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首狩り男の事情

 「はぁ~、門まで着くと帰ってきたなぁ~って感じるなぁ」


 「そうだね。とりあえず今日の戦利品を売ってくるから、六時の鐘で宿舎の前で集合しよう」


 「よろしく、シンイチ」


 アヤ、シズ、シンイチの三人がこの後のことを話し合い、メイとカズキは安全圏まで帰ってきた安心感からかへたり込んで座ってしまっている。こいつらの指導の依頼を受けてしまったが、このままでは先が思いやれる。依頼期間のうちに簡単に死なない程度には鍛え上げることができるか、今から不安で仕方ない。



 「んじゃ、ここで解散だな。明日も十時前に門の前に集合で問題ないか?」


 「はい、レイスさん。今日もありがとうございました」


 律儀に頭を下げてくるシンイチに手を振って気にするなと声をかけ、ギルドへと報告をするために踵を返す。さて、ギルド長のあねさんにどう報告したものか、考えながら行こうとしたらコートの裾を掴まれて引き止められてしまった。



 「おい、シズ。その手を離してもらえないだろうか?おれはギルドへ報告しに行くんだが……」


 「ししょー。個人的に指導をお願いしたい」


 「だったら盗賊ギルドの方に行って新しい技でも教えてもらえ。おれは盗賊じゃないんだ」


 「もちろん、盗賊の技じゃない。アサシンとしての技を、教えてほしい」


 じぃ~~っと見つめられ、その視線に真っ向から見返してやる。真剣な眼差しを受けてなお、おれの気持ちは変わらない。そもそも、この都市にアサシンギルドは存在しない。いや、この世界には、と言い換えてもいい。おれが勝手にアサシンと名乗っているだけなのだから。



 「先ずは盗賊の技術を学んでこい。どちらにせよ、おれに着いて来れないような奴に教えてやる資格は無い」


 コートの裾を翻して手を離させ、建物の傍にあった樽に足を掛けて一息に飛び上がって屋根に上る。それを唖然とした表情で見上げている彼らを一瞥し、屋根の上を渡ってギルドを目指す。

 視線を切るその前にシズが挑戦的な目を向けてきていたのが気になったが、それも思考の外に放り投げる。どうせ今日はもう会わないだろうと高を括っていたら、後ろで物音がしたので振り返る。するとそこには、屋根によじ上ってきたシズの姿があった。



 「おいおい、あんまり無茶するんじゃないよ」


 「ししょーは言いました。着いて来れない奴に、技を教えてもらう資格は無い、と。だからわたしは、証明します。ししょーに着いて行けると」


 「お前も頑固な奴だな。せいぜい無理をしない程度に頑張れよ」


 それ以上声をかけてやる義務もなし。改めて踵を返して今度は走り出す。もちろん足音をたてないように忍び足を使ってだ。シズはまだ盗賊になり立てではあるが、思いのほか才能があるらしい。普通、走ったまま忍び足を維持するにはそれなりに熟練の技術が必要になる。それを荒削りではあるが習得しつつあるのは舌を巻くものがある。



 「絶対に逃がさない……!」


 「おうおう、怖い怖い」


 首を竦めて屋根から屋根へと飛び移る。立ち並んでいる家と家なら問題ないが、通りを挟んだ家の屋根へと飛び移るにはちょっとした技術と度胸が必要になる。そのちょっとした技術とは、魔力を体に循環させて強化を施すことだ。魔力を扱うには魔法使いギルドでその扱い方を習うしかない。それ以外の方法で習得しようと思うならば、魔導書を手に入れて独学で学ぶしかないだろう。



 「さすがにこの距離は無理だろう?わかったら諦めて帰って寝るんだな」


 「くっ」


 屋根の端まで追ってきて立ち止まり、下の通りを覗き込む。こちらからあちらまでは目測でざっと5メートルってところか。どうやっても飛び越すには無理な距離だ。高低差があるならばもう少し可能性も出てくるだろうが、生憎と同じ高さだからそれもない。

 悔しそうに唇を噛み、シズはどこか覚悟を決めたような表情をして来た道を戻る。うんうん、諦めてくれたかと思いたいところだが、あの表情を見てしまっては安心できない。


 ほら、やっぱり。


 どこか諦めた心境でシズを見遣る。助走を付けて走り出したシズ。特に魔力を行使している様子も、飛び越えるために何か道具を使おうとしている様子も見受けられない。このままでは十中八九、そのまま落ちてしまうだろう。



 「でも、ケガさせちまったら姐さんになんて言われるかわからんしな」


 はぁ、とため息一つ。重力に引かれて落下を始めたシズに向かって飛び、腕を掴んで引き寄せる。あとはお姫様抱っこをして着地。もちろん着地の瞬間に膝を曲げて落下の衝撃を逃がしたが、強化を施していても若干の痺れは残った。



