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休日の過ごし方

 朝6時の鐘が鳴る前に起きて、いつものようにランニングに出かける。出て行くときにシンクも起きてきたので、散歩も兼ねて一緒に行くことにした。


 早朝の街は人気も少なく、活動を始めているのは傭兵たちくらいのものだ。彼らは明るいうちに距離を稼ぐために行動を開始しているのだろう。他に働き始めているのは商人や朝食用に屋台の準備をしている人たちだ。


 10キロほど走り、宿まで戻る。近くの井戸で水を汲み、汗を流しているとシズが宿から出てきた。



 「おはようございます、ししょー。朝から何をされているのですか?」


 「おはよう。ちょうどランニングから帰ってきたところでね。汗を流していたんだよ。シズはもう体調は良いのか?」


 「ええ、それは別に。体調が悪かった訳ではありませんので」


 ふむ、なんでかは知らないが妙に元気がないように感じる。体調に問題ないと言う言葉を信じるならば、精神的な問題ということになるか。



 「シズ、受け取れ」


 ぽいっと放物線を描くようにダガーを投げてやる。


 「え、あ、っとと。これは木製のダガー、ですか?」


 それを危なげながらも受け取り、なんでこんな物を渡したのですかという視線を受け止める、それに答えるようにこちらも同じく木製のダガーを構える。



 「ああ、。本物じゃあケガしたら危ないからな。おれの朝の運動がてら、稽古をつけてやるよ」


 「というか、これ。どこから取り出したんですか?」


 「それは秘密な。シンクは危ないからちょっと離れていてくれよ」


 わかったとばかりに吠えて離れたのを確認してから、シズと向かい合う。左足を引いて半身になり、ダガーを突き出すように構える。同じようにシズも構えたのを見て、ちゃんと教えたことを覚えていてくれているようで嬉しくなる。



 「では、行きます!」


 「おう、かかってこい」


 踏み込みと同時に鋭く繰り出された突きを弾き、シズの体勢を崩す。そこから首筋を舐めるようにして掻き切ってやろうと逆手に持ち替えたダガーを振るったらむなしくも空を切った。



 「なかなかやるな」


 「シッ」


 飛び込むようにして前転し、起き上がったシズが背後から刺突を狙う。それを前に飛んで躱し、振り向いてまたお互いに向き直った。



 「今のは惜しかったな。だが、狙いは悪くない。次へ次へと考えて動け。盗賊やアサシンの戦い方は相手の隙を狙って急所に一撃ってのが基本戦法になる。その為には相手をよく見ることだ」


 「よく見る、ですか?」


 「そうだ。相手をよく見て、観察しろ。目の動き、足運び、果ては筋肉の動きや動き出しの癖なんかもそうだ。しかも一点を集中して見るんじゃない俯瞰するんだ。始めは難しいだろうが、そのうちできるようになる。そうやって相手の次の動きをイメージして先手を取ったりカウンターを決めれるようになったら、一人前ってところだろうな」


 「勉強になります」


 「よし、じゃあ講義はここまでだ。今言ったことを意識してやってみろ」


 「はい!」


 それからアンナが朝食の用意ができたと迎えに来るまで二人の模擬戦は続いた。始めはダガーしか使うつもりはなかったのだが、思わぬ成長を見せてくれたので体術も交えてしまった。弟子と認めたつもりはないが、それでも教えている相手が成長しているのを見るのは喜ばしいものだと思ってしまったことは秘密だ。







 起きてきたみんなと一緒に朝食を取り、それぞれ用事があるからと別れてからおれは市場に買い出しに来ていた。何故か着いてきているシズにもそれとなく好きに自由行動していいんだぞ、と伝えたところ。「ししょーの行くところが、わたしの行くところなので」って言う言葉が返ってきたので好きにさせている。シンクはというと子犬形態で着いてきており、道行くおばちゃんや子供たちに可愛がられている。それで少し足止めされたりすることはあるものの、呼べばすぐに来るし見てて微笑ましいので自由にさせている。



