続・荒野の軍事探偵 (8)
「テオアゲロ」と片言の日本語が、発動機の立てる爆音にもまけずに響いた。
何事かと慌てて顔を上げる作業者に、様々な拳銃が突きつけられる。こういった場合、小銃よりも拳銃の方がかえって威圧感を与える場合がある。
真ん中の巨体が、ブローニング中型拳銃を構えながらたどたどしい日本語で話しかけてくる。ポケット拳銃かと一瞬錯覚するほどかわいらしく見える。
日本から派遣された作業者たちも、ブローニングは日本陸軍の将校が好んで購入する類いの拳銃なため見慣れている。そのため、その拳銃がいつでも撃てる状態で引き金に指がかけられている事に気がついた。
そして、教えられている。このような場合は抵抗が無意味なので即座に手を上げて降伏の意図を示せとも。元々は無抵抗の民間人を押しつけることで時間稼ぎをすると言う、実は非人道的な発想からきている。ソ連軍《赤軍》では全く効果無さそうだが、中華民国軍《国民党》相手だと元々一部の選抜部隊を除き戦意が低いことと相まって想定よりは効果があると言われている。
その為、その辺りの対応は馬賊も心得ている。武器を持っていない事だけ確認すると、邪魔にならないようてを上に上げた状態で明後日の方向に走らせ、追っ払った。
「首領《親分》には悪いが、良い機会だ。ぶっ潰させてもらう」
大男は、その厳つい顔をゆがめるようにして笑い顔を作った。
T34中戦車はその威圧感とは裏腹に、案外背が低い。独蘇の戦車に対抗する為、無理矢理90式野砲を搭載した九七式中戦車が、文金高島田と揶揄されるほど背が高いのとは好対照だ。其の分居住性が、小柄な日本人兵士を前提とした日本戦車と比較しても、お世辞にも決して良いとは言えないレベルではある。だが、事戦闘力に関してだけ見るとピカイチだ。
そんな強力な中戦車を援護するようにして歩兵に向けて機関銃を撃つ豆戦車と装甲車。
擲弾筒の集中運用の餌食となった一台の豆車が脱落している。独軍ばりの収束手榴弾には向いていない日本製手榴弾だが、擲弾筒でも使用可能という特質を生かした火力の集中により、一方的な蹂躙から逃れ、逆襲さえしている。だが、それでも機甲部隊とさえ呼べる強力な存在である事には違いなかった。
実際、歩兵支援用として開発された訳では無いT34だが、その防御力の高さから盾として使用する分にはおそろしく効果が高い。歩兵部隊が運用する速射砲や山砲では有効打どころか叩鉦程度にしかならない。音自体は除夜の鐘並に派手ではあるが。
現に、野砲の銃架を改造した台に乗せられた、航空機用として陸軍で採用された重機関銃の五〇口径《12.7mm》弾も軽々とはじき返している。いくら空気信管式と呼ばれる上空からの攻撃であれば車体を蜂の巣にすら出来る新型弾頭を用いているとは言え、その丸みを帯びた分厚い装甲の前には全て弾き飛ばされ全く歯が立たない。
蹴散らされて散開し、なんとか側面を狙い攻撃を仕掛ける。
そんな中を、一台の九四式小型乗用車が現れた。流石に正面から向かってこそいないが、斜め前方からせっかくの運動性と機動性を生かすこと無く一直線に向かっていく。
強大な存在に向かう小型自動車は、馬賊にして見れば風車に立ち向かうドン・キホーテにしか見えなかった。
そのため、爆風が車からあふれ出した時も、精々煙幕を張ったのだろうというくらいの感じで。煙幕が張られると同時にその走破性に優れる小型車が、逃げるようにして急旋回《Uターン》を行ったため、その印象は更に強まった。
だがその直後。
煙幕の後ろ側から正面に向かって進んでいた一本の煙の槍が、敵に立ち向かう騎士の騎馬槍のごとく中戦車に突き立てられた。
そして、弾頭は見事に車体に当たり、履帯に命中。いくらT34が被弾性に優れた形状を採用してても、比較的大きな弾頭は履帯と本体の間に入り込み鋼板の堅さに負けて一気に先端部が変形し、そして……履帯と共に転輪が吹き飛んだ。
同時に、手に刺突爆雷《対戦車槍》を持った衛兵たちが歓声とともに一斉に飛びだし、T34の側面に向けて放った。
同時に砲塔から吹き上がる炎とともに、コサックからは驚愕の罵声が飛び交った。
