作戦立案と貴族の指揮官
「リンさん、さらに厄介な事態になりました」
「報告を頼む。あと、そちらの御仁を紹介してくれると助かる」
「すみません。こちらはエルフ族のロビン・フッドさんです。ロビン、こちらはキサラギ傭兵ギルドのギルド長のリンさんだ」
よろしく、と挨拶を交わす2人の話が終わるのを待つ。現在の時刻は六時半。街の正門が六時に開くのを外で野営して待ち、一番にここまで来たがもうすでに待機していたリンさんはさすがだと思う。
「レイス、待たせて悪いな。それでは報告を頼む」
「はい、わかりました。先ず、依頼されたワイバーンの戦力を確認することはできませんでした。一昨日に偵察したときよりも戦力が増強されており、砦に近づくことも困難な状況になっていました」
「ふむ、詳しく説明してくれ」
それから砦で見たことを余さず伝える。オーガとホブゴブリン、そしてゴブリンの一団が合流していたこと。アンデッドのスケルトンが砦の周辺を警戒していたことを伝える。スケルトンについてはロビンが補足説明を行ってくれた。スケルトンを率いている者が何者かを自身の目で確認することは叶わなかったが、ロビンはエルフの森から奴らを追跡してきていたのでその首魁も確認していたので助かった。
奴らの頭はリッチ。不死王に賛同した魔術師たちが死を克服するため、自らをアンデッドとして化したヒトの成れの果てだ。奴らは魔法に精通しているため、高位の魔法で攻撃してくる単体でも強力な敵だ。その魔法に加えてアンデッドを召喚、操る術を持っているからさらに厄介な相手となる。そして一番困るのが、奴らは不死王と同じくその場で死体を蘇らせ、手下にすることができる。つまり、奴がいる戦場で死んだ者は、奴がアンデッドを作る魔法を使った瞬間に蘇って敵になることを示す。隣で戦っていた仲間が、死んだら敵となって襲ってくる。それは地獄の様な光景になることが予想される。
「リッチか……。最優先目標に設定しなくてはならないな。ワイバーンだけでも厄介なのに、さらにゴブリンとアンデッドの軍勢とは。モンスター共は本格的に戦争を再開する気のようだな」
「そうかもしれませんね。辺境軍は今回どれだけの兵力を投入する気でいるのか連絡はありましたか?あと、その指揮官についてもわかっているのであれば教えてください」
「兵力は2500人とのことだ。内訳は戦士が1200、弓兵が250、魔法使いが同じく250人。神官と衛生兵が100人。200人が物資の輸送と補給を担う部隊を含めた2000人がここの辺境軍から出る人員だ。残りの500人が本国からの派遣されてきた部隊で聖騎士が200、戦士が200、魔法使いが100とのことで、神官が若干名同行しているらしい」
「本国からということは、アルトリウス将軍は指揮をしないということですか?」
「そうだ。指揮は本国から来た二コラ准将が執ることになると聞いている」
「それは、ちょっと厳しいことになりそうですね」
このキサラギ要塞都市を治めている領主兼将軍であるアルトリウス殿が指揮を執るのであれば精強な辺境軍は十二分な働きをするだろうが、本国から来た者が指揮を執ると聞けば彼らはいい顔をしないだろう。こういうことはたびたびあったが、本国からこちらに派遣されてくるものは功績を積むために送られてくる貴族の将軍だ。あいつらはろくに戦争も知らないで、自分の地位を上げるためにこちらの戦争を利用しているのだ。
本国、つまりアヴァロン帝国は人間族の唯一の国家であると言われている。南部の方では蛮族や小国家群があるとされるが、人間が支配している領土で最大を誇る帝国はそう言うに相応しいのだろう。もちろん、それ程の国家となれば小規模な小競り合いはあっても戦争などは起きるはずもなく、功績を立てるのは難しくなる。そこで白羽の矢が立ったのがオーク砦を攻める際に貴族出身の将軍が来て指揮を執り、功績を積むというやり方が成立した。
これがいつも通りの砦攻略戦なら問題はなかっただろうが、今回は敵の脅威度が大きすぎる。できれば貴族のボンボンにはお帰り願って、歴戦の将であるアルトリウス殿に指揮を執ってもらいたかった。
しかし、決まってしまったことに文句を言っても仕方ない。できることを精一杯やって、なんとか勝利をもぎ取るしかないだろう。