 「しかし、ししょー。こんなに食料を買い込んで、山籠もりでもされるのですか?」


 「ん?ああ、これはこれから会いに行く学者さんへの差し入れだよ。あの人、一度研究に没頭するとなかなか出てこないから、保存食とか日持ちする食料をたまに持って行ってるんだよ」


 「それにしても買い過ぎではないですか?」


 そう言われてみればそうかもしれない。おれの方で両手に合わせて紙袋2つ、シズにも両手で抱えるようにして1つを持ってもらっている。



 「それもそうだな。次の店で最後にして、ちょっとお茶でもしながら休憩しようか」


 酒屋に寄って好物の蜂蜜酒を買い、少し高台にあるカフェの見晴らしの良いテラスのテーブルに着く。コーヒーと紅茶を注文して待っていると、すぐに注文の品と小皿に入ったミルクを持ってきてくれた。どうやらミルクはシンクの分だったようで、サービスとのことだったのでありがたく礼を言って頂くことにした。



 「ふぅ、手伝わせてしまって悪かったな。でも助かったよ、ありがとう」


 「いえ、ししょーのお手伝いをするのは、弟子の務めですので」


 弟子は取らないって言っているのに、頑ななところに苦笑する。そう言えばいつからだったか、シズがおれのことを師匠と呼び出したのは。最初は他のやつらと同じように、いや。少し嫌悪感が混じった感じでレイスさんと呼んでいた気がする。まあ初対面での出会いが前の晩にドワーフの友人と泥酔するまで飲まされて二日酔い状態だったから、良い印象を持たれる訳もないか。となると何が切っ掛けとなって師匠と呼ぶようになったんだろうか?



 「なあ、シズ。シズはどうしておれのことを師匠と呼ぶんだ?最初はそう呼んでいなかったろ?」


 「それは、ししょーが実戦に連れて行ってくださったとき、盗賊としての行動の見本を見せていただきました。その時に見せていただいたししょーの盗賊としての技術や、背後から敵に一瞬で近寄って一撃で仕留める手際に感動して、あなたのようになりたいと思ったのです」


 普段のシズからしたら饒舌に語られた内容から、そう言えば始めの頃に何度か手本を見せると言って、偵察のやり方や敵を一撃で倒すところを見せたことがあったのを思い出した。確かにあの頃くらいからいつの間にか師匠と呼んで事あるごとに弟子にしてくれやいろいろアサシンとしての技術を教えてくれと言うようになったんだったか。



 「そう言われてみればやったな~、そういうのも」


 「ししょー、わたしからもお聞きしたいことがあるのですが、良いですか?」


 「ああ、今日は手伝ってもらったからな。この休憩が終わるまでは答えられる範囲で答えてやるとも」


 「では、ししょーがいつも腰に吊っている刀を使わないのはなぜですか?それに、わざわざ紐で縛って抜けないようにしているようですが」


 「これのことか。まあ、深い意味はないんだが、強いて言うなら戒め……だな」


 「戒めですか?」


 この刀と背中側に差している小太刀は少々特殊な素材で作ってある。そのまま使うだけならただの頑丈な刀でしかないが、魔力を通せば鉄をも切断する魔剣にとなる。いや、刀だからこの場合は妖刀が正解か?まあ、そんな理由もあり、武器が強いおかげで自分が強いと錯覚しないように普段からはあまり使わないようにしているだけだ。



 「そうだよ。こいつを使えば、相手がなんであれ一刀両断にできる自信がある。だけどそれじゃあ武器に頼り切りになってしまうからダメになってしまう。だからそうならないように、ここぞと言う時まで抜かないようにしているんだ」


 「それは、相手の武器を奪って使うことも同じ理由なんですか?」


 「ああ、それができる相手ならそうする。相手の武器を奪えれば、それだけこちらが有利になる。あとはおれがそこに居て戦ったっていう痕跡を残さない為でもあるかな。どうしてもアサシンとして行動するときは潜入することもあるから、おれに繋がる証拠や足跡を残したくないからね」