悪い情報は重なるものか。泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目。そんな言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。
彼は立場上研究所の警護責任者であったが、同時に自分がそういった職務に向いていない点を自覚していた。本来の彼は嫌われることの多い憲兵隊出身で、こういった戦闘行為《荒事》より警邏や警護の計画、更に言うと防諜が主な仕事だっただけに、ある意味当然だ。
だから補助戦力による増援なのか戦力の逐次投入なのよく分からない状況となっている。
そもそも施設の護衛が主なので、馬賊対策として騎馬や自動二輪車の類いは対応可能だ。乗用車やトラックに簡単な装甲を施した相手は想定して対策しているものの、軽戦車や豆戦車ですら厳しい。
本来は別の組織で実施されている実地審査用の先行開発品まで転用してなんとかしているのが現状で、現場の兵士には頭が下がる思いだ。先ほども、T34を屠ったという情報が飛んできたところだ。
これで、一息つける。そんな矢先。
「大変です、奴ら独戦車を持ち出しました」
「全戦力を投入しろ、後先考えるな」
ノックも無しに飛び込んできた兵士に対して反射的に叫んでいた言葉に、自分自身で驚いた。
「畜生!」
運転席から、低い罵り言葉が聞こえてくる。横を向くまでも無く誰だか分かるし、反対側を向くまでも無く理由も分かる。まさか、T34が一撃で屠られるとは想定外も良いところだ。
ロケット砲だろうか、激しい爆煙がそれを物語っている。だが、単なるロケットでは無いだろう。成形炸薬《ノイマン効果》を用いた対戦車榴弾《HEAT》の可能性が高い。猿まね上手と揶揄されているだけではすまないのが連中《日本軍》の嫌らしいところだ。なぜか、模倣では無く独自の変更を加えてくる所為で、性能面では劣っていても対処に困ることが多い。無能では無いが言われた通りするだけの国民党精鋭との戦闘で示されたとおりに。
そんなとき、首領が忌々しげに言葉を吐き出す。
「全く、やはり戻って指揮しないとダメか」
まさに首領がハンドルを切ろうとした瞬間。
今までよりも更に激しい音がとどろいた。
思わず振り返るピエトロが見たのは、戦車に馬賊を乗せた独製重戦車だった。更に、中戦車や突撃砲も続いている。だがそれ以上に恐るべきは、最後尾に続く、1号対空戦車と言える。
首領の、狂気を帯びた笑みにびくりとした瞬間、冷や水を浴びせるような声がかけられる。
「あんたも同じ顔だぞ」
整備された歩道を走る訳にもいかず、ヘイミッシュは双眼鏡を片手に荒れ地をかけていく。状況確認のため、時折停まって双眼鏡を使い戦況を見渡すが、正直、どう見ても混沌としすぎている。
最初こそ戦術に興味があった。小部隊同士の小競り合いでは全く無かった。甲部隊《戦車部隊》の猛攻を歩兵部隊でいかに食い止めるか、同時に歩兵部隊による戦車の弱点を突いた攻撃にいかに対処するか、教本に記載されても不思議無い、ともに見事な動きだった。
更に、あの新兵器。
ロケットか無反動砲か。自走砲にまさるとも劣らぬ速度で展開し、敵を撃破したと言う事実もだが、いくら距離が近かったと言え揺れる車中からの発射にかかわらず見事に敵に当てている点も興味深い。対戦車戦の常識が根本から覆る可能性が高い。
いずれかは不明だが、日本軍は少なくても実用可能な段階に到達していると言う事で、ひょっとしたら戦車の側には敵が使用する事を想定した対策すら織り込んでいる可能性もある。
次になぜ馬賊がこのような策に出たのかに興味が移った。実のところ、既に研究所は何度か襲撃を受け、確かに規模の小さな馬賊達とはいえ、都度壊滅に近い状態に追い込んだ上で撃退している。
確かにアムールコサックを名乗る集団は、下手せずとも正規軍以上に思える。だが、研究所を守るのは、世界大戦《The Great War》で悪鬼のごとく恐れられた近衛衛士達の末裔だ。兵力もしくは火力に頼った殲滅か、機動力を生かした分散くらいしか活路が無いのはわかる。
だが、目的が見えてこない。
基本馬賊の目的は、物資の略奪で言い表せる。商家や農村や必要なら軍隊から、食料であったり、金品だったり、場合によっては武器だったり。希に、一見必要の無い軍を襲うこともあるが、大概それは別の仕事をやりやすくするといった目的がある。
