対抗する勇気も体力も無い。
従って今回は大人しく引くことにした。
「ははは…仰るとおりで」
「…お前、物分りが良くなるのはいいけど、すごい気持ち悪い。止めたほうがいいぞ」
「同感ー」
「なっ、気持ち悪っ…。お前ら2人揃って俺のピュアなハートを踏みにじりやがって!今、俺の心は海より深く傷ついたぞ!」
「じゃあ、ケイの心は地球よりも厚みがあるわけだ」
クロは天使のような可愛らしい笑みを浮かべた。
勿論、どう見ても確信犯である。
二人の集中攻撃を受け、分の悪くなったケイは行動に出た。
「あぁ…母さん、俺生まれて初めて真剣に人(龍?)に殺意が沸いてきたよ…」
ケイは遠い目をし、クロとユウから視線を逸らした。
そしてその方向に視線を定め、ぶつぶつと聞き取れないような声で独り言を始める。
これは、思い出に浸っているフリをして、この話題から離れようと言うケイの巧みな作戦なのだ。
昨日からユウに殴られることが多いが、普段のユウは余程急ぎの用事が無い限り、ケイを暴力でこちらの世界に連れ戻すことはなく、考えを遮ったりしないので今の状態で殴られることはまず無いとケイは踏んだのだ。
だが、ケイの作った故郷を懐かしむしんみりとした空気はユウの手によって一発で壊され、思ってもいなかった方法でケイは現実に連れ戻されることとなった。
「ケイ」
ユウに話しかけられてるのは分かっているが、ここで答えてしまったら作戦が台無しだ。
ケイはユウを無視して聞き取れない独り言を続ける。
「日本はそっちじゃなくてこっちだぞ」
ユウはケイが向いているのと90度別の方向を指差した。
「ええっ、そうなのか!?」
ケイは思わず口を開いてしまった。
このケイと言う少年は、極度の方向音痴であり、しかも頭も悪いため、相棒に教えてもらわなければ北も南も全く分からないのだ。
そして、そんなケイは部屋で故郷のことを考えるとき、必ずこの方向を向いていたのだ。
そんなケイにユウは馬鹿にしたような笑みを向け、鼻で笑った。
ここで、ケイは自分がユウの作戦にはまったことに気づいた。
「ユウっ、お前…謀りやがったなっ!!」
「お前が拗ねるのが悪い。大体、俺は謀なんてしてないぞ」
ユウは意地悪な笑みに磨きをかける。
ケイにとってはどんなに巧みな作戦でも、ユウには子供だましに過ぎないのだ。
「…じゃあ、やっぱり日本って…」
「だから、そっちじゃなくてこっちだって」
「うんうん」
ユウとクロはやはり90度別の方向を指す。
「嘘だろ…じゃあ、いつも故郷と別の方向を見ていた俺って…ホントに間抜じゃ…」
「今頃自分の間抜さに気づいたか。でも安心しろ。岬でいつも見ている方向はちゃんと合ってるぞ。」
その言葉を聞いたケイの表情はパッと一気に明るくなった。
「本当かっ!?えっと岬はこっちの方向だから…あ、ホントだ」
「単純なヤツだなぁ」
「やっぱりお前もそう思うか?あいつ、俺と組んだときからな―――」
ユウとクロはコソコソ話を交えながら一緒になってケイを見てクスクスと笑う。
「あーーーもうっ!!この話は水に流してやるから、話を戻そう!」
ケイは頭を抱える。
「水に流してやるって…話を戻したいと思ってるのはケイじゃな―――」
「黙らっしゃいっ!!お前らが何を言おうとも話は戻すからな!」
ケイはクロの言葉をかき消し、2人のほうを指差して宣言した。
クロはユウを見たが、ユウは呆れ顔で首を横に振っている。
ケイは本当に子供のような少年で、こうなったら何を言ってもダメだと言うことをユウはよく知っていたのだ。
「…ところで、バンパイアの生息地ってどうやって調べるつもりなんだ?」
ケイは机の上のチーズを頬張った。
