第13話 岬に佇む少年
第13話 岬に佇む少年
もう少しで岬に着くので、ケイは回想を打ち切り、足を速めた。
足を速めると、明日奈と歩いた桜の蕾が膨らんだピンクがかった通学路を思い出す。
最後のに過ごした2人の時間を。
目的地である岬の先端が段々見えてきて、ケイは驚いた。
自分たちの特等席のベンチの前に誰かが佇んでいるのだ。
近づくごとにそのアイブの全貌が見えてきた。
動きにくく、今時誰も着用しない制服を着込み、髪の毛を全て帽子の中にしまいこんでいるケイと同い年ぐらいの少年のアイブだ。
そのとき、図書館の猫型使い魔の弟の言葉を思い出した。
「ああ!『記憶の書』ですね?運が悪いですねぇ。滅多に借りられることのない本なんですがこの図書館にある1冊はついさっき、帽子を深くかぶった制服を着た人が借りていきましたよぉ。」
『制服に帽子?ちょっとまてよ!あいつ、もしかしてあいつ、図書館の使い魔が言ってた記憶の書を借りたアイブじゃないか!?』
気持ちが昂ったケイはさらに岬の先端に向かう自分の足を早める。
そのアイブが掛けている眼鏡のレンズが月光を受けて白くなっているようにケイの居る場所からは見える。
そのせいで顔はハッキリとは見えない。
そして小柄な少年の左手には古い1冊の本が抱えられている。
『間違えない。』ケイは確信した。あいつが記憶の書を借りたアイブだ。
ケイは少年を観察するのをやめ、走るのに専念する。
『俺にはあの本が必要なんだ。何としても手に入れなくては。ひとまず説得はしてみるが場合によっては・・・・・・。』
ケイは確かに、周りに居るアイブには脳も戦闘能力も劣るが、とても弱いと言うわけではない。
ユウもゼルもミラノも上の中にランクされる上位アイブなのだ。
ケイも中の下と言う決して弱くは無いポジションにいる。
比較するケイの周りにいる人物たちが悪いだけで、全体から見るとケイは決して弱いほうのアイブではないのだ。
ましてや相手は自分と同い年ぐらいの少年、ケイは年齢の割にはかなり上の位にいる。(そう言うとユウなんか年齢の割りに超超超上の位なのだが。)
従ってユウ以外の同年代の少年になんて負ける気が全くしない。
それにあのアイブはどこから見ても完璧な頭脳派にケイには見える。(要するにがり勉タイプだ)
頭じゃ負けるかもしれないが、腕っ節の強さではあの細身のアイブになど決して負けないだろう。
そう思っているうちに、ケイは少年のいる岬の先端まで到達し、足を止めた。
「うるさいな。折角の静かさが台無しじゃないか。」
帽子の少年は相変わらず下を流れていく雲を見つめながら淡々と話す。
ケイなど振り向いて話すのにも値しないと言っているかのようだ。
『この糞餓鬼がっ!』(餓鬼と言っても同い年ぐらいだが。)ケイは唇を噛み締めたが、今すぐにでも殴りかかりたい衝動と体を抑えた。
まずは口で説得してみよう。でもそれでダメだったら容赦はしないが。
ケイはわざと軽い口調で話しかけた。
「あ、悪かったな。ところでもしかして君が図書館で記憶の書を借りた人?」
「そうだったらなんだと言うんだ。」
ケイはもう少し補足して、どうにか本を譲ってもらえないか頼むつもりだったが、少年はそんな時間を全く与えず返事をしてきた。
少年はやはり雲から視線を逸らさないが、左手の本の表紙をケイに向けて軽く持ち上げた。
間違えない。ケイの求めている記憶の書そのものだ。
ケイは唾を飲み込む。
「少しでいいから読ませてもらえないかな・・・?」
「やだね。何の義理があってお前に本を見せなきゃならないんだ。」
さっきと同じ、ケイに補足を入れさせないほどの即答だ。
