続・荒野の軍事探偵 7
西は、階段を飛び降りるようにして駆け下りると、玄関に向かった。戦闘服と勤務服をかねる利点の一つだが、そもそも事務仕事からの緊急事態などあっても困るのも事実。なんとも無理矢理良いとこ探しをしている気分にもなる。
走りながら、陸軍の教本を拡大解釈して、拳銃の遊底を引いて弾薬を薬室に装填しておく。この旅行用にあつらえたFN社製ブローニング拳銃は、一般的に好まれる三十二口径《7.62ミリ》よりも一回り大きな9ミリをあえて選択したのだが、さすがに装甲車相手だと五十歩百歩だったなと苦笑する。
馬賊急襲の放送の後しばらくして、警報は停まっていた。なぜならしぱなしで無いのか不思議な気もするが、そんなものかとも思う。多分、ここまで本格的な襲撃など受けたこともないだろうから。
「さすがですね」
突然、玄関横から声がかかる。不知火と名乗っている、近衛将曹補だ。
何だと誰何する前に「丁度良かった、こちらです」と、有無を言わさぬ口調で正面玄関とは異なる方向に向かって走り出す。見ると、乗ってきた九四式小型乗用車が、いつでも出発出来る状態で停めてある。
西は勢いにのまれたまま、後に続きかけだした。
キューベルヴァーゲンの助手席にあつらえた銃架に、いつの間にか載せられていた独製汎用機関銃《G34》の円筒形の弾倉を装着しながら、ピエトロはドイツ本国でもまだ完全に配備が終わっていない最新鋭装備が早くも裏世界に流れている事実をかみしめ、改めて正面を向いた。
日本軍の軽機関銃と比べかなり発射速度《回転数》が早いため狙い撃つ以前に三点射撃も慣れが必要という問題もあるが、そもそものコンセプトが異なる。早い発射速度により重機関銃としても使用可能な軽機関銃とも、軽量化によりにより軽機関銃としても使用可能な重機関銃とも、どちらとも言える。だがそんな事は些細なことで、殺傷能力の向上もあるが、機関銃の目的である『敵を地べたに這いつくばらせる』と言う用途にかなった銃で、今この場で使用するにふさわしい火器であった。
運転席に陣取った首領は、時折手に持った大型自動拳銃を振り回しながら、どこを攻めるか指示を出し続ける。馬や自動二輪にまたがった馬賊は、指示に合わせて散開と集合を繰り返し、的確に狙ってくる日本軍の攻撃を搔い潜る。
ピエトロは、的確かつ臨機応変に指示を与える首領の横で、汎用機関銃の引き金を絞る。
そろそろ潮時か。
『日本人に教育してやれ』と言う言葉に、教育されなければ良いがねとつぶやいた。
馬賊の攻撃は、恐ろしく連携がとれていた。戦車があっても、統率されていない只の馬賊であれば、それを盾に進むか逆に全く好き勝手に暴れるかのどちらかになる。そういったことが一切無く、さすがに一糸乱れぬとは行かないまでも、それなりに意思を感じさせる動きを行う。それは、首領が指揮官としても指導者としても優れていることを示している。
通常の馬賊であれば、分隊規模以上の正規の軍人相手に正面から戦って勝ち目は無い。倍以上あれば、馬の機動力を生かし攪乱することも可能だが、同程度であれば馬の機動力を持ってしても練度と火力ですりつぶされてしまう。元も、通常の警備兵であれば正規兵と比べ練度も士気も全く足りない場合がままあり、同数であっても打破できることもある。しかし、精強を持って知られる近衛軍配下の警備兵ともなると、事情は異なる。彼らは、実のところ、国境警備隊の予備兵力で有り、近衛の訓練部隊で有り、第一連隊の後方再編部隊で有りあった。
だが、火力を前面に出し、なおかつ鉄馬と鉄牛《装甲車》の機動性を十二分に生かした采配は、第二陣の機関銃を用いた十字砲火を十分に耐え、ついには突破しようとしていた。
そこに現れたソ連戦車《T34》はある意味決定的打撃を与える事になる。
本来歩兵支援用に設計されている訳では無いが、その亀の甲羅を思わせる鋳造砲塔と前面の分厚い装甲により、機関銃の弾丸は完全にはじかれる。同時に、後ろに控える馬賊により、最終手段とも言える収束手榴弾を発動機にぶつける手段も使えない。
だが、大戦争《WW1》において敵味方問わず粘り強いと称された『近衛』の名を許された部隊は、その名に恥じぬがごとく全く諦めていなかった。いや、もっと正確に言おう。大戦争で『諦めが悪い』とまでいわれた通りの戦いを行っていた。
侮蔑の意味すら込めて自動狙撃銃と呼ばれる日本製機関銃から吐き出される三十口径弾は、的確に戦車の弱点である登場口や運転手覗窓、上部覗窓を狙ってくる。欧米の機関銃と比べ発射速度《回転数》が遅いのは伊達では無い。
その攻撃で沈黙する豆戦車と装甲車。
