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アサシンの流儀

 「リンさん!状況はどうなっていますか!?」


 ギルドの扉を蹴破る勢いで入ると、たくさんのパーティーが集結していた。その中には十字軍クルセイダーズのセイジの姿もあった。シズも襲撃の後にここに来ていたのか、パーティーメンバーと無事に合流できたようだ。



 「レイスか。赤いコートの男がワイバーンを落としたとの情報があったが、お前のことだろう?よくやってくれた。礼を言うぞ」


 「当然のことをしたまでですので、お気遣いなく。後始末を戦国同盟のノブナさんが近くにいたのでお願いしてきましたので、彼女らは遅れてこちらに顔を出すことになると思います」


 「では、野蛮な連中を待つ必要はありませんね。早速軍議を始めましょう」


 セイジの発言。今のは聞き捨てならない。が、今は仮にも味方同士で争っている場合ではない。ここは我慢だ。次、また何か言った場合は容赦するつもりはないが。



 「セイジ、今のは聞かなかったことにしてやる。さあ皆、軍議を始めるぞ!黙って聞かない奴は叩き出すからそのつもりで聞け!」


 リンさんの一喝でギルドホールが静まり返り、しゃべる者はいなくなる。それを確認してからリンさんは職員に命じて一番大きな丸テーブルに地図を広げた。



 「自分の目で見た者、伝え聞いた者もいるだろうが先ほど街を襲撃したワイバーンに騎乗していたのはオークだった。また、奴らが帰った方角もオーク砦の方だったからまず奴らの手先だと考えて間違いないだろう。

 また、偵察に出た者の報告によると砦には百頭に及ぶダイアウルフが確認されている。今回のオーク砦攻略戦は今までになく厳しいものになるだろう」


 話を聞いていた全員の表情が険しいものになっていく。戦争に参加したことのない者たちや新人共は顔を蒼白にしている者もいるほどだ。



 「そして砦のボスはデッドマンズ・ソードのガルド。手配書でしか見たことのない奴もいるだろうから説明してやるが、奴は殺した相手の武器を蒐集して全身に身に着けているのが特徴だ。懸賞金は金貨百五十枚の大物だ。またワイバーンにも今回は賞金を懸ける。一体に付き金貨五十枚だ」


 「素材についてはどうするんですか?竜種のうろこは軽量でありながら、鉄並みの硬度を誇るとか。それも山分けですか?」


 誰が言ったかは知らないが、それは皆が気になる所だろう。竜種の素材を用いた装備は誰の目に見ても竜種を倒した証となるので、傭兵として一種のステータスになると言っても過言ではない。



 「それは止めを刺したパーティーに優先権を与える。報酬については協力したパーティーで分けることとする。他に質問は?無いなら次は編成の話と参加による報酬について説明する」


 一度周囲を見てから、誰も言葉を発しないのを確認してからリンさんは口を開いた。



 「参加報酬は前金で金貨一枚、成功報酬で金貨一枚の計金貨二枚だ。もちろん、前金だけ貰っての不参加、撤退の指示無く戦域からの離脱は処罰の対象となるので注意するように」


 「具体的に、その処罰の内容を教えて頂きたい」


 重苦しい空気の中、自分の知りたいことを質問するシズの肝の据わり方はなかなかのものだ。



 「新人が口を挟むな!」


 「わからないことを訊いて何が悪いのです?質問してわかることなら、訊いておくべきだとししょーに教わりました」


 「そうか、貴様。レイスが面倒を見ている奴だったな。ふん、戦い方を教えてもらう前に年上に対する口のきき方と礼儀をまず学ぶべきではないかね?」


 シズとセイジが火花を散らして睨み合っているのを見ながら、気配を消して2人に近づく。2人の口論を止めるため。シズを庇うためとも違う。リンさんから教えてやれと視線で命令されたためだ。



 「あなたこそっ」


 「シズ、そこまでだ。セイジも黙れ」


 2人の距離が離れているので刀をセイジの喉元へ。ダガーをシズの首に添える。誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほどの静寂。セイジのパーティーメンバーが剣の柄に手を伸ばそうとしていたのを殺気を込めた視線を送って止める。



 「レイス、そのくらいでいい。今のでわかったな。最悪の場合は死ぬと思え。そうでなくてもしばらくは奉仕活動に従事してもらうことになるがな」


 剣を引き、鞘に納めて2人から離れる。その際にシズが信じられないという視線を向けられたが無視した。今は軍議を進めるのが先だ。



 「ここからは配置について説明する。先ずは辺境軍が正面から砦に攻勢を仕掛ける手筈になっている。そこで我々は挟撃する形で砦を攻める。

 西側はセイジ率いる十字軍クルセイダーズに全面的に任せる。東側はノブナ率いる戦国同盟と各パーティーの混成軍となる。これは十字軍クルセイダーズが300人、戦国同盟が200人を動員すると連絡があった為の編成だ。

 セイジ、もう一度確認するが問題ないな?」


 「ああ、それでいい。邪魔が入らない方が動きやすいんでね」


 「ということだ。開戦は明後日の早朝六時。街の正門に四時には集合して出発するから、そのつもりで各自準備するように。では、解散!参加希望者は明日の昼までに受付に申し込むように!」


 リンさんの話が終わった途端にそれぞれに散っていく。パーティーメンバーで話し合う者。近くの者と情報交換を始める者。受付へと殺到する者らとその動きは様々だ。


 ふと視線を感じて振り向いてみれば、セイジが睨み殺さんばかりに視線を送っていたがパーティーメンバーに背中を押される形でギルドから出て行った。



 「レイス、すまないが頼まれてくれないか?ワイバーンの残りの戦力を知りたい」


 「わかりました。装備の手配をしたら夜のうちに行ってきます」


 「任せたぞ。それと、フォローはしておけよ」


 耳打ちして去っていくリンさんと入れ違いでシズたちのパーティーが近寄ってくる。なかでもシズは少し元気が無いようだ。さっきのことがまだ尾を引いているらしい。さて、どう言葉をかけるべきか……。悩むこと数秒。いつもししょーししょーと言っているのだ。アサシンとしての言葉をかけてやるのが適切だろう。



 「あの、ししょー」


 「シズ、アサシンとしての在り方を特別に教えてやる。シンイチたちもよく覚えておくように」


 自分たちも呼ばれると思っていなかったのか、驚いたように固まっている。こちらに視線を向けてくる者たちや聞き耳を立てている連中がいるのをわかっていながら、構わず続けることにした。



 「アサシンとは、誰であろうと依頼があれば殺しを行う者のことを言う。その相手がどんなに警備が厳重な建物にこもろうとも暗殺する。また、例え相手が隣人や友人、仲間や恋人であろうとも決して躊躇ってはいけない」


 おれの言っている意味がわかるのであれば、それはシズたちであろうとも例外ではないということに気づくだろう。重苦しい空気が周囲に満ちていくなか、さらに言葉を紡ぐために口を開く。



 「おれの二つ名はヘッドハンター。首を狩る者だ。今まで狩ってきた首は何もモンスターたちだけじゃない。人間でも同じようにそうしてきた。これをおまえたちに話すのは初めてかもしれないが、おれが最初に首を切り取ったのは初めてパーティーを組んだ仲間の首だった」


 侮蔑に満ちた視線が突き刺さるようだ。視線に物理的な殺傷力があったのなら、おれは全身串刺しになったいることだろう。傭兵は仲間を大事にする。人は1人で生きていけない。仲間たちと支え合うことで今日も生きてここに居ることができると知っているからだ。


 仲間を失い。あの日から独りで生きてきたおれは人でなしなのだろうと、自嘲気味に笑う。



 「だからシズ。おまえはおれのようになるな。仲間を大事にしろ。これが、おれがおまえらに教えてやれる最後のことだ」


 今、シズの瞳にはおれがどのように映っているだろうか?少なくともシズの憧れたレイスではないだろう。得体の知れない、化け物のように映っているかもしれない。


 何も言えずに固まっている5人から視線を切り、背を向けて歩き出す。静まり返ったギルドホールを抜けて扉を開けて外に出ようとした瞬間、聴こえるか聴こえないかぐらいの音量で「この大馬鹿者め」とリンさんの声が聞こえた気がした。






 ✝






 ギルドを後にして先ず最初に向かったのは街の西に位置する工業区のさらに端っこの方にあるドワーフの鍛冶場だ。ここのドワーフは変わり者であるが腕は確かと評判だが、いかんせん気に入った相手の依頼でしか仕事をしないためあまり栄えてはいない。


 ドワーフの鍛冶職人が人の街に出向いて腕を振るっていること自体が珍しいことではあるが、実を言うとこのドワーフ|(名前をオズワルドという)を街に連れて来たのはおれだったりする。旅の途中でドワーフの王国に立ち寄ったときに知り合い。彼の出す無茶な依頼をこなしてなんとか認めてもらい、それからは今使っている装備のすべてを彼に作ってもらっている。


 また、彼は刀剣類や鎧などの防具だけでなく、様々な道具を発明するのが趣味である。その趣味の成果をおれが実戦で試し、評価して改良を重ねるというギブアンドテイクの間柄でもある。彼の発明品の中でもお気に入りなのは両腕のガントレットに仕込みナイフを備えた暗器だ。駆動に魔力をエネルギー源とした仕掛けを用いており、出し入れ自由なので結構重宝している。


 今日、ここに立ち寄ったのは武器のメンテナンスと研ぎに出していたハルバートを受け取るためだ。戦争前に武器の状態を万全にしておくのは重要なことだ。普段から自分でも手入れを行っているが、本職に任せるのが一番良いのは間違いない。



 「オズ!いるか!?」


 「レイスか!そろそろ来る頃だと思っておったぞ」


 店の裏手にある鍛冶場の入り口から声をかけると、汗をタオルで拭いつつオズワルドが出てきた。身長は160センチとドワーフとしては高めで、筋骨逞しい良い体格をしている。髭ももじゃもじゃでどこからが髪でどこからが髭なのかもよくわからない。それでもニカッと笑った顔は愛嬌があるというものだ。



 「頼んでいたものは終わっているか?」


 「おう、ちくと待っとれい。すぐに持ってきてやるわい」


 「いや、それは後でいい。それよりこっちのガントレットの整備を大急ぎで頼みたい。夕方までにできるか?」


 「それくらい朝飯前じゃわい。なら、工房の方に来い。ん?お主の後ろにおるのは子犬か?今日の酒のさかなにでもするのか?」


 ガントレットを外して渡しているときに足元に着いてきていたシンクに気づいたのか、そう聞いてくる。シンクは食べられる!?とびっくりしてサッとおれの後ろに隠れたのは可愛いものだ。



 「バカ言え。こいつはおれの新しい相棒だよ。名前はシンクだ」


 「そうか、そうか。そいつは悪かった。怖がらせちまってすまんのう、シンク。詫びに干し肉があったからそれをやろう。それで許してくれや」


 食べ物が貰えると聞いて尻尾をぶんぶん振って喜びを表現するのはいいが、その前に食べられそうになったのはもうどうでもいいのかと心配になる。が、言っても仕方ないのでオズワルドの後に続いて工房へと足を踏み入れた。



 「適当に座って待っとれ。すぐに手入れを済ませてしまうからの。その間にテーブルの上にあるビンに干し肉が入っておるから、2人で分けるとええ」


 「お言葉に甘えていただくよ。ほらシンク、オズの干し肉は美味いぞ」


 オズワルドは結構食にもうるさく、様々な料理を自分で作る。干し肉もただ塩抜きした肉を干すのではなく、燻製したり油で煮たりと手間を加えて作ってあるので旨みが凝縮されていてこれが酒によく合うのだ。これを初めて食ってから、保存食として持ち歩いていたただの干し肉が味気ないものに感じてしまったほどだ。


 シンクも一口食べてからは夢中になって食べている。おれもこのあとに仕事が控えていなければ、こいつでビールでも飲みたいものだ。



 「今回の戦争、いつもよりも激しいものになりそうだな」


 「ああ、ワイバーンまで出てきたしな。死人も相当出るだろうな」


 手早く分解して汚れを落としたり潤滑油を注している手際は実に見事だ。あんなごつごつした手でありながら、繊細な作業もこなすドワーフという種族には尊敬すら覚える。市場に出回っている時計もすべてドワーフ製であり、数が多くないため高級品である。人も真似て作ってはいるが、まだまだ正確に時を刻むことができない粗悪品止まりがいい所だ。



 「小僧の顔もこれで見納めかと思うと、感慨深いものがあるのう」


 「心にもないことを言うんじゃないよ。あんたの依頼で炎竜退治も成し遂げたこのおれが、ワイバーンがいようともオークの軍勢を相手に死ぬことなんてあり得ると思うのか?」


 「それもそうじゃな。ほれ、話とる間に終いじゃ。大きな獣に噛みつかれたような跡もあったが、問題はないぞい」


 「ありがとう。いつもオズが手入れしてくれるから、おれは安心して武器に命を預けることができる」


 「はっ、小僧こそ縁起でもないことを言うもんじゃないわい。明日は雨でも降るんじゃないのかの」


 「それは困るな。余計なことは言わないようにしておこう」


 お互いに笑い合い、ガントレットを装着する。試しに仕込みナイフを出し入れしてみるが、問題なく動作したので大丈夫そうだ。



 「おお、そうだ。ワイバーンを相手にするのであれば飛び道具が必要であろう?最近、あれの改良版を作成しての。また試し撃ちを頼むわ」


 「あれの改良版だろうが、あんな小さい鉛玉が有効だと思っているのか?バカも休み休み言わんと面白くないぞ」


 「誰がバカじゃ。先ずは実物を見てから判断せい。話はそれからじゃ」


 工房の奥の棚から両手で抱えるように木箱を持ってきたかと思うと、ドンッとテーブルの上に置く。やけに重量感を覚えるなぁといぶかしげに見ていると、オズワルドは木箱の中から両手で持ったときに指が付かないくらい太く、銀のような光沢を放つ長い筒を取り出して見せた。



 「こいつが回転弾倉付き大筒。名付けてストライクキャノンよ!」


 ニィッと凶悪な笑みを浮かべるオズワルドを見て、またとんでもないものを作ったらしいということだけ理解した。

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