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続・荒野の軍事探偵 3

 確かに、その建物は『ホテル』と名乗るだけの事はあり、明らかに西洋風の佇まいだった。周囲との調和と言った小洒落たものは何も無く。

 ソ連(ロシア)の影響が強い旧東清鉄道沿線沿いではこういった西洋風の建物もそれなりにありふれているが、鉄道からはやや離れたこのあたりではやはり目立っている。

 すでに薄暗くなってきているため、玄関口広場エントランスホールだけで無く、車の 乗降所にも明かりがともっている。

 車が停まると同時に、ホテルの赤帽ポーターが現れる。先に降りた不知火は、ポーターが開けたドアから降りようとする西より先に荷物を出して改めてポーターに渡すと、受付フロントに向かう。さすがに洋風の作りだけあって、玄関口に部屋が設けられた和風の受付では無く、エントランスに設けられていた。

 バッグを置き台に乗せると、予約名をつげ、書類に簡単な項目を記載する。

「今日は晩飯はどうされますか」とたずねてくる。

部屋ルームサービスで頼もうかと思ってるが」

 どういう意図か推し量るようにしていると、間を開けずに「ここ《ホテル》以外だと、現地《満州》人向けの怪しい店しかないので」と答える。

「食堂は、西洋風コンチネンタルスタイルなので日本人向けとは言いがたいですが、大丈夫でしょう。慣れておられると思うので。ただ、現地料理は気をつけたほうがよいですよ」

「何故かね。南方と違い、日本人には合わない事もあるまい」

 以前食した、餃子チャオズを思い出しながら疑問を口にする。

「いえ、味は大丈夫ですよ、おそらく。ただ、そこそこな見かけですが、料理人シェフ給仕ギャルソンも満州人ですから」

「ああ、『満州に水は無い』か」

 この場合の水とは飲み水で、大陸の水は一度煮沸させてからで無いと確実に征露丸がお友達になれる。そして何より、衛生概念に関しては、有機肥料(こやし)を常用する日本の農村部よりも格段に劣っている。下肥のせいで蛆や寄生虫の宝庫になりやすいとはいえ、実際のところ日本の農民(百姓ども)は、こまめに手足を洗ったり洗濯したりと、都市生活者と比べても存外清潔(身ぎれい)にしているものだ。

 すでに何度も大陸に渡っているため細々と言われる前にそれを察し今日何度目かの苦笑をする西に、ご明察と言いながら頭を下げ、改めて近衛式の敬礼を行う。車に戻っていく彼に返礼を返すとともに、荷物を持ったポーターに先導されながら、部屋に向かう。

 部屋は思った最低ラインよりもずっとましだったが、だからと言って最上級というわけでも無く、想定範囲の中では中の上と言ったところ。ただ、欧米人も利用している事を考えると、彼らの基準から見れば中の下か下の上と言ったところかなと想像する。

 髭をあたったりと、身だしなみを整え、軍服から垢抜けた私服(カジュアルウエア)に着替え、一度ラウンジに降りていく。すでに夕刻と言うより夜に近いことも有り、日本人と思わしい人たちの一部には、すでに夕餉ディナーを終え軽く飲んでいるものもいる。もっとも、西洋人はほとんどが夕食はこれからと言ったところだ。

 アメリカでの勤務経験があるため、西洋の流儀に合わせる事にして、まずは軽く食前酒をたしなむ事にする。

 コースでは無かったが、それなりに立派なフランス風(フランセーズ)ともロシア風(ルースキー)とも呼べる形の定食料理(コースミール)を堪能したところで、バーに移る。

「隣はよろしいですか」

 小ぶりなバーのカウンター席はいっぱいという訳では無いがそこそこ人がいた。そんな中、一人の白人男性が近づいてくると、隣にたった。北米で慣れ親しんだのとは異なる、いわゆる、英国容認発音英語キングスイングリッシュと言うやつだ。巻き舌気味でややや聞き取りにくい点もあるが、スコットランド訛りというやつだろう。

「よろしいですよ」

「お近づきの印に」と言って、すぐにバーテンダーに本来食前酒に属するはずの混合酒カクテルを、シェイクするように頼む。

 本来は杜松火酒ジンなはずを滿洲でも比較的に手に入りやすい露国製火酒(ウォッカ)にしてあるため癖はさらに無くなっているはずだが、それ以前に日本人の感覚からするとかなり濃い。

