第15話 穏やかな朝
第15話 穏やかな朝
窓から射す淡い陽ざしに射されてケイは1度ゆっくりと目を開けたが、眠気に負け、もう一度目を瞑る。
ケイは実に楽しい夢を見ていた。黒龍なるものが現れ、自分が人間に戻れる可能性を示すと言うとてもファンタジーな愉快な夢を。
また夢の入り口に立った、ケイの腹部に走った激しい痛みが、ケイを現実に引き戻した。
「っ!!」
ケイは痛みのあまり、無意識にベットの上で上体を起こした。
窓から入ってくる心地よい風にケイの長髪が軽くなびく。
天界は、全ての島に形の無いシールドが張ってあり、気候や天気をアイブが司っているのである。
なので殆どの日は快適な気候なのである。
ケイは自分のベットでもう一人茶色の髪の男の子が眠っていることに気づいた。
無論、黒龍のクロだ。その寝顔からは昨日ユウにつけられた傷は跡形も無くなくなっていた。
ケイは健やかなクロの寝息を聞いて安心した。
『あれは夢なんかじゃなくて、現実なんだ。・・・・そして、この痛みは昨日、ユウに食らわされたみぞおち右ストレートの痛みだなっ。』
ケイは腹部を押さえながら歯を食いしばり、サッとユウに顔を向ける。
いつもはケイよりも早く起きているユウだが、今日は珍しく、まだ隣のベットで静かに寝息を立てている。
その寝顔と言ったら・・・・・人形顔負けの美少年、いや美少女にすら見えてしまう。
ユウはたしかに綺麗ではあるが、本人の手前、見入るなんてことは普段は絶対にないが、いつもケイはこの寝顔にだけには見入ってしまう。
枕もとの小さな窓のカーテンが風になびき、そこから差し込んでくる光に答えるかのように銀色の肩にかかるほどの長さの髪が美しく輝いている。
そんなユウが小さく口を開いた。
「―――かが・・・・。」
眠っているユウがいきなり呟いたのでケイは人形が喋ったかのようにびっくりして、ベットから立ち上がる。
だが、これは寝言のようだ。盗み聞きはいけないとは思ったが、ケイは好奇心に勝てず、聞き耳を立てる。
「ケイの―――かが・・・・。」
ケイは、なぜか真っ赤に赤面してしまった。
彼の周りには女っ気が全く無い(ミラノ、アレは女なんかじゃないっ)ので、正直に言うとケイの周りで一番綺麗・・・・可愛いのは悔しいことに、この少年、ユウなのである。(こんな悲しいことがあるだろうかっ)
ケイはユウの寝言に自分の名前が出てくるとますます気になり、ついにはそっとユウの眠っているベットに座わり、再び聞き耳を立てる。今度こそ盗み聞きの準備は万端である。
ここまで近づくとユウの整った顔の長いまつげの一本一本まではっきりと見ることができる。
こんなに近距離で見ても、欠点1つも見つからないユウの優良な容姿に、ケイは改めて感心した。
ユウは男だが、赤面するほど可愛らしいのは相棒のケイですら認めざる終えない。
この小柄な美少年が本当にあの強力な右ストレートを自分のみぞおちに撃ったのだろうか・・・・。
だが、確かにケイの腹部はまだ少し痛む。
ケイがそんな疑いまで持ち始めたとき、彼の疑問に答えるような行動をユウが起こした。
ユウの寝言は、今度ははっきりとケイの耳に届いた。
これはもう寝言と言うか、叫びの部類だった。
「ケイの糞馬鹿がっっーーーー!!」
「えっ!な・・・くぉばっ!?」
ユウはケイの顎に容赦ない蹴りをお見舞いした。
ケイの最後の尾語は彼の意思ではない。ユウの蹴りが見事に顎に入り、舌を噛んでしまったのだ。
この変なやり取りのせいでケイのベットでぐっすりと寝ていたクロは目を覚まし、あっけらかんとしてベットの上から2人を見比べている。
ベットの上で状態を起こしたユウは低血圧のため、まだボーっとしているが、ケイの姿を見つけると、ゆっくりと口を開いた。
「・・・・ん?あ、おはよう。」
痛みのあまり、座っていたベットから転げ落ちて悶絶するケイに、強力な蹴りをお見舞いした本人が拍子外れの声で話しかける。
