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続・荒野の軍事探偵 6

 据え付けで無く台車キャスター付きの黒板がおかれた会議室は、講義でもあるかのように、正面に向かってきれいな列を作って配置されていた。案内してくれた、研究所の守衛に、机が無ければ、記者会見ですするのかと言いたかった位だ。

 いくら安田中将スポンサーの代行とはいえ、仰々しすぎる。一体何事だろうと思っていると、教壇に相当する黒板のそばの机に守衛は腰を下ろすように慇懃だが有無を言わせず告げてくる。

 そしてすぐに理由はわかった。守衛が去るのと前後して、ぞろぞろと研究所の職員らしき白衣の人間が現れ、軽く頭を下げると同時に机に書類入れ(ファイル)を置き座っていく。どうやら、休暇仕事のつもりだったのは自分だけで、周囲は監査を兼ねていると思い込んでいるようだ。

 確かに、気づいてみればある意味当然な結果といえる。この研究所設立時、陸軍省が研究委託の名目で相当な額を援助している事は、海軍が下田の海洋資源研究所に対して実施している支援とともに、逆に官民共同研究と宣伝すらされているほどだ。そんな中、陸軍の将校が軍務省の名代としてやってきたのだから、むしろ『すわ、監査に来たか』と考えて当然とさえいえる。

 ようやく思い至った事実に苦笑を浮かべながら、渡された資料ファイルを素早く読んでいく。陸軍で五輪選手オリンピックアスリートがもたらす一般的印象(脳筋イメージ)とは異なり、実際のところ彼はそれなりに事務仕事はこなせる。確かに、得意と言えるほどでは無いが、報告書すらため込ほど酷くも無い。もっとも、それくらい出来なければ官衙勤めの武官(国家公務員)などやっていけない。彼とて、曲がりなりにも官僚機構(伏魔殿)の一員なのだ。

 ただ、と彼は考える。少しだけとは言え、米国や独国で見かけた、洗練された(スマートな)内容説明プレゼンテーションと比べ、どうにも野暮ったいというか垢抜けにと言うか、もっさりとした印象が拭えない。どんとおかれた資料を読まされているから余計そう感じるのかも知れないが。

 ただ、内容の要旨要約サマリーだけを纏めて後は都度説明という方法スタイルは悪くない。せっかくの方法論アイデアを、全く生かせていないという問題を除けば、だが。いくらサマリーで纏められていても、都度紐綴じの書類を都度すべて見る羽目になったら、本末転倒と言う言葉こそふさわしい。

 そんな事をつらつらと考えながら資料を覗いていると、一つの名前が飛び込んできた。

 何だ、と書類に目を移した瞬間。

 轟音が辺りにとどろいた。


 最初に気がついたのは誰だったか、今となってはどうでも良い事だ。たぶん、彼で無くとも誰かが気がついていただろう。単車や側車、|オート三輪にまたがり轟音をまき散らしながらやってくる集団なら、気がつかない方が不思議なくらいだから。軟鉄をガス溶接で取り付けるという簡単な装甲を施されたトラックや、そのままでも装甲車がわりになると冗談交じりで言われる米国製大衆車も混じっているならばなおさらだ。

 そして、その後ろに続く、鉄牛《豆戦車》達に至っては、戦争を始める気なのかと問いただしたいほどだ。

 なので、単に位置が近かったから、それ以外に要因を求めても仕方が無い。

 それよりも、これからどうすべきか。考えるよりも先に体は動いていた。


「ヒャッハー!!」

 特徴的な米国製短機関銃トミーガンを振り回しながら景気づけに上げた雄叫びが、周囲を支配した。よほど気に入ったのか、周囲の配下《馬賊》がマネをして、同様の雄叫びを上げる。

 元々、ただでさえ発動機エンジンの音でうるさかったのが、さらにうるさくなる。

 目的の研究所まであと少し。

 そのときになって、研究所から警報音が響き渡り、同時に周囲に巧妙に設置された拡声器スピーカーから声が響き渡る。

 日本語と英語と満州語と最近は呼ばれる中国言で、発砲の警告が告げられるが、当然のごとく無視し、突っ込んでいく。

 だが同時に、首領は身振り手振りで装甲車と米国製乗用車を先頭に出す様指示をする。弾よけとして使うつもりだろう。だが、同時にあまり近づきすぎないように、それと真後ろには付かないよう指示をしていくのを見て、ピエトロと呼ばれる男は首領に対する評価を少しだけ上方に修正した。単に腕っ節が強いだけでは無いと思っていたが、どうやらそれなりの知識(戦術眼)も持っているらしい。なんとももったいない拾い物だ。