 「なるほど、そういう理由だったのですね。では、わたしにも相手の武器を奪う方法を教えてください」


 「それはダメ。先ずは自分の武器を、自分の手足のように扱えるまでになりなさい。それまでは余計なことを考えるんじゃないよ」


 残っていたコーヒーを飲み干し、会計を済ませに行く。不満顔をシズが向けてきていたがそんなものはお構いなしだ。あれもこれもと手を出すには、まだまだ早すぎる。今は一つ一つ、積み上げるべき時期なのだから。



 「さて、休憩も終わりだ。これからこの荷物を届けに図書館に行くぞ」


 「はい、わかりました」


 明らかに不機嫌になったシズに苦笑しつつ、紙袋を抱える。シンクにも行くよと声をかけ、片づけにきた店員さんにご馳走様と礼を言って店を出た。









 ✝






 ヴァイスハイト王立図書館。ここはキサラギ要塞都市において唯一の図書館であり、かつての大戦時に記録された各地のモンスターの生態や土地について、また薬草や病気などこれから先の辺境へと旅立つ者たちへ先人たちが残した書物を中心に保存されている図書館である。しかしながらその情報の有用性について認識している者たちは少なく、あまり活用されていないのが実情だ。



 「まあ、あまり活用されないってのも、それだけ生活に余裕のある者が少ないってことでもあるんだけどな。シズだってそうだろ?本を読むより、明日の生活のために狩りをしに行く、そういう生活をしていたらなかなか本を読みに来るってのは考えないものだろ」


 「そうですね。休日といえば、武器や防具の手入ればかりしていますし」


 「まあ、それはそれで問題ないんだよ。さらに先へ、魔族たちがいる魔族領へと侵入しようとしているパーティーはいないし、情報はある程度話を聞いて回るだけでも手に入る。そんな状況がここを事前に情報収集を行う場所として認識されていないものとしているんだ」


 「ししょーは、ここを使うことはよくあるんですか?」


 「おれはよく利用している方だな。独りで活動しようとした当初はとにかくここでいろんな知識を吸収した。討伐対象としたモンスターの生態やその土地の特色。薬草学や錬金術にも手を出した。特に錬金術に関してはこれから会うエルフの学者、オリヴィエラさんはおれの師だよ」


 図書館の裏手に回りながらそのような話をしつつ、裏口の扉を鍵を使って開ける。この鍵はわざわざ正面から来るのは面倒だろうと、師のオリヴィエラさんから貰ったものだ。



 「わたしも、頼めば教えてもらえるでしょうか?」


 「さあ、それはどうかな。師匠はちょっと偏屈なところがある人だからね。素直に教えてもらったことは一度もないんだ。教わるために、いろいろと無理難題を押し付けられたこともあるくらいさ」


 地下特有のひんやりした空気を感じながら一段一段階段を下りていく。所々に松明があるが、それでも光源が十分じゃないから足元に注意していかないと危ないのだ。



 「例えばどんなことがあったのですか?」


 「マンドレイクという植物を知っているかい?これは根っこの部分が人の形によく似ている奇妙な植物でね。引っこ抜く際に非常に大きな悲鳴を上げるんだ。しかもこの悲鳴を聞いたものは即死するとまで伝えらているものなんだ」


 「それを取りに行ったのですか。しかし、聞いた者は即死するというのなら、ししょーはどうやったんです?」


 「実際のマンドレイクの悲鳴にそこまでの効果は無いんだ。しかしこの悲鳴が厄介でね。これを聴いた近くのモンスターが興奮して襲ってくるんだ。しかも周囲一帯のモンスターを呼び寄せてしまうからその数はすごいことになる。これがマンドレイクの悲鳴を聴いた者は死んでしまうという伝承の真実なんだろうね」


