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続・荒野の軍事探偵 5

 演習地に設けられた泥濘の向こうから、ドイツ製発動機の力強いうなり音と共に、国民党軍から鹵獲されたばかりのドイツ製現主力戦車(四号戦車E型)が出現すると、思わず西は見入るように身を乗り出した。

 なるほど日本軍の主力である九七式中戦車チハだけでなく、共産軍に支給され始めたソ連製最新鋭中型戦車(T三四)も視野に入れているだけのことは有り、旧型(D型)に対し七五ミリの主砲が車両の前端ぎりぎりまで伸ばされている。

 その後ろからは、最新型駆逐戦車(三号突撃砲D型)が、対戦車砲戦車特有の低い姿勢で戦車の陰に隠れるように進んでくる。四号戦車よりもさらに強力な四二口径七五ミリ砲を採用しているために、こちらは車両から砲身が飛び出している。四号戦車にも搭載されるだろうと予想されているが、今のところは取り回しを優先したのか、突撃砲にのみ採用されている。

 いずれの車両もドイツ戦車標準の暗灰色(ドゥンケルグラウ)で、中華民国(国民党)国籍識別マーク(青天白日)をかき消した跡が見て取れる。

 そして、最後にそれまで以上の轟音を立てて、一回り以上も巨大な鋼鉄の塊が現れる。これまでの三号戦車や四号戦車と決定的に異なるのは、見る人を威圧するかのごときその巨体だ。そして、今までの戦車砲が豆鉄砲のように感じられるすさまじい轟音がとどろいた。

『日本製の戦車ごときに敗北するとは何事か』とすさまじい剣幕でまくし立てる総統閣下ヒトラー自ら指示で、試作三五トン重戦車(VK36.01(H))の改良型として急ぎ開発された虎号重戦車(ティーガー)は、そのすべてが圧倒的だった。

 昭和六年に樹立された中華ソビエト共和国《中国共産党》に対して開始した囲剿戦と、その結果発生した西遷により延安に逃げ延びた毛沢東率いる中国工農紅軍《中共軍》に対し、ソ連は直接軍事支援を実施せざるを得ないと判断。余剰となった豆戦車《T27》を貸与した。豆戦車とはいえ、歩兵に対しては十二分な威力を有する。国民党軍もソ連製戦車に対抗するため、中独合作に頼ったドイツから、一号戦車とともに当時の最新鋭軽戦車《二号戦車》を運良く購入。豆戦車よりも一段強力な軽戦車の出現に、国民党側の士気も上がった。

 ヒトラーのプレゼントとも気まぐれとも言われるこの新型軽戦車に気をよくした国民党軍は、突然北進し満州に攻め込むが、元々訓練用として開発された二号戦車は、一号戦車より格段に強化されたとはいえ、主砲自体二〇ミリと小型で装甲もごく薄い。当初日本軍が満州南部に配備していた九四式軽装甲車《TK車》に対しては砲力で押し勝ったが、続いて到着した九五式軽戦車《ハ号》との正面からのぶつかり合いでは、お互い紙装甲と言うことも有り三七ミリ砲に比べ機関砲の手数の多さで当初は対抗出来た。だが、快速と連携を生かした機動戦に持ち込まれると練度の差で全く歯が立たなかった。

 問題は此の後だった。二号戦車事態は訓練戦車と実際は割り切っていた独にして見れば、はなからわかりきった結果とも言え、三号戦車を中核とした機甲師団編成推進派に力を与える結果となる。だが中独合作での軍事協力を、スペインに次ぐ軍事教練の場とナチスドイツが設定したことから歯車が狂い出す。最新鋭主力戦車(三号戦車E型)を少数とはいえ売却したのだ。

 彼らは、九五式を日本軍主力戦車と勘違いした。そしてそれは数の上では正しい。ただ問題は、ソ連軍との度重なる紛争(ノモンハン事変)により鍛えられた九七式中戦車《チハ車》が存在したこと、それに対抗するのはドイツ人でなく中国人という点だろう。T34の傾斜装甲を打ち破るために九五式機動野砲を改造し搭載された九七式七粍半戦車砲は強化されたとはいえ機動性を得るために比較的薄い三号戦車の装甲を簡単に貫き、T34の主砲(76.2ミリ砲)をなんとかではあるが防げる中空装甲スペースドアーマーを|四六口径三七粍戦車砲では貫けなかった。