『なにかあったの?』とでも言う様にユウはポカンとした表情を浮かべている。
ケイは悟った。正真正銘ユウは、この瞬間起きたばかりなのだ。
証拠に、ユウはまだ視界のピントが合わず、目を擦っている。
あの罵倒も、強力な蹴りも全ては寝ぼけている間の無意識のうちの行動だったらしい。
意識があるうちの行動でもショックだったとは思うが、意識が無いうちの行動だったのは更にショックである。
ユウは愉快(?)なことに、寝ぼけていても無意識のうちに相棒をけなしていたのだ。
『この悪魔の寝顔に見とれたりした俺が馬鹿だったっ!』
幸いにも、他の2人はこの出来事については何も知らない。
ケイはこの事を自分の胸の中の中にしまっておくことにした。
寝ぼけたユウに蹴られて悶絶している。なんてかっこ悪いケイにが言える分けない。
ユウは相変わらずポカンとしたままだったが、しばらくして顔がシャキッとしてきて床でうずくまって悶絶しているケイを見て、得意の憎まれ口を叩く。
「・・・・お前、昨日食いすぎたんじゃないか?像も真っ青の食いっぷりだったからな。」
この状況を見たユウは相棒が腹痛を起こしていると判断したらしい。
ユウとクロは大いに笑っているが、恥ずかしい思いをしているケイは否定したくても、否定できない。
痛みに耐えるのに必死で反論する余力も無いのだ。
『くそっ!!ユウめ・・・・。』
非のつけようの無い容姿を持っているが、それを帳消しにするほど口が悪いのがこのユウと言う少年である。
結局ケイは食べ過ぎの腹痛と言う情け無い烙印を押されたが、寝ぼけた相棒に顎を蹴られた大馬鹿者よりは遥かにマシだ。
どうにか立ち直ったケイは、寝間着のまま昨日食堂からくすねておいた野菜や食パンで3人の朝食を作った。
キッチンはアイブの間では贅沢品であり、上級アイブの個室にしかないのだ。
・・・・・実はこの部屋は2人の自室と言うことにしているが、実際は上級アイブであるユウの個室なのである。
ユウと組んだ当初、ケイは成り立てほやほやの新米アイブであり、無論最下位のアイブだった。
個室が与えられるのは中級からであり、下級アイブは皆、狭い6人部屋を使っている。
だが、ユウは当時からこの上級アイブ専用の広い個室を持っていたため、ケイはそこに転がり込んだのだ。
そのまま居心地がよくなってしまい、ケイは新しい部屋には移らず、そのままこの1人では広すぎるユウの部屋で2人、仲良く(はないか)暮らしている。
ユウは人前に出ることを極度に嫌い、殆ど食堂に行かないので、ケイはいつも食堂から食材を貰ってきてこの部屋で料理を作っているのだ。
元々母子家庭だったケイは、料理は嫌いじゃなかったので、今ではプロですら舌を巻くほどの腕前だ。
ケイが慣れた手つきで目玉焼きを3つに分け、食器に盛っていると、シャワーを浴びて目が覚めたユウが声をかけた。
「お前、まだ昨日俺が殴ったところが痛むんだろ?全く、ひ弱なヤツだ。クロに見てもらえよ。こいつ治癒能力を上げる術が使えるんだ。」
そう言って、タオルで髪を拭きながらユウはケイに昨日痛めたはずの左手を滑らかに動かしてみせた。
ケイが調理している間に治療してもらったらしい。ケイはそんなユウを少し見直した。
『俺のこと心配するなんていいトコあるじゃん!一言余計だけど。・・・あれ、なんでこいつ殴られたところが痛むって分かったんだ・・・・?』
ケイはタンクトップ姿のユウの顔を見る。
そんなケイの疑問なんてお見通しのユウは答える代わりに、馬鹿な相棒に不敵な笑みを作ってみせる。
付き合いの長いケイにはそれだけで十分すぎるほどよく分かった。
『こいつ俺が腹痛なんかじゃないって分かってたのかよっ!!』
クロは意味が全く分からないので、ベットに座って大きく首を傾げるばかりだ。
ケイはなんだかとてもバツが悪かったが、痛むものはやはり痛むのである。
素直に調理を中断して、クロの隣に座って言う。
