第12話 ケイの岬への道
第12話 ケイの岬への道
記憶の書を借りていったのは誰なんだろうか。
アイブの制服を着ていたとあの使い魔は言ってたけど、制服なんか真面目に着ているアイブはとても少ない。
まあ、その少数派の中に相棒のユウと、ゼルは属しているのだが。
アイブの制服は丈が膝まであって、長くて暑いし、おまけに肘まで隠れるポンチョを上に着るので余計動きにくい。
俺みたいなアイブは動きにくかったら死ぬ可能性がそれだけ増えると言うことだ。
だが、俺も馬鹿ではない。
身の程を弁えてちゃんと動きやすいようにブーツにズボンをしまい込み、上は黒いタンクトップと言う俺としてはこの上なく動きやすい格好をしている。
さて、1冊は本も借りれたことだし落ち着いて読める岬にいくことにしよう。
岬って言うのは昼に俺が考え事をしていた場所だ。
片道徒歩で10分もかかる1本道を通らなきゃあそこにはいけない。
従って静かだし、眺めもいい、しかも誰も来ない。
最初はユウが気に入って寛いでた場所だったんだけど、ユウに引っ付いていくうちに俺も気に入った。
アイブは長距離移動の際、飛んで移動するやつが多いけど、俺は歩くほうが好きだ。
ということで俺は今、岬に向かう細い1本道を歩いている。
ちゃんとりっぱな手すりが道沿いについてはあるが、もしここから『普通の人間』が落ちたら間違えなく即死だろう。
まあ…俺も2年ほど前まではその『普通の人間』だったんだけどな。
俺が歩くのが好きなのは、人間だった頃を思い出すし、なんだか今でも自分が昔と全く変わらない『普通の人間』なのじゃないかと思えるからだ。
普通の人間は言うまでもなく、翼もないし飛べもしない。
でも今の自分は悪魔のような翼を持つ、一般人から見る『化物』と言う存在だ。
『そんなの酷いだろ!』とは思うが、仕方が無いのだ。
アイブになる前までの俺はアイブを『化物』と認識したのだから。
そう、アイブになるあの日までは…。
母が再婚し、俺に義父ができた。
明日奈は2人をとても祝福していて、2人をお父さん、お母さんとして歓迎している。
俺もずっとシングルマザーで俺も育ててくれた母を本当は心から祝福しなければいけないのだろう。
母は、『男性とのかかわりは一切なかったのに、気づいたら俺を妊娠していた。』
と俺には話している。
でも、子供と言うのは男女がいて出来るものだというのは子供でも分かる当たり前のことだ。
だからそんなことがありえるわけがない。
母を疑いたくはないが、疑わずにいられないのが人間の嵯峨だ。
ましてや、それが自分の実の父の事ならばなおさら。
『自分が母の女性としての人生を壊し、幸せを奪ってしまった。』
俺はずっと自分を責め続け、自分を産んでくれた母に感謝するとともに、常に母の幸せを1番に考えて暮らしているはずだった。
でも、母が結婚し、女性としての幸せを取り戻すことが出来たのに、内面、母を祝福出来ていない自分がいる。
別に義父の事が嫌いなわけではなく、むしろ俺にも優しく接してくれるとてもいい人だと思っている。
そう。義父と母には何の問題もないのだ。問題があるのはこの俺自身の心。
…明日奈は関係ない。明日奈はもう、俺の妹として完全に割り切っているのだ。
「桂、明日奈、今日から学校ね。折角同じ学校だから2人とも一緒に登校しなさいよ。それにほら、最近色々と物騒じゃない?」
母は心配そうに、テレビの『連続殺人事件』の特番を指しながら俺たちに言う。
「わかってるよ、明日奈、行こう。」
「うん!」
明日奈はかわいらしい笑顔を浮かべ、素直に俺に答えてくれた。
「お母さん、いってきまーす!」
「じゃあ、行ってくるな。」
俺は母に心配を掛けたくない一身で満面の笑顔を無理やり作る。
俺の出来のいい作り笑顔になど全く気づかず、母は笑顔で俺たちに手を振る。
学校に向かう大通りは桜の蕾が膨らみ、全体がピンクがかっている。
俺は今日から中学2年生だ。
学年が変わると同時に苗字も新しくなる。
今日からは母の再婚相手の男性の苗字を名乗ることになるのだ。
俺たちは今、人通りの多い大通りをゆっくり歩いており、明日奈は俺から少し遅れて歩いている。
「ああああぁぁ!!」
いきなり明日奈が奇声をあげたのでびっくりして一気に背筋が伸びた。
俺は、母が心配していたように不審者に会ったのかもしれないと思い、急いで振り返えり、明日奈を見る。
だが、良かったことに明日奈は俯いて固まっているだけだ。
「ふぅ…そんな声あげて、いったいどうしたんだ?」
俺は安心して肩を落としてから、明日奈にゆっくり歩み寄りながら聞く。
「と、時計が止まってたの!たいへん!もう遅刻しちゃう時間だぁ!!」
「えええ!!」
俺たちはまだまだ時間があると思い、景色を楽しみながらゆっくりと通学していたのだ。
だが、言われて見ると沢山いるはずの同じ中学の制服を着た学生が、もうこの大通りには1人もいない。
俺は決して真面目な生徒ではなかったが、流石に新学年になってしょっぱなから遅刻はしたくない!明日奈がいるならなお更だ。
