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開戦!

 時刻は午前5時半。オーク砦まで森の中を警戒しながら進んでいる。近くを見回せば同じようにして歩くパーティーが多数見られ、緊張している者、戦争を前に興奮を隠しきれずに戦意に満ちている者と様々だ。


 その集団の中にはシズらのパーティーも居た。こちらは緊張して顔が強張っている者がほとんどだが、シズだけはいつものように眠そうな目をしていてその内心は窺えない。



 「やっぱりあいつらが心配か?」


 「そうですね。実力が伸びてきているのは見てきたおれが知っていますが、それでも今回の戦に参加するのは見送るべきだったと思います」


 小声で話しかけてきたリンさんにそう返す。ギルドでシズにアサシンの流儀を説いてから、彼女らとは言葉を交わしていない。それは街で集合した時も、最後の休憩地点となる関所で馬車を降りてからもだ。話す機会はいくらでもあったが、なんと声をかければいいのかわからなかったからだ。



 「それでも決めたのは彼女らなのだろう?ならば心配は無用だ。その結果がどうなろうとも、それは自己責任に他ならない」


 「それも正論ではある。だが、やはり心配なのは仕方ないんだよ」


 気にするなとロビンが言ってくれるが、それでも心配してしまう。オークと戦ってそれでもなお挑もうとする心意気は買うが、今回は相手が悪すぎる。未知の相手と相対した時に対処できるだけの土台が完成しているとは思えないのが、一番の理由だ。



 「そんなに心配なら少しくらい声をかけてきたらどうだ?生き残るためのアドバイスくらいはあるだろう?」


 「それくらいなら、わかりました。ちょっと行ってきます」


 「ああ、行ってくるといい。戦争前に、心残りになりそうなことは解消しておくべきだ」


 「あまり不吉なことを言わないでください」


 ビシッと指さして注意し、シズたちの方へと近づく。それに気づいたシズがビクッと反応し、他の4人は警戒気味だ。



 「よう、昨日はよく眠れたか?」


 「いえ、ぼくはあまり……」


 「俺もです」


 「まあ、緊張しているものは仕方ない。それでもいつも通りにやれば問題ないさ。とにかくお前たちは生き残ることを考えろ」


 生きていればどうとでもなる。ここで生き残ることができれば、その経験値は今後の傭兵生活に大いに役立つことは間違いない。



 「ししょーは、どんな依頼を受けているのですか?」


 まだおれのことを師匠と呼んでくれるのか、と思う。あれくらいでは諦めなかったその意志は認めるが、それでもおれと同じ道を歩んでほしいとは思えない。



 「おれの今回の任務はワイバーンの早期撃破とリッチの抹殺。まあ、ワイバーンは戦国同盟のノブナと十字軍クルセイダーズのセイジがいれば問題ないとは思うけどな」


 「それはどうしてなん?ワイバーンって、けっこう強いんやろ?」


 「理由はいくつかあるが、一番の理由は2人とも魔剣持ちであるということだな。ノブナはドラゴン殺しの大剣、バルムンクを所持している。そしてセイジは岩をも切り裂くと言われている片手剣、デュランダルを持っている。どちらもワイバーンの鱗くらいなら簡単に切り裂くだろうさ」


 ノブナのバルムンクはかつてドラゴンが縄張りとしている山に入り、5頭いる主と言われるそのうちの一体、悪竜ファブニールを討伐したときに手に入れたとか、いろいろと噂されているがその真偽は定かではない。


 逆にセイジの方は明確だ。あいつは数少ない記憶持ちの異邦人だ。ほとんどの傭兵はおれも含めてここに来る前の記憶がない。覚えているのはせいぜい自分の名前とか年齢、身長とかそういう他愛もないものでどこで生まれて、どうやって生きてきたのか。親の顔も友人のことすら誰も覚えていない。


 そんな中でセイジはここに来る前の記憶を持ち、また光の女神リュミエールから聖剣デュランダルを授かったと言い、その剣を使ってすぐに頭角を現した。それが増長を呼び、好き勝手にやり始めた時期がちょうど自分が復讐を成し遂げた時期と重なり、気が立っていたおれはあいつと酒場で殴り合いボコボコにしてやった。その次の日に仕返しにきたあいつを街の外でさらに殴り倒したのは良い思い出だ。



 「それでも空を飛んでいる相手を落とすのは、難しんじゃないですか?」


 メイの言葉で回想から復帰して我に返る。



 「そこはそれ。あの2つのクランはワイバーン退治の経験はあるから大丈夫だよ。Aランクの昇格試験の討伐対象にも入っているし、一度は経験しているからな。お前らもいつかはパーティーで挑む時が来るだろうから参考に見ておくといい」