「じゃあ、頼むよ。」
「よし、1回100円な。」
クロの冗談に皆が少し笑った後、クロはベットから降りて少しかがんでケイの腹部に小さな両手を当てる。
クロが短いルーンを詠唱し終わると一瞬柔らかな青い光がケイを包み、消えた。
外見からは何も変わったようには見えないが、痛んだ腹部が全く痛まなくなり、ポカポカと温かい。
「はい、終わり。具合にもよるけど30分くらいで患部の発熱も熱治まるよ。」
「ありがとよ!」
ケイが微笑むとクロもあどけない幼い笑顔を返してくれた。(まあ、クロのほうが年上なんだけど)
「俺なんか5分で収まったぜ。」
壁にもたれて腕を組んでいるユウは、左手を軽く振ってみせる。
「お、お前が5分なら俺は3分だっ!!」
ケイは無意識に馬鹿な宣戦布告をしてしまった。それを一番後悔したのは言ってしまった後の本人である。
このケイと言う少年は実はかなりの負けず嫌いなのだ。
ユウ以外の人物に負けを認めたことの無いほどだ。
だが、今回はその性格が裏目に出ることとなった。
クロはケイに対して、呆れ顔を浮かべながらゆっくりと朝食の並べられた食卓の席につき、ケイに言う。
「・・・・おいおい、そういう問題じゃなくて・・・・こんなところで張り合っても意味無いだろう。」
「同感。」
クロに続いて食卓についたユウが自分の発言に大いに後悔しているケイに追い討ちをかける。
ケイは顔を茹蛸のように真っ赤にして、そのまま部屋の端に膝を抱えて拗ねてしまった。
この少年は見かけはちゃんと16歳だが、中身はどうなのだか。
それから、ケイはどうしようもない後悔の念と恥ずかしいのとで、穴があったら入りたい気持ちでしばらく部屋の端で丸まっていたのだが、あとの2人はせせら笑いをしながら部屋の端のケイを完全無視して、朝食に舌鼓を打っている。
ケイは無性に腹が立ったので、つかつかと食卓に向かい、椅子が2つしかない(2つとも占領済み)ので立ったままで自分の作った朝食をすごい勢いで頬張る。
この気持ちを晴らすには食欲しかないと思ったらしい。
普段はこんな些細な事で食欲に走ったりはしないのだが、昨日からいろいろありすぎてケイはかなり混乱しているのだ。
ユウとクロは顔を見合わせて、また笑ったが、ケイはそれにも気づかないほど食欲に走っている。
朝食を全て平らげ、やっと落ち着いて団欒を楽しんでいた3人のところに1人の女性が訪ねてきた。
この人物のせいで、平和な団欒の楽しい時間は一瞬で崩れた。
女性と言えばアイブの知り合いの仲ではあの人だけである。
いつも通り、ゴスロリのフリフリとした服に身を包んだミラノが、ノックもせずにミサイルのような勢いで部屋に突入してきたのだ。
ケイとユウ、そしてクロの唯一の共通の弱点であるこの女性は今、不動明王も真っ青の恐ろしい形相をクロを除いた2人、つまりケイとユウに向けているのである。
クロは『とばっちりを食らわないうちに・・・・・』と言う感じに急いで席から立ち、ケイが拗ねていた部屋の端に急いで避難する。
『裏切り者ーーーーっ!!』
とケイとユウはクロを見たが、クロはわざとらしくよそ見をして、優雅に口笛など吹いている。
いつかの仕返しのつもりのようだ。だがケイとユウはクロを責める気にはなれない。
自分がクロの立場だったらまず助けたりはしないからだ。
それに、クロは部屋の隅にいてもやはりミラノに怯えているのだ。
ケイは諦めて、さっきまでクロが座っていた席につき、ユウと向かい合う。
向かい合った2人とも無理に笑顔を作ろうとしているが、ポーカーフェイスを得意とするユウですら笑顔が強張っており、体が小刻みに震えている。
ユウがその有様なのだから、ケイがそれ以上なのは言うまでもない。
一様口は笑っているが、引きつっているし今にも泣き出しそうな顔をして体を震わせている。
この2人を一瞬でこんなにしてしまう恐怖の女王が口を開いた。