そのとき、大通りから伸びる細い抜け道が目に入った。
この道は人が全く通らず、俺がいつも遅刻をしたときに愛用(?)している近道だ。
説明する時間も惜しいので、俺は何も言わず、急いで明日奈の手を引き、その近道にはいる。
間に合うだろうかっ。
そんなことを思いながらぜ明日奈の全速力に合わせて走っていると、何の前触れもなく、俺の握っていた明日奈の小さな手が俺の手の間をすり抜けていった。
明日奈がこけた。
「明日奈!大丈夫か!?」
俺は急いで振り返り、無残にもうつむきに倒れている妹に手を差し出した。
だが、明日奈はうつむきに倒れたまま、ピクリとも反応しない。
反応する代わりに、明日奈の周りに赤い水溜りがゆっくりと広がっていく。
最初はそれがなんだか俺には理解できなかった。
いや、信じることが出来なかったのだ。
明日奈はこけたのではない。
証拠に明日奈の心臓の辺りに大きな穴が貫通している。
これは血だ。血溜りなのだ!しかもこの血液の主は明日奈だっ。
「明日奈っ!!」
俺は無我夢中で明日奈を抱き起こす。
明日奈は瞼を閉じ、苦悩の表情を浮かべ、全く動かない。
当たり前だ、明日奈の心臓があるべき場所には大きな穴が開いているのだ。
そのとき、俺の右頬に痛みが走った。
触って確かめてみると、一筋の切り傷が出来ており、明日奈の比ではないが、血があふれ出している。
右頬の痛みとともに俺に恐怖がはしる。
顔を上げると明日奈の向こうに血で真っ赤になっている何かがいる。
俺は思わず腰を抜かした。
体がなく、角の生えた顔が浮いているのだ。
いや、無いように見えるだけのようだ。こちらに向かってくるごとに徒歩をする人間と同じように真っ赤な返り血を浴びた顔が揺れている。
どうやら血の掛かったところしか俺には見えていないらしい。
明日奈の血を浴びた顔が悪魔のような笑みを浮かべる。
『逃げなきゃっ!!』
そう思ったが体はただただ震えるだけで、全然言うことを聞いてくれない。
その間も悪魔がゆっくりと近づいてくるっ。
これが今朝特集でやっていた人間の連続殺人鬼だったらまだいくらか希望が持てただろうに。
『もうだめだっ!!』
俺が絶望した瞬間、悪魔の笑顔がいきなり強い苦痛に歪んだ。
そして、苦悩に歪んだ顔は座り込んでいる俺の横に倒れ、砂が風で飛ばされていくように消滅した。
「大丈夫か?」
凛とした声が俺の耳に響く。
その声に答えて顔を上げると、そこにはさっきまでいなかったはずの顔全体を覆う仮面をかぶった金色の髪の黒い翼を持つ化物がいた。
化物と言っても、黒い翼以外は普通の外人となんら変わらないので、明日奈を殺したやつよりはかなりマシだ。
それに、左手に黒い血液のような液体がこびりついた剣を持っている。
どうやら、こいつが俺を助けてくれたらしい。
俺は明日奈を抱えた手の震えを懸命に抑えながら答える。
「俺はな…でも明日奈が…!」
俺の言葉を聞いて仮面の男は俺の腕の中の明日奈の亡骸に目を移す。
男は少しうつむいて悲しい声色で言う。
「そうか…。間に合わなくて悪かったな。」
その言葉が引き金になって安堵間と一緒に明日奈の死に対しての悲しみの涙が込み上げてきた。
明日奈を抱きかかえたまままだ温かい体からどんどん体温が無くなっていくのを感じる。
そんな俺を男はしばらくみおろしていたが、やがて、口を開いた。
「ところでお前、10代だよな?」
「へ?」
聞こえていたがあまりにも場違いな質問に俺は思わず聞き返してしまった。
「年齢だ。10代だよな?」
「え!?…もう少しで14だけど…。」
『妹の死に涙する兄になんでこんな質問をするんだ!』
と怒りを覚えたが、どう考えてもこの20代そこそこの男も人間ではなく、化物だ。
俺は無理やり怒りを抑えたが、次の男の言葉を聞いたらそんなものはどこかに吹き飛んでいた。
「じゃあ、資格は有るな。お前、妹を生き返らせたいか?」
男の言葉に俺は即座に答える。
「当たり前だろう!!頼む、妹を…明日奈を助けてくれ!」
「…お前、自分がこの世から完全に消える覚悟はあるか?」
それから男は口早にアイブの制約について細かいところまで全て語った。
「俺と共に天界に行くか?」
仮面の男は漆黒の翼を道一杯に広げながら俺に手をさしのばす。
アイブになんかなりたくない。
でも、明日奈を生き返らせるためなら俺は手段を選ばなかった。
少しためらいがちに俺は男の手を取った。
その瞬間、目の前が真っ白になった。
次に目が覚めたとき、そこはさっきの悲劇があった通路だった。
だが、明日奈の亡骸も血のあとも見受けられない。
「妹は学校に行ったぞ。」
仮面の男が教えてくれた。
よかった…明日奈は生き返ったんだ。
そう思って胸をなでおろしなのもつかの間、俺は自分の背中に違和感を覚えた。
長いかみに何かが引っかかる。
「おめでとう。これでお前も晴れてアイブだ。」
恐る恐る俺は自分の背中を見た。
そこにはさっきまで、自分が化物扱いしていた仮面の男と同じ、一対の漆黒の翼があった。
こうして俺はアイブになった。