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たとえ禁忌を犯そうとも

 「うらぁっ!!」


 「くっ!!」


 ガルドの振るう大剣をかわし、受け流して隙を窺うが一向に攻められずにいる状態が続いている。シャドウ・サーヴァントのおかげでゾンビやほかのモンスター共の邪魔が入らないのはいいが、どうしても剣群だけは自分で対処する必要がある。それに意識を割かないといけない分、目の前の相手に集中できていないのが原因だ。



 「どうしたヘッドハンター!動きにいつものキレがないぞ!?」


 「うるせぇ!息がくせぇからその口を閉じてろ!」


 「はっ、ほざいてろ!」


 力任せに振り下ろされた大剣をバックステップで回避して距離を取る。その間を埋めるように飛んできた剣や槍を打ち払い、何本かはそのまま両断して潰していく。それでも減る気配を見せないから、うんざりするなんてもんじゃない。


 それでも動きを止めればいい的にしかならないのでとにかく走り続ける。ガルドを中心に円を描くように走りながら状況を分析する。


 戦況は優勢。シャドウ・サーヴァントがモンスター共を駆逐するのはもう時間の問題だろう。唯一警戒していたレッドオーガはミノタウロスが相手をしている。あいつなら確実に倒してくれるだろうから、討ち漏らしの心配をしなくていいので有り難い。



 だが、おれの本当の敵はガルドでも、ましてやレッドオーガでもない。時間だ。時間が一番の問題なのだ。ガルドはどうか知らないが、おれのこの魔人化には時間制限がある。その時間は、およそ5分。もう半分の時間は過ぎてしまっただろう。


 背後から剣が飛んでくるのを感知し、振り返るいことなく避ける。地面に突き刺さったところを掴んで引き抜き、ガルドの魔力を押し流して支配権を奪い取る。左手に剣を持ち、ガルドに向かって駆ける。


 この魔人化の利点は今、死角からの攻撃を察知できたように周囲の状況を魔力を通して知ることができることだ。それは魔力を体外に放出し、また周囲から取り込んで無限にも似た魔力供給を可能にすることの副作用のようなものだ。


 魔力の無限供給、それによる周囲の状況を知覚を可能とするなど、メリットばかりが目立つがどんなものにもデメリットは存在するものだ。



 「っらぁっ!!」


 「ふん!」


 左手の剣を振り下ろし、それを大剣で粉砕される。破片が飛び散り、いくつかが頬を切り裂くが構わず本命の刀による突きを放つ。体ごと当たるつもりで突き込んだが、寸でのところで引き戻された大剣によって軌道をズラされ、鍔迫り合いに持ち込まれた。



 「ハハッ、楽しいなぁヘッドハンター」


 「そうかい、おれは全然楽しくねぇよ」


 「つれないことを言うなよ。それとも、もう時間が無くて焦っているのか?」


 ニタァっとわらうガルドに舌打ちし、一層力を込めて押す。こちらの焦りがわかるのなら、自分はどうなのか?もしや時間制限もなく、完全に魔力制御に成功したとでもこいつは言うつもりなのだろうか。



 「そういうおまえはどうなんだ?そろそろ同化が始まるんじゃないか?」


 「わかっているじゃないか。お前の言う通り、こっちも時間切れが近い。だが、それがどうした?」


 「なに?」


 ガルドが言ったことの意味がわからず、一瞬気が緩んだ隙をつかれて押し返され、腹を蹴り飛ばされて踏ん張りきれずに地面を転がる。追撃を恐れてすぐに膝をついて態勢を立て直したが、奴は自分で切りかかろうとも、剣群で追い打ちをかけようともせずに悠然とこちらを見下ろしていた。その余裕がどこから来るのか、それがわからずに余計に困惑してしまう。



 「魔人化の代償、それは魔力制御を奴ら魔族の連中と同じように精密に行えないがために体が魔力、より正しくは魔素へと還元されるために起こる世界との同化現象だ」


 「そこまでわかっていながら、なぜおまえはそんな余裕を保っていられる?」


 こうして話している間にも、過剰供給された魔力が体を魔素へと変異させていっている。その証拠にガルドの体も、そして自分の体からも魔力の粒子が光となって漏れ出ている。同化現象が進んでいる証だ。