そう覚悟を決めていたところで、廊下から騒がしい音が聞こえてきた。何人かの足音が近づいてきているようでもある。
「何かあったんでしょうか?」
「さあな。こちらに人を寄越さないように部下には言っておいたのだが」
所員の制止の声を振り切り、乱暴に執務室の扉を開けて入ってきたのは5人の男たち。仕立ての良い服に身を包み、腰には実用性に欠けた装飾が施された剣を下げている。こちらに向けられる視線には値踏みするするような下に見た嫌なものを感じる。
「朝早くから失礼するよ。こちらにあの有名なヘッドハンター殿が来ていると聞いてね、ギルド長への挨拶も兼ねて訪ねさせてもらった訳さ」
5人の中心に居た人物が大仰な身振りで進み出てそう述べる。リンさんは扉の外でおろおろしている所員の女性へ手振りで問題ないと告げて下がらせ、ニヤニヤと自信に満ちた表情を浮かべるその人物へと視線を向ける。
金髪を撫でつけるようにセットされたオールバック。年齢は30代半ばと言ったくらいか。彫りの深い顔立ちでブルーの瞳。細められた目を見ていると蛇のようだと印象を受けた。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。わたしがギルド長のリンと申します。どうぞお見知りおきを」
「これはご丁寧に。女性に先に名乗らせてしまい申し訳ない。私の名前は二コラ・フォン・ステリアーノと申します。今回は辺境軍の指揮を務めさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」
二コラさんはリンさんの手を取り、軽く口づけして挨拶をしている。そのときにリンさんのこめかみに青筋が浮かんだように見えたが表情はそんなに変わっていなかったから驚きだ。ポーカーフェイスにも程があるだろうとどうでもいいことを考えていると、こちらに二コラさんは視線を向けてきた。
「深紅のコートに腰に差した刀。君があのヘッドハンターで間違いないね?」
「まあ、一般的にヘッドハンターと言われているのは自分ですね。レイスと言います。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。今日はアサシンとしても名高いレイス君に依頼があって来たんだが、そちらのフードの人物は良ければ席を外してもらえないかな?あと、顔を隠しているのは不愉快だ。すぐにそのフードを外したまえ」
壁に寄りかかるようにして立っていたロビンへと視線が移る。ロビンは個人であることを捨てるために顔を晒さないという規律からそうしているため、リンさんの前でもそのフードを取ることはなく、またリンさんもそれは認めていた。それを後から来た者が、貴族であることを笠に着て咎めるとは。
「彼は自分の連れです。あのフードもある理由から外すことはできないものですので、どうかご容赦を」
「ふん、それでも正体くらいは明かすべきだろう。名乗り給え」
尊大な態度に物言い。自分の嫌いなタイプだと判断しながらロビンの方を窺う。二コラの態度に不快に思っていることは間違いないだろう。これで彼の協力が得られなくなったらどうしてくれようかと考える。
「わたしはエルフ族のロビン・フッドと言う。わたしのことは気にせず、どうぞ話を続けてくれ」
「エルフッ」「デミ風情が何を偉そうにっ」
従者だろう男たちからそのような言葉が聞こえ、剣の柄に手をかける者さえ現れる。デミとはデミ・ヒューマンの略で、つまりはエルフやドワーフと言った亜人のことを指す言葉だ。本国の人間は人間至上主義の者が多く、亜人をデミと呼んで蔑んでいる。
「おれの連れだと言った筈です。侮蔑するような言い方は控えてください。それと、ここで抜くのであれば覚悟してください。ギルド内での私闘は厳禁であり、その時はケガじゃ済みませんよ」
ロビンを庇うように移動し、男たちの視線を真っ向から受け止める。リンさんからはギルド内での制裁に関しての許可を貰っているので問題ない。
「止せ、お前たち。わたしは今日、争いに来たのではない。では、改めて用件の話をさせてもらって構わないかな?」