 「ほら、言わんこっちゃない。自分のできることくらい把握してやるんだな」


 「ししょーなら、助けに来てくれるって、信じてた。それに」


 トンッと何か鋭いものが左胸に当たる感触がする。見ればシズの握っているダガーが心臓を狙える位置で止められていた。



 「これで、少しは認めてくれますか?」


 期待感に満ちた目で見つめられる。確かに、アサシンとしてなら今のでおれは殺されていてもおかしくはない。何せ彼女で両手が塞がれている状態だから手の出しようがない。実に良い手ではあったが、それまでだ。おれが着ているコートが特別製で無ければ、な。それでも手玉に取られたことはちょっと癪なので、そのまま両手を離してやる。シズはいきなり落とされたにも関わらず、器用に身を捩って四つん這いながらも着地に成功した。



 「ば~か。今のじゃおれは殺せないよ。このコートはサラマンダーの皮から作った特別製なんだ。並みの刃物じゃ切れやしないよ」


 「むぅ、ししょーズルい」


 「ズルくて結構。対象の情報収集もアサシンにとっては必須スキルだよ」


 「わかった。覚えておく」


 懐から取り出したメモ帳に今おれが言ったことを書いていくシズになんだかな~という視線を送りつつ、ぽりぽりと頭を掻く。真面目で何事にも一直線なところは評価に値するが、今みたいな無茶をしようとするどこかズレたところは玉にきずなんだよな。



 「んじゃ、今度こそおれは行くからな。お前も帰ってしっかりと休むんだぞ」


 「む、ししょー、まだ話は終わってない」


 「おれのなかでは終わってんだよ。あと、弟子にした覚えがないから、その師匠って呼び方もやめなさい」


 「なら、弟子にしてくれたら解決。ね、ししょー?」


 だから弟子を取るつもりはないと何度言えばわかってくれるんだろうか?今まで嫌悪や畏怖の目で見られることはよくあったが、シズみたいに好意的にしつこく付きまとってくるパターンは初めてだからどう接したものか悩んでしまう。



 「バカなこと言ってんじゃないよったく。もし本当に弟子にするとしたら、盗賊ギルドの先生方におれが狙われちまうだろうが、バカ。そんなアホみたいな理由でまだ死にたくないんだよ、おれは」


 「だったら、先ずはギルドの先生に断ってくる。レイスししょーの弟子になるから、ギルドを抜けますって」


 「おまえ人の話を聞いてたか?まだまだ若造のおれが勝手にギルドを立ち上げるのをここの人たちは認める筈が無いってーの。元よりそれぞれのギルドってのはかつて魔王を倒したパーティーのメンバーがそれぞれの技術を後世に伝えるために残した由緒あるギルドなんだよ。そこにどこの馬の骨とも知れない若造が新しいギルドを立ち上げます、なんて言ったら簡単に叩き潰されるわ」


 「むぅ、それはギルドを立ち上げる時の話。わたしはただ弟子にしてくれとお願いしている。それだけなら問題ない。スケールを大きくして話を逸らそうとしているのはししょーのほう」


 ちっ、ばれたか、と内心で舌打ちする。まあ、実際のところ、弟子にするだけなら問題ないのだ。弟子にするだけならな。大事なことなので二回言いました。問題なのはおれの方なのだ。特にこの都市で言われ続けている二つ名の方が。



 「わかったよ。善処はしといてやるから今日はもう帰れ」


 「その言葉、忘れないでね。ししょー。じゃあ、また明日」


 「おう、また明日な」


 善処しとくと言っただけで、弟子にしてやるとは言ってない。ちょっと卑怯な言い方だったが、だまされる方が悪いのだ。でも、最後にまた明日と言っていたシズの微笑んだ顔にちょっとした罪悪感に襲われてしまった。


 あ~あ~いつの間にかおれもズルい大人の仲間入りをしたのかね~、なんて自己嫌悪に陥りつつ見えてきた傭兵ギルドの建物に入った。




 傭兵ギルド。

 まあ言葉通りの意味で傭兵たちの情報交換や、一般市民や国からの依頼を傭兵たちに提供するためのギルドだ。ちなみにこのギルドは他の戦士ギルドや魔法使いギルド、神官ギルドに所属していても入ることができる。というよりも各ギルドでそれぞれの技術を学んだ者たちがパーティーを組んで、依頼を達成して報酬を得るために集まってくるのが正解か。



 本来ならおれもどこかのパーティーに所属して依頼をこなして日々の糧を得るのが普通なのだろうが、とある事情によりおれとパーティーを組もうという者はいない。”首狩りヘッドハンター”、それがおれに付けられた二つ名だ。


 そう呼ばれるようになったのは傭兵になって一年が経とうとした時期に新しいダンジョンが発見され、そこに仲間たちと挑戦したことが切っ掛けだった。順調に攻略は進み、未踏破地区を突き進んでいったおれたちはダンジョンの奥でそいつに出会った。巨大なハルバード背負い、両手に斧を持った火を吐く牛頭人身の怪物、ミノタウロスに。