 だが、それも一瞬。中国国民党軍から鹵獲かっぱらって来たらしき、独でもまだ正式に採用していない試製不整地走行用軽乗用車キューベルヴァーゲンの助手席で借り物の米国製騎兵銃《M1カービン》をもてあそびつつ、前方に意識を改める。

 近代的。そう称する以外の表現を拒むかの威容がそこにあった。富士山フジヤマを模しているとも称される、葛飾北斎の浮世絵(富嶽三十六景)を思わせる独特の姿シルエットは、最初に来るそれまでの常識を破られる拒否感さえ超えてしまえば、確かに美しくもあった。

 そして、思ったよりも早く、警備兵らしき人影が銃とともに現れた。手には、国境警備を任務とする近衛軍で採用された他、最近では満州国軍にも採用された警備用の短機関銃を持っているらしい。短機関銃と言っても、拳銃弾で無くピエトロがもてあそぶカービンと同じ弾薬を使用しており、小銃と比べると短いとは言え射程距離も長い。そのため、思ったよりも早く反撃が始まる。近衛の国境警備隊とさえ比べなければ十分に訓練されたと言える警備兵達は、警報音サイレンの中、的確に反撃を加えてくる。

 だが、彼らの奮戦をあざ笑うかのごとく、一台の装甲車の側面に設けられた銃眼から短くて太い筒が突き出された。そして、おそらく銃身であろうそれから周囲の騒音にかき消されつつもポンという柔らかい音とともに大きな弾丸が発射され……はじけた。

 どうやら馬賊相手に絶大な効果を誇る日本軍の擲弾筒を鹵獲かっぱらっしたらしい。通常の手榴弾だけで無く専用の弾薬を使用する事で威力か射程の増大がはかれる八十九式の様で、本来山なりで使用する弾頭が水平に近い角度にもかかわらず飛翔している。

 そして弾頭は、警備兵の目前で爆ぜた。爆風により一気に広がる鉄片。訓練の成果で咄嗟に頭を下げた警備兵達だったが、降りかかる鉄片を避けることも出来ずにただ這いつくばることしか出来ない。

 一般に怪我人を含む損傷率が4割を超えると全滅という。全滅したら師団お代わりなソ連軍ほどでは無いが、皇軍兵士も比較的継戦能力が高いことで知られている。だが、さすがにほぼ全員が何らかのけがを追った状態では戦闘云々以前の問題だ。榴弾等による破片から完全ではないものの身を守れるとされる防御服と呼ばれる装備を一応しているが、それはあくまで離れたところで炸裂した破片を防ぐだけで、さすがにほぼ水平と言っても良い射撃による破片は、直撃に近い位置にいた警備兵など致命傷を免れただけでも行幸と言える。

 どうやら精強でも知られる近衛軍に属する警備隊らしく、そんな状態にもかかわらず反撃を行う兵もいた。とは言え、すでに全滅判定がでている様な部隊では奇声とともに気勢を上げて迫り来る馬賊(コサック)どもを止めるすべはすでに無く、精々神仏に祈請するくらいが関の山だ。

 だが陸軍の基礎研究を委託していると半ば公表されてい施設だけ有り、最新鋭の精鋭を配備している様で、対応は迅速だ。直ぐさま増援が現れる。見ようによっては戦力の逐次投下になるが、防御戦だけに仕方の無い部分がある。むしろ、第一陣もそうだが、孫子の言う最小限の戦略的妥当性である『兵は拙速を聞く』だけは守っているとも言える。

