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撤退と殿

熊本地震から一週間。

私も熊本在住ではありますが、北部に住んでいたため被害はそれほどなく、無事に生活できています。

やっと落ち着いてきたので更新を再開していきますので、最終話までちゃんと書ききりますのでお付き合いくだされば幸いです。

 「よう、生き残っていたようで何よりだ」


 「ししょー!ししょーこそご無事で何よりです」


 「レイスさんが戻られたということは、敵の首領は討伐されたんですか?」


 「ああ、ちゃんと首を取ってきた。だが、状況が非常に不味い。リンさんはどこにいるかわかるか?撤退を進言しなければ……」


 シズとシンイチから声をかけられ、適当に返しながら視線を巡らせる。片手間に来る敵を切り伏せながら探していると、少し離れたところでノブナと一緒に戦っているリンさんを見つけた。



 「よし、お前らは周りに合わせて後退しろ。シンク、すまないがもう少しこいつらの面倒を頼むぞ。ロビン、お前もこいつらと一緒にいてやってくれ」


 「別に構わないが、急がないと亡者どもに押し潰されるぞ」


 「わかっている。リッチの首を取ったんだ。魔法の効果が切れるのを待てばゾンビは増えなくなる。それにリンさんもここで徹底抗戦を訴えるほど馬鹿じゃない。提案すればすぐに聞き入れてくれるさ」


 「わかったよ。では、さっさと行ってこい」


 頷いて返し、敵味方の入り乱れた戦場を駆け抜ける。もう少しでリンさんのところに辿り着こうとしたところで、リンさんに背後から襲い掛かろうとしたゾンビになった元傭兵の首を落とす。それに気付いて振り返ったリンさんがニヤリと微笑み、ありがとうと礼を言ってきた。



 「助ける必要はなかったですか?」


 「いや、お前に助けられるのは悪くないよ。それよりも、敵の首は?」


 「リッチの首は取ってきました。ガルドとレッドオーガはこういう状況になってしまったので放置してきました。リンさん、すぐに撤退の命令をお願いします。このままではジリ貧です」


 「リッチの首を取ったんだ。十分な戦果だよ。よし撤退だ!ノブナ!全軍に撤退命令を出せ!」


 「あいよ!撤退命令だ。シンゲン、魔法で合図を頼む!」


 「了解です!」


 シンゲンが魔法を打ち上げ、それを見た傭兵が少しずつ後退を始める。というか、辺境軍の方は本陣の方が先に撤退を始めていたようで連携も何もないような状態だ。あれでは被害が増えてしまう一方だ。これだから本国から来た奴は信用ならない。


 それに比べてセイジの十字軍クルセイダーズは見事なものだ。もとから聖騎士が多く所属しているクランだけに、ゾンビの相手もそんなに苦労なく撃退できているのだろう。スムーズに後退していっているから問題はなさそうだ。


 全員で街へと唯一繋がっている街道へと走る。辺境軍のほとんどは撤退しており、街道の入り口では十字軍クルセイダーズと戦国同盟のメンバーが防衛線を築いて撤退を支援している。シズとロビンらも既に撤退したらしく、街道の先にシンクの赤い毛並みが遠目に見えたから間違いないだろう。



 「それでどうするんだ?誰が殿しんがりを務める?」


 「それは……」


 好戦的な笑みを浮かべながらノブナがリンさんに訊く。リンさんが逡巡するのも無理はない。殿を任せるということは、そいつらに死ねと言うのと同じことだ。


 首を落とすか、燃やし尽くしでもしない限り倒しても増え続ける敵。誰かが倒れれば、その誰かもゾンビとなって襲ってくる。そんな状況で殿を務めようと言う奴はいないだろう。



 「リンさん、おれが殿をやります」


 「だが、お前1人では」


 「任せてください。以前、お話しした奥の手を使いますから」


 リンさんからの視線を受け止める。それに力強く頷き、決心を促す。ここにいる誰よりも生き残ることに長けている自信があるし、何よりも仕掛けは済んでいる。あとは最後尾が森の境目の街道を抜けてしまえば発動させることができる。



 「な~に面白そうな話を2人でしてやがる。あたいも混ぜろよ」


 「ノブナさんは自分のクランを指揮して早く撤退してください。ここからは、おれの舞台です」


 最後尾が街道が抜けたのを確認してから、森の境目の木々に仕掛けたルーンを発動させる。仕掛けたルーンはアンサズとケイナズ。神と炎を意味し、神聖な炎という意味を込めて木々に刻んでおいたものだ。相手がアンデッドなら、触れただけで瞬時に灰と化してしまうだろう。