 それ以上に、国民党軍の苦戦を知り背後から襲撃(火事場泥棒)してきた新型ソ連製戦車(T34)を主体とする工農紅軍(中共軍)に、全くなすすべもなく蹂躙されてしまた。

 ヒトラーの胸の内にはすでにソ連への侵攻計画があったのかもしれない。ソ連戦車よりも性能の劣る日本戦車に対してすら全く歯が立たないなど論外と感じたのかもしれない。

 だが、その結果出現した戦車は圧倒的だった。

 これまで一番強そうに見えた、T34がまるで子供の様だ。最も中戦車と重戦車を比べてもまったく無意味だし、機動性という点から見ればタイガー戦車は正直ほめられたもので無い。

 だが、それでもこの戦車には見るものを圧倒するものがある。

 現在日本の主力戦車である九七式中戦車では、新砲塔型であっても正面からの撃ち合いでは的にしかならないであろう。重装甲で知られる英国の主力であるマチルダ2歩兵戦車やフランスのB1型戦車でも一撃で打ち抜かれてしまう。米国の主力であるM3中戦車(リー)などは、最初から論外と言うしかない。現在試験中の次期主力戦車(チへ)でも真正面からでは明らかに分が悪い。

「兵器の性能差だけが戦力の決定的差では無いと言え、ここまで差があるとは」

 事前に最新鋭の戦車を鹵獲したという情報を得た西は、打ち合わせの前に演習場を視察を組み込んでもらった。

「武器が違います」と、いつの間にか隣にたっていた、不知火と名乗る近衛士官が言葉を続ける。

「新型の八八粍砲は、十町《1.1km》先の九七式を打ち抜きます。

 装甲も、四号なら七五粍で十分対抗ですが、こいつには全く歯が立ちません。

 何とか新型七五ミリ高射砲を転用することで対抗できる位ですね。

 ああ、もちろん九九式は対抗可能ですが」

 お互い、苦笑としか言いようのない表情を浮かべる。何のことは無い、九九式高射砲とは鹵獲したドイツ製高射砲(Falk18)のコピーだ。

「かって、ソ連戦車《T34》は化け物か、と思ったものだが、ドイツはそれ以上みたいだな」

 未だくすぶる満蘇国境紛争《満州事変》で対面した蘇連戦車が、最新鋭の九七式中戦車チハの放った三八口径五七粍(九七式)対戦車砲を跳ね飛ばしながら進撃してきた姿を思い出す。あのときは、ソ連陸軍(労農赤軍)の連携が悪い点をついて離帯を狙って動けなくする事で何とか撃退した。だが、機動防御を行うための空間スペースが確保できない場合については、想像すらしたくないというのが本当のところ。

 だがそんな思いとは裏腹にそうでもありませんよと言い切ると、言葉を続ける。単なる近衛かと思ったがどうやら開発局とも絡みがあったらしく、技術的な知識があるようだ。

「はっきり言えば、T34より思想的には遅れていると言えます。

 海軍さんの傾斜装甲もかくやと言うソ連戦車と比べるのは何ですが、それでも装甲がほぼ垂直です。ですが、厚みが最大で三寸五分(約10mm)もあるので、よほど強力な砲で無いと。豆鉄砲もいいとこです。

 砲も下手すれば二十町、ようは一海里《約1.8km》先から鉄板をぶち抜けるんだからいやになりますよ。

 とにかく、すべてが一回り以上強力なんですよ。まさしく陸上戦艦ですね」

 足の遅いところも含め、と嫌みを付け加えるあたり、海さんみたいだなと偏見を含め思いつつ、西はたずねた。

「最も効果的な対処方法は何かな」

「全員源氏になる」

 一瞬意味をはかりかねたが、気づくと同意に「いくら何でも、それは」といって苦笑した。実際あながち間違いとも言い切れないだけに、全員に白旗を持たせるなど全く洒落にならない。

