逃走
「埒があかないな」
「その割には、ずいぶんと余裕があるように見えるが?」
「そうでもないさ」
戦闘を始めて体感で30分くらいか?束の間の停滞が生まれ、ロビンの隣に立つ。相手側も息を整えるために警戒しながらも固まっている。ガルドとレッドオーガも、そしてリッチも魔力の消耗から瞑想している。対しておれはこれくらいでへばるような体力をしていないから問題ないが、ロビンは肩で息をしているのをなんとか整えようとしている状態だ。
ロビンはレッドオーガを相手に回避中心のスタイルで戦っているため、体力の消耗が激しいのだろう。それに一撃でもくらったら終わりだという緊張感もあるだろうから、精神的にも辛い筈だ。
かく言うおれはガルドを相手にしつつ、隙があればリッチへ攻撃を仕掛けている。どの攻撃もガルドに邪魔されたり、リッチからの魔法攻撃で失敗に終わっている。そうやっておれが狙っているぞ、というアピールをリッチに対して続けているおかげで、ロビンの方へ魔法攻撃が放たれることはない。それに体の大きなレッドオーガが邪魔というのもあるのだろう。もし攻撃が向かっていれば、ロビンはどちらかに気を取られた時点で倒されてしまう可能性が高いのは間違いない。
「どちらにせよ。このままではじり貧だ。撤退もありだと思うが?」
ロビンの提案を真剣に考える。当初の予定ではリッチが単独でここにいるのを奇襲して仕留めることだった。しかし実際は予想していた中でも最悪の状況だ。ガルドだけなら因縁からしてここにいる可能性も考えられたが、ゴブリンどもの親玉までいたのは不味い。
これでは最初のプランは捨てて、最も取りたくなかった手段を取るしかないのかもしれない。
「よし、撤退しよう。プランEに切り替えだ」
「正気か?」
「正気も正気だ。すぐにやるぞ」
ハルバードをシャドウ・ボックスに納める。それを見ていた奴らが怪訝な表情で警戒感を強めるが知ったことではない。これから逃げるのだ。少しでも身軽な方がいい。
「ドウシタ?武器ヲ納メテ死ヌ覚悟デモ決マッタカ?」
「ああ。今回は逃げることにした。生きていたらまた会おう」
「みすみす逃がすと思うなよ、人間」
呪文を唱え始めたリッチに不敵に微笑み、床に手をついて以前から潜入のたびに仕掛けていたルーン魔術を起動させる。
「バカ!ここで起動させたら!」
「ヌ!?コレハ!?」
「ウガッ!?」
「貴様!いったい何をした!?」
ロビンの口からバカなんて言葉を聞けるとは、そんな言葉を言わない奴だと思っていただけに面白くもある。ガルドとレッドオーガはまだ事態の把握ができていないようだが、砦全体が悲鳴を上げているかのようにギシギシという音や罅が走る音が聞こえてきているので何かをしたことだけはわかるのだろう。リッチはさすが大魔法使いだけあり、砦に対して何かの魔法が使われたことだけは理解した筈だ。
「砦と共に沈め!ロビン!全力で砦の外へ出ろ!」
「言われなくてもそうする!」
全力疾走で先に行くロビンを追いかけ、自分も階段を下りる。下では戦闘の邪魔をしないように固まっていたオークたちが地響きを起こし始めた建物に対して怯えて右往左往しており、こちらに攻撃しようと武器を構えているのは見受けられない。
後ろからガルドが声を荒げて追いかけてきているが、振り返っている暇はない。階段を下り切ったところで壁に手をつき、もう一つのルーン魔術を発動させる。それに呼応して階段が爆発し、触発される形で各所で爆発音が響きだす。
「レイス!もう発動させたのか!オーク共と一緒に死ぬのは御免だぞ!」
「ははっ!それはおれも嫌だ!この廊下の先にバルコニーがある!そこから外に出るぞ!」
視線の先に外から光が差し込んできている扉が見える。その光はまるで希望を示す光のようで、そこに向かってなりふり構わず駆ける。たまにオークやゴブリンが狼狽えて邪魔になるが、まともに相手をせずにすり抜けて避ける。