 結果だけを言うと、パーティーはおれを残して全滅した。気絶している間に仲間は殺され、あの化け物はどこかに去っていた。おれは皆のギルド証のタグを回収し、五人分の遺体を持ち帰ることは一人ではできなかったため、首を切って頭部だけをマントに包み持ち帰ることにした。遺体は不死王がこの地に呪いをかけたため、早ければ三日でゾンビとなってよみがえって人を襲うようになるため、ランタンの油をかけてその場で燃やした。


 そうしてなんとかキサラギの街にまで帰還したおれは、仲間の首を狩ってきた不吉な野郎とさげすまれるようになった。そういう事情もあり、このあとも今に至るまで様々なことがあったがずっとソロで活動してきた。新人たちの面倒を見るようになったのも、ギルド長であるリンの姐さんに頼まれてからだ。



 「あ~やめやめ、嫌なことばっか思い出してても前には進めないっての」


 復讐を果たし、仲間に報告をしたあの日から前に向かって進んでいくと決めたのだ。立ち止まっている暇はないのだからと己を鼓舞し、姐さんに報告すべく受付嬢に挨拶をしてギルド長の執務室へと足を運ぶ。三階まで上り、やたら重厚感のある扉を叩く。入れ、と短く返答があったのでゆっくりと扉を開けて部屋に足を踏み入れた。



 「レイス、ただいま戻りました」


 「うむ、ご苦労だったね。で?新人たちの様子はどうだい?」


 「どうもこうも、ようやく戦えるレベルになってきたって所ですね。殺しにも慣れてきてますし、あともう少し様子を見たらおれの仕事も終わりって感じですかね」


 「そうか。まあ早く戦えるようになってギルドに貢献してくれればそれでいいさ。黒猫ブラックキャットの方は相変わらずかい?」


 ブラックキャットはシズのことだ。盗賊ギルドに所属した者は漏れなくギルドの先生方から二つ名をもらう。シズは黒い服を好むところと、ツンッと澄ましたところからそう名付けられたのだろう。



 「ずっとししょーししょーと言って、弟子にしてくれとうるさいですよ。どうにか諦めさせられないか、良いアイデアとかないですか?」


 「そうだね~~」


 う~む、と悩むリンさんを何となく眺める。体の線に沿ったワンピースで太ももの付け根のちょっと下辺りからスリットが入り、三十も半ばくらいと年齢は聞いているがそう見えないほど若々しく、そしてエロい。誘っているんじゃないかと疑いそうになるが、それは彼女の膝までを包んでいる鋼でできた武骨なグリーブがそれを否定している。あれは蹴りやすくするために、動きを阻害しないように入れられているスリットなのだ。また両手用のガントレットは近くの棚に置かれている。

 さらに驚きなのはこんな格好をして装備も戦士か聖騎士かという感じなのに、魔法使いだっていうのだから冗談だろと思う。実際、帽子掛けには魔法使いのシンボルとも言える三角帽子が掛けられており、木の杖も一緒に立てかけられている。



 「まあ、なるようになるだろうさ。いっそのこと、弟子にしちまえばいいじゃないか?」


 「リンさんもわかっているでしょうに、弟子にするってことは言い換えればおれの身内にするようなものですよ。そうなってしまえばどうなるか、わからない訳ないでしょう?」


 暗にこれまで自分がしてきたことを知っている彼女に、これ以上言わなくてもわかるだろうと視線で訴える。しかしリンさんはそれもわかった上で、おれに面倒を見なと言いたげに笑うだけだった。



 「そうなったときはそうなったときだよ。それらのリスクの話もしないでただ頑なに弟子を取らないって言っても理解してもらえることはない。そこんところ、まだ話してないんだろ、ヘッドハンター?」


 「あ~も~わかりましたよ。今度、きっちり話す場を設けて話し合ってきます。一応、おれからの報告は新人たちのことだけで終わりですが、何かありますか?」


 「あるよ。あんたにしか頼めない案件が一つね。詳細はこの紙に書いてあるから、読んだら燃やして処分しておくように」


 「また、面倒そうな臭いがしますね」


 メモを受け取り、上から先ずは斜め読みして全体の話を把握する。それから必要な情報をしっかりと読み込んで頭に入れていく。そして読み終わったところでロウソクから火をつけて暖炉の灰の中に放り込んだ。



 「これ、名目は諜報活動ってことで良いんですよね?」


 「別に首を取ってきてもらっても構わないけど、戦争前に状況が読めなくなるのは痛いからね。敵の戦力把握と配置の確認を頼むよ」


 「了解です、ギルド長。あいつらの教育はどうするんですか?」


 「ん?そうだね……。いずれは新人達も相対するんだ。社会科見学の感じで近くまで一度連れて行ってやったらいいんじゃないかい?」


 「わかりました。じゃあ、その分の報酬も上乗せでお願いしますよ。彼らには砦の外の戦力調査をお願いしますからね」


 「わかったよ。気を付けて行ってきな」


 「ええ、死なない程度に頑張ってきます」


 一礼し、執務室を後にする。明日、あいつらに会ったらまず最初にどうこの話を切り出したものか、頭を悩ませながら、行きつけの酒場を目指して歩くことにした。

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