「冗談はさておき、離帯(キャタピラー)を撃って動けなくするか、運転席ののぞき穴とか車載機銃の基部を狙って撃つとかですか。

 どちらにせよ、砲の精度も劣るのに全く難儀なことです。積極的に打って出ることは無理ですね」

九七式中戦車(チハ)試製中戦車(チホ車)は無理でも次期新戦車(チヘ車)ならどうだろう」

「そうですね、主砲を長砲身に換装し増加甲も一五町(1.6km)以上であれば何とか持ちこたえるでしょうから、機動力を生かせば運次第では何とかなるでしょう」

 西洋人風に、わざとらしく大げさな仕草で肩を竦めると、不知火は用があるので少し離れるが、しばらくこの場で見学していてほしい旨伝え、足早に建物へと向かう。

 西は、今度は反対方向から現れた長砲身五〇粍砲搭載の三号戦車を凝視しながらうなずき返した。


 首からかけた最新式のライカを周囲に向けると、男は丁寧に周囲を撮影していく。コンタックスよりも安価なので其の分交換レンズに回せるのが助かるところだと思いながら、時折鞄からレンズを取り出して交換していく。

「よい被写体がありますか」

 突然、後ろから声をかけられ慌てて振り向くと、少し離れたところから日本軍の近衛将校が近づいてきた。一瞬身構えそうになるが、単に写真を撮ってるだけでどうのこうのと言うことにはならないはずで、実際近づくにつれて相手が笑顔を浮かべていることからもとりあえずは敵対の意思がないことを伺い得る。

「まだ、全く殺風景なところなので、あまり面白くも無いでしょう」

 上手いとはお世辞にも言えないが、それでも十分理解できる英語で話しかけてくる。どうにも日本人と言うやつは、年齢も性別もわかりにくいなと思いつつ、ライカから手を離し、笑顔を浮かべる。

「いえ、親戚に実業家がて。今度北京に派遣されると伝えたところ、満州に進出計画があるのでついでに写真を撮ってきてくれと頼まれてね」

 ヘイミッシュと名を告げると同時に簡単に説明し、英国海軍ロイヤルネービーの少尉であることを告げる。

「なるほど、最近は研究所に部品を納める工場がいろいろ進出してきていますね。そのための下見ですか」

 不知火と名乗った近衛将校は、軽く何度かうなずくと、言葉を続ける。

「ご存じとは思いますが、研究所を撮る際は十分気をつけてくださいね。この距離なら問題ありませんが、許可無く近くで撮ると、最悪問答無用で押さえつけられますので」

「ご心配ありがとう。だが、大叔父からは、ある程度離れたところのほうが安いはずだから、便利でなおかつ少し離れたところを探せと言われているので」

 ヘイミッシュの言葉に、不知火はうなずいた。

「なるほど、先見の明だけで無く、その辺もきちんとした実業家のようですね」

「ええ、たいした人物には違いありません。もっとも、どうにも扱いづらいですがね」

「では、サー・ヘンリーによろしくお伝えください」

 ヘイミッシュは驚きを隠すので精一杯だった。どうやら自分の正体に最初から気付いて居たらしい。名乗っていないはずの、大叔父《上司》の名前を向こうから言ってくるのだから。

 立ち去る不知火を見ながら、ヘイミッシュと名乗った男は軽く肩をすくめた。 

四号戦車E型および三号突撃砲D型

史実では、独蘇戦の影響を受けT34対策として長砲身七五ミリ砲に換装されたが、独蘇の直接対峙がなされていないことから独も余裕が有り、二種類の砲を採用している。


ティーガー戦車

史実と異なり、ルノーB1戦車とは直接対峙していない(マチルダ戦車は軍閥が数台入手したことがある)ため、当初要求の防御力が若干低く(前面80mm以上)其の分機動力がやや高まっている。

火力に関しては、支援戦車としての能力も要求されたことから、逆に当初から八八ミリを採用している。


九十九式高射砲

史実では日本軍は海軍仕様の八八ミリ高射砲を鹵獲していたが、国民党への独の支援が質量ともに増大したことからアハトアハト《FALK18》が大量に鹵獲されており、FALK18のコピーとなっている。


ライカ

1930年代でもっとも軽量で扱いやすい高性能カメラと記載しても、苦情がほとんど来ないだろう写真機。

現在のデジカメやそれ以前主流だった一眼レフと異なり、レンジファインダー式の覗窓ファインダーは固定倍率(と言うよりただの覗窓)なので望遠拡大能力は無いため、遠方の詳細を確認するには双眼鏡等が必要となる。

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