揺れがひどくなるなか、ロビンと共に駆け抜けてバルコニーへ出る。そこで完全に崩落が始まったのか砦の外壁が崩れ、足元の床も抜けていく。ここもいつまで持つかわからないが、それでも天井が落ちてこないだけマシだ。崩れた瓦礫に飲まれ、また爆発に巻き込まれて死んでいく奴らの悲鳴が聞こえる。
「それで、ここからどうする?」
「いや、特に何も考えていないが?とりあえず外に出たほうが良いという判断だよ」
そうこうしている間に先ほどまでいた最上階を中心にして内側に倒れこむようにして倒壊していく。これで奴らが死んでくれればいいが、そう考えている間にここも本格的に崩れ始めた。高さ的には3階。落ちたら無事ではすまない高さだが、上手く瓦礫の上を跳べばなんとかなるだろうと楽観的に考えてみる。というか、ここだけ魔術の効果を打ち消してやれば崩落は止まるじゃないかと思い至る。
「おおい!どうする!?本気でヤバいぞこれ!?」
「まあまあ、安心しろって。すぐになんとかしてやるよ」
「なんとかって、もうそこまで!」
床がもうすぐそこまで崩れてしまい、残る足場は今立っている場所と射手が弓を射るときに敵からの攻撃を防ぐために凹凸がある部分に乗るしかない。さあ、ここが崩れてしまう前に使ったルーン魔術の効果を正常なものに戻さなければ。
「アルギズ。術式修正。構造強度の強化。即時発動!」
「ん?揺れが、収まった?」
「ここだけ術式をいったん解除して再構築した。強度を上げて、崩落を防いだって言えばわかりやすいか?」
ハハハッと笑いながら軽く言ったら無言で胸倉を掴まれ、今度は足元じゃくて直接揺さぶられた。
「お前は!なぜ!すぐに!それをしなかった!!」
「うぉおい!それはすまなかった!でも、今さっき思いついたんだから仕方ないだろ!」
「で、どうやってここから下りるんだ?」
「どうやってって、まあ……どうにかしてだな」
なんとか解放してもらい、不貞腐れた態度で下を見ているロビンに続いて端の方に近づく。強度を上げているとはいえ、一度は崩れかけた場所に近寄るのは怖いものがある。それでも下を見てみればいくつかの部屋はそのまま残ったのか、下りれないということはなさそうだ。
「これならなんとかなるだろ?それより、下りたあとの方が大変そうだ」
「オークが怒り狂っているな。それにゴブリンどもも。ああ、ワイバーンが1頭、崩落に巻き込まれて潰れているぞ。まさしく一石二鳥だな」
「戦況は……どうやら有利に働いたようだな。動揺したモンスターたちを一気に攻め立ててる」
砦内に控えていた軍が多かったのだろう。砦の外の戦闘は数の有利も相まってもうすぐ決着がつきそうだ。そうなれば後はこの砦に残っている連中を駆逐すれば終わりだ。あとはリッチらが死んだのを確認できれば、あとは殲滅戦に移行すればいい。
「さてと、おれらはここから下りて、可能なら奴らの死体を確認しよう」
「ああ、それができなければ安心できな……気付いたか?」
「もちろんだ。これはヤバい。急ごう!」
ゾワッと一瞬で鳥肌が立つような寒気に襲われ、その気配が発生した先に視線を向ける。そこはちょうど砦の中心に位置した場所だ。そして、奴らが居る可能性が最も高い場所でもある。
シャドウ・ボックスからストライクキャノンを取り出し、それを周囲に乱射して集まっていたオーク共を蹴散らす。その間にロビンが下の階に飛び降り、偶然居合わせたゴブリンを切り殺す。同じように下に飛び、地面まで飛び降りたら一直線に駆ける。ストライクキャノンを戻し、刀の鞘に握っていつでも抜刀できるようにしておく。
瓦礫を踏み越え、不安定な足場に苦労しながらも走っていると前方にいたロビンが何かに足を取られたかのように転ぶのが見えた。
「ロビン、無事か?」
「無事じゃない!奴が、リッチが生きているぞ!」