「この様な場所で、高名な男爵にお会いできる幸運に乾杯したいと思いまして」

 ヘイミッシュと名乗った英国海軍中尉(中尉)は、本当にお会いできてうれしいという表情を浮かべてる。

「伯父の依頼で、今後の発展が見込まれる満州に先行投資を考えているそうで、その事前調査という名目で観光に来たんですが」

 そう言って、彼は英国ジョンブルと言うよりも米国ヤンキー風に大げさに肩をすくめ、「観光のつもりが、全く学術調査の方が主体(メイン)になってしまっていますよ」と苦笑する。

 西も苦笑で返すと同時に、たずねる。

「実際のところ、印象はいかがですか」

「正直、予想外ですよ、確かにこのあたりは正直がっかりしましたが、研究所に近づくと、とたん、よほどウエールズよりも近代的で驚いたところです」

 どうやらすでに一度現地を査察したらしい言葉に耳を傾け、実際の研究所を想像するのであった。



「で、何がねらいだ」

 スラブ系の巨漢は、一気に飲み干したグラスをテーブルに叩きつけるようにおくと、目の前の男にたばこでもあれば火がつきそうな酒臭い息を吐きかけた。

 同時に、小ぶりの猪口(ショットグラス)透明な酒(ウォッカ)を継ぎ足す。周囲にはほとんど匂いが漂ってこないことから、白酒とは異なり本場物のようだ。

 そして目の前の男こそが、このあたりを縄張りとする馬賊の頭目であった。五十人以上の子分を抱えるだけあって、その態度には貫禄がある。同時に、見合っただけの実力を持つことは、先ほどの動きだけで十分に読み取れる。

 だがそれに対峙する男は、まったく臆することなくゆったりと足を組んだ状態で琥珀色の液体(ウイスキー)で満たされたグラスをもてあそぶ。さすがにアクアビッツは無かったが、それでもどこで入手したのか本場物のスコッチはきちんとあった。

  さすがにグラスを傾けるその様は、ピエトロと名乗(偽名通り)るだけあって確かに粋な遊び人と見えなくも無い。その目さへ見なければ、だが。

 どのみち最初に名乗ったピエトロという名前も偽名だろう。伊達男を気取ってはいるが、どう見てもイタリア人には見えない。あまりに嘘臭すぎる。

 首領は、頭の片隅でそう考える。考えはするが、だからどうしたというのは彼の正直な気持ちだ。考えなく肯定するのは論外だが、必要以上に心配しては何も始まらない。

「それなりのものとだけは言える。わざわざアムール・コサック団に頼むのだから」

 男は、凄みのある笑みを浮かべるとポケットから写真を取り出し、指ではじくようにして机の上に放り投げる。写真は狙い違わず、首領の前にふわりと落ちた。

「目的はさておき、場所はここだ」

「何だと、ここはひょっとして、仁多研か」

 写真を一瞥すると同時に、まさしく血相を変えたアムール・コサック団の首領は机を激しく両手で打ち据えると、立ち上がり男になめるようにして顔を近づけ行く。

「そう、理研の仁科・多田研究所。仁多研とも格子力研究所とも呼ばれている研究施設《場所》だ。

 おや、仁多研と聞いて怖じ気ずく……はずも無いか」

 男は、気障(きざ)な仕草で煙草に火をつけると、首領に向けてふっと煙を吐き出した。

「ふっ、そもそもだ。俺が仁田研それと聞いて黙ってるはず無い、そう践んで話してるんだろう。

 そうとも、あそこには借りがある。良かろう、話に乗ってやる」

 首領はそう言うと、左目の眼帯を軽く撫ぜる。

 男は肩を軽くすくめると、ポケットから別の写真を取り出し、机の上に放り投げるようにして置く。アムール・コサック団の首領達は、のぞき込むようにして写真を見た。

「確かに、ケチな代物じゃあねぇな」

 そこには、新型爆弾開発(F二号)計画と日本語で書かれた書類の表紙が軍機と言う文字とともに写っていた。

食文化に関しては、満州購入の影響により史実以上に亡命ロシア人を日本領に受け入れており、その結果ロシア・ウクライナ料理やウオッカが史実以上に普及しています。

(カレーパンが普及する前にピロシキが普及したようなイメージ)

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