 「あとは皆さんが行ってくれれば、ここの出口を閉じることができます」


 「だったら、お主も一緒に来ればよいではないか?この炎だけでも、十分な足止めになるじゃろうて」


 「シンゲンさん、おれにはやり残したことがあるんです。それをやらないことには、おそらくすぐに追手がかかって被害が増えます」


 「それはどうして?」


 「それは……」


 言おうと口を開きかけたその時、砦から最後に残ったワイバーンが飛び立った。



 「おそらくあれに乗っているだろうガルドの首を取ることです」


 砦の上空を旋回し、何かを探すようにしているワイバーンを見る。そうしているとこちらに気付いたのか、一直線に向かってきた。



 「ほらな。やっぱりあいつだった」


 まだまだ遠いが、それでも剣をたくさん装備したあのシルエットはガルドに間違いない。奴との因縁を断ち切るいい機会だ。



 「ようはあれを落として倒せば良いんだろ?だったら簡単じゃないか。ここにいるあたしのパーティーとお前が居れば、あれを倒してからでも十分に逃げられる」


 ニィッと口角を上げて笑いながらノブナさんが言う。だが、それはダメだ。さっきも言ったように、ノブナさんには生きていてもらわないと困る。優秀な指揮官は、そこらの傭兵とは命の価値が違うのだから。



 「そういう問題じゃありません。あなた方はここで死ぬべきではないから先に行けと言っているんです」


 「それはお前もだろうが!お前ほど優秀な奴を、あたしは知らん!そのお前がこんなところで死ぬなんて、あたしは認めないぞ!」


 怒鳴られて思わず身を竦めてしまうなんて、何時ぶりだろうか。そもそもここまで自分のことを思って怒ってくれる人間なんて、そうはいないだろう。


 

 「ノブナ、そこまでだ。一度頭を冷やせ」


 「黙っててくれリンさん!リンさんも、こいつのことを気にかけているじゃないか!だと言うのに、あなたもレイスに死ねと言うのか!?」


 リンさんの胸倉を掴んで怒鳴るノブナさんに対して、当の本人はいたって平然としている。そのままの状態でこちらに視線を送り、大丈夫なのかと問われた気がしたので頷いて返す。



 「レイスは奥の手があると言った。それに、生きて帰るのだろう?」


 「もちろんです。こんなところで犬死になんてごめんですからね。あいつの首を取って賞金を貰うまでは死んでも死に切れませんよ」


 冗談めかして言いながら笑う。そうだこんなところで死ぬなんてごめんだ。あのいけ好かないセイジは先に逃げていて、あいつの為に死ぬなんて真っ平ごめんだ。シズにはまたいろいろ教えてくれと頼まれている。オズには試験運用の結果報告をしないといけない。シンクの契約者になったのだから、あいつを残していくのは主としてもってのほかだ。


 まだまだやるべきことがたくさんある中で、死ぬなんてことは考えられない。


 それにおれはアサシンだ。


 アサシンとは、対象を抹殺して自身が生き残ることを前提に作戦を考えるものだ。


 そのアサシンであるおれは、ここで死ぬことは作戦に含めていない。



 「レイスもこう言っている。だからこの手を放せ。そして早く撤退するぞ」


 「だが、それでは」


 「あの~盛り上がっているところ申し訳ないのですが、ワイバーンがもうそこまで迫ってブレスを放とうとしておりますよ」


 控えめにヨイチが警告を発し、その場にいた全員が空を見上げる。するとそこには確かに、ブレスを吐き出したワイバーンが目に映った。



 「全員退避!避けて頭上を警戒しろ!」


 全員が街道の方に逃げる中、自分だけは砦の方に逃げる。それに気付いたリンさんやノブナさんが何かを言おうとしていたが、ブレスが着弾した爆発でかき消されて聞こえなかった。それでも不安にさせないよう笑みだけ返し、残った出口を火炎で閉じた。



 「さて、これで邪魔者はいなくなったことだし。そろそろ落とすか」


 頭上を通り過ぎ、もう一度戻ってきたワイバーンに狙いをつけてストライクキャノンを構える。ブレスを吐こうと口を開きかけたところを狙って一発。鼻先に当たって爆発し、落ちてくるところに更に畳みかけるように撃ち続ける。全弾撃ち尽くした頃にはボロボロになったワイバーンが地面に横たわっていた。



 「やっぱりオズの作るものはスゴイわ。魔法なしでワイバーンを仕留めるなんて、そうそうできるもんじゃないぞ」


 個人で、しかも誰でも討伐可能となれば、これを量産化したときの未来が図り知れない。確実に言えることは人間の勢力圏が広がることはもちろん、人間同士の戦争に使われたときが恐ろしい。