 「そんな余裕があればいいですけど」


 「ワイバーンが退治されるまではなるべく後方に居ることだな。前線に出たところで戦っているときに襲われたらひとたまりもないからな」


 「そんな相手より凄い敵をレイスさんは倒しに行くんですよね?」


 リッチのことを言っているのだろう。確かに相手は高位の魔法使いがアンデッドになったモンスターだ。それでもアンデッド系のモンスターは光の女神の力が強くなる日中は弱体化する傾向にある。だから昼のうちにリッチを討伐する必要がある。機会を見て敵の軍勢を突破するか、潜入するしかないからこういうのこそアサシンであるおれ向きの仕事なのは間違いない。



 「まあ、危険は付き物だが報酬もデカい。それがアサシンの仕事って奴さ」


 ポンポンとメイの頭を撫で、みんなの顔を見る。こいつらがもし死んで、アンデッドになることだけは絶対に避けたい。シズにはああ言ったが、おれも本当なら仲間を殺したくないのだ。仲間を失う辛さは、仲間を一度に全員失ったことのあるおれにはよくわかる。



 「さて、もうすぐ開戦の時間だ。おまえたちに最後のアドバイスだ。よく聞くように」


 最後と聞いて、全員の顔が引き締まる。これから行われる戦争は今までにない大規模なものになることは間違いない。こうして全員が顔を合わせることができるのは最後になるかもしれないと思う。その可能性を少しでも下げるために、おれができるアドバイスなんてものは限られている。



 「いつも言っているように、とにかく生き残ることを考えるんだ。敵と戦う時は必ずパーティーで当たれ。相手の人数が多かったら迷わず逃げろ。周りは味方も多い。突出しなければそうそう窮地に陥ることはないだろう」


 「わかりました、レイスさん。必ずみんなで生きて戻ります」


 「ししょー。生きて戻ったらまたいろいろと教えてください」


 それぞれから言葉をもらい、自分も生きて戻らねばと決意を新たにする。



 「じゃあな、おれもそろそろ行くから、また生きて会おう。シンクはシズ、おまえに預ける。シンク、こいつらを頼んだぞ」


 「わかりました、ししょー。その役目、しっかりと務めさせていただきます」


 「なんかせんせーのその言い方やと、うちらがお守りされるみたいやんなぁ~」


 事実そうなんだが、笑って受け流しておく。シンクには戦闘が始まったら元の姿に戻っていいぞと伝え、自分は最後にリンさんの元へと挨拶に戻る。



 「リンさん、それでは行ってきます」


 「ええ、また無茶なことを頼んで申し訳ないが、よろしく頼む」


 「いつも通りにこなしてみせますよ。では、ロビン。悪いが付き合ってもらうぞ」


 「なに、気にするな。わたしが参加することも込みで作戦を立てたのだ。破壊工作は得意中の得意だからな。任せてくれ」


 頼もしい言葉に自然と笑みがこぼれる。これほど頼りがいのある相手はいない。久しぶりに腕が鳴るというものだ。



 「では、行くとしよう」


 「ああ、開戦して敵の目が逸れたときが潜入のチャンスだ。急がなくてはな」


 2人して駆け出し、音もなく森の中を走る。途中でノブナとも会い、軽く言葉を交わしてお互いの武運を祈って砦の北側を目指した。








 ✝






 「どうやら始まったようだな」


 「ああ、警備が薄くなるのを待って、壁越えをするとしよう」


 森の中を警戒して徘徊していたゴブリンの死体からダガーを引き抜きつつ、砦の様子を窺う。比較的、こちらに野営の天幕は少ない。それと言うのも、人間が攻めて来るのを見越してすぐに迎撃できるようにしているからだ。



 「それでも全部がいなくなる訳じゃないから、最終手段として強行突破を図るしかないだろうな」


 「二手に別れて侵入しよう。物陰に隠れながら暗殺していこう」


 「その案でいこう。おれがあっちの方から行くから、ロビンはここから砦に向かってくれ。壁の下で合流しよう」


 「わかった」


 ロビンには比較的ゴブリンが多く占めるここから行ってもらい。自分はオークが多いほうから侵入を試みる。森から野営地までの距離は100メートルほど。気づかれずに近づくのは難しい。



 「ちょっと陽動が必要だな。軽いボヤ騒ぎでも起こすか」


 スリングを取り出し、適度な大きさの石にケイナズのルーンを刻む。細長い紐の中央に石を置き、片方にある輪っかに手を通して両端を握って振り回す。なるべく奥の方にある天幕を狙って投擲する。狙い通りに石が飛んでいき、ルーン魔術を発動する。ボッと火が付き、それに気づいたオークたちが火を消そうと集まっていく。奴らの注意が集まったところで、忍び足で駆け出した。