ヘイミッシュは、はっとした。まるで、あえて混沌とさせている様では無いか。
そして、思い出す。満州に来る途中に見た資料の中に挟まれていた写真と、仲間達の与太話を。
気づいた瞬間、先ほどのようなジグザクでは無く一直線に走り出した。
西には、馬賊の狙いが全くわからなかった。
周囲からの機関銃弾をT34で防ぎつつ、装甲車やどうやら追加装甲を施されたと思しき豆戦車で歩兵を責め立てる。時には、あえて隙と思しき状況すら作りだし、こちらを釣ろうとする。
米国製弾丸《30-06》を使用するまだ本国でも行き渡っていない新型機関銃は、普通弾薬であっても豆戦車の軽装甲であれば貫通できるだけの能力を持つ。とは言え、T34相手では徹甲弾であっても全く歯が立たない。そしてこの時期において走攻守のバランスが最も良いと言っても過言で無い中戦車に守られた後方で、ブリキよりマシとはいえ一応の装甲を施された装甲車と豆戦車で警備兵を牽制する。
警備兵の持つ騎兵銃は口径こそ7.62粍と小銃弾の6.5粍よりも大きいが、いかんせん火薬の量が桁違いに少ない為、簡単な装甲でも弾かれてしまう。元々が基地の警護を目的に、短機関銃よりも高威力かつ小銃よりも扱い携帯火器として米国で開発された軽火器だから、ある意味当然であった。
幸い、怪物《T34》は新兵器で屠ったモノの、豆戦車や装甲車は健在だし、騎馬による各欄も継続している。その上、現れた鹵獲戦車。
だが、同時に奇妙でもあった。目的が見えてこない。
統制のとれた動きを行う敵に対し「奴らは何をしたいんだ」と独りごちる。
「そうですね、世界的にも先端とされる研究所で何を求めるか」
そんな不知火の言葉に、彼は先ほど見た書類の一つを思い出す。
確か原子物理学に関する書類で、アインシュタインの相対性理論に基づく、原子核の分裂により発生する巨大な熱量を利用するというもので、確か表題は……
満州に来るまでは建前だと思い込んではいた目的、自分を派遣した安田中将がそもそも委託した内容を思いだして思わず大きな声を出す。
「ウラン爆弾」
なぜ戦車とは違う方向に向かうのか得心する横で、ご明察と言われたような気がした。
キューベルワーゲンの助手席に据え付けられた機関銃の弾薬も、残り一缶になった。
MG34は車載機関銃として用いる場合には航空機用機関銃《MG15》で使用される箱形の弾倉を使用可能で、その場合素早い交換が可能となる。だが、弾倉を使用するためには専用の部品が必要で、そのため空軍でしか運用されない。それがあるという事は……
そのとき、遠目に、荷台を押している人影が見える。それまでの思考を一気に切り替える。だが、切り替える一瞬の間、思わず人影を凝視した。
ピエトロの挙動を見て「なるほど」と首領はうなずいた。運んでいる箱らしき物に例の資料は入っているのだろうと当たりをつけたのだ。
そして、同時に背後で響く轟音に対し、バックミラー《リアビュー》を軽く一瞥する。
「おい、魔女のばあさんも気を取られてる頃だ。そろそろ良いのじゃないのか」
首領の問いかける言葉に「確かに」と返し、軽く頭を振ってから人影が向かっている一つの建屋を示した。
「日本兵どもを蹴散らすのも良いが、やはり仕事が先だ」
首領が戦闘に酔う事無くいてくれるのは、良いことなのか悪いことなのか……
少なくともピエトロはマシな方だと考える事にした。流石に、本当の目的に気づくことはあるまい。
魔女の大釜からは湯気が立ってきた。
注) 今回登場した、無反動砲で使用された弾頭に関する補足
今回使用された弾頭では、通常の成形炸薬弾(HEAT)がモンローノイマン効果を使用しているのに対し、角度設定が事なっていたために爆薬レンズ効果による自己鍛造弾となっていました。
(円錐形なのに対し、深い皿程度の角度だった)
この結果、履帯で信管が作動したにもかかわらず転輪を吹き飛ばすだけの威力を保持していますが、同時に装甲を貫通出来るだけの貫通力は持っていません。
対して、対戦車槍の方は、結果として円錐形条が深くなっている為に貫通力が高く、側壁を破った後車内の弾薬の誘爆を引き起こし、結果砲塔が吹き上がるほどの破壊力を示しています。