報告するまでが依頼です
「そう言えばレイスさん、シンクは街に入れるんですか?」
「確かに、ちょっと大きすぎるんだよな」
隣を歩いているシンクに視線を向ける。通常のサイズに比べれば一回りくらいデカいが、まあそこまで問題になることはないだろう。むしろ寝床と食料をどうするかを考えるのが面倒そうだ。
「もう少し、小さかったらいろいろと楽になるのにな」
シンクの頭を撫でながらそう呟くと、ウォンッと一吠えして早足で前に出る。どうしたんだろうと思っていると、こちらを向いて立ち止まったので同じく立ち止まる。
「どうした、シンク?」
またウォンッと一吠えしたかと思うとシンクの足元から火が立ち昇る。突然の事態にメイとアヤは悲鳴を上げ、シンイチとカズキは絶句している。シズはと言うとキュッとコートの裾を掴んでいた。シンクの全身を包んだ炎はすぐに消え、そこには子犬サイズにまで縮んだシンクがちょこんっとお座りしていた。
「やぁ~ん、なんなんこれ、すんごく可愛い~」
「シンクちゃん、すごいね。小さくなれるんだ」
「かわいい」
いつの間にかシズも二人の輪に加わってシンクを撫でまわしている。疑う気持ちがなかった訳ではなかったが、やっぱりシンクはダイアウルフではない気がする。帰ったら時間を作って知り合いのエルフの学者に会いに行く必要が出てきた。
「レイスさん、ダイアウルフという生き物はああいう変身能力を持っているものなんですか?」
「いや、普通のダイアウルフにあんな能力は確認されていないよ。もしかしたらシンクは別の種族の可能性がある」
「先生、それって連れてって本当に大丈夫なのか?」
「さあな。でもあんなに小さくなったんだ。ああいう風に可愛がられることはあっても、脅威に感じる奴はいないだろうよ」
自分のことを話していると聞き取ったのか、とことこと近づいてきたので抱き上げる。重さも子犬並みになっている。あの質量がどこに行ったのか不思議でならない。顔の前に持ってきて観察していると、胸元に紫色の水晶のような物体が付いていた。しかも結構な魔力を感じることから、これがこの変身能力の核になっているのかもしれないと結論付けた。
「まあなんでもいいか。可愛いし」
ワンッと鳴いた声まで可愛くなっている。とりあえずこの状態で歩いて着いてくるのは難しいだろうから抱いていくことにしよう。それから交代でシンクを抱っこして街まで帰った。
✝
「リンさん、レイス以下五名。ただいま戻りました」
「無事に帰ってきてなにより。すぐにお茶を持ってくるだろうから、ソファに掛けて待っているといい」
「お心遣い、ありがとうございます」
率先して座ってやることで他のみんなに座るよう促す。高そうな革張りのソファにおそるおそる座る彼ら尻目に、ひざの上に乗せたシンクの背を撫でる。リンさんの視線がシンクに集中しているが、それも含めて説明してくれるんだろと目が語っていた。
「じゃあレイス、手っ取り早く要点だけ報告を頼む」
「はい、ではまず敵の戦力から。数は砦内におよそ千、野営地に五百ってところですね。いつも通りと言えばいつも通りなんですが、問題は砦内にダイアウルフを百ほど飼っていたことです。こいつもそこに捕まっていたので、脱出するときに連れてきました」
「ふむ、紅い毛色のダイアウルフとは珍しいな。本当にダイアウルフか?」
「そこはまだ不明です。後ほど詳しい人に訊いてこようと思います」
「あのエルフか。ついでに生死の確認もしてきてくれ。彼女に死なれると、いざという時に知識を借りることができなくなって困るからな」
この街でただ一つの図書館の奥にいる賢者は知識に対して貪欲で様々な本を読み、地下の研究施設で怪しい実験を繰り返しているらしい。そして一度引きこもったらなかなか表に出てくることはないため、死んでいるのではと噂されることもあるくらいだ。
「了解です。一緒に食料の差し入れもしてきますよ。話は戻りますが、今回の砦のボスはあのデッドマンズ・ソードのガルドでした」