だが、T34は日本軍の攻撃を見事に耐えきる。元々、満州での攻防の結果生産が前倒しされた戦車だけあって、此の手の対策は可能な限り装備側で対応している。赤軍の大粛清により有能な軍人が激減したと言う理由もあるが、それがこの場合馬賊には有利に働いた。多少雑でも勝手に弾をはじいてくれる。欠点である通信の弱さや居住空間の劣悪さも、短期間の単体運用となれば大きな問題となり得ない。
情況はさらに混沌としてきた。
双眼鏡で見ながら、馬賊の動きを守備隊は恐ろしく巧妙にいなしている事に気がついた。強力な敵が現れた場合、どうしてもそちらにばかり気を取られるが、守備隊は恐ろしく連携がとれた動きで戦車をいなしつつ馬賊を防いでいる。その一方、馬賊の側も戦車という強力な兵器に頼るのでは無く、むしろそれを囮に自分らの持つ強みである機動力を存分に生かし四方八方から襲いかかっている。どちらも通常以上の士気と指揮と志気を持つが故のこの状況は、とても馬賊と警備兵《番卒》の戦いには見えない。
この前の戦争でも滅多に無い、高い戦術レベルの戦いが繰り広げられている。教本を書き換えるまでは行かないだろうが、新たな事例として載せても良いくらい高度な攻防を、正規兵よりも一段劣るとされている連中が行っている。
兵器くらいしか得るものは無いと考えていなかったが、どうやら間違いのようだ。それ以上に、実に興味深《面白》い状況に、彼の頬は自然と緩んできた。
「使い方、わかりますよね」
無茶を言うな、いきなりそんな太い管を渡されてどうしろと言うのだ、と言いかけて、西は黙り込んだ。
あまりに簡素な作りのその筒には、簡単ながらも銃把と肩当てが付いている上に、「安」「発」と白い塗料で書かれている。さらに、照準とおぼしき突起まであっては、わからないと答えることすら軍人の矜恃から言い出しづらい。
「ただ、後ろからすごい爆風が飛び出すので、人がいないことを確認してから使ってください」
その言葉に、西は最近研究が進んできた兵器の予想図を思い出した。
「噴進弾か」
確か、ロケット弾が直進するための筒と点火するための引金があるだけの簡単な構造だったはずだ。この渡された筒同様に。
「いえ、似ていますが違います。これは反動を爆風で逃がしています。噴進弾は、海軍仕様の大口径が優先されているので」
答えは異なっていた。だが、存在自体は知っている。「無反動砲と言うやつか」
確か、英国とドイツで、それぞれ開発に成功したという話があったはずだ。中国を新兵器の開発場と認識しているドイツがいつ国民党に渡すのかと言った話題で一時盛り上がったことがある。案の定とも言うべきか、列強に後れを取らないよう開発が進められていたらしい。相変わらず近衛は仕事が早い。
戦車は、一般に思われている以上に起動は遅い。始動装置もT型フォードにも搭載されていることから当たり前のように思われているが、乗用車以外だと案外搭載されていない。いくらクラッチを切った状態でも、超重量物を動かすだけあって、それなりの力が必要だ。
だが、その半地下倉庫におかれた戦車は、始動装置によって起動された状態で停まっていた。数人の、何やら紙綴を持って話し合う技術者だけ残した状態で。
「どうだ、アレは搭載可能か」
「いや、無理だ。デカいとはいえ、さすがに発動機の大きさまで小型化は出来ていない」
「こんなデカいんだから行けると思ったんだがな」
「ほとんどが装甲板で、むしろこのくらいの(エンジン)では馬力が不足してる位だ」
「装甲板をアレに変えるか?」
「それなら1から作り直した方がマシだよ」
「だが、逆に言うとすごいな。アレなしでこんなごつい戦車作り上げるなんて」
彼らの耳には、警報の音は届いていなかった。起動時の轟音にかき消されて。
「全く、せっかく用意したのに」
最新式の脚輪付台車を押しながら、そこに大量に乗せられた資料を見てぼやく。だが同時に、その資料の重要性も十分認識している。
認識はしているものの、その真価を理解しているかと言われると疑問符が付くことも, 多田博士系と呼ばれる事がある地質学含む地球力学系統の研究者である彼は、同時によく理解していた。
正直、中間子の存在がどうの力場には回転が云々いわれても、全くのところちんぷんかんぷん。
連名の責任者となったのは大慶油田発見の功績とも呼ばれるが、地質学者としての多田教授の能力は決して低くは無い。だが、さすがに一方の仁科博士は別格と呼ばざるをえないのが正直なところだ。
軍の基準から考えるとあまりにも悠長に構えているようにさえ見えるが、研究所員達の基準で見た場合は、警報が鳴ってからの時間を考えると、極めて短時間で準備できている事になる。それ故、研究所員の基準で見ると、並べ方等で不満が多々あった。後で並べ直す事を考えると、あまりにも乱雑だ。彼も机の上は乱雑でも、こういうところだけはきちんとしておきたい類いの人間だった。
魔女の大釜が半ば開かれた。