 最初に反応した警備兵が突発的な馬賊の襲撃に備えた短機関銃《SMG》程度の火器しか持たなかったのに対し、第二陣は携帯できる火器としては強力な軽機関銃を持ってきた。馬賊の装甲車は、荷台に圧延鋼板を貼り付けただけの簡易装甲車とは言え、拳銃弾では全くお話にならない。小銃弾でも、日本軍の主力である三十八式歩兵銃や改良型のでは車の姿勢次第でははじくことが可能だ。豆戦車であれば、軽戦車よりもさらに薄い装甲とはいえ、最近改良された徹甲弾に対しても通常の交戦距離であれば確実とまでは言えないがほぼはじくことが可能だ。いや、仕様書の上で(カタログスペック)は貫通される事もあり得る、と言い直しても良い。だが最新式の九十九式軽機関銃は満州ユダヤ自治区の共同警備向けに日本でも生産が始まった|三十口径スプリングフィールド《30-06》弾を使用している。開発中だった7.7ミリ口径の新型弾を廃止して採用されただけ有り、従来の三十八式歩兵銃で使われている三十八年式実包《6.5ミリアリサカ》よりずっと強力だ。もっとも強力すぎて、未だ小銃用として採用する踏ん切りがついていないと言う、笑えない情況もある。

 その情況も、後から付いてきた機甲車両の出現により情況は一変する。

 戦車として見れば快速な部類に分類されるとは言え、豆戦車と比べるとやはり機動性は大幅に劣っている。そのため、少し遅れてきたのだが、それが馬賊の側に功を奏した形の増援となった。

 うなる重低音とともに現れたそれは、対人用の榴弾をいきなり放つ。かなり近距離で炸裂するよう設定されていたらしい榴弾は、あたかも巨大な散弾銃のごとく破片を巻き散らかす。

 誰かが叫んだ。


『連中、T34持ち出しやがった』

 双眼鏡を覗きながら、ヘイミッシュはうなるようにして言葉を吐き出す。そのためか、普段は全く気づかせない、俗にスコットランド訛りと呼ばれる音が現れていた。

 だが、同時に興奮もしている。

 本来赤い星が描かれていたとおぼしき側面は、日本軍お得意の迷彩色で塗りつぶされている事から、どうやら日本軍か満州の防衛軍《国軍》が鹵獲した戦車を再鹵獲し(くすね)たらしい。日本陸軍の戦車

 ソ連の最新鋭戦車に関しては、噂でこそ聞いているが、未だ融和主義者《チェンバレン派》の勢力が上回る英国では、独蘇が日本を媒体とした間接的な戦車開発競争に突入したことはさほど重要視されていない。香港やシンガポールこそ重視しているが、いまとなっては英国の東アジアへの興味は半減以下になっている。最近勢力を伸ばしてきている戦争屋《チャーチル一派》にして見ても、むしろ中国もソ連(ロシア)も満州で日本と争ってくれる分、南《香港》への関心が薄れ丁度良い程度の認識だから大差ないと言えるのだが。

 だが、情報部《SIS》は別だ。

 俗にMI6とも呼ばれるそこは、どんな些細な情報であろうとも集め分析する。特に今の長官は、彼自身分析能力が高いこともあり、情報を広く収集《悪食》する傾向が強い。

 彼らは、独蘇は表向き友好関係で有り直接的な戦闘経験こそ無いが、同時に潜在的には不倶戴天の敵対国と呼べる間柄だ。基本、両国はイデオロギー対立(同属嫌悪)からの反目を内蔵している。そして、何より、共産主義コミュニズム全体主義ナチズムも、その体制から軍との親和性が高い。

 結果、両者は直接戦闘しているほどの早さこそないものの、平時とは思えない勢いで戦車開発競争に邁進した。間に入ってなんだかんだで対応せざるをえない日本にして見れば、良い迷惑であったが、情報部として見れば実にありがたい。東アジアは全般的にその傾向があるが、防諜意識が薄い。それでも性悪説が根底にあるとしか思えない大陸住人《漢民族》や根底が事大主義者《長いものには巻かれろ》の半島人以上に、特に人の良い日本人は全く良いカモだというのが、英国情報部の非公式見解だ。とても、明石総督を産んだ、ニンジャの国とは思えないほどに。

 だがそんな事はどうでも良い、ただの情報でしか無い。国王陛下の諜報員であるヘイミッシュは、英国人として初めて実際のソ連製戦車の戦力を見る事の意義を理解していた。ライカの望遠レンズでも厳しい距離だが、双眼鏡なら問題無く細部まで確認出来る。

 確かに、最近開発された独戦車よりも攻撃力も防御力も数値上は見劣りする。だが、日本軍兵士サムライ達が恐れる戦車がそれだけのはずは無い。

 双眼鏡を覗く灰色の瞳が、ぐっと狭まった。


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