近寄って見てみるとロビンの足を掴むオークの腕が瓦礫の下から突き出ていた。それに呼応するかのように瓦礫を押し退け、オークやゴブリンが姿を現す。しかし奴らの目に生気は無く、腕があらぬ方向に曲がっていたり、無いものがいる。さらには腹が裂け、臓物と夥しい血が流れているのにも関わらず、痛みも何も感じていないようにこちらに走ってこようとしているものもいるくらいだ。
「クリエイト・アンデッドの魔法か。効果が外にまで及んでいた場合、戦況がひっくり返るな」
「奴を仕留めなければわたしたちの森にとっても、お前たちの街も脅威に晒されることになる。何があっても首を落とすぞ」
「任せろ!首狩りはおれの専売特許だ!」
ロビンの足を掴んでいたオークの手を切り落とし、さらに駆ける。そしてちょうど瓦礫を魔法で吹き飛ばし、姿を現したリッチを視認する。奴はこちらに背を向けていて、気付いた様子はない。さらに言えば、まだガルドたちは這い出てきていないのは僥倖だ。
「おれが首を斬り飛ばす。邪魔が入らないように援護してくれ」
「わかった。手早くやって離脱しよう」
刀の鯉口を切り、柄に手をかける。瓦礫を踏む足音に気付いたのかこちらを振り返る。驚いた様子で、迎え撃とうと呪文を唱えようとしていたが、もう遅い。
この距離はもうおれの間合いだ。
「その首、貰い受ける……!!」
「ぐっ、おおおぉっ!!」
踏み込んで一閃。防御も何もさせず、いつものように刃を走らせる。特別なことは何もない。作業と同じだ。驚きに目を瞠るリッチの首を睨み付け、その首を斬り飛ばす。空中に飛んだ首を掴み、証拠としてシャドウ・ボックスに放り込む。
「取った!」
「よし、急いで逃げるぞ!」
「待テ、ヘッドハンター!!」
「そこに埋まってろ、ガルド。日を改めてその首、取ってやるから!」
瓦礫から上半身だけを出しているガルドとレッドオーガを放置し、門に向かって一直線に走る。逃がすまいと襲い掛かってくるオーク、ゴブリン、スケルトン、そしてゾンビども。さらに瓦礫に潰されて死んでいたはずのワイバーンまで動き出しているから最悪だ。
「ヤバいヤバいヤバい!!囲まれるぞ!」
「あの爆発する大筒はどうした!?」
「ありゃもうすぐ弾切れだ!これくらい突破できないでどうする!?」
生きている相手は首を刎ね、ゾンビにはケイナズのルーンを刻んで火を放つ。ロビンはもともとミスリル製の剣を使っているからそんなに苦労なく行けているから少し羨ましい。
「もうすぐ門を抜けるが、このまま引き連れて行くのは不味いんじゃないか!?」
「それなら心配ない!妨害のルーンを使って足止めする!」
スリサズとハガラズを刻んだ小石を取り出し、門を抜けるときに落として発動させる。瞬間的に冷気が周辺に満ち、次の瞬間には追いかけてきたオークを巻き込んで氷の茨が門を塞いでしまった。
「本当に多芸だな」
「1人でなんでもできなきゃならなかっただけさ。それより、やっぱり状況は最悪だな」
目の前には地獄絵図そのものの光景が広がっていた。モンスター共のゾンビはもちろんだが、戦死した兵士や傭兵が仲間に襲い掛かって肉を食いちぎり、はらわたを引きずりだして貪っている様は見るに堪えない。
「撤退しようにも混乱していてそれもままならないって感じだな」
「とりあえず、リンさんたちと合流しよう。指揮系統を取り戻さないとどうしようもないぞ」
「それならあっちにお前のダイアウルフが大暴れしているのが見えるぞ。とりあえずあそこに向かわないか?」
「それもそうだな。よし、行こう!」
こんな状況でシズたちがまだ生き残っているか、それが心配であるというのももちろんある。だが、何が起きても不思議ではないのが戦場だ。もし、誰かが死んでいても、それはそいつに運がなかっただけだ。
それでも生きていてほしいと願いながら、とにかく目の前の邪魔なゾンビを切り捨てた。
とりあえず、あと数話で完結させる予定です。
完結させたあとにまだ続きが読みたいな~と感想をいただければ書こうと思いますが、そうでなければ終わらせます。
来週には完結まで行くと思いますので、楽しみにお待ちいただければと思います。
では、失礼いたします。