 「それでも、ししょーはそれをやったんですよね?モンスターの大群からどうやって逃げ延びたんですか?」


 「それはーー」


 「そいつは根を引き抜くことはしなかった。それだけのことさ」


 「お久しぶりです、オリヴィエラ先生。お元気そうで何よりです」


 「ふん、本当にそう思っているのかねぇ、このバカ弟子は」


 あははは、と笑って誤魔化しながら階段を下りた先の通路で出会ったオリヴィエラ先生に近づく。松明の明かりに照らされて綺麗に光る金紗の髪。翡翠の瞳に整った目鼻立ち。そしてエルフと言えば誰でも想像する特徴的な長い耳。見た目だけは美人と評せるのだが、くたびれた白衣に目の下に浮かんだ隈がそれを台無しにしていた。



 「では率直に。ちゃんとご飯を食べてますか?それにまた研究にでも没頭して寝てないんじゃないですか?ちゃんと栄養を取って十分に休息を取らなければ、いいアイデアも浮かばないですよ」


 「お前はアタシの母ちゃんか!大丈夫だよ、今日は3時間ばかり睡眠を取ったからね」


 それでも少ない方です、とは言わない。どうせ聞き入れてはもらえないのだから、ほどほどに言っておくに限る。



 「それで、今日はどうしたんだい?なんだか見慣れない顔と、妙な犬ッころを連れているようだが」


 胡乱げな視線に晒されてビクッとシズが震えたのがわかる。まあ、相手を観察対象として見るあの視線には今でも慣れないから、初対面のシズが怖がっても仕方ないのかもしれない。その証拠にシンクも足元にすり寄ってきて震えているほどだ。



 「今日は先生へのいつもの差し入れと一緒に、ご意見を頂きたく伺わせていただきました」


 「そうかい。とりあえず立ち話もなんだ。アタシの部屋にまで来るといい」


 「はい、お邪魔させていただきます」


 オリヴィエラ先生の後に続き、廊下を歩く。その途中でシズとシンクの紹介も済ませ、先生の私室へと入り。先生に断りを入れてからキッチンに行き冷蔵庫に買ってきた食料を詰め込んでいく作業をシズに任せ、自分はお茶とお茶菓子の準備をする。


 この冷蔵庫、実はこの先生の研究成果の1つで、その実態は水の魔力が蓄えられている魔石をエネルギー源として、魔法陣で冷気を出して食料を冷やして長持ちさせる仕組みになっている。しかしながらこれを外に普及させて金儲けしようだなんて考えは先生にはなく、この世界にこの一台しかないという希少品だ。



 「先生、ハーブティーの用意ができました」


 「うむ、なかなかいい香りじゃないか。やっぱりお前、傭兵なんかやめて助手にならないか?」


 「それはありがたい申し出ですが、お断りいたします。まだまだ外でやりたいことがたくさんありますので」


 「そう言うと思ったよ。それで、今回の用件ってのはなんだい?」


 「あの、その前に先ほどの話の続きが気になるのですが……」


 「ああ、そういや話の途中だったね。アタシが無理難題を押し付けたったっていう」


 ジロリッと睨まれて、背筋に冷や汗が流れる。確かに階段は一本道で、石の壁に囲まれた空間であったからよく響いていたのだろう。それにしてもそこまで聞かれているとは思わなかった。次からは注意するとしよう。

皆さん、お久しぶりです。

平日連続投稿をどこまでできるか挑戦しておりましたが、この間から体調を崩しダウンしておりました。

うん、呼吸器系の病気はマジで死にたくなるくらい辛いですね。

皆さんも肺炎予防はしっかりとしておきましょう。あれは本気で殺してくれと言いたくなるくらい辛いですから。


という訳でまた今日からよろしくお願いいたします。


ちなみに休んでいる間にブックマーク登録が消えていて意気消沈中です。

やる気を出すためにも皆様のブックマーク登録、PVが必須です!


欲しがりな作者ではありますが、これからもよろしくお願いいたします。

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