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エルフの狩人

 「それはこないだから作っていた火縄銃の新型か?」


 「おうよ、より発射時の信頼性を高めるために雷管方式を考えてみたんだ。やっぱり紙製薬莢では湿気に耐え切れんからな」


 「で、今度は金属で薬莢を作った訳か」


 「これがその実物よ。弾頭は衝撃によって爆発するものを用意した」


 「落として誤爆しないだろうな?」


 ドンッと目の前に置かれた弾を手に取る。大きさはやや手の平に収まらない程度。金色に光っているようだが、材質は真鍮しんちゅうか何かだろう。



 「その辺は安心しろい。ウォーハンマーで殴りでもせん限り爆発することはないわい」


 「ふ~ん。威力はどの程度だ?」


 「爆発半径は5メートル。威力は爆裂魔法と同程度ってところじゃな」


 「装填方法と発射のやり方は?」


 「装填方法はここのレバーを引けばロックが外れて折れるようになっとる。空薬莢はバネで排出されるから注意せい」


 オズワルドが装填方法を実際にやって見せているのをそのまま覚える。特に難しいことはないのですぐに覚えれそうだ。ただ戦闘時に装填することを考えると動きながらは難しそうだという感想を抱いた。



 「で、発射時は銃把を握ったときに親指のところにくる撃鉄を起こして引き金を引く。簡単じゃろ?」


 「確かに、仕組みとしては簡単に見えるが……。このストライクキャノンとやらになんの金属を使っているんだ?見た目はかなり重そうな割には軽々持っているように見えるんだが」


 「材料はミスリルを使った。とにかく物を作るのを優先したからの。作っているときに重量がかさみそうだったんでミスリルを使うことで軽量化と強度の問題を解決したんじゃよ」


 「そいつは豪勢だな」


 正直、ミスリルの無駄遣いとしか言いようがないが、研究開発一筋のオズワルドはたまに常識を無視したとんでも兵器を生み出すことがある。それが役に立つこともあるからこうして協力している訳だが、今回はまだ実用的なもので助かった。



 「んじゃ、そいつでワイバーンを落としてきてやるよ。弾は何発あるんだ?」


 「うむ、十八発を用意した。全部使い切っても構わんから、使った感想を聞かせてくれ」


 「了解。いつも通り、問題点も含めて試験してくるよ」


 ベルトに填められた十二発の弾と、弾倉の中に装填された状態のストライクキャノンを受け取る。結構な重量だが、おれには裏技があるのでこの程度は問題ない。



 「それじゃハルバードを持ってきてくれ。一緒に収納していくから」


 「おう、先にしまっておくといい。すぐ持ってくるでな」


 オズワルドが部屋の奥からハルバードを持ってくる間に、影魔法のシャドウ・ボックスを発動する。真っ黒い闇が具現化したように、空中に穴が開く。そこに弾帯とストライクキャノンを入れ込む。師匠はいったいどこから物を取り出しているのかとシズに問われた答えがこれだ。



 「相変わらずその魔法は薄気味悪いのう」


 「そう言われるのも無理はないな。もともとこちら側の魔法じゃなくて、影の国ダン・スカーに伝わる特殊な魔法だ。どちらかと言うと魔族側に近いから、どうしても嫌な感じになるのは仕方ないよ」


 ハルバードを受け取りながら、同じように収めていく。このハルバードは仲間の命を奪ったものだが、戦いには十分に使える。感傷だけでは生きていけないのだ。



 「ありがとう、オズワルド。料金はいくらだ?」


 「研ぎ料はストライクキャノンの試験運用とその結果報告で十分じゃ。それ以上は望まんよ」


 「そりゃありがたい。じゃあ、料金を踏み倒さないように、ちゃんと戻ってこないといけないな」


 「はっ、その心配はしとらんよ。シンク、危なっかしい小僧の面倒を頼むぞい」


 ぐわしぐわしっと撫でられ、ちょっと痛そうにしながらも元気に吠えるシンク。おれはそんなに危なっかしいかね?これでも安全マージンは十分に取っているつもりなんだが。



 「じゃあまた。戦争が終わったら顔を出すよ」


 「健闘を祈っとるぞ。帰ってきたら酒でも飲もう!」


 「おう!たっぷり用意しておいてくれ!」


 手を振ってあいさつし、シンクを連れて街に戻る。あとは携帯食料と水の補給を済ませたら、夜の間に偵察を済ませて帰ってこなければいけないからやることがいっぱいだ。






 ✝






 「さて、敵陣はどんなもんかね?」


 日が暮れぬうちに街を出て、シンクに駆けてもらうことでちょうどいい時間帯に着くことができた。時刻は午後九時。明かりは月の光のみでランタンは点けていない。それでも夜目は利くように訓練しているから問題ない。慎重に森を歩きながら砦へと近づいていくと、篝火かがりびが焚かれているのが見えてきた。



 「あ~、これはちょっと想定外だな」


 このあいだ偵察に来た時にはいなかった軍勢が砦に加わっていることに驚きを隠せない。ワイバーンに乗ったドラゴンライダーが加わっただけかと思ったら、ゴブリンとその上位種であるホブゴブリン。そしてオーガの姿も遠目に見える。



 「あっちに居るのはスケルトンか?」


 視線を動かしていると野営地の端の方にいる動く骸骨がいることに気付いた。剣や槍を携え、武装した骸骨。もともとは生きた人間が死に、不死王によってアンデッドとなり、肉が腐り落ちてなお戦い続けるモンスター。それがスケルトンだ。


 そのスケルトンが、それもたくさんの個体がこんな所に集結しているということはそれを操っているモノがいることを示唆している。アンデッドを統率できるのは同じくアンデッドかネクロマンサーくらいだ。となると、厄介な敵がさらに増えたことを意味している。



 「リッチがいないことを祈るばかりだが、悪い予感ってのは往々にして当たるものだからな」


 森から出ないようにして砦の周辺を探ったが、ほとんどがオークやゴブリンが種族ごとに野営しているだけで、それ以上の情報を仕入れることは難しい。ワイバーンは砦内にいるのか、外から数を確認することはできない。さらに疲れを知らないスケルトンの兵隊が周辺を哨戒しているので近づくのも難しいときた。



 「こりゃ潜入するのは諦めた方が良さそうだな」


 懐中時計を取り出して時刻を確認してみると深夜一時を指している。これ以上は無駄だと判断し、帰るために踵を返したところ、不意に殺気を感じて身をよじる。避けた空間を何かが横切り、すぐ近くの木に矢が突き立った。


 ウゥ~っと唸る子犬形態のシンクを宥めつつ、矢が飛んできた方向に目を凝らす。襲撃者はなかなかの手練れのようで、もう殺気も無ければ気配を窺って居場所を探ることもできない。夜戦用に漆黒の刀身を持つダガーを抜き、臨戦態勢を整える。


 暗闇で相手に居場所を知られた状態で無暗むやみに移動するのは危険だ。気付かないうちに相手の罠に嵌まってしまう危険を避ける為にも、止まって迎撃する方がまだやりようがある。


 しかしこの敵はなかなかに頭も回るし腕が良い。気配を感じさせずに攻撃してくる手際といい、相手の正体がいまいち掴めないのは困ったものだ。どう考えてもオークやゴブリンではない。またスケルトンも候補から除外していいだろう。こいつらが相手なら未だに仲間を呼ばない理由がないし、そこまでの実力を持ったやつが出たとは聞いたことがない。


 じゃあ、この敵はいったい何者だ?


 考えていても仕方がない。攻撃の瞬間には気配を察知することができるのだ。そこを狙って反撃するとしよう。


 来た!


 また矢が飛来し、それを叩き落とす。飛んできた方向に視線を投げかけ、即座に駆け出す。木々の間を縫って矢を飛ばすには限度がある。ならば敵はそう離れた位置にはいない筈だ。


 さらに飛んできた矢を弾き、人影を捉える。フード付きのマントで顔も体も隠し、特徴を掴むことはできない。そのマントの人物は即座に反転して逃げに転じる。それを追いかけていると不意に何かに足を取られ、強い力で足を引っ張られて天地が逆転した。



 「こんなものっ」


 足首にかかった縄を切り、落ちる前に態勢を整えて着地する。人影の逃げていった方を見るが、すでに視認できる範囲には見当たらない。逃がしたか、そう判断しようとした矢先、今度は後ろから何者かが突っ込んできた。



 「シッ」


 「詰めが甘いぞフード野郎っ」


 振り返りざまに突き出されたダガーを弾き、襲ってきた相手と対峙する。どうやらこいつは逃げる振りをして罠があるところまで誘い込み、それに対処している間に背後に回っていたらしい。勝つためにはどんな手段でも取り、手間は厭わない。それを為したこいつはおれと同じでアサシンの様な奴だ。



 「何が目的だ?おまえはモンスターの仲間か?」


 「モンスター共と一緒にするな。貴様こそ、奴らの仲間ではないのか?」


 中世的な声音で男か女かは判断できない。自分と同じくらいの身長から察するに、男の可能性が高そうだと判断する。できるだけ相手の姿や態勢から情報を得ようと観察しつつ、言葉を重ねる。



 「おれは人間だ。キサラギ要塞都市で活動している傭兵で、モンスター共の偵察に来た。あんたは何者で、何が目的なんだ?」


 「わたしの目的はサンクトゥス大森林をアンデッドの群れが通過したのを追跡し、エルフの里へ被害が出るために調査に来た」


 「なら、おれとあんたは敵じゃない。ここで争う理由は無い。そうだろ?」


 「確かにそうだ。ここは剣を引こう。悪いことをしたな」


 あっさりとダガーを収めたので、こちらもダガーを鞘に戻す。それでも警戒を解く訳にはいかないので柄に手はかけたままにしておく。相手もマントで両手が見えない状態だから、条件としては同じだ。



 「いいさ。それより名前を教えてくれないか?いつまでもあんたじゃ呼びにくいからな。ちなみにおれの名はレイスだ」


 「む、名乗られたからには名乗り返さなければ失礼だな。わたしの名はロビン。ロビン・フッドだ」


 これは驚いた。エルフの里のロビン・フッド、と言えばかなりの有名人だ。と言ってもロビン・フッドは個人名であって個人名ではない。彼、または彼女らを示す名前であり、代々エルフの里を守護する者に与えられる名前だ。


 エルフの里の周辺に罠を仕掛け、近寄るモンスターを仕留める。正規のルート以外で里へ入ることはできない。その罠を仕掛けて里を守護する役目を担う者に与えられる名がロビン・フッドだ。


 元々は先の大戦時、エルフの里へ侵攻してきたモンスターの大群を一人で迎え撃ち、何度も返り討ちにしたエルフを見た英雄キサラギがまるでロビン・フッドの様だと言ったことからこの名が付けられたのだという。それから初代の罠に関する知識や戦略を仕込まれた者がロビン・フッドを襲名しているらしい。



 「まさかあの有名なロビン・フッド殿に会えるとは光栄だ」


 「殿は余計だ。ロビンでいい。わたしもレイスの名は聞いたことがある。そうか君が噂のヘッドハンターか」


 「おれの名前も有名になったものだ」


 「悪逆非道で、血も涙もないもない奴だと聞いていたが。百聞は一見に如かず、だな。とてもそうは見えない。だが、腕だけは確かなようだ」


 褒められて悪い気はしない。しかし、彼の言葉には一つだけ誤りがある。おれは彼の言葉通り、敵の首を取るためならどんな卑怯な手段でも使うことに躊躇いはない。



 「どんな場所でも巧妙に罠を仕掛けるロビンの技。身を持って体験したがまったく罠の存在に気づくことはできなかった。時間があるならばもう少し話をしたいところではあるのですが、おれは早く街に戻って敵軍の情報を伝えなければならない。これで失礼させていただきます」


 「そうか。ならばわたしも同行しよう。この戦の結果次第では、我らエルフも無関係ではいられなくだろうからな」


 「それはありがたい。ぜひ、あなたの知識も貸してほしい。今のままでは勝てるかどうかは不安でしかなかったが、少しは勝機が見えてくるかもしれない」


 「何ができるかはわからないが、よろしく頼む」


 「ああ、こちらこそお願いするよ」


 ガシッと握手を交わす。思ったよりも華奢な手だと感じたが、すぐに手を離したので十分に確かめることもできなかった。しかしそんな些末なことはどうでもいい。辺境軍も含めたこちらの戦力差が2倍もあったが、ロビンと一緒に作戦を立てれば五分くらいには持ち込めるかもしれない。最悪の場合、引き分けに持ち込めば次がある。


 お互いの情報交換をしながら街への道を急ぎ、夜明け前には到着することができた。



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