『初めて会った人物に何と言う物言いだっ。位は俺の方が上(多分)なのだか普通はお前が俺に対して敬語を使わなきゃいけないところだぞっ!!』
少年に対しての怒りはケイの許容範囲を楽々と超えてしまった。
交渉決裂。今すぐボコるっ。
ケイは自分の本をベンチの上に投げて、少年の後姿に向かって思いっきり殴りかかる。
ケイの目には少年の頭に自分の拳がヒットしたように見えたが、肝心の拳には全く手ごたえがない。
そこにいるはずの少年の姿が陽炎のように揺らいで消えた。
ケイが捕らえていたのは少年の残像に過ぎなかったのだ。
いつの間にかケイの背後に移動していた少年がケイの耳元でそっとつぶやく。
「おいおい、乱暴だなぁ。それに動きが遅いぞ、技の切れも無い。」
少年の言葉を全て聞き終える前に、ケイは肘鉄を放ったが、そこにあったのはまた少年の残像だけ。
なにか術を使おうかとも思ったが、前にこの少年と同じ、光速を誇るアイブと手合わせをしたことがあり、詠唱が間に合わないことをケイは悟っていた。
そのとき、少年がケイの正面で立ち止まった。
月光が逆光なので、少年の顔は暗くて、全く見えない。
だが、口元がケイを馬鹿にしているかのように微笑しているのだけははっきりと見える。
苛立ったケイは少年の細い足に向かって力一杯の足払いを放つ。
だが、やはり空振りになった。
少年は華麗に高さのあるバク転でケイの足払いをかわし、手すりの上に見事着地した。
体操選手でもこんなにきれいに手すりに着地はできないだろう。
ましてや、ここは失敗したらそのまま地上まで直行の岬の先端だ。
飛べるとはいえ、恐怖が無いわけではない。
その恐怖をふまえてこのバク転を決めることができるとは。
ここに少年の場数の多さを感じることができる。
「これはまあまあだな。んー・・・・30点。」
少年が火に油を注ぐ。ケイはこの少年の言動の全てが気に入らない。
少年はよけるばかりで、ケイに対して全く攻撃してこないし、するつもりも無いのだ。
その証拠に彼の左手には今もケイの狙いである記憶の書が抱えられている。
この態度が人を馬鹿にしているようでますます気に入らない。
『こいつ!!ぶっ殺すっ!』
ケイは怒りに任せて少年の顔面めがけて拳を放った。
だが、感情的になっているせいで動きが単調で読みやすくなってしまっている。
少年は眉1つ動かさず、体を捻らせただけで簡単に避けてしまった。
ケイは避けられたと分かっても怒りに任せていたため、攻撃に勢いがついてしまい、止めることができない。
次の瞬間、ケイは空中にいた。勢いあまって手すりに足が引っかかり、そのまま柵を越えてしまったのだ。
いきなりケイに恐怖が押し寄せてきた。
『落ちるっ!!』
ケイはすっかり混乱してしまい、自分が飛べることすら忘れてしまっている。
完全にあきらめ重力に身を任せてしまい、グッと目を瞑る。
だが、誰かの手がケイの腕を抱きつくように掴んでいるため、落ちずに済み、ケイは今宙ぶらりんになっている。
おそるそる目を開け、顔を上げたケイが一番最初に見たものは闇を裂く純白の翼だった。
少年がすばやく動いたため、ずれてしまった眼鏡が少年の顔から離れ、ケイの横を落ちていき、すぐに雲の中に消えて見えなくなってしまった。
続いて風にあおられて少年がかぶっていた帽子が飛ばされ、帽子にしまいこんでいた銀色の髪が風になびき美しく煌く。
月光に照らされ、宝石のような瞳を持つ、自分が戦っていた少年の顔がくっきりと見えた。
少年は整った顔を歪め、怒鳴る。
「なにやってる、死にたいのかっ!重いからさっさと翼を出せ。」
「ユ、ユウ!?」
今まで戦っていた少年こそ、ケイが手合わせしたことのある高速を誇るアイブ・・・・・ユウ本人だったのだ。