 ロビンも同じように駆け出していくのが見える。最初の天幕に近寄り、中に気配が無いのを確認してから次の天幕へと近づく。中に一人分の気配を感じ、それが外に出てこようとしていたので出口の横で待ち伏せして出てきた瞬間に首にダガーを突き刺し、オークの死体を天幕の中に蹴倒す。



 「ロビンは……大丈夫そうだな」


 向こうも同じように天幕や木箱に隠れながらゴブリンを仕留めていっている。それに安心しながら火が付いた天幕に群がっているオークやゴブリンの一団を見る。数はそれぞれ5体ほど。どうやら不審火にお互いを疑っており一触即発の雰囲気だ。もともと子供くらいの大きさのゴブリンと大男のオークでは体格が違いすぎる。争いになればどちらが勝つかは一目瞭然ではあるが、それを待っている時間も惜しい。


 ダガーを振りかぶり、手前にいたオークの頭目がけて投擲する。命中し、倒れるオークに騒然となっているところへ一気に走り寄って抜刀。一閃してオークの胴体とゴブリンの頭を斬り飛ばし、武器を構える前に残りへと切りかかる。最後のオーク1体を残したところでロビンが駆け寄ってきて片手剣で背中から貫いて仕留めた。



 「急ごう」


 「ああ」


 騒ぎを聞きつけて集まりつつモンスター共に追い付かれないように砦まで駆け寄り、壁を背にしてロビンの方を向く。両手を組んで待ち構えると、意図を組んだロビンが勢いを殺さずに駆け寄ってきて片足を両手に乗せる。体重が乗ったところで打ち上げるように持ち上げ、ロビンはそれを利用して飛び上がる。5メートルの壁の端に手が届き、そのまま身軽に壁越えを果たした。



 「レイス、早く登ってこい!」


 「心配するな」


 オークが迫り、ギリギリまで引き寄せてから一気に肉薄する。攻撃を避け、飛び上がって後頭部を掴んで膝蹴りを叩き込む。よろめいてふらついているオークの背後に回り込み、肩に乗って飛び上がる。あと少しのところで届かなかったが、ロビンが差し出した手を取ることで登ることができた。



 「助かった。ありがとう」


 「ここからが本番だ。気を抜くな」


 「そうだな。先ずはここを切り抜けるとしよう」


 壁の上の通路の両端からオークが迫る。時折矢が飛んでくるのを切って捨てる。総勢でおよそ50のオーク。その後ろにはオーガの姿も見える。



 「これはこいつの出番だな」


 シャドウ・ボックスからオズワルド製のストライクキャノンを取り出す。撃鉄を引き起こし、腰だめに構えてオークの先頭に狙いを定めて引き金を引く。号砲が鳴り響き、着弾した場所でさらに爆発音が響き渡る。オズワルドが言っていたように威力は申し分なく、煙が晴れた後には五体バラバラになった死体が散乱していた。



 「さすがオズ。期待通りの威力を発揮してくれるな」


 「おい、満足しているところ悪いが反対側がもうそこまできているぞ」


 ロビンに促されてすぐに振り向き、撃鉄を起こしてぶっ放す。こちらも同じように屍が出来上がる。ついでにもう一発撃ったら号砲が鳴るたびにあの爆発が起きると理解したのか、銃口を向けるだけで怯えるようになった。



 「ふぅ~、これは癖になりそうだな」


 「よし、この隙に突撃しよう。目標はまだ建物中にいるかもしれない」


 「ああ、急ごう」


 残りの3発を壁の下に集まっていたモンスターの群れに打ち込んで数を減らす。1発で10体単位の敵を倒すことができるのおかげで、だいぶ数を減らすことができたので少しは楽になりそうだ。弾帯から弾を取り出して装填し、シャドウ・ボックスに収納しながら主戦場の方角を見る。ワイバーンが飛んでいるのが見え、そのうちの1体が落雷で落とされる。他のところではどうやったか知らないが、飛び上がった人影が翼を斬って落としているのも見受けられた。



 「あいつらも上手くやっているようだな」


 「そうだな。だが、リッチを仕留めなければもっと酷い戦場が出来上がる。日が昇っているうちに片を付けるぞ」


 「もちろんだ。さあ、突入だ」


 建物への扉を蹴破り、侵入を果たす。ドアや廊下の先からオークが来る。それに向かって小太刀を抜きつつ、すれ違いざまに切り捨てる。ここまで派手に暴れてあのガルドが出てこないのが気にはなるものの、とりあえず最上階を目指す。相手が現れないのであれば、こちらから探さないといけないのが面倒だ。


 逸る気持ちを抑えつつ、砦内を駆け抜けた。



さて、ここからは戦闘パートが続きます。


次回はシズ視点での戦争を書こうと思いますので、楽しみにお待ちいただければと思います。

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