ゼルのせいでまだ空腹らしい。
次々と食べ物を口に入れていくケイにクロはただただ驚き、ユウは完全に呆れている。
ユウの呆れている理由は2つあり、1つは本当に都合の良い切り替えの早さで、もう1つはこの食べっぷりである。
確かに今、ケイの顔はハムスターのように頬袋があるように見え、なんとも情け無い姿だ。
「そのことなんだが、お前がやれよ。俺は朝からぶっ続けでコレを読んでたんだぞ?休憩したって罰は当たらないだろう。方法は任せるからお前、クロと行って来いよ。あ、ついでにコレとお前の存在証明の本を返しておけよ」
ユウは手元の記憶の書をケイに投げ寄こした。
そのままケイの返事を待たず、自分のベットに倒れこみ、健やかな寝息を立て始めた。
「ケイ…多分ユウは―――」
「分かってるさ」
ケイがこの一方的な命令に何も言わず、大人しくしていたのにはちゃんと理由がある。
ユウが人前に出たくないと言うことはケイにも分かっていた。
人の視線が嫌いなユウの事をケイは自分なりに理解しており、そのことについて何も言わないことがケイの精一杯の優しさだ。
まだあまりユウのことを知らないクロは、そのことについてはなんとなく肌で感じており、そんなことを追求するほど子供でもなかった。
2人は意味も無く、顔を見合わせて静かに微笑み合った。
部屋を後にした2人は、ケイが昨日まで全く縁の無かった巨大な建物…図書館に来ていた。
ここに来た目的は、本を返すことは勿論のこと、ケイの知り合いのある人物たちに会いに来たのだ。
「うわぁ…でかいなぁ。アイブも出世したもんだ」
初めてアイブの図書館に入ったクロはその大きさに圧倒され、ただただ天井や周りを見渡している。
まるで初めてテーマパークに来てその大きさに驚いている子供のようだ。
目を大きく見開いているクロを見て、ケイは軽く笑ったが、クロの事をとやかく言えない。
きっと自分自身も昨日こんな顔をしていたのだろうと分かっていたからだ。
「アイブは相変わらず子供ばかりなんだな」
クロは来館者であるアイブたちをじろじろと見る。
『貴方のほうが余程子供だと思うんですが…』
と言うのが一般人の意見だろうが、クロの年齢を知っているケイでさえそう思う。
「アイブは20歳くらいで成長が止まっちまうからなぁ。でも中にはあんなんでも70代のアイブだっているんだぜ?」
ケイはしゃがみ込み、自分の腰までしか背の無いクロと視線を合わせて話す。
「それでも俺に言わせればまだまだ子供。赤ん坊に少し毛が生えた程度だ」
可愛らしい男の子は歯をむき出しにして笑った。
こうすると更に子供らしさが際立つが、話の内容との間に違和感を覚えれずにはいられない。
「なら、お前の言う大人なんてこの天界には一人もいないさ」
「確かにアイブには居ないが、他は――――」
クロは言葉を切った。
向こうから2匹の使い魔が自分たちに近づいてきているのに気づいたのだ。
そっくりな2匹の使い魔は猫のような姿をしており、足は幽霊のように途中で消えている。
真っ直ぐな背筋と手、そして知的な表情がこの2匹がただの猫ではないことを物語っている。
この2匹こそ、ケイとクロの待ち人ならぬ待ち猫なのだ。
「ケイさんじゃないですか。私どもに何か御用ですか?」
眼鏡を掛けた方の使い魔が丁寧に挨拶をした後、その使い魔の弟がケイとユウに椅子を勧めた。
本当に良くできた兄弟である。
図書館と言う上級の知能が高い使い魔しか勤められない場所で仕事をしているだけはある。
「昨日のことで何か…?」
眼鏡の使い魔はスーッとケイたちの目の前まで来て首をかしげた。
昨日。そう、この2匹に初めて会ったのは本当に昨日なのである。
この図書館の猫兄弟に。