「手短にお願いします。こちらも話の邪魔をされて、あまり時間をかけたくはありませんので」
不機嫌であることを隠すことはもうしない。ロビンのことについてもそうだ。礼儀を知らない者に、これ以上時間を割くことほど勿体ないことはない。
「そうだな。用件は君に依頼をしたい。報酬は金貨100枚。前金で半分を支払おう」
クイッと顎で指示すると、部下の1人が袋を持って見えるように示す。なかなかに膨らんでいるところを見るに、あれがその前金というところか。
「依頼内容は?」
「私の護衛と敵首魁の討伐に手を貸すこと。それが依頼内容となる。どうだ、簡単だろう?」
ニヤリっと笑っているところを見るに、それで自分が引き受けると考えているのだろう。言っていることは簡単だ。しかし、つまるところこいつの言いたいことは自分の身を守りつつ、敵の首を取ってその手柄を自分に寄越せと言っているのだ。戦争の勝利では飽き足らず、首級を上げることでさらに手柄を増やそうとは、狡猾な貴族の考えることには頭が下がる。
「お断りします」
「そうか、受けてくれるか。それは良かっ……今なんと言った?私の聞き間違いか?」
「いいえ、聞き間違いなどではありませんよ。お断りします、と言ったのです」
「そうか!報酬が不満なのだな?では、倍額を用意しよう。金貨200枚だ。前金の残り50枚は後で持ってこさせよう。それで問題ないだろう?」
まさか断られると考えていなかったのか、戸惑いの表情がありありと浮かんでいる。よほど自分の思い通りに生きてきたのだろう。いい大人が感情も隠すことができないとは笑ってしまいそうだ。
「お断りします。いくらお金を積まれようが、あなたの依頼を受けることはできません。お帰りはあちらです。どうぞお引き取りを」
丁重に扉を手で指し示すと、何とも言えないように怒りを表し、それでも必死に隠そうと口をパクパクさせたりしていたが、最後にはギリッと奥歯を噛み締めた。
「そうか。わかった。邪魔して悪かったな。これで失礼する」
肩を怒らせて去っていく二コラ。それに追随して部下たちも出ていくが、その視線には憤怒がありありと籠っている。意外とすんなりと帰っていた二コラに拍子抜けした思いだ。荒事も覚悟していたので、あんなにあっさりと引かれてしまってはどうにも不完全燃焼だ。
「良かったのか?金貨200枚とはなかなか良い報酬だったと思うが?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているリンさんに苦笑を返す。
「あれに協力する気にはなりませんよ。ロビンも気分の悪い思いをさせてすまない」
「レイスが気にすることではない。それより話の続きをしよう」
「ありがとう。それでは、作戦について話をしていこうか」
それから二コラたちのことは一先ず置いといて話を続けた。しかしああいう人物が今回の指揮官とは、不安材料がさらに増したことがおれの気を重くさせたことは言うまでもない。
✝
「クソッ、あの若造め。このわたしの依頼を断るとは!」
ギルドから出て、通りの人目が途切れたところで壁を蹴って悪態を吐く。
「二コラ様、所詮はよそ者の言うことです。どうか怒りをお納めください」
「二コラ様ならあんな奴の手を借りずとも、敵の首級を上げることができましょう!」
部下たちの言葉に少しだが溜飲が下がる。そうだ。この私が卑しい者の手を借りようとしたこと自体が間違っていたのだ。それに由緒正しきステリアーノ家の自分が、卑しい者の手を借りて手柄を立てたことを他の貴族にバレては名に瑕が付くといものだ。
「しかし、このまま虚仮にされたままにはできん。何かないか?」
「それではこういうのはどうでしょう?戦場では何が起こるか分からぬものです。そこで……」
耳打ちされた部下の言葉に、それはいい案だと納得する。
「くくくっ、ただでは済まさんぞ。ヘッドハンターめ、目にも見せてくれるは」
部下たちと計画の話を詰めながら兵舎への道を急いだ。自分をなめたことを後悔させてやると、その時の奴の顔を想像するだけで笑みが浮かんだ。
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