 ひとしきりオズの発明品について考察していると、最初の一撃目のときの爆炎から飛び出した影がゆらりと立ち上がる。ところどころ火炎にまみれたせいか皮鎧を燻らせながら、剣やナイフを全身に装備した奴が姿を現す。



 「もう逃がさねぇぞ。ヘッドハンタァッー!」


 「そう怒鳴るなよ、ガルド。あと怒りすぎて流暢に話してるじゃないか?そっちの方が会話しやすくていいぞ」


 片言のように話していたガルドがいきなり流暢にしゃべっていることに違和感を覚えながらもストライクキャノンを収め、代わりに刀を抜き放つ。



 「うるせぇ!もう形振なりふり構っていられるか!」


 背負っていた大剣を抜くと同時に、全身に装備していた剣までもがひとりでに抜けて空中に浮かび上がり、その剣先をこちらに向けて滞空する。その不可思議な現象に眉をひそめながら観察していると、ガルドの瞳が紅く、爛々と輝いていることに気付いた。



 「ああ、なるほど。おまえ、呪法に手を出したのか」


 「くははっ!そうとも!こいつは魔人化だ!これで俺はお前を倒す!」


 哄笑を続けるガルドの背後で、持ち主のいなくなった武器が次々と空中に浮かび上がっていく。ガルドの周りに渦巻く異様な雰囲気に死んでいる筈のゾンビすら恐れを為したのか、他に生き残っているオークやゴブリンと共に近づいて来ようとしないほどだ。それはそれで有り難いが、周りに何もないこの状況では肉壁になってくれたほうが助かるのにと思ってしまう。


 嘆息したところで状況が改善する訳でもない。刀を握り直し、覚悟を決める。ガルドが一種の高揚感に浸っている間に、こちらも奥の手を使うために精神を集中させる。



 体の中心から全身に魔力を漲らせ、装備全体にも行き渡らせる。刀の先まで伝わった魔力により、刀身に触れる風まで感じられそうだ。


 ヒヒイロカネを使って打たれた刀が魔力に呼応し、高速に振動して熱を発生させる。その熱によって空気が揺らぎ、刀の銘の通り陽炎が立ち上る。



 「さあて、そろそろ始めようか。お前を殺して、その刀もこの剣群に加えてやろう!」


 「ははっ!それは無理な話だ!」


 周囲へと魔力を広げ、それを体内に取り込んで循環させる。仮初の全能感が全身を駆け巡る。ずっと禁じてきた呪法だが、ガルドの魔人化に対抗するには同じものをぶつけるしかない。



 「ヘッドハンター、お前もか!?」


 「これがおれの切り札だ!」


 魔人化は個人の思想や能力、それに準じた特殊能力を発現させる。


 ガルドならデッドマンズ・ソードの異名通り、死者の剣を自在に操る能力を発現させた。



 ならおれは?


 おれの異名はヘッドハンター。


 影の国ダン・スカーで学んだ影魔法、またそこで戦った過去の英霊たちを討って傘下に従えた。



 それがおれの特殊能力の源泉。


 さあ、我が軍勢を披露しよう。


 生きた仲間はいないが、おれには様々な手段を用いて撃退してきた強敵たちがいる。


 

 「影より出でよ!シャドウ・サーヴァント!」


 自身の影が広がり、そこからいくつもの影が立ち上がる。装備も性別も、そして種族すらも超えて武器を携えた戦士たちが勢揃いする。


 その数はおよそ百余り。


 皮鎧に身を包んだ戦士も、プレートアーマーに身を包んだ重装騎士もいる。ローブを身に纏い、杖を構えた魔法使いがいる。


 獣毛を生やしたコボルドがいる。筋肉が膨れ上がり、ぶっとい棍棒を肩に担いだオーガがいる。オークの戦士がいて、リッチもいる。


 そして傍らにはハルバードを片手に仁王立ちする最初の敵のミノタウロスがいる。



 様々な種族がいるが、共通していることが一つだある。



 それは、皆一様に首から上が無いことだ。



 「こいつらはおれが今まで首を落としてきた連中だ。知恵を絞り、あらゆる手を尽くして討ってきた強敵たちだ!こいつらを打倒できるものなら、やってみるがいい!」


 「上等だ!全力をもって滅ぼしてやる!」


 剣群が襲い掛かり、それらを弾いてシャドウ・サーヴァントが進軍する。



 ここにオーク砦の最終決戦が始まった。

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