 これを防ぐ方法はわかっているだけでも2種類しかない。1つは魔力制御が不完全であると原因がはっきりとわかっているのだ。それを完全にモノにできれば良い。だが、それを習得するには長い年月、魔力を扱うことに慣れる必要がある。だからこそ魔力制御に優れた大魔法使いと呼ばれるような人物には老人が多いのだ。


 では、もう1つの方法とは何か?それはこの世界へと引き留める楔があればいいのだ。より具体的に言うなら契約を交わした相手、シンクのような従僕ではなくマスターとなる存在がいれば解決するのだ。


 過剰供給された魔力による魔素への変換。自己と自身を取り巻く世界との境界線があやふやになることによる同化現象。この2つのうち、後者の自己を保つことが重要なのであり、その為にマスターが自意識を引き起こしてくれれば限界を超えても魔人化を止めて人に戻れる確率が高くなるのだ。


 以上のことを踏まえて、果たしてガルドにそのような相手がいるのだろうか?その答えは否とするだけの証拠がないが、もしいるのであればこちらが圧倒的に不利だ。もしいるのであれば先にマスターを探し出して始末する必要がある。


だが、その答えはガルド本人の口からあっさりと告げられた。



 「そんなこと、どうでもいいからに決まっているだろう?俺はお前を殺せればそれでいい。この先、お前以上に最高の殺し合いをできる相手が現れるとは限らねぇ。なら、目の前にいるお前に全力で当たるのに、躊躇う必要がどこにある!」


 「はっ、そこまでとは……。おれも厄介な奴に好かれたもんだわ」


 衝撃の告白に苦笑し、緊張していた体から適度に力を抜いて立ち上がる。背水の陣を決め込んだ相手に、後のことを考えて対峙するのは生半可なことでは済まないのはこれまでに経験済みだ。しかもその相手のレベルが自分を殺し得る各上となれば、こちらも本気の全力全開。後先なんて考えずに最強の攻撃を叩き込むしかないじゃないか。



 「なあ、ガルド。おれはもう時間切れだ」


 「ふんっ、だが諦めた訳ではあるまい?俺も当に時間切れだ。あとはこの自己が世界に溶ける前に、お前をこのフルンディングで叩き斬ってやるだけよ」


 掲げて見せた大剣から禍々しい魔力が溢れるのを感じ取り、やはり魔剣の類であったかと改めて確信を得ることができた。道理で普通の剣や鎧なら容易く両断してしまう振動剣である陽炎を使っても斬れない訳だ。


 魔剣を相手にするのであれば、こちらも師匠から譲り受けた魔槍を使うほかあるまい。魔力の保有量の問題で普段から使用するのは不可能だったが、今の魔人化この状態なら問題なく必殺の一撃を放つことができるだろう。


 刀を鞘に納め、シャドウ・ボックスから魔槍を抜き放つ。封印術式を施してあるため、完全に解放するには手順を踏まないといけないため、もう少し時間を稼ぐ必要がある。



 「おまえがそう言うなら、こっちも全力で付き合ってやるよ!」


 槍先を低く構えて、ガルド目掛けて疾駆する。いきなり仕掛けてくるとは考えていなかったのか、無防備に晒されているのど元を狙って突きを放つ。危機に対しての反射運動か、後ずさったときに倒れていた死体の腕を踏みそこない、体勢を崩して避けられてしまった。



 「ちっ、今ので決めれたら良かったんだけどな。……封印術式、第一、第二、第三までを順次解除」


 封印解除のために詠唱をしながらの戦闘は辛いものがある。しかし、ガルドに攻める隙を晒すのがもっと怖い。魔剣の持つ能力がなんであるかわからない以上、自由に攻撃させないのが一番だ。


 槍の真骨頂は突き。一撃を外したからと言ってそのまま引き下がる道理はない。息もつかせぬほどにとにかく突きまくる。何度弾かれようともすぐに引き戻し、少しでも隙があるところに突き込む。一突きするあいだに術式の解除が進み、徐々に魔槍が魔力を帯びていく。



 「くそっ、調子に乗るなぁ!!」


 「くっ、最終術式……完全解放」


 魔力を伴った攻撃に大きく弾かれ、地面に轍の跡にも似たものを刻みながらもなんとか踏みとどまり、顔を上げると一瞬で距離を詰めたガルドが今にも大剣を振り下ろそうと構えていた。



 「死ぃいねぇっ!!」


 暴風を纏ったかのようにも見える大剣が振り下ろされる。咄嗟に後ろに跳んで躱したものの、地面を叩きつけたときの衝撃で土砂が舞い、石などのつぶてが体を叩く魔力を身体強化にも回している分、痛みはそれほどないがあれを直にくらったらと思うとゾッとする。


 足が地面に着いてちゃんと大地を踏みしめた瞬間、恐怖を振り払って暴風の中心へと踏み込む。槍の間合いを保持しつつ、突きを繰り出し、弾かれた勢いを殺さずにその場で回転して薙ぎ払う。遠心力を十分に込めたそれはガルドを弾き、後退を余儀なくさせる。


 さらに追い打ちをかけようと突くために槍を引いたのに合わせて踏み込んでくる。慌てて突いたが冷静に防御され、柄を滑るようにして剣を走らせてきたので指を落とされてはたまらないので手を放す。槍が弾かれ、横薙ぎに振るわれた剣をしゃがんでやり過ごし、殴りかかってきた左腕を掴んで全身で絡みつく。



 「くそっ、離れ!?」


 ガルドが何かを喚いていたがそんなことは無視して体を捻って倒す。倒れた拍子に自分も背中をしたたかに打ち付けたが気にしていられない。小指を思いっきり掴んで折ってやり、痛みに呻いている間に立ち上がって距離を取る。


 魔槍を引き寄せ、その能力を発揮させるために魔力をガンガン流し込む。おれから供給される魔力だけでは足りないと言わんばかりに魔槍は周囲の魔力まで貪り尽くすように吸収していく。



 「レェイスッ!貴様よくも俺の指を!」


 「小指をやられると力が入らねぇだろ?」


 「ッ野郎!これで終わりにしてやる!唸れ!フルンディング!」


 暴風を纏い、その風が唸り声を上げているような錯覚をもたらす。風が死んだ者たちの血を巻き上げ、フルンディングがその血を吸い、ビキビキと音をたてながらより凶悪なフォルムへと変化していく。対してこちらも魔槍が早く敵の心臓を食い破らせろと言わんばかりに赤い雷が迸る。



 両者共に満身創痍。周囲の敵を狩り尽くしたシャドウ・サーヴァントは役目を終えて消え去り、砦を囲んでいた火も魔力の供給を絶たれて鎮火している。ガルドの剣群もそちらに回す魔力が無いのか、地に落ちてしまっている。



 立っているのは2人だけ。


 吹き荒れる暴風と轟く雷鳴。


 そのどちらもが相手を確実に殺すと殺意に満ち満ちている。


 勝負は一瞬。


 ガルドは上段に大剣を構え、こちらも魔槍を構えて駆ける為に腰を落とす。



 張り詰める緊張の糸。それが切られたのは誰かの呼ぶ声だったか。


 目の前の相手に全神経を集中していたおれはそれを切っ掛けに最後の突撃を敢行する。



 引き延ばされる時間の感覚。極限の集中状態が時間を遅く感じさせる。


 コマ送りのようにガルドの口が、そして腕が動いて必殺の一撃がゆっくりと振り下ろされる。



 「穿ち、貫け!ゲイ・ボルグ!!」



 果たして声になっただろうか?魔槍の名を叫び、その能力を発動させる。


 突き出した槍先は低く構えていたせいもあり、足元しか狙えない。


 しかしこの槍は魔槍だ。そんな条理を覆し、槍先がブレて赤い稲妻と化す。


 振り下ろされた大剣が槍を突き出したときに半身になって空いた空間を裂いていく。


 そして、赤い稲妻と成った魔槍がガルドの左胸へと吸い込まれていき、紅く大きな花弁を咲かせた。




 「ぐふっ、バカな……!!」


 溢れる鮮血が自身を濡らし、紅いコートに染み込んでいく。ガルドは自分の心臓を貫いたものが信じられないと言わんばかりに目を見開いて凝視している。


 力なくだらりと下がった右手が魔剣から離れ、主を失った魔剣は地に落ちる。



 「俺は、負けたのか……」


 「ああ、おれの勝ちだ。……もう眠れ」


 魔槍を引き抜き、封印術式を施してからシャドウ・ボックスに納める。その間に支えを失ったガルドが膝を付き、空を仰ぎ見る。意識が薄らいできているのだろう、体中が魔力の粒子に変わろうとしている。



 「はぁ、悔しいなぁ。お前を殺すのは、俺だと思っていたのに……。なあ、俺は強かったか?」


 「いまさら何を。おまえ以上に厄介な敵は、ここ最近はいなかったよ」


 「くくっ、そうか。なら、いいか」


 どういう心境なのか。その表情から読み取るのは難しいが、満足しているようにも見えなくもない。



 「そら、勝者の権利だ。このトロフィーを持っていくがいい」


 消えてしまうだろうに何をと思わなくもないが、そう望むのであれば最後くらい聞いてやるのが情けというものだ。


 鞘を握り、鯉口を切る。腰を落として柄を握り、居合の構えを取る。



 「その首、貰い受ける!」


 斬ッと首を薙いだと同時に、完全にガルドの体が粒子となって消え去る。その光景を抜き放った刀を鞘に納めつつ眺めていると、駆けてくるシンクとその背にはシズとリンさんの姿が見える。


 なら、さっき聞こえた声は2人のものか。そんなことを考えながら、気力だけで保っていた力が徐々に抜け、地面へと崩れ落ちる。なんとか仰向けになると、自身の体から立ち上る魔力の粒子がキレイだなと、まるで他人事のような感想を抱く。


 魔人化はガルドを倒した時点で解除してある。それでも同化現象が止まらないということは、まあ……そういうことだろう。



 2人が駆け寄り、体を揺さぶって何かを言っているようだが、もう耳も聞こえない。シンクが顔を舐めるはくすぐったいと思えるから、まだ触覚は残っているようだ。


 いつもは無表情を崩さないシズが、泣き顔を覗かせる。たかだか一か月にも満たない関係で泣くなよと苦笑しながら、なんとか右手を動かして涙を拭ってやる。その手を握り、頬に押し当てているのを見ながら、リンさんに視線を向ける。


 相変わらず眉間に皺を寄せ、何かを思案しているような表情をしているのが印象に残る。それを瞼の裏に残滓としながら、自意識が深い水底へと沈んでいく。



 周りを取り囲む水泡に、ここに来た時からの記憶が映る。


 仲間と共に初めて狩りへ出かけたこと。装備も充実してきたところで、新しく発見されたダンジョンへみんなで挑んだこと。そして全滅と、そこから始まる復讐への道。復讐を遂げてから、目標を見失い、辿り着いた果てでの影の国ダン・スカーの女王との修行の日々。そして、帰ってきてからの今までの月日が浮かんでは消えていく。


 ああ、これが走馬灯か……。


 辛く、苦しい日々だったが、そう悪い人生ではなかったと思えたから良かったのだろう。


 そう満足していると、温かな光が差してくる。


 それに無意識に手を伸ばし、誰かにその手を掴まれて引き上げられる感覚を最後に、意識が完全にシャットダウンした。

GWも終わってしまいましたね。

作者はこれと言って何処かへと行くということはほとんでできませんでしたが、母の日の贈り物に花を買って供えてきたくらいでしょうか。


もう母の日は終わってしまいましたが、まだの人はちょっと遅れてでもいいので日頃の感謝は伝えてみてはいかがでしょうか?


突然、言えなくなることもあるでしょうから、言えるときに言っておいたほうが良いと思います。



さて、ちょっと重い話をしてしまいましたが、首狩り男と新人共も次回で最終話となります。


最後までお付き合いいただけると幸いです。

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