「あいつか。ちょうどいいじゃないか。今度こそ首を取ってやれ」
「もちろんそのつもりです。そろそろあいつの顔にも見飽きたところですしね」
「あの、ガルドってあのとき門のところで会ったオークのことですよね?」
珍しくメイが口を挟んできたのでそちらを向く。傭兵にとってあいつは危険極まりない存在なので、ついでに話しておくことにしよう。
「そう、あのオークのことだよ。奴はその二つ名の通り、自分が殺した相手の剣を蒐集し、鎧の用に全身に装備しているのが特徴だ。傭兵殺しとしても有名だから、奴には懸賞金がかけられている。リンさん、今はどれくらいになっていますか?」
「金貨で百五十枚だったかな。オークにかけられた懸賞金としては過去最高になりつつあるよ」
「聞いての通りだ。かく言うおれも何度かやつの暗殺をリンさんに依頼されて行ったことがあるが、首に刃を届かせることはできたが仕留めることはできなかった。逆に手痛い反撃を受けて生死の境をさ迷ったこともあるくらいだよ」
おれが死にかけるほどの相手と聞いて、シンイチたちの表情が変わる。おれの強さに対してどのくらい信用度があるのかわからないが、そんな絶望的な顔をしなくてもいいだろうに。
「心配するんじゃねぇよ。当時よりも実力は上がっているし、今度こそ奴を倒してやるって」
「ふふ、頼もしいな。では、今度の作戦にもおまえのことも考慮しておくからな。できるだけ邪魔が入らないように配慮してやるよ」
「ええ、任せてください。正々堂々と不意打ってやりますから」
「って、そこまで言いながら不意打ちってどうなん?」
「でも、ししょーらしいと思います」
アヤとシズのツッコミに場が和む。まあ、不意打ちするのは別に冗談でもなんでもないんだけど、それで笑ってくれるなら悪くない。
「とりあえず、報告としては以上です。砦攻略の作戦が決まりましたら、また声をかけてください」
「ああ、またいろいろと意見を聞きたいから、近いうちに声をかけさせてもらうよ。報酬はお茶と一緒に置いて行ってるから、忘れずに持って帰るように」
「ありがたく頂戴します」
話をしている途中に置かれたお茶の横に革袋もあったので、それをコートの内ポケットに収める。リンさんのことだから報酬を減らすなんていうことはしないから確認の必要はない。シンイチらは初めて大量の報酬を一度に受け取ることになったから、その金の重さに驚いているようだ。
「さてと、それじゃあここらで失礼させていただきます」
「うむ、ご苦労だったな。ゆっくりと休むといい」
一礼して執務室から出る。シズらは貰った報酬で団証を買うと言って受付のほうに行ったのでギルドの外で待つことにする。発行には少し時間がかかるだろうから、屋台にでも行って買い食いしてきてもいいな。そう考えて扉を開けたところで嫌な奴と鉢合わせしてしまった。
「おやおや、これはこれは。誰かと思ったら仲間殺しで有名なレイス殿ではありませんか。今日はいったいどなたの首を取ってきたのですかな?」
「おうおうおう、これはこれは。陰険眼鏡のセイジじゃねぇか。群れないと何もできねぇチキンの頭目が、今日はどこで弱いものいじめしてきたんだ?」
「言わせておけばーーっ!!」
バチバチと火花が散っていてもおかしくはない視線を交わして悪口を言い合い、セイジが激昂して殴りかかろうとしたところで一歩下がる。一応理性は残っていたようで、おれがギルド内にいることで思い止まったようだ。
ギルド内では原則戦闘禁止。例外はギルド員の戦闘行為は禁止されていない。しかも警備の人間はかなりの精鋭揃いで、規約を破った傭兵を追って捕らえるなどの仕事もこなしているからかなり強い。そんな連中を相手にしたくないのか、セイジも手を出すに出せないようだ。
「文句があれば実力で示してみせろ」
「ああ、必ず吠え面かかせてやるとも。今度のオーク砦攻略戦での手柄は我々、十字軍がいただく!」
「せいぜい頑張ってくれや。おまえらを囮にして、おれは敵首領の首を取ってきてやるからさ」
これ以上話を続けていても気分が悪くなるだけなので、さっさと横を通り過ぎて外に出る。外に出るとセイジのクランのメンバーが睨みつけてくる。その視線を受け流し、涼しい顔をして歩く。こいつらは一度、街の外で衝突してボコボコにしてやったことがある。そのときに実力差を思い知らせてやったので仕掛けてくることはない。
「さ~てと、胸糞悪くなったことだし、何か美味いものでも食いに行こうか」
ワンッと返事をしたシンクの頭を撫で、いい匂いがしてくる屋台の方へと足を向けた。
✝
「レイス先生、本当に今日はおごりなんですか?」
「ああ、みんなには苦労をかけたからな。それに正式に傭兵になったんだ。その祝いも含めて、おれがここの支払いは全部持ってやるから好きな物を食べるといい」
「やった~!ねぇねぇ、みんな何食べる?うちはお肉が食べたいな~」
メニューを見ながらあれこれ話しているアヤたちを見ながら、とりあえずビールを頼んでおく。あれからシズらと合流し、いつも食事を取りに来ている酒場に来ていた。ここはあまり人が寄り付かないが、隠れた名店としてそこそこ有名だ。まあ、人が寄り付かない理由はおれに逆恨みをした連中が仕返しにきて何度も暴れたせいでもあるのだが。そんなことを考えているとこの酒場の看板娘、アンナがビールを持ってきた。
「今日はずいぶん賑やかですね。レイスさんが誰かとうちに食事しに来るって、けっこう久しぶりじゃないですか?」
「そう言われればそうかもな。あいつらがまだ生きていたとき以来かもしれないな」
おれがまだレイスじゃなくレイジだった頃。まだ仲間たちが生きているときはよくこの店に足を運んでその日の反省をしたり、明日はどこに行こうかなんて話をしていたことを思い出す。シズらを見ていると余計に記憶が蘇ってくるようだ。
「お姉さん、注文をお願いします」
「え~とな、先ずは肉巻きとこのシーフードスープ。それとな~」
「アヤちゃん、そんなにいっぺんに言ったら店員さんが困っちゃうよ」
別に思い出したくない訳ではないが、あの頃のことを思い出そうとするとどうしても気分が沈んでしまう。辛かったことや悲しいことを飲み込むようにビールを呷る。一気に飲み干してしまったので、追加のビールを頼んでおいた。
「ししょー、それおいしい?」
「ビールのことか?どうだろうな。人によると思うぞ」
「わたしも、ししょーと同じのをお願いします」
「はい、わかりました」
ふふふっと何か含みのあるような笑みを残して厨房に向かうアンナの背を目で追う。何か勘違いをしていなければいいが。それよりもシズか。おれはだいたい二十歳を超えて三、四年くらいってところだが、シズは見た感じ十五か十六くらいだろう。酒なんて飲んだことなさそうだし、大丈夫だろうか?
飲み物と食べ物がテーブルに運ばれ、良い匂いが鼻腔をくすぐって食欲をそそる。シンイチとカズキもビールを頼んだらしく、三人の前にジョッキが置かれている。アヤとメイはジュースを頼んだようだった。
「それじゃ、改めまして。見習い卒業を祝して、乾杯!」
「「かんぱ~い!」」
シンイチの音頭でアヤとカズキが元気よく唱和し、メイとシズは小さな声でかんぱいと言っていた。シズは初めてのビールの味がおいしくなかったのか、眉をしかめている。おれも最初はそうだったな~と思いつつジョッキを傾ける。
「シズ、おいしくないなら無理して飲まなくてもいいぞ。酒が飲みたかったら果実酒もあるから、そっちを飲むといい」
「いえ、大丈夫です」
だから無理しなくていいのにと苦笑しつつ、果実酒に切り替えていこうと思う。そうしなければ意外と頑固なシズはあまり好みじゃないビールを飲み続けることになりそうだし。
久しぶりに楽しい酒が飲めそうだと思いながら、自分の皿に盛